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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館

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14.ドクター・オオヤギ-1

 シャロゥグは獄卒街のはずれ。

 といっても、ユーレッドが棲みついているような廃墟街のある荒野側でなく、一般市民の居住区に近い場所だ。

 くだんのクリニックは、そんな場所にある。

「レコっていったわね」

 マリナーブベイに降り立つ二日前。

 ジャスミン・ナイトは、ほんのりガーリーなパステルカラーのトレンチコートに身を包んでいた。

 本日は本来なら休日。つまりオフの日。

 ジャスミンの服装は年頃の若い娘といったところで、仕事の時の一部の隙もないような彼女と比べてかなり少女らしい。今日は眼鏡もかけていない。

 ぴぴ、と返事をするのは、ドローン型獄卒用アシスタント端末の撮影者レコーダー、レコだ。

 昨日の夕方、職場の席に、ダンボールに詰められて届いたレコは、そのままジャスミンに正当な手続を経て、レンタルされていることになっている。

 で、昨日の夜に起動させ、今日は一緒に外出してきたのだが、レコのやつ、あまり懐かない。

「あなたも不本意かもしれないけど、あたしも、お姫様の調査をしているの。協力してもらわないと困るんだから」

 ぴぴー、と生意気にレコは鳴く。

 ぴこん、とジャスミンのスマートフォンにSNSメッセージが届き、電子音声がそれを読み上げる。

『プリンセスのコトは、もちろんキョーリョクしますガ。お話シできないコトガ多いですカラ。協力シマスが、無理ナのハ無理。私、きのーモ言いましたヨネー?』

「なによ、ムカつく返答ね」

 むっとして睨むと、レコは嘲笑うように鳴いてくるーりと回る。

「それはわかってるわよ。あんたなんかに細かいこときかないわよ」

 獄卒用アシスタントは、基本的に一般人と言語でコミニュケーションとるようにできていない。獄卒は戦闘時を含め、周囲に情報を聞かれることを好まないので、アシスタントはマスターとしか会話を交わさないことが多く、そういう仕様だ。

 レコの場合は、SNSにメッセージを送って獄卒以外と意思疎通をすることができるらしく、これはお姫様アルルの相手をしていたからこそなのだろう。

 しかし、レコのやつ、ちょっと生意気だ。

 同じアシスタントでも、ユーレッドのところのスワロの方がかなり真面目な性格のようだった。

 レコがこうなったのは、お姫様に引き取られてからか、その前からなのかはわからないけれど。

 ジャスミンのスマートフォンの読み上げ音声の、中途半端な感情の入り方加減が、余計にちょっとムカつく感じになる。

『ジャスミンサンハ、ホントは、スワロのますたー、あのゴシュジンのコトが知りたイのでショー?』

 レコが機嫌を取る、というわけでもないのだが、そう聞いてきた。どうせ答えないんでしょ、と言わんばかりのジャスミンに、レコはぐるーりと回って覗き込む。

『ますたーはゆーれっど様デスよネ?』

「そうだと言ったら、教えてくれるの?」

『教えてモいーデスが、スワロのますたー、ゆーれっど様ハ、普通に不良ノ獄卒サンですヨ! 悪いヤツデスが、タダ、スワロにもレコにもめちゃヤサシーデス。デモ、コノヘン、文章デせつめーできマセンネー。きっト、ジャスミンサンも、直接会わナイト、あのヒトのコト、イミわかんなイデスヨー』

「なによその返答は」

 ただ、今度はレコはからかうつもりではないらしい。

『ジャスミンサンは、スワロのますたーについて、どくたーニききたいんでショ? ドクター、レコより説明ウマイですし、是非聞いてクダサイ』

「ドクター・オオヤギね。本当に、あのオオヤギ・メディカル・クリニックってのに、そのドクターがいるの?」

『イマスヨ。あのボロクリニックでショ?』

 レコはそう答え、

『おーやぎせんせーハ、良イ方ですヨ。レコのしゅーりしてくれたのもオーヤギせんせーですヨ。腕ノ良いせんせーデス。デモ、おーやぎせんせー、かわいそーナことにホされてますカラー、ボロ住まイ。ダカラ、ぷりんせすノ有力情報見つかるカ、レコはしょーじき不安ですネ』

(生意気だな、こいつ)

 率直にそんな感想を持つ。

 アルルの相手をしていたからか、それとも元からなのか、レコは妙におしゃべりだ。

『ア、あれデスよ』

 居住区も獄卒街に面してくると、人気が少なくなり、歩いている人間は少ない。道を挟んで向こう側は獄卒街で、少し入ると一気に荒んだ雰囲気になる。

 しかし、こちら側に向いているのはまだ評価の優良な獄卒達が多いため、実態はわからないが、一応はまともな獄卒達が住んでいることになっている。

 しかし、ユーレッドのようなUNDER評価の獄卒は置いておいても、あと特定の加点があれば一般市民に権利は返り咲けるUPPERや、ベール16のようなSTANDARDの評価の獄卒が、まともな方法で評価されているとも限らないのもジャスミンは知っている。それなりに裏のあることもあるし、袖の下がまかり通ってもいる。

