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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館

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8.聞き取り事項はダーティーに

「シャオ」

 と、シャオが、仮面の獄吏の一人に呼ばれる。

「カメラに不具合が起こっている。確認してくれないか」

「はい」

 シャオは訓練所の獄吏だ。分析もしているようだったが、そういう保守関係もするのだろう。

「それじゃあ、僕はこれで。ユーレッドさん、タイロさん、また」

「うん、またよろしくね」

 ぺこりとシャオは会釈する。が、その視線は主にユーレッドに向けられている。

「ああ、それじゃな」

 そんなこともわかっていない顔で、ユーレッドはにっと笑いかけていた。

(あんなエリートまっしぐらな子をたぶらかして! ユーレッドさん、つよい!)

 ふーむ、と感心していると、ふらっとユーレッドがタイロを怪訝そうに見る。

「なんだよー?」

「いやー、ユーレッドさん強いなーとしみじみ見てたんです」

「は? なんだそりゃ」

 きゅー、と声が聞こえる。相変わらずスワロは拗ねたように、視線を合わせていない。そこでようやくユーレッドが、スワロの不機嫌さに気づく。

「んん? なんでお前、機嫌悪いんだよ? 俺、なんかしたか?」

「ユーレッドさん、鈍いっ!」

「はァ?」

「ユーレッド」

 全く意味がわからんといいたげなユーレッドだ。が、ふと声がかけられて、ぴんと表情が緊張する。インシュリーだった。

 途端、スワロが慌ててユーレッドの陰に隠れるようになる。スワロはよほどインシュリーが苦手らしい。

「わざと監視カメラを汚したな?」

「はァ? 何を藪から棒に」

 ユーレッドは肩をすくめた。

「お前、タイムアタックだぜ? 急いでたんでなー。そんな細やかな気遣いできるわけねーだろ。どこにカメラがあるとか、わかんねえのによ? 絡まれるのは不本意だぜ」

 ユーレッドはうまく嘘はつけないが、こういう白々しい、見えすいた嘘をつくのは得意だ。

(というより、煽るのが得意なだけかも)

 ここで揉めるつもりはないとかいう割に、相手を刺激はするユーレッドなのだ。案の定、より険悪になる二人の間の空気に、タイロは慌てて割って入った。

「あ、あのう、ユーレッドさん、ついつい勢い余っちやったんですよねー。他意はないと思うんですよー」

 ハハッとごまかし笑いをしてみる。

「カメラの不具合は、それは修正は面倒だと思いますがー」

 ちッとユーレッドが聞こえよがしに舌打ちする。タイロは、こらっという気持ちでちらっと彼を見る。なんで刺激するようなことするのか。

 慌ててタイロは話題を変えた。

「ああ、でも、インシュリーさんのところの、あの強化兵士さん達もすごいですよねー」

「ああ、看守ジェイラーのことだね。彼らは、もうすぐ実戦投入予定で最終調整中なんだ」

「えー、すごい。マリナーブベイは、流石に予算潤沢ですね。うちの管区……というか、シャロゥグはイマイチお金なくって、その辺激しょぼなんですよねー。インシュリーさんがいた時もそうでしたでしょうけどー」

