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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館
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7.英雄の構成要件

 ゴールして、流石に息を切らせているユーレッド。だが、倒れ込むほどではないらしい。息を整えつつ、ゆっくりクールダウンするかのように歩いてくるのは、アスリートっぽさすらあって、ちょっとかっこいい。

「本当に五分台だ」

「なんていうことだ。信じられない。たかが、ただの獄卒が」

 ざわつく仮面の獄吏達が、データを解析しながら呆然とする。

 といっても、インシュリーだけは、この結果を見越している。彼は黙ってユーレッドを睨むようにしているだけだ。

 ベアヘッドは、というと、特に反応を示さない。看守E03を従えたまま静かだ。もしかしたら、急に暴れ出して負けたE03をぶっ飛ばしたりするのでは、とちょっと不安になったタイロだったが、それはなさそうで安心する。

 しかし、その静けさは不穏な感じだった。

「ユーレッド、流石だなあ」

「ふん、変わり身の早いやつだなあ」

 おべっか半分、本気の賞賛半分のハブが肩を叩くのを、ユーレッドは笑みを引き攣らせるようにしてすげなくあしらう。そのままユーレッドが、タイロの前にやってくる。

 自分でオッサンと言っているほど老けてもいないが、溌剌はつらつとした青年らしさも特にない。イマイチ年齢の分かりづらい、でも、まあかろうじて若者の部類にひっかかっている感じのユーレッドであるが、彼は異常に体力も回復力もある。

 あれだけ走って戦ったのに、すでにユーレッドは上がった息を完璧におさめていた。

 流石に実績を背負ったその姿は格好いい。最近、彼を見慣れているタイロだって目を煌めかせようと言うものだ。

「言ったろ。五分台ヨユーだって」

「本当ですね!」

 そう言われて、タイロがあどけない笑顔を向ける。

「すごいですねー! いや、クリアは大丈夫と思っていましたが、こんなに速いと思わなかったです! ユーレッドさん、すごーい!」

「ふっ!」

 褒められてユーレッドが、わざとらしく笑いながら煙管型の電子煙草をくわえる。

「まー、ぶっちゃけ余裕なんだよなー」

 先ほどまでクールな男を気取っていたユーレッドだが、タイロに褒められて完全に調子に乗る。

「ったくー、どこぞのポンコツと一緒にされちゃ困るんだよな」

 ぶはーと煙を吐きつつ、ユーレッドが見本のようなドヤ顔で勝ち誇る。

「強化兵士だかなんだかしらねーが、やっぱ、戦闘は技術と経験と勘! ふふん、調教師に睨まれてなきゃ戦えねえ木偶の棒と一緒にすんなって話ー!」

 ちょっと煽りすぎだが、流石にこの状況ならユーレッドの台詞にも信頼性はある。第一実績残して煽るのは、素直にかっこいい。

 普段なら一応嗜めるタイロだって、仮面の獄吏達にやられっぱなしでモヤモヤしていたのだ。ユーレッドの活躍は嬉しいし、ちょっとぐらい挑発しても良いかという気分になってしまう。

「ユーレッドさん、さすがですね! 本当に強いし、動きも綺麗でかっこいいですよ! 動画も何度もみたいです」

「ふふふん、褒めろ褒めろー。もっと褒めていいぞ」

 ユーレッドが、まさしくドヤァドヤァと得意になる。ユーレッドは褒められるのが好きなのだ。

 肩のスワロは少し呆れているらしく、やれやれと言いたげに男子二人を見ているのだが、ユーレッドもタイロも気に留める気配がない。

 確かに格好いいけれど、なんだかそういうところは大人げないのがユーレッドだ。タイロも何を一緒になって喜んでいるのか。

 スワロはそんなふうな冷めた目で見ているようだったが、ふと、何かに気づいて、きゅと鳴く。

 それで気がついたのか、ユーレッドがタイロのそばの小さな人影に目を止めた。

「お? なんだ、その餓鬼は?」

「あ、ユーレッドさん、この子はー」

 そういえば、盛り上がってシャオがいることを忘れていた。

 ユーレッドがなぜここに子供がいるのかとばかり、怪訝そうな顔をしているので、タイロは説明にかかる。

「ユーレッドさん、この子はですね、この訓練所の所属のー」

 と、タイロは紹介しかけて、彼を振り返ってはっとした。

 ユーレッドを見上げる、凝視していると言ってもいい。そんなシャオの瞳がキラキラしている。顔はちょっと赤面して、タイロが自分の話をしていることなど気づいてもいない顔だ。

(あ。これは)

 一目惚れに似てて非なるもの。しかし、その眼差しは憧れに満ちたもの。

(あー、これー、あれだ!)

 タイロも身に覚えがあるので、すぐにわかる。

(ユーレッドさん、これ、自覚ないんだろうなあ)

 ユーレッドは、どうやらモテるらしい。

 うっすら聞いた話でも、出会ったばかりのウィステリアやお姫様アルルなどのいたいけな少女の初恋を、その鈍さで無自覚に弄んできた彼。強くて悪くて、それでいてたまに見せる優しさなど、そのへんが、少女達の恋心を刺激する何かを持ち合わせているに違いない。

 それは少女達に向けての話。

 成人女性に対しては鈍くて素っ気無いものの、それでも、もしかしたらモテるかもという素養はある。が、大体の成人男性とっては、ユーレッドはどちらかというと好ましくない暴力的で敵対的な男だ。ただ、そこは成年男性のタイプにも寄る。

