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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館
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6.タイムアタック・ダンディ-2

 ユーレッドがざっと駆け出すと、建物の廃墟の影から滲み出るように、黒い囚人が複数這い出てきた。集団での訓練の際は、彼等は隠れながら襲ってきたが、相手が少数と見ると積極的に囲むように襲ってくるようだ。

 ユーレッドを認識すると、ぶわりと広がって彼の方に向かう。

 と、その瞬間、ユーレッドが一際速く踏み込んだ。まだ分散していない囚人の群れに、彼はそのまま突っ込んで、勢いに任せて三体の囚人を巻き込んで貫いた。

 そのまま、斜め下に斬り下げ、振り回した勢いで剣を抜く。

 ばしゃっと黒い囚人の体液で、複数の監視カメラが黒く汚される。モニターに映る映像が、墨汁をかけられたようになる。

「あー、カメラがー」

 濁っている画面に、タイロが、あーあと声を上げる。向こうで仮面の技術者たちが騒いでいた。

「見えないぞ!」

「クリーニングしろ!」

(さては、わざとだなー。ユーレッドさん)

 タイロには、ユーレッドのしたり顔が思い浮かぶ。

 よく考えると、彼が自分の手の内を積極的に明かすはずがない。なので、わざと囚人の汚泥をかけてカメラをつぶしたのだろう。ちょっとした嫌がらせのイタズラ要素もありそう。

 それを知っているらしいインシュリーは、事実、仮面で表情こそ読めないが、驚いた様子もなく、相変わらずピリリとした空気を保っていた。

 ユーレッドは外野が騒ぐ間も、容赦なく囚人のわく廃墟の合間を走り抜けていく。

 タイロは、モニターを別のカメラに切り替える。

 最初に三体。

 ユーレッドは、正確に囚人の汚泥コアを破壊しているので、すでにその三体は泥のように溶けている。

 その後も囚人が襲ってくる前に自分からその方向へと向かって先手を取っている。

 あっという間に五体めの、不定形なスライム状の囚人を、斬り上げて壁に叩きつけているところだった。

「ハハ、相手から出てきてくれるんだから、探さなくていいから楽だよな」

 ユーレッドが、合間にスワロに話しかけたのがマイクに拾われてきこえる。楽しそうだ。

 タイロは、そんな彼の姿を追いかける。

(あー、たしかに。一瞬だけキラッと光ってる……みたいー)

 まじまじと汚されていないカメラの映像を凝視すると、ユーレッドが相手に襲いかかる瞬間に、日光の加減で閃いたかのように刃がわずかに発光している。ぱっと刀身が閃き、直後に囚人の黒い汚泥がすぱっと切り裂かれる。その瞬間だけ、何かしら刃を強化しているのは間違いなさそうだ。

(うーん、これが緩急がどうとかってやつ?)

 ハブの説明が正しいのだとすると、あれはユーレッド自身のエネルギーを刀に送り込んでいるということだ。流石の彼もエネルギーをだらだらと食わせ続けると疲れるはずで、だからこそ、へばらないように緩急をつける、と言っていたのかもしれない。

(うーん。獄卒の武器って、奥が深いなあ)

 そう思って眺めていると、不意に後ろに気配を感じた。

 視界に入る、鮮やかな赤い髪の毛。シャオだ。

「これは先ほどの方なんですよね」

 目を瞬かせて、シャオは興味深げにタイロの手のタブレットを覗き込む。

「ああうん。そうだよ」

 シャオは自分もタブレットを持っていたが、それとタイロの持っているタブレットの映像を交互に見やる。

「凄い。速い上に、とても正確です。一、二度撃ち合う間に、囚人の汚泥コアを確実に把握して、狙い撃ちにして破壊している」

「あー、なんか核がわかるっていってたよ? その辺、さすがだよねー」

「でもよー?」

 タイロが感心しつつ頷くと、反対側から様子を見ていたハブが小首を傾げた。

「あの達磨みたいなアシスタントが肩にいるってことは、アイツ、そこまではガチじゃねえのな」

「え? そうなんです?」

 うん、とハブが頷く。

「あのアシスタント可変型だぞ。飛行特化型にさせて上空から偵察させるのが、いつものやり方だからな。そこまでしなくても、囚人の位置がわかってるってことだよ」

 右肩に鎮座しているスワロも、おそらく囚人の位置をサーチしているはずだ。そして、ユーレッドに視覚から得た情報を流している。

 ユーレッドは、他人の気配、こと囚人に関しては異常なほど鋭いが、右側が死角になる彼はスワロの情報を必要としている。スワロが右肩にいるのは、右側の死角をなくすためだ。

