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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館

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5.タイムアタック・ダンディ-1

 ユーレッドの介入で、一気に場が冷え込んで緊張していた。

 実行部隊の獄吏達が、小型の対獄卒用ジャマー発生銃を手にし、警棒を握る。が、ユーレッドはその程度で動揺したりしない。

「コイツが自分で言ってたろ? ハブの力じゃ下手すると医療棟送りでクリアできねえよ? この模擬戦、早い話タイムアタックじゃねーか。比較するなら、クリアできねえ奴を出走させる意味はない」

 ユーレッドは冷静に言った。

「で、つぶされた獄卒の何分析するって? つぶすだけなら、どーせ、今までに散々そういう実験はしてんだろ?」

「ちょっと黙っていてください」

 メガネ先輩が割って入る。

「そういうのは私が説得して……」

「仮面の獄吏先生は、メガネ先生のいうことに聞く耳なさそーだぜ」

 ユーレッドは彼を遮り、ちょっと軽く背伸びしつつ、

「俺は別にそんなにおかしなことは言ってねえよ? ハブがダメなら、もう一人、またもう一人って、クリアできるまで差し出すつもりなら別だけどな」

 ユーレッドのいうことは正論だ。メガネが思わず口ごもる。仮面の獄吏達はというと、力で排除しようとしているのか、それぞれ武器を使えるように安全装置をそっと外している。

 タイロも気が気でないが、当のユーレッドだけが平静だった。

「まーな」

 と苦笑する。

「俺は万年UNDER評価の問題獄卒。出身もWARR-LOW。そんな俺に発言権がないと言われればそれまでだが、何も嫌がるコイツを引きずっていくことはねえだろ」

 ユーレッドは目を細めた。

「何も協力しないとは言ってない。俺なら別に参加しても構わねえと言ってるんだぜ?」

 ユーレッドははっきりそういう。

「俺はハンティング成績で、その黒いデカブツと釣り合う程度の成績は出してるはずだし、他のやつよりかなり速くはクリアできると思う。ヒマだし、てめえらの茶番に付き合ってやってもいいとか思ってる」

 それに、と、ユーレッドは目を引き攣らせるように細める。

「そこのインシュリーセンセイは、俺の実力を十分、理解いただいているはず。比較評価にちょうどいいってわかると思うけどなァ?」

 小首を傾げて笑いかけると、インシュリーとの間の空気が凍る。

「ご意見拝聴させていただきたいものだが?」

 ユーレッドも、さすがにインシュリーにはより挑発的だ。目に見えて空気が凍る。

 が、インシュリーも、ここで争うつもりはないらしい。闘争心を抑えるように目を伏せる。

「その獄卒の申し出を受けてやれ」

「はあ、しかし」

「彼の言うことは正論だ。試験的に行わせて比較するなら、少なからず一人でクリアできる見込みがある獄卒でないと」

「しかし……」

「今後も訓練期間はある。必要な訓練なら事前に通知すべきだろう」

 インシュリーは技術官ではない。ただ、それなりの権限はあるようで、技術屋方面の獄吏達は何故か不満そうだったが、渋々納得する。

 メガネ先輩も、内心はホッとしたらしい。

 ここで彼等と対立するのも、ハブという協力者を失うのも痛いらしいのだ。メガネはユーレッドをさほど必要と判定していなかったが、ハブにいなくなられると困るようだ。ハブは明らかに協力的。タイロには甘いが、他の獄吏に従順でないユーレッドとハブは彼には価値が違う。

