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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館
88/125

12.旧世界技術博物館遺構

「ふっふふー」

 タイロに、一服してくるといって席を外したユーレッドは、トイレの洗面所で一人、上機嫌で鼻歌混じりだった。

「ふふふふーん。ふふん」

 ユーレッドは思わずにやけながら、別に崩れてもないネクタイをわざわざ緩めて締め直す。

 右手の使えないユーレッドは、それなりに日常生活に不便なこともある。大体は一人でなんとかするし、服自体も着やすいようにマグネットなどを使って工夫してあるし、スワロの助けも借りられる。それでも、面倒なことはある。

 だから、ネクタイを締めるのも、一人でやるとそれなりにたいへんなのだが、あえて緩めて締め直す。しかもかなり几帳面にきちっと締めて、鏡にうつして、ビシッと確認。

 何故か顔まで引き締めつつ、ついでにジャケットやシャツの乱れもバシッと直す。

 そうすると彼は強面寄りの渋めのダンディ風なのだが、そうしておいてから、おもむろに内ポケットから取り出した、例の化粧箱を洗面所に置くと蓋を開ける。

 こほんとちょっと咳払いをし、それから、例のネクタイピンをそろっと手に取り、丁寧にネクタイにつける。

 タイロが安物だと言った通り、別に取り立てて上等なモノではないのだが、安っぽくは見えないし、かといって控えめなスカルの飾りは、そんなチンピラ感もなくオシャレだ。ユーレッドの、趣味が悪めのガラモノのネクタイの不穏さも何故か打ち消してくれる。

 そうして準備し、なぜか軽く鏡に向かってほんのりモデル立ちのような、ポージングしてしまうユーレッドである。

 で、渋くキメていたくせに、思わず相好がくずれてしまう。

「えっへへー! へへへー!」

 一度、でれっとしてしまうと、もう歯止めが効かない。

「なんだ、これ、いいな! ははっ! すげー合うー! 他のネクタイでも、絶対合うし、色々試したくなるやつじゃねえかっ!」

 ちょいちょいネクタイをつまんでみたり、ジャケットの前をしめたり、あけたり、ばばっと、二、三ポーズを変えてみたり。

 今なら他に誰もいない。

 それを確認していたので、ユーレッドはあからさまにテンションが高い。

「ははっ、アイツ、ああ見えてセンス良いのなー。意外ー! なんだよー、ものくれるとかいうから、てっきり菓子とか商品券みたいな。そんな気遣いできる小僧だって思ってなかったのに、なんだアイツー。くそ、かわいいなっ!」

 誰もいないので、素直な声が漏れてしまう。

 鏡の前でくるーりと回ってみたり、誰かに見られたらとんでもないことになりそうだが、幸い誰も入ってこなかった。

 ユーレッドは、ふと落ち着くとおもむろにため息を吐く。

「はー、さっきはマジでやばかったぜ。くそ、なんで必要ねえのに涙腺とかついてんのかな。かといって、そっち乗り越えたら、勝手に頬が緩みそうになるし、あんなとこで泣いたり笑ったりとか絶対できねーのに。抜け出せてよかったぜー」

 それでも、油断すると今でも、へらっと顔が緩んでしまうらしい。

「へへー、あいつ、可愛いことするよなー、スワロと遊んでるのを見ると、なんであんな丸くて可愛いのが複数ふわふわ存在してるのかと不可解だが、かわいいっていいよなー。今度なんか飯おごろう。えへへへー」