 それなので、普通の一般市民は獄卒街近辺にまずもって近寄らないのだが、その、なんとかギリギリ一般人も入ることのできそうな街角に、ごく普通のクリニックの看板がかかっていた。はやるわけがない。

 ただ意外なことに、ほんのり懐かしくなるような、カフェのような、ちょっとかわいい感じの建物。小児科ならちょうど良さそうだが、あのユーレッドのかかりつけ医なのを考えると、なんだか思ったのとは違う。

(一般市民も診られるけど、基本獄卒専門医だったのに、この外観で獄卒の患者くるのかしら)

 それでなくても、獄卒専門医はとんでもないヤカラが多い。

 そもそも、獄卒街のクリニックは本人が堅気でなさそうなのが多いし、医師免許を持っていないモグリも多い。獄卒管理課の所属の医療棟だと、獄卒見下し、研究対象としているようなマッドなやつか、嫌々きた奴くらい。

 金か研究の為に獄卒をみているものが多いぐらいだ。

(どんな先生なんだろ?)

 ジャスミンは、ガラスの扉の前に立つ。

 一応自動扉になっていて、中は清潔そうな普通のクリニックだ。いや、カウンターのあたりに木彫りのクマみたいな飾りが置いてあったりして、他のシャロウグのクリニックと比べると、妙にアナログだった。

 そして、人がいない。患者らしい人がいない。

(やっぱり、ヤブなんじゃ……)

『予約番号ヲドウゾ』

 カウンターに受付の人はおらず、受付用の機械が声をかけてくる。

 大きな液晶に顔の絵文字のあるガイド用ロボットだ。受付用AIが仕組まれていて、簡単な案内をしてくれる。クリニックではよくみかけるやつだが、旧式みたいで音声がぎこちない。

「あ、あの、予約は……」

 と言いかけたところで、急にガイドの口調が変わった。

『ナンヤネーチャン、獄卒ナンカ? 女ハ獄卒ニナンノ適合率低インダガ。マー、ナイコトハナインカー。珍シーナ』

 レコのメッセージを読み上げるジャスミンのスマートフォンより、さらにふるめかしい、ぎこちない機械音声。そのくせにやたらと感情がこもっているではないか。

(なにこいつ!)

 今日はどうも生意気な機械と出会う日だ。

 しかもこの機械、何故か西方方言がある。

 E管区は荒野に隔てられ、居住区ごとに孤立して交通は自由ではない。ただ、それだけに比較的方言は残っており、この機械のような極端な方言を使う人間もシャロゥグにもいた。

 しかしだ。

 なんだって、こんななれなれしいのか。親しみを出すためとはいえ、ちょっと度がすぎていないか。

 続いてガイドは、見かけは絵文字のようなにこにこの笑顔の液晶を浮かべて、しかし、辛辣に続ける。

『ナンヤ、マダ若イヤナイカ。オマエミタイナ小娘、獄卒堕チユーテモ、ドーセ、大シタ罪デモナインヤロ?』

 こいつ、レコどころでなく口が悪い。

『ツウカ、身売リ? ソレアカンヤツヤデ。今更ヤケドナー、カラダ大切ニセナアカンヨー』

「あたしは獄卒じゃありません! シャロゥグ支部所属の獄吏です!」

 ジャスミンはIDカードを示して、機械にそう告げる。効果はないかもしれないが、ムカつくのでここは名乗る。

「予約はないですが、ここのオオヤギ先生にお会いしたいんです!」

『ホホー、ナンヤー、オマエー、獄吏ノ小娘カイナー。マー、俺ハドウデモエーンヤケドナア。ツーカ、管理局ノアホドモ、コンナ小娘マデ寄越シヨッテカラニ。救イヨウノナイアホヤナ、ホンマニー』

 受付マシーンの人工知能がそうぼやく。

『マー、エエワ。オオヤギ、ホントハ出張中ヤケド、イツモオンライン診療シトルシ。ドウセアイツ暇ヤカラ大丈夫ヤロ』

 と謎の上から目線でそう判断すると、そいつは液晶に大きな矢印を浮かべた。

『アノドア開ケタラ、ツナガルカラ、テキトーニヤッテクレヤ』

(なんなの、コイツ!)