 少年の心がある男にとっては、というとまた違うのだと思う。

 少年よりは年長だけれど、まだ幼い所のあるタイロの心を刺激したように、ユーレッドは少年心もくすぐる、妙に魅力的な男なのだった。

(やっぱり、ヒーローっぽいんだよね)

 そう、ユーレッドは、悪い男のくせに妙なところでヒーロー性が強い。

(悪いひとなのに、なんかこうヒーローなのよね)

 強くて悪くて、たまに優しいだけではそれでもヒーローにはなれないのだ。タイロにもそれはわかる。が、ユーレッドの場合、その欠けた何かもなぜかある。

 スワロの手前もあってか、自分でも多少悪に振れ過ぎないようには振る舞おうとしているからかもしれないが、微妙にバランスが取れている。

 子供の頃に見せられた特撮ヒーローに憧れたように、いや、それにしては彼はちょっとダーティーなのだが、とにかく少年の心を刺激する強さとなにかを彼は持っている。

 多分、いつぞやユーレッドに初めて助けられた際、タイロも向けたであろう同じ視線と表情。シャオがユーレッドに向けているのは、まさにそれだ。

(これ、俺もなんかわかる。ユーレッドさん、無駄にかっこいいんだ)

 そう考えると、ユーレッドは一定の年齢層に向けて非常に魅力的な何かがあるのかもしれない。それが、人為的なものか、天然なのかはわからないが、ユーレッド自身はあまり自己評価が高くなく、自分に向けられる視線に無頓着で鈍感だ。その辺が彼は悪魔的で、そんなところが悪いやつなのだけれど。

「ん? なんだよ? どうした?」

 そんなユーレッドが煙管を仕舞い込んで、きょとんとするくらいの時間が経過したが、シャオはまだ固まっている。

「シャオくん?」

 タイロに声をかけられて、シャオがハッとする。そしてユーレッドの視線に気づいて、慌ててぺこりも頭を下げた。

「あ、あの、僕はシャオ・ミゲル、です。こ、ここの訓練所所属の獄吏をしています」

 まだ頬を赤くして、先ほどまではあんなにもしっかりして、生意気なほど大人びていたシャオが、やけにしどろもどろに自己紹介をする。

「へえ、シャオは獄吏なのか。若いのに偉いんだな」

 ユーレッドは、目をしばたかせて改めてにこっと微笑む。

 多分、こういうところだ。

 強くて悪いくせに、ユーレッドはこういうところで優しい。

 なんだろう、ヒーローショーのやたらと強い悪役の癖に、ちゃんと目を見て握手してくれるやつみたいな。そういうアフターケアが行き届いていて、それが余計に彼を特別に見せてしまう。

 シャオがそれで余計にふわっとするのがわかる。

 そもそも、ユーレッドは、元から子供には優しいらしい。

 少子化の進んだハローグローブにおいて、マリナーブベイでも出歩く子供はあまり見かけない。とはいえ、いないわけではなく、とりわけ旅行中の上流層の人間も多いここでは、保護者に連れられて街を歩く子供もいた。

 その中に彼を凝視したり、保護者がびびる中、隠れて手を振る子どももいるのだ。そんな子供達に向けるユーレッドの眼差しは、意外にも優しく、対応も紳士的だった。軽く手を上げて、応じてあげたりするぐらいだ。

 それなもので、シャオに対してのこの態度だっておかしくなかった。にかっと普段から考えられないような、無邪気な笑顔を浮かべる彼の姿は、さほど意外ではない。

 それだけで、強面の彼は普段が普段なだけに、相好を崩すとやたらと親密感が増す。

(ギャップってやつだよね。卑怯感つよい!)

 他人事なので、ますます興味深く観察するタイロだ。一方、肩にいるスワロはいつものことだと思っているようだが、この状況にちょっと妬けているのか、なんとなーく不機嫌で、つんとご主人から顔を背けている。

 ユーレッドは気づいてすらおらず、お構いなしだ。

「俺は獄卒UNDER18-5-4」

 名乗ってくれたシャオに挨拶して名前を教えてやる。そこでちょっと苦笑して。

「だが、昔から番号で呼ばれんのは好きじゃねえんだよな。つーても獄吏に名前呼ばれんのも好きじゃねーんだがよ。だが、お前は若いのに働いてて偉いから、俺のこと、特別にユーレッドって呼んでいいぞ」

「ユ、ユーレッドさんですね。は、はい。ありがとうございます」

 シャオが弾けるような笑顔を向ける。

(おおお、すごい! あのドライでクールなシャオくんに年相応の笑顔を浮かべさせてる!)

 すっかり観察モードのタイロだ。

(特別に、とか、無意識なのこの人? 俺にもそんなこと言ってたし、きっと、女の子にもこの調子なんだなー)

 そりゃあ、スワロさんも怒るよ。

 タイロは、しみじみと不機嫌なスワロの様子を見る。

 ユーレッドは、多分大人の女性はあまり得意ではないから大人相手では気の利いたことはいわないが。逆に意識しない年頃の小娘相手だと、きっともっとこんなふうに親しげだ。おおよそ、アルルの時のような態度なのだろう。

 だとしたら、まあ、結果は見えている。

 そんな無自覚伊達男なユーレッドは、相変わらず観察されていることも知らないで、シャオに笑いかけた。

「ははっ、俺、しばらくここにいる予定なんだ。迷惑かけるかもしれねえが、よろしくな」

「僕こそ、よろしくお願いします」

 シャオは、すっかり打ち解けたような顔をしている。

 そんな顔をしていると、大人ぶっていてもシャオはやはりまだ、かわいい年頃の子供なのだ、とタイロは思うのだった。

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