 上機嫌で独り言だ。

「あー、マジでかわいいかわいい」

 くるくるっと回っていたところで、野太い声が割り込んだ。

『おい、何言ってるんだ、お前』

「わああああっ!」

 流石のユーレッドも飛び上がる。

 通信を通して、相手が呆れた気配がした。

『驚くのはこっちだぞ。いきなり通話が始まったと思ったら、かわいいとかなんとか。頭、大丈夫か、お前』

「くそ、タイ・ファかよ! な、なんだよっ! いきなり話しかけてくんな!」

 ユーレッドは赤面しながら、精一杯、乱暴に言い捨てる。

 ユーレッドの言う通り、それは調査員エージェント、エイブ=タイ・ファだ。忘れかけていたが、一応、ユーレッドの専属監視任務も担当している。

「くそ、スワロのやつ。いきなり通話繋ぐとか、アイツ、今日なんか機嫌悪いからな」

 嫌がらせか、とユーレッドがぼそりと吐き捨てる。いつもの気だるさを表向き保ちつつ、ユーレッドはため息をついた。

「で、何のようだよ? 俺は忙しいんだぞ。なんか情報掴んだか?」

『いーや、まだだな。大体、そういうのは、お前のところのレディ・エイプリルの方が早いだろう』

「それはそうかもしれねえけどさ」

 ユーレッドは肩をすくめて、ニヤリとする。

「俺の方は色々あるぜ。なんか獄卒をやべえ改造してる強化兵士とかいたしな」

『あー、噂には聞いてはいるな。それを探って有力な管理者アドミの調査員がうろついているとも聞いたぞ』

「ウィスのことか?」

『レディ・エイプリルではないぞ。他にも色々だ』

「へー。まあ、確かにこの街は、色々問題がありすぎるからな。興味あるだろうよ、アイツらも。J管区自体やマリナーブベイ総合的な面では統治状況に問題ないときいていたが、管理者アドミXてやつの管理区域はなにかとやべえ気配しかしねえよ。お前んとこにはウィスから間接的にどうせ報告行くんだろ。情報はあの女にまとめて渡しとく」

 ユーレッドは、目を瞬かせつつ、

「しかし、用もないなら、俺以上に不精なあんたが何の用での連絡だ?」

『ちょっと困ったことがあってな』

 と、タイ・ファは、低い声で言う。

「なんだよ? 勿体ぶって」

『お前な』

「んん?」

 妙に圧がある。ユーレッドは怪訝な顔をする。

『責任を取れ』

「はァ? なんの?」

『お前が悪い』

「だからなにが?」

 エイブ=タイ・ファの妙な圧力に、ユーレッドは意味がわからないまま、目を瞬かせた。



「ユアンさん、博物館ってなんですか?」

 タイロは、思わず尋ねた。

 博物館。

 ハローグローブにも、当局管理の博物館は多く存在する。健全な教育や娯楽のための施設として、学術的な博物館は推奨されていた。バーチャルなものもあったが、実際に触れてみるのも大切だからと大規模な建物が作られてもいた。

「確かにシャロウグにも博物館とか美術館、たくさんありましたから、ここにもあるとは思ってましたよ」

「うん。偉い人たちは、文化の保存に熱心だからねえ。それ自体は良いことなんだけど」

 と、ユアン・D・セイブは、目を細める。

「でも、地元のやつ、ほとんど複製ばっかりだったでしょ?」

「確かに。失われたものも多くて複製品は多かったです」

「それ。普通のE管区なんかの博物館に出てるのは複製。貴重なものは、ちゃんと奥にしまってある。でも、ここの博物館はちょっと違ってね。そもそも、実物を展示、保管する目的で作られたんだ。しかも、旧時代の技術関係の」

「技術関係の実物? ってなんですか? 遺跡から出てきた貴重なお宝みたいな」

「それなら良かったんだけどね。何故、この人工島のマリナーブベイにわざわざ作った博物館に収納したか、とか、中身に深い理由があるんだな、これが」

 ディマイアスは、ほんのり悪戯っぽく笑う。

「タイロくんだったら、そういうところに何収納したい?」

「えっ? えーと?」

 いきなり思わぬ質問だ。

「うーん、隠したいような、大切なものってことですよね。人工の島に、わざわざ隔離して。んー、なんだろ。技術? 危ないもの、とか? 普通の人には触ってほしくないけど、とても大切な、保管しなきゃならないもの」