 レコはあまり気にしていない様子で、ドアの前にもう浮かんでいる。きっともとからこういうガイドロボットなのだろう。

 次のドアは自動ではなく、引き戸になっている。とんとんとドアを叩いて声をかける。

「失礼します」

 ドアを開くと、ごく普通の診察室だ。厳密に言うと、シャロゥグの他のクリニックと比べて、ちょっとふるめかしい気もするが、獄卒が来ると言う割に、壁紙に青空があしらわれていてやはり小児科のような雰囲気がある。室内もなんとなく温かなイメージで、ほんわかしている。

 まあしかし、獄卒のケアはほとんどが精神的なもの。カウンセリングルームのような居心地の良さは、そこのせいかもしれない。

 室内には誰もいない。ドクターの座る椅子は空いていた。

「あの……」

 とジャスミンが声をかけると、どこからともなく声が聞こえた。

「ちょ、なにっ! ええ? 患者? ちょ、タイゾ……、フカセくん! 事前連絡ないんだけどっ! こらっ! フカセくん!」

 部屋の奥から慌てふためいた声と共に、ばたばたと物音がする。診察室の隣の部屋の扉が開いて、白衣の男がわっと飛び出してきた。

(あれ、出張とか、オンライン診療とか言ってなかったっけ?)

 ジャスミンはふと思ったが、本人がいる方が好都合だ。

「お、お待たせしましたー」

 ジャスミンの目の前には、白衣を着た、白髪よりのロマンスグレーに、白髭の初老の男が立っていた。背が高く、意外と上品な男前だ。

 けれど。

(あれ?)

 穏やかな笑みを浮かべる男。しかし、彼には、なぜか既視感があった。だがどこで会ったのか思い出せない。

「や、やあ、こんにちは。今日はどうしたのかな?」

 とドクターらしき男がいいかけて、あ、と驚く。

「えっ、え? なに? 女の子の獄卒? えええ? マジで? な、何やったの?」

「違います!」

 またかよ、とばかりビシッと否定する。

「私はE管区シャロゥグ支部所属の獄吏、ジャスミン・ナイトです」

 再び、IDカードを示しながら、ジャスミンは言った。

「オオヤギ・リュウイチ先生ですよね? お話伺いたくて」

 と、そこまでいうと、やれやれとドクター・オオヤギはため息をついた。

「なんだー、獄卒じゃなかったのかー。よかったー。いやねー、女の子の獄卒っていないわけじゃないんだけど、基本的に適合は男の方がするからさ。それと、君みたいな子がなんの罪犯したんだろって、色々心配になっちゃうじゃん」

 ドクターは意外と軽い調子だ。

「まー、せっかく来たんだし、座って。獄吏さんには捜査権があるの知ってるよ。抵抗しませんよ、僕は」

 ジャスミンは勧められた椅子に座りつつ、慎重に相手を観察する。ドクターも椅子に座る。

 妙に人を安心させる気配を持つ男だ。こちらの警戒心を削いでしまうような、温かな存在感だが、それだけに得体が知れない。

「先生、一般患者も診るなら、あたしみたいなのも珍しくないでしょう?」

「んあー、そうなんだけどさ。立地が立地だし、患者もアレだから、君みたいな年の女の子はまず寄り付かないんだよ。僕は本当は小児科医なのにねえ。こんなとこしか開業できなくって」

 ドクター・オオヤギはぼやいて肩をすくめつつ、

「獄吏さんってことは、うちの患者の獄卒の捜査? まー、うちにきてる子、悪い奴ばかりだから、なんかはしてるんでしょうねー。具体的にはどの子かな?」

 ここの患者は、ユーレッドをはじめ一癖も二癖もあるものが多いが、ドクターはちょっと悪い生徒の多い学校の担任の教師のような態度だ。変に余裕があるし、獄卒とも分け隔てなく仲良くしていそうだった。

(なんか、獄卒専門医の感じじゃないなあ。もっとダーティーなイメージがあるけど)

 ジャスミンは、ふと考える。

(なんだか、雰囲気タイロと似てるなあ)

 ぼんやりとそんなことを考えてしまう。

「まず聞きたいのは、獄卒UNDER18-5-4の件です」

「あー、彼ね。よく聞かれるよー」

 ドクター・オオヤギは何か軽い。そして結構よく喋る。

「前の事件のことなら全部話してるけど、なにかまたやった? ちゃんと衝動を抑えるようにはしてるし、本人も努力してるんだけど、彼は高性能だから限界が……」

 と、ドクターは、ふとジャスミンの肩にとまるレコをみて、目を瞬かせた。

「あれ? 君、レコじゃない?」

 声をかけると、レコがぴぴっと鳴いて、ドクターの手元に飛んでいく。

「やあ、久しぶりだね。レコ。ははあー、なるほど、君がお嬢さんの案内役かー」

 ふんふんとドクターはうなずき、ジャスミンの方をあらためて見た。

 穏やかな視線だが、なんとなく何か見透かされた気がしてどきりとする。そうしていると、このまったりとした雰囲気の割になんとなく視線が鋭かった。

 やはり、この目。どこかで、見たことがある気がする。

「なんでタイゾーが君を通したのかわかったよ」

 オオヤギはにやりとした。

「君、本当はネザアスの件できたんじゃなく、エリックの命令でここに来ているよね」

 ドクター・オオヤギ・リュウイチはそう言って、膝の上のレコを撫でる。

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