「了承いただけたらしくて良かったぜ」

 その反応を確認し、ユーレッドがにやりとする。

「ユ、ユーレッド! すまねえ! 恩にきるー」

 ハブが大袈裟に喜んで両手を合わせる。ユーレッドは苦笑しつつ、

「別にお前の為でもねえけどな。おおよその目的は暇つぶしだ。ま、いいや。今度なんかおごれ」

「おごるおごる! なんでもおごるぜ!」

 ハブが調子の良いことを言う。ユーレッドは、それを流し、訓練場へのフェンスのゲートを自分からくぐった。

「ユーレッドさん!」

 タイロが慌ててフェンスに駆け寄ると、ユーレッドのところまで近づいてくる。

 意外にきょとんとした顔をしている。

「なんだ?」

「あ、あの、ありがとうございます。申し出てくれて……。ユーレッドさんが助けてくれなかったら、大変なことに」

 タイロはとりあえずお礼をいう。

「ははー、ま、ハブがいねえとお前らは困るからな。でも、ハブの為でもお前の為でもねえーって」

 ユーレッドは苦笑する。

「一つには暇つぶしと、そうさな、ちょっとアイツらの反応を見たかったからよ」

 ユーレッドは途中から声をひそめて、ぼそぼそとタイロにだけわかるように言った。

「インシュリーもそうだが、あの熊みたいな仮面のやつよ。アイツの反応が気になるんだよな」

「え、なんか普通の人じゃなさそうなんです?」

 タイロが目を瞬かせると、ユーレッドはふきだす。

「お前、アレみて普通の人間とか思わねえだろ。ま、なんつーか、ちょっと気にかかる」

「人間じゃないとか?」

「あー、中身はわからねえな。ただ、アイツが来てから眠気が飛んでる……って言えばわかるか? アイツ、何かしら混ざってんだよ。俺のセンサーが反応してる」

「えー、それってヤバイやつなのでは?」

「ヤバイ奴だろ? 見かけでわかる」

 ユーレッドはけろっと答える。タイロは急に心配になってきた。

「でも、ユーレッドさん、一人で本当に大丈夫なんですか?」

 なんとなく、無鉄砲なボクサーを前にした、リングの側のセコンドのような気持ちになりつつ、タイロは不安そうに尋ねる。

「あー? 大丈夫に決まってんだろ? まあそこそこ本気は出すけどな。あれ言った手前、あの黒いやつにタイムで負けられねえからな」

「で、でも、相手たくさんいるんでしょ? それに、タイムも八分台とか」

「お前な、俺がここで今までぐるぐると無駄に周回してるとでも? さては、何も学習してねえとか思ってんな?」

 ユーレッドはちょっと不機嫌になる。

「今回の相手は、模擬戦用にプログラムされた囚人だ。よって行動にはおおよそある一定の決まりがある。まー、お前のやってるゲームと同じだな。過信はダメだが、実戦より楽なんだよ」

「そうなんですか?」

「ああそうさ。あのバケモンもそうだよ。アイツ、ここに慣れてて随分と学習してやがる。囚人を感知する前に、やつが反応して動く方が早かった。あいつらの行動パターンを覚えているのさ。まー、タイムアタック用に調教されてるようなもんよ。成績良くて当たり前。だが、アイツより俺のがよほど要領がいい」

 ユーレッドはそう言って、ほんの少し伸びをする。

「まー、そう言うわけだ。さくっと済ましてきてやるぜ。大体、俺、タイムアタックは昔から得意なんだよ」

 きゅきゅー、とスワロが少し不安げな声を上げる。タイロもやはり心配になる。

「本当ですか?」

「お前ら、なんか俺のこと信用しないなあ」

 ユーレッドは不本意そうに呟く。

「いいから、黙って見てろ。じゃ、行ってくる」

「き、気をつけてくださいねー!」

 にやっと笑うとユーレッドは、ふらっと踵を返した。開いたジャケットの裾が揺れる。

「準備はいいか?」

 仮面の獄吏に聞かれてユーレッドは、肩をすくめる。

「いつでもいいが、ちょっと待ってくれるなら十秒ほど待て。準備がある」

 そう言うと、ユーレッドは小声で肩のスワロに何かささやく。きゅ、とスワロが鳴いて右肩に寄り添う。

 ユーレッドは、そして、そのまま刀に手をかけた。

 途端、柄のあたりに収納されていたケーブルがぶわっと広がって、ユーレッドの左手に絡みつく。今日は調子がいいらしく、ユーレッドは顔をしかめていなかった。

「あれ使うのかー。アイツ、まあまあマジだなー」

 タイロの横に、いつの間にか先程虎口を逃れたばかりの、ハブがやってきていた。

「あれ、って、武器と直接繋ぐやつです?」

「そうだよ。俺達獄卒でも、アレやるやつは少ないんだけどな。ま、やれる武器だって限られてるし、かなり高価なんだぜ?」

 ハブはけろっと切り替えて、先ほどビビっていたのはなんなのかと思えるほどだ。それでも憎めない感じはある。

「特殊な合金で作られてる専用の武器で、獄卒の体と相性がいいんだとさ」

「あれって直接繋いで、感覚を鋭敏にするとかなんですよね」

 というのは、タイロが、ユーレッド本人から聞いた話だ。

「もちろん。でも、アイツの場合、それだけの使い方じゃねえらしいぞ。色々操作して有利にことを運ぶんだと」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。あれで指示して瞬間的に硬化させたり、発熱させたりして攻撃力を増幅したりするんだとからしいぜ」

 タイロは素直に感心