 とにかく喋るタイロだ。しゃべってごまかすのが一番。

「マリナーブベイの囚人ってやっぱり危険なんですねー! それで、特殊部隊を作られてるんですか」

 ふとインシュリーの表情が曇る。仮面の下でも、はっきり困惑気味なのがわかった。インシュリーは、ユーレッドには恐ろしく敵対的だが、あくまでタイロには親切な青年だ。

 タイロに対しては、できるだけ誠実に返答しようとしているようだが、その質問と話題は困るものだったのかもしれない。

「タイロくん、あれはね……」

 インシュリーがそれでも口を開く。

「隊長」

 後ろから声をかけられインシュリーが振り向く。

「確認いただきたいことがあります」

 彼に秘書のように寄り添っていた、例の中性的な雰囲気の部下が声をかけてきたのだ。後ろで何故かユーレッドが舌打ちする。

「ああ、今行く」

 当然インシュリーはそう答え、話は途中でうやむやになった。

「タイロくん、失礼するよ」

「え、ああ、はい」

 タイロとしては、ユーレッドとの間の揉め事が解消されて助かった気持ちしかない。キリッとインシュリーは、ユーレッドを睨む。

「ユーレッド、不遜な行動は慎め」

「ふッ、何を偉そうに」

 ユーレッドは、あくまで煽るスタイルだ。

「ユーレッドさん!」

 小声で牽制すると、ユーレッドはふんと不機嫌そうに鼻を鳴らすが、タイロのいうことは割と聞いてくれる。

「ハイハイ、わかったよ、わかった! エリート獄吏様の命令は聞いてやるさあ」

 その返答に再びインシュリーがチラッと彼を睨むが、ユーレッドは視線を合わさなかった。まだ怯えるようにしているスワロを、優しく撫でやっている。

 インシュリーの姿はそのまま遠ざかっていく。十分距離がとれたところで、ユーレッドがぽつりとつぶやいた。

「ちぇっ、アイツ、口割らなかったな」

「え?」

「アイツ、お前には弱いみたいだから、もうちょっとで言うかと思ったんだが、邪魔が入った」

 ユーレッドはそういうと、まだちょっとインシュリーを伺うスワロを安心させるように撫でてうなずいた。

「なんかあるよなあ、あれ」

「え? それ、どういう……」

 タイロが尋ねかけた時に、ユーレッドが話を途中で打ち切った。と、タイロも気づく。先ほどから仮面の獄吏と打ち合わせをしていたらしいメガネの先輩が、こちらに歩いてきていた。

「タイロくん、本日の訓練はこれで終了にします」

「え? 終了ですか?」

「ええ、彼等は継続したいようですが、これ以上なにかすると、こちらの獄卒の感情を刺激して危険ですし、カメラの不具合も起こっていますからね。あちらの強化兵士を刺激することもしたくないですから、今日は中止です」

 ちらとメガネはユーレッドを見上げる。

「あちらも随分貴方には、興味があったようですが……」

「そりゃあそうだろうよ。だが、俺はもう疲れたぜ。今日は無理。何か調べたいなら明日以降にしろよ」

 ユーレッドは余裕なくせに、しゃあしゃあと涼しげにそんなことを言う。

「どのみち、アイツらの訓練もするんだろ?」

「ええ、J管区の方たちもそのつもりです。それで予定も詰まっていますし、もう一度、貴方をという話もありましたが、断りました」

「そりゃあいい話だ」

 そういってメガネは、ベアヘッドと看守達に視線を向けた。

「それじゃ、これから自由時間ですか? お昼食べに行ってもいいですか?」

 タイロがうきうきと嬉しそうに聞く。

 タイロの仕事は、主に獄卒の見守りという名前の監視と報告だ。が、タイロは主に一番の問題児であるユーレッドにはりついていればよいことになっていて、つまり、自由時間はほぼフリータイムと同一だった。報告書くらいは書くけれど、観光に出かけてもいい。

 そんなタイロにメガネが冷たい視線をやる。

「貴方には、リーダーから今日は射撃練習するように命令が入っていますね。射撃、苦手でしょう、タイロくん」

「えー、出張先で射撃練習ですかあ」

「ははー、それは面白そうだなー。ここにいる間に上達させろよな」

 不服そうなタイロに、ユーレッドが面白そうにからかうが、と、不意に笑みを引きつらせてメガネをおもむろに見た。

「そうそう、メガネの先生よ。ちょっと聞きてえことがあるんだが?」

「なんでしょう?」

 メガネはあくまでユーレッドには素っ気ない。あの成績を見せられてなお、彼を特別扱いすることもなかった。

「俺のさっきの話、聞いてたろ? アレに対して、アンタも否定しなかったよな?」

「なんの話ですか?」

「あの、強化兵士の看守ジェイラーとかなんとかいうやつ、”アレ”の素材が獄卒だってことよ。俺、確か言ったよな?」

(あ!)