 しかし。たしか日頃のハンティングではユーレッドは、基本的には、スワロに上空から監視させてその情報を参考にしていることが多かった。そちらの方が、より多くの情報を得られるのだろう。

 となると、やはりこれはあれだ。連日の訓練で、彼は、"出現パターンや道筋を覚えている"のだ。

 ふーむ、とハブは頷く。

「ま、そうだと思ってたけど、さっきはモロに手ェ抜いてたからなー。多少本気出しただけで、これくらいいけるってことなんだよ、アイツ。相変わらず半端ねえよな」

「あれ、手加減してるの、うまくごまかしてるなーと思ったけど、ハブさんはわかってたんですか?」

 タイロは意外に思って尋ねる。バレていないのかと思っていた。

「まあなー。そこそこ付き合い長いし」

 ハブは苦笑する。

「アイツのヤバさはよーく知ってるぜ」

 そんなことを言っている間に、ユーレッドは既に半数の囚人を斬り捨てていた。

 先程、ハブと参加したときは囚人に囲まれないように、あえて狭い道に留まっていたユーレッドだが、今回はそれにこだわらず、相変わらず自分から次々切り込んで行く。

 囲まれる前に囚人を斬っては移動しているので、ずんずん切り開く形になっていた。

 一方、いくつかの監視カメラやセンサーが、囚人の汚泥で汚され、視界が悪いものもある。これはユーレッドが、カメラを狙い撃ちにして囚人の返り血や囚人自身を叩きつけているからだ。

 ユーレッドもスワロも、全てのカメラを把握しているわけではないだろうし、全てを封じるつもりもないのだろうが、これで分析には多少の影響は出る。

 舐められてムカついたので嫌がらせもしたいし、手の内を把握されたくないし、というユーレッドの思惑は、うまくいっているようだった。

「速い」

「まさか、一介の、E管区などの獄卒が看守(ジェイラー)を上回るわけがないはずなのに」

「しかも、修復不可能の獄卒のはず」

「どうしてだ」

 仮面の技術者たちがざわめく。

 そんな彼らに思わずタイロは、優越感に浸ってしまう。

「ていっても、ユーレッドさん、なんだかんだでうちでは成績ダントツのエースだもん」

 タイロがぼそりと呟いて、ひそやかにドヤ顔をする。

「これくらいできて、当たり前だもんねー」

 タイロとしても、E管区の獄吏として、引率してきた獄卒を馬鹿にされるのは気持ちが良くない。たとえ獄卒と仲良くしていなくても、なんとなくモヤモヤしようというものだ。

 なので、ユーレッドがここでちょっと実力を見せていて、仮面の彼等がざわつくのを見るのは気持ちが良いものだ。

 シャオもじっと映像を見つめて無言だ。画面に見入っている。そうしていると、大人びた不思議な彼が年相応の坊主といったふうに見えた。

 画面の中の映像では、刀状の武器を持つ人型の囚人の二体と斬り結んでいたユーレッドが、気合と共に相手を突き倒す。背後の一体はろくに見もしないまま剣を後ろに振るって正確に斬る。真っ二つにされた囚人はそのままほどなく地面で溶けてしまう。

「十八ッ! よーし、そろそろか?」

 コース的にも終わりに近づいている。

 ユーレッドの姿は、もうタイロから肉眼でも見え、百メートル近くに迫っていた。

 流石に多少息を切らせて、肩が動いているユーレッドだ。そこで初めてふうとため息をついてスピードを落とし、ゆるやかに立ち止まる。

「スワロ、何分だ? あ? 四分弱? んー、予想通りだ」

 スワロと会話した瞬間、スワロがきゅっと鋭く鳴く。それを聞くまでもなく、ユーレッドは余裕を持って、前から襲ってきたスライム状の囚人を難なく斬り裂いた。

「これで十九。よし、あと一匹だな?」

 きゅきゅ、とスワロが返答して、何か囁くようなそぶりを見せた。

 前方の建物から影が伸びる。

 ユーレッドはその到来を予測していたらしく、ふっと軽く息を吐いて体を揺らし、呼吸を整えた。

「さて、最後のヤツだけは、流石の俺も一撃じゃ無理だからなー。こいつで一分かかって、まあまあ予想通りの到達ってとこかァ」

 ぬるっと建物の廃墟から忍び出してきたのは、虫のフォルムを持つ大型の囚人だった。姿はムカデに近く、顎がある。いわゆる虫型(インセクト)で体高も二メートルを超えている。

