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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館

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9.ポテトは冷めないうちに-1


「はーい! 買ってきましたよー!」

 ユーレッドの前に、ハンバーガーの包みが置かれる。

「運動の後はたくさん食べましょー!」

 タイロの明るい声が響く。

 

 管理局のランチチケットの使える提携のフードコート。

 といっても、ここはショッピングセンターの中にあるもので、特に堅苦しさもないし、同業者もさほどいなさそう。周りには買い物客と、まれに子連れの家族もいるが、平日なので閑散としていた。

 あれから獄卒達を一度ホテルに戻し、それから自由時間の宣言をする。と、だいたいみんないなくなるので、タイロもユーレッドと昼ごはんを食べにきたのだ。

 昼メシは管理局から福利厚生ランチチケットが出ている。一定の金額とアルコール以外の飲食ならこれで賄えるので、プチ贅沢ができるのだ。

「このショッピングモール、ヤスミちゃんもおすすめらしいんですよね。管理局関連施設も近いしー、俺が昼から行く射撃訓練場も五分圏内なんですー。しかも、フードコートにも色々お店が入ってて……」

 到底フードコートの似合わない男、おそらくひとりではこんなところには絶対に来ないユーレッドを、そんなふうに説得して、タイロはここに連れ出してきた。

 フードコートの安っぽい椅子に余る、長い足をだらしなく組む。相変わらずの白いジャケットに赤いシャツ、色のついたサングラスのユーレッドは柄が悪くて若干悪目立ちはするのだが、人が少ないのもあってか、さほど違和感なく溶け込んでいる。

「ジャスミン嬢か。やっぱりお前の相棒のお嬢さんは、しっかりしてんな」

 ユーレッドが感心しつつも、ちょっと困惑気味になる。

「あ、でも、大丈夫か? 最近連絡あんのかよ。あの娘、お前が俺に構うの、よく思ってないだろう?」

「あー、それは大丈夫ですよ。ちゃんと説明しましたし、わかってくれてると思います」

「本当かよ?」

「そりゃあ、全面的に賛成じゃないかもですが、ヤスミちゃんはユーレッドさんに直接会ってないですからね」

 心配そうなユーレッドにタイロは楽天的だ。

「あ、でも、昨日から仕事が忙しいとかで、直接のナビしてもらうのは中止してるんです。ちゃんとメールなんかで連絡きますよー。なんか危ない時はちゃんと通信もくれるって」

「そ、それならいいんだが」

 ユーレッドはため息をつきつつ、

「俺のせいで娘との仲がこじれたとかだと、流石に俺も気が咎めるからなあ。仲良くしろよな」

「えー、ユーレッドさん意外だなあ。そんな殊勝なとこあるんですー?」

 タイロが遠慮なく突っ込むと、ユーレッドは苦く肩をすくめる。

「失礼なヤツだな。そういうの、俺は意外と気に病むんだぜ」

 肩のスワロが本当かと言いたげに、ばっと彼を見る。そんな繊細でないだろうと言いたげだ。

 ともあれ、そんなユーレッドを残して、タイロは彼の分も合わせて昼飯を注文して取りに行ってきたところなのだ。

「これ、ユーレッドさんのやつ。照り焼きにしましたー!」

「な、なんか、でかくねえか?」

 想定外の食べ物の大きさに、ユーレッドの顔はひきつり気味だ。

「えー、ここのチェーンのハンバーガーはこのサイズが普通ですよ。確かにちょっと大きめなんで、お値段も高めなんですけど、今日は配布されたチケットですしー、遠慮はいらないですよね! 大きいと、食べ応えがあっていいですよね!」

 そんなタイロのトレイには、ユーレッドと二人分とはいえ、色々なものがどっさり置かれている。とりわけ、ポテトのサイズが大きい。もっさりしている。

「お前なー、食欲ないんじゃなかったのかよ」

「あの時はなかったんですけど、ここにきたら復活したんです。やっぱ、揚げ物の香りって罪ですよねー!」

 ユーレッドは引き気味だ。

「お前さあ、本当、いい根性してるよ」

 ユーレッドは呆れているらしい。

「ユーレッドさんこそ、ちゃんと食べないとダメですからね。スワロさんにも言われてるでしょう? えーと、とりあえずー、サラダとー、チキンナゲットとー、珈琲も。ポテトは一人分だと残しそうだから俺のを食べてください」