 と、タイロはふとアルルのことを思い出した。

 アルルのことを、ユーレッドは"安全装置"と呼んでいた。危険な武器の、対抗装置になる鍵。

「もしかして、安全装置? ですか?」

「おやおや、いい線つくねー」

 まじめにいうタイロに、ちょっと涼しげにディマイアスは笑う。

「お姫様のこと、ですよね」

「それそのものとはちょっと違うけど、近い」

 ディマイアスはにやりとした。

「タイロくん、ユーさんと遊んでるだけあって、意外と踏み込んでくるねえ」

「え? もしや、あんまり踏み込まない方がいいです?」

 不安になるタイロに、ディマイアスはあははっと笑う。

「僕にはいいよ。僕は信用できないかもだけど、君の味方だからねぇ。でも、身の安全を考えたら、他の獄吏にはしないで」

「はい」

 うん、と頷き、彼は続ける。

「ちょっと違うけど、大体そんな感じ。歴史的に価値のある技術の遺物を展示保管する施設だけど、一緒に滅多と触れさせちゃいけない物を保管してる。まー、言っちゃえば、封印だよねー。で、偉い人が、記念館みたいな、過去の思い出に浸りたいのもあって、博物館の形をとっていた。その後、ちょっと放置している間に周りが廃墟化して、今や遺構状態さあ。それでも、封印としては役立ってて、誰も近づけないならそれでよかったんだけど」

「触らせない方がいいんですもんね」

「そう。しかし、今になって、彼らは、何らかの目的で、そこにあるモノを取りに行きたくなった。んだけどねー」

「囚人が湧いてて、自分達も近づけないってことですか?」

「うん。なんせ郊外の廃墟街にある特殊な博物館周辺よ。相手もエグいに決まってる」

 ディマイアスは肩をすくめて首を振る。

「マリナーブベイは、市街地の囚人や汚泥汚染は抑え込めてて、ある程度のコントロールもできているけど、逆にそっちを手厚くした結果、郊外はガタガタでねえ。放置気味にしていたら、囚人が変異しやすくなり強くなっちゃった。でも、彼らは幸い、街の中心部まで来ることはないし、来ても単体なら対処できるので困ってなかったんだ」

「退治しなかったんですか?」

「そこが問題。ユーさんなら言ってたかもだけど、市街地に出てくる囚人の汚泥の濃度知ってる?」

「あ、それは聞きました。イカ墨みたいで、シャロウグの荒野ならかなり深いところの囚人の濃度だって」

「そう。市街地のやつでそれくらいなら、手の届かない郊外はもっと深刻」

 ディマイアスはちょっと眉根を寄せた。

「さっきも言った通り、単体なら何とかなるけど、囲まれると危険でね。マリナーブベイは各管理者から駐在させてるって形なので、駐在させられる正規軍の戦闘員コマンドは多くない。だから、あんまり軽々しく動けない。傭兵にやらせてもいいんだけど、彼らは優秀なのもいるけど、口止めできないから知られると、違う意味で危険」

「獄卒達なら、その辺り管理しやすい、ですか?」

「そう。話がわかってきたね、タイロくん」

 ディマイアスは、ウィンクしながらポテトを摘んで食べた。

「獄卒は比較的感染しづらいし、人権皆無だからやろうと思ったら記憶消去も可能。人的犠牲が出ても痛くない。ただ、ここにも問題があってね。所詮獄卒は烏合の衆、ユーさんみたいな特殊なエースは別として、さすがにそこまでは強くないわけ」

「それで、あの強化兵士を? 博物館に"何か"取りに行くために?」

「そういうことだね。彼らちょっと焦ってて、それもあって、お姫様を強引に連れ出したみたいよ」

「お姫様は、確か、『鍵』なんですよね」

 タイロが尋ねると、ディマイアスは直接答えず、意味深に笑みを深める。

「ユーさんは勘のいいヒトだから、多分、ウィス姐さんに博物館のことを探らせてる。君にも話が来るんじゃないかな。ただ、博物館に行くまでも罠がたくさん。なにせ近づけないように処理されてる博物館だし。囚人も強い。看守ジェイラーの動きも怪しい。だから、気をつけて」