 こいつが事実上、ボスとして配置されており、獄卒達の負傷率を上げている強敵だ。集団での訓練の時、ユーレッドも一人では相対しておらず、ハブなどと協力して応じていた。とどめを刺したのもユーレッドではない、が、そこは彼が敢えてとどめを刺しに行かなかった可能性も高い。

 すうっと息をついたところで、虫型囚人がぐわあっとユーレッドに襲いかかる。ざっとそれをかわし、ユーレッドは大きく回るようにしながら急角度で囚人の懐に飛び込んだ。

 キラッと刀身がひらめく。そのまま斬りつけるが、虫型の囚人は表面が硬い装甲で覆われているのか彼でも容易に傷がつけられない。囚人の体から黒い爪のようなものが伸びてくる。それで反撃されるのを軽くいなして一歩離れ、隙を見て同じように懐に入って斬りつける。

「あのヤロ、かなり硬いんだよなー」

 ハブがぼやくように言う。

「あのムカデ型のものは、装甲の硬度を高めたものですからね。普通の囚人の軟弱さとは違います」

 頷いて、シャオが捕捉するように解説する。

「さらに、弱点である汚泥コアを隠蔽し、移動することができます。あの方は、他の囚人はほぼ汚泥コアを正確に破壊していましたが、今度はそんなに簡単ではないはず」

「だなー。コア確認用のスキャン持ってるやつも、撹乱されてたもんな。あのアシスタントでも見えないぜ」

 ハブが同意する。

「彼はとても有能な獄卒ですが、彼の宣言した時間内で倒せるかどうか」

「え、そんなにも?」

 タイロがちょっと慌てる。

「大丈夫かなあ」

 冷静なシャオにタイロは不安になって、ユーレッドと時計を見やった。

(もうすぐ五分……)

 があっと囚人が顎を広げてユーレッドに襲いかかる。剣でそれを流そうとして、ユーレッドが若干押されてよろめく。

「ちッ!」

 流石に転倒はしなかったが、追撃を避ける。

(五分台は流石に盛りすぎだったんじゃ。ユーレッドさーん)

 ハラハラしながらタイロが見ていた矢先、何度か攻撃していたユーレッドが、ふっと口元を歪めた。

 囚人がいっそう激しく攻撃してくる。だがユーレッドはそれを避けずにあえて突っ込んだ。掠める程度で攻撃をかわし、懐に入り込む。

()たぞ!」

 目を細め、ユーレッドがにやりとする。

 その笑みはいっそのこと残虐で、暴力の愉悦に満ちている。

 伸びてくる爪付きの触腕を一閃して切り落とすと、大きく左腕を引いて突進する。狙いは散々攻撃してきた囚人の装甲だ。

 集中して同じところに攻撃していたせいか、そこは脆くなっている。笑みを引き攣らせたまま、ユーレッドはそこに切っ先を叩き込んだ。装甲が割れ、刃が通る。

 一旦攻撃が通りさえすれば、ユーレッドはコアの位置をすでに見切っている。そのまま引き切って破壊する。

 囚人の濁った声が響き、核を失った体がそのままどろりと溶け出す。

 だが、休む間もない。返り血をかわして、ユーレッドは、そのまま刀を振るってゴール地点に駆け出した。

「ユーレッドさあん、今ちょうど五分ですよー!」

 思わずタイロが声をかけると、ユーレッドがニヤッとした。

 ラストスパートのダッシュをかける。ユーレッドは、実は足がかなり速い。そのまま滑り込むように、ユーレッドはゴール地点に戻ってきた。

 電光式のタイマーが止まる。

 タイロが慌ててタイムを確認すると、五分三十秒を切っていた。

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