「そんなに食えねえって言ってるだろ」

 ユーレッドはため息混じりだ。

「少食なんだよ、本当に。お前のトレイの中身見てるだけで、腹いっぱいなんだ」

「あんなに動いてるのに? 燃料不足にならないんですか?」

「俺は誰かさんと違って燃費はいいからな」

 からかうユーレッドをちょっと睨みつつ、タイロはそばにきたスワロを撫でた。

 スワロは別に食べないが、タイロの側からユーレッドの食事を観察するつもりのようだ。

「獄卒の人でも、普通に食べなきゃだめなんでしょ? スワロさんもいつも言ってるじゃないですか」

「最低限は食ってるって。あと」

 と、ちょっと言い淀む。

「うー、まー、ソノ、俺はちょっと特殊なんだよ」

「特殊? なんですかー?」

 タイロはきょとんとした。

「あー、うーん。ま、いいか。説明してやろう」

 ちょっと考えてから、ユーレッドはいつも吸っている電子煙管の、交換用のカートリッジを取り出した。

 小さなプラスチック製の筒、みたいなものである。

「本当はお前には、あんまりいうつもりなかったんだがなー。まあいいや。これ、なんかわかるか?」

「え、鎮静剤なんでしょう? ユーレッドさん、煙草のフリして吸ってるやつ。それがないともっと喧嘩っ早いからって、義務付けられてるんですよね?」

「そうだよ。まあ、これはいいとしよう。じゃ、こっちはなんかわかるか?」

 ユーレッドは、三番ほど色の違うカートリッジを出してきた。さっきと違って、薄いピンクややミントグリーンの筒に、何かポップなシールが貼ってある。

「え? それも鎮静剤じゃないんですか?」

「馬鹿だな、いくら俺だって、そんなに鎮静されちゃ、活動できねえぞ。しんどくなって部屋で寝込むっつーの。俺が普段これ吸ってるの頻繁に見掛けてるだろ、お前」

「んー、確かに、そんなに鎮静剤飲んでて大丈夫かなと思ってました」

「そうだろうが。だからよ、普段、気分転換に吸ってんのはこっちなんだよ」

 タイロは目を瞬かせた。

「え、今度こそ煙草なんでしょ? 昨今の電子煙草は匂いほとんどつかないから、なにかはしないですが」

「そう見えるだろうなー」

「ちがうんですか? なんかのフレーバー? がついてる? とか?」

「フレーバーな、まあついてるんだろうよ。ふん、フレーバーつけられても、俺はそんな繊細な味覚の差異はわかんねえんだけどな」

 とユーレッドは言って、

「これは厳密には煙草じゃねえよ。サプリメントだぜ」

「サプリメント? 吸引型のってことですか」

「そう。必要な栄養素を霧状にして吸引し、補給できるっていう、俺の主治医の藪医者が特許取ってるとかいう怪しげないシロモノさあ」

 皮肉っぽく言いつつ、ユーレッドはカートリッジを振る。

「怪しいが、戦闘前に補給すんのとか楽なんだ。短時間に補給が済むしな」

「へー! 確かに見かけは煙草にしか見えないですし、スマートですよね」

「まあ、そこはなー。固形食料だと戦闘前にメシ食ってるのカッコ悪いし、ちょっと調子崩すだろ。かといって、カプセルは水がないと飲みにくいし、瓶ごとざらざら錠剤飲み込むと、なんつーかヤク中感あってなー。俺、ヤク中っぽいのは嫌だし」

「いや、煙吸ってても、やってることは同じですよ! 寧ろよく考えるとそっちの方がやばそうですけど!」

 タイロがまじめに突っ込んでしまうが、ちょっと心配になる。

「でも、ユーレッドさん、サプリメントが必要なほど、消費が激しいんですか? やっぱり、少食でも何度かに分けて食べるとかした方が……」

「違えよ。フツーの食料からでも、一応補給はできるんだけどな、獄卒は普通の人間じゃねえから、それなりに必要な栄養素ってのがあるって話をしてる」

 ユーレッドは、カートリッジを弄ぶ。

「特に俺の場合、それが必要な割合がどうしても高くなるのよ。俺は獄卒の中でも、ちょっと特異体質なんだ。だから、メシ食うよか、サプリメントがある方が楽なんだよ。逆にメシはあまり食わなくても平気なんだ」