「は、はい」

 タイロは、ディマイアスがなぜこんなに親切におしえてくれるのか、ちょっと疑問になる。が、なぜか、彼に悪い気はしない。底意はわからないけれど、悪意もない。

 そんなタイロを前に、ディマイアスがにやりとする。

「あー、あと、僕が思うに、やっぱ、インシュリーくん、ヤバイわ。彼の周辺、関わらない方がいいよ」

「えー。関わらないって、どう考えても難しい……」

「まー、なんか努力して、ちょっと遠ざかって」

 軽い割にディマイアスは、物騒なことを言う。タイロは眉根をひそめる。

 と、ふとディマイアスが何かに気づいたように顔を上げた。

「あ、話が長くなっちゃったね。君にお客さんみたい。そろそろ戻った方がいいよ」

「あ、そっか。ユーレッドさん、戻ってきたかな」

 タイロは慌てて近くのゴミ箱に、分別しつつゴミをいれてトレイをおいた。

「んじゃー、またね。なんかあったら、連絡するよ」

 ユアン・D・セイブは、ハンバーガーを大きな口に入れながら言った。

「はい。ありがとうございます」

「僕のことはうっすら秘密にしてて欲しいけど、それとなくユーさんによろしくね」

 なにやら小難しい要求をしながら、ディマイアスはついと視線をそらし、他人を装ってコーラを啜り始めていた。

 慌ててタイロは、席に戻る。

 まだユーレッドは帰っていないが、スワロがテーブルの上で怪訝そうに彼をみてきた。

「ごめん、遅くなっちゃった」

 きゅ、ぴ? とスワロが小首を傾げる。

 誰と話していたのか、と尋ねているらしい。

「んーと、シャロウグ支部の上司。こっちに出張してきてるんだ」

 自分の存在は黙っていてくれ、とは言われたが、それくらいは言っていいらしいので、タイロはそう答える。そこは別に嘘ではないのだし、ディマイアスは今後もちらほら接触してくるつもりらしい。知らない人だと言うのも変だ。

「あれー? ユーレッドさん、まだ帰ってきてないの?」

 きゅー、とスワロは呆れた様子になる。

 スワロは、彼が本当は何をするために席を立ったかがわかっている。

 嬉しすぎてファッションショーしたかったことも、鏡の前でくるくる回っているだろうご主人のことも、お見通しだった。

 と、不意に、スワロがぴっと鳴いて顔を上げた。ユーレッドが来た時の反応ではない。

 思わず身構えたタイロだが、降ってきた声は意外なものだった。

「あれ? 泰路タイロ? こんなところにいたの?」

 それは聞き慣れた少女の声だ。しかし、それは電子に乗ったものではなく、生の声だった。

「ヤ、ヤスミちゃん?!」

 慌てて視線を向ける。

「タイロ、午後から射撃訓練の予定入ってたし、夜、挨拶しようと思ってたんだけど」

 クールにそう言ってのけるのは、やはり見慣れた眼鏡をかけた美少女だった。

 肩までの髪、大きな瞳に伊達メガネ。あどけない顔に不似合いな、クールで知的な表情。普段は仕事の時はスーツだが、今日は少しカジュアルな服装をしている。

 その肩に丸い紺色のアシスタントロボットが乗っていた。

 しかし、そこにいるのは、紛れもなく、内藤夜寿美ことジャスミン・ナイトだ。立体ホログラムなどでもない。

「ヤ、ヤスミちゃん、なんでここにいるのぉ!?」

 タイロが素っ頓狂な声を上げた時、ふらっと視界の隅に人の気配があった。

「悪ぃ。遅くなっ、て……?」

 ジャスミンがきっとそちらを見る。

 タイロの目の前にいる少女に驚いたのか、戻ってきたユーレッドは目を軽く瞬かせた。

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