 そういえば、ユーレッドがそんな話を振っていた。看守はてっきり囚人を改造したものだと思っていたが、ユーレッドは元が獄卒だろうと彼等に話していたのだ。さらっと聞き流されていたが、それを誰も否定しなかった。そして、それが本当なのだとしたら、かなり不穏な話だ。

「アイツら、外見もだが、気配、つまり本質が汚泥に似ている。てなると、囚人をうまいこと操っているかのように見えるんだが、管理局にだって囚人をあそこまで制御する技術はないはず。てことは、アイツらの元は獄卒じゃねえかなーとな、俺は思ったわけだよ。囚人と獄卒は素材が一緒だからよー」

 ユーレッドの話にメガネが表情をかたくする。口に出さないが、何故お前がそれを知っていると言いたげな顔だ。それをちょっと思わせぶりにユーレッドは笑って受け止める。

「ハブのやつは別として、俺は他の獄卒とはさほど親しくない。逆に恨みや反感を買われていることもある。それなもんで、別に他の奴がどうなろうが、俺には関係ない話だし、勝手に自滅してくれた方がありがてえぐらい。だが、訓練で負傷したE管区獄卒の行先が、仮面の奴らに委ねられてる、ってあまりにも怖い話じゃねえか?」

 ユーレッドが静かに追い詰める。

「先生は仮面のアイツらに対して、立場が弱いみてえだが、それ知ってて、黙認しなきゃならねーってこと?」

 ユーレッドが目を細め、じわじわと絡む。

「あのさァ、それ、E管区の管理局の比較的良心的な奴にバレたらヤベエ話なんじゃねえか? 獄卒に人権ないとはいえ、倫理的にヤベーよな?」

「ッ!」

 メガネがあからさまに顔を歪めた。

「黙りなさい! 頭のおかしい獄卒風情が! 根拠のない妄想をかたって扇動でもするつもりですか!」

「せ、先輩! ま、待って!」

 いきなりキレたメガネ先輩に、タイロがあわてて取りなすが、

「お前たち、獄卒に我々の何がわかる! アレは、そんな単純な話じゃあ……!」

「先輩、ダ、ダメですよ!」

 タイロはユーレッドもキレ返したりしないかと冷や冷やだが、意外にもユーレッドは冷静だ。同じく慌てたらしいスワロを安心させるように撫でつつ、目を伏せる。

「すまなかった。ちょっと口が過ぎたようだ」

 ユーレッドはやけに大人の対応だ。

「これはイカレた獄卒の妄想と戯言。俺みたいな獄卒風情が訳知りふうなこと言って、失礼したな。許してやってくれよ。俺、いろいろ故障しててな、先生の言う通りイカれてるんだ」