 ユーレッドの不健康な言い訳に聞こえる。スワロがタイロの手の下でちょっと不機嫌になっていた。

「あとは、これ、ちょっとしたエナジードリンクみてえなもんでなー。戦闘前だと反応が早くなり、後に吸うと回復が早くなる。気分転換にもなるし、見かけで補給してるとバレねえし、意外と便利なんだ。さっきも訓練後に一服してたろ? あれで戦闘後の疲労回復が早くなる」

「それは便利!」

「でも、まー、お前らにはお勧めしねえけどな。多分普通の人間が吸っても不味い煙草くらいの味わいだ」

「うーん、それ、そんな意外とドーピングちっくなのに、かなり健康なアイテムだったんですか?」

「なんだよ、その言い方」

「いやー、だって反応が早くとかってー」

「そんな強化アイテムじゃねーよ。そうさなァ、お前らが試験前に、ブドウ糖食うみたいなもんだよ。ま、ちょっと強いのだと、エナジードリンクくらいの作用はあるか」

 ふーむ、とタイロは唸る。

「まー、そう言われると理解しやすいんですが。でも、いや、テッキリ、ユーレッドさん、煙草吸って、悪いやつ感出してるのかと。煙草って、成分調整されてても、基本管理局非推奨な上、税金超高いやつじゃないですかー。ユーレッドさんは不健康でもいいけど、スワロちゃんがよく許すなーと。納得です」

 変な方向に納得するタイロに、ユーレッドはふんと鼻を鳴らす。

「煙草もたまに吸うけどな、あんなもん、俺は体質的に大して効かねーんだよ。獄卒は、薬物や毒物への感度が一般人と違うからな。俺は特にそういう影響を受けづらい。多少の毒盛られても平気だぜ?」

 とユーレッドが、ちょっと得意になったところでタイロが呟く。

「でもアルコールは効くんだ」

「う」

 確かに、ユーレッドは酒は好きだが、さほど強くない。タイロの方が酒には強い。

 そのことを知られているので、ユーレッドが詰まる。きゅきゅーとスワロが楽しげに笑う。

「ユーレッドさん、お酒好きな割にそんなに強くはないですよねー。すぐ寝ちゃうし」

「う、うるせえな。あ、アレは、ちょっと事情があるんだよ」

 ユーレッドが不機嫌に答えた。

「それじゃあ、戦闘前に吸ってるのは鎮静剤じゃないんだ」

 タイロは、スワロを構いながら目を瞬かせる。

「それは時によりけりだぜ。囚人とやるときは、瞬発力がいるからなー。景気付けに一口とかある、が、本当に殺意抑えてることもあるぜ。相手が獄卒の時は特に」

「え? まじめに抑えてることもあるんです? ユーレッドさん、ちゃんとしてるんですね!」

「うるせえなぁ。俺はそりゃあ本当は面倒だし、獄卒斬ってもそんなに罪になんねーから、やっちまいたいんだが、スワロがいるだろ。獄卒殺るとスワロに怒られるんだよ」

 きゅきゅー、と当然だと言わんばかりにスワロが鳴く。

「いやー、だからー、俺もー、それなりには努力をーだなー」

 ユーレッドが言い訳のように、スワロにわざとらしく主張する。ということは、努力しても、結局、やらかすのが常で、スワロはそれを厳しく指導しているらしかった。

「なるほどー。ユーレッドさんも、割と大変なんですね」

 タイロはポテトを齧りながら、しみじみとつぶやいた。

「あ、そっか。サプリメント! もしかして、獄卒の人のサプリメントって、囚人にも効くんです?」

 タイロがそんなことをふわっと口にする。ユーレッドが眉根を寄せる。

「獄卒の人と囚人には同じものがー」

「ば、馬鹿っ!」

 ユーレッドが、大げさに慌ててタイロを遮った。

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