 ユーレッドがそう穏やかに出ると、メガネも冷静さを取り戻す。メガネ先輩はタイロの手を振り切り、敵意剥き出しにユーレッドを睨んだ後、ばっと踵を返す。

「タイロくん、そういうことですから!」

 と、通常モードに無理やり戻しつつ、

「獄卒達を宿舎に戻すよう、バスを手配してください。あと! 午後からは、射撃場で! 一人で! 練習なさい! いいですね!」

「は、はい。わかりました」

 メガネ先輩はまだ打ち合わせなどがあるのか、仮面の獄吏達の方に行ってしまう。その背中の気配がいつもよりやけにトゲトゲしい。

「ふーん、そういう反応かよー」

 ユーレッドがにやにやしながらそれを見送る。タイロは慌ててユーレッドに駆け寄った。

「ユ、ユーレッドさん、何を」

「意外な反応だな、あのメガネ。獄卒を毛嫌いする獄吏は多いが、あーゆー理性的なやつは見下しこそすれ、あんな風にキレないと思ったんだが」

「ユーレッドさん、さっきのもわざと?」

「んー? ワザとでなくてあんな絡み方するか? インシュリーから聞き出せなかったから、メガネ先生から聞けねえかなあと思ったんだが、思わぬ収穫だな」

 ユーレッドは平然とそう告げる。ちょっと面白そうに意地悪く笑って、

「アレ、なんかあんぞ……」

「何かって?」

「アイツ、過去に獄卒と何か因縁でもあるんじゃねえか?」

「んー、わからないですね。あるかもしれませんが。確かに、メガネ先輩は、うちの部署でも特別に獄卒のことが嫌いなんですよ。うちの部署はそりゃあ曲者も多いし、獄卒も毛嫌いはしていますけど、メガネ先輩は特に差別的ですからねえ。何かあったんでしょうか?」

「それだよなー」

 とユーレッドは顎を撫でやりつつ、

「反応といえば、あの、熊みたいなやつ、俺が戻ってきた時全く反応しなかったよな」

「ベアヘッドって人ですよね。確かに無反応でした。腹いせに看守殴ったりとかしないか、心配したんですが」

「ケモノ使いみたいなもんとはいえ、あれは力尽くで調教してるわけじゃなさそうだな」

 ユーレッドがそういった時、不意に向こうで声が上がった。

「訓練用の囚人が一匹逃げたぞ! 危ない!」

「早く捕獲しろ! ネットに電流を流せ!」

 見ればフェンスの向こうで、黒いものが蠢いている。虫型囚人インセクトで、やはりムカデ型だ。ユーレッドが叩き潰した相手よりは小さいが、それでも虫型は厄介である。それが逃げ出して、暴れながらフェンスに迫っていた。

「あ、あれ、厄介なやつじゃないですか!」

「ああ、まずます厄介な奴さ。でも……」

 タイロは焦るが、ユーレッドは妙に落ち着いている。その彼の左目は、とある人物の動きを追っていた。視線を辿ると、フェンスの中、侵入防止ネットの前に黒い人影が躍る。

 たたずんでいるのは、ベアヘッドだ。

 そのベアヘッドに、ぐあああと虫型囚人が迫る。それでも、感情が読めない。

「あ、危ない!」

 タイロが思わず口にするが、ユーレッドが、いや、と呟く。

「大丈夫だ。見てろ」

 ユーレッドがそっと告げる。

 その瞬間、ベアヘッドがブレードのようなものを抜く。囚人がベアヘッドに襲い掛かるが、ベアヘッドはその刃を持った手を緩やかに振り下ろしただけだった。瞬間、黒い体が簡単に引き裂かれ、黒い液体が飛び散る。

 アスファルトに黒いシミが広がっていく。

 タイロは、その惨状に思わず顔をひそめて目をそらした。

「うわ……」

「ほら、大丈夫だろ。アイツ、自分が飼ってる強化兵士より強いんだよ」

 タイロが呆気に取られる中、ユーレッドが薄く笑った。

「アイツ、やっぱり、ヤベエやつだな」

 ほんの少し楽しそうだが、ユーレッドの瞳は警戒に満ちている。

「どうも気に食わねえことが多すぎるんだよなあ。調べてみなきゃなあ」

 といって、ユーレッドは、タイロに振り向いてにやりとした。

「ま、その前に昼飯行くぞ。えー、と、ハンバーガー? 食うんだっけ? 俺も疲れちまったよ。飯でも食いながら考えようぜ?」

 呆然としていたタイロの肩をぐいとつかむ彼だ。タイロは思わず苦笑する。

「今の見て、よくハンバーガーの話をするつもりになりますねえ。俺なんて、食欲なくなっちゃいました」

「何言ってんだ? お前が食いたいっつったんだろ?」

「そうなんですけどねー」

 タイロは苦笑いしつつ、ため息をつく。

 そういえば。

 移動する前に訓練所を見回したが、シャオはどこかに行ってしまったらしく、そのあたりには見当たらない様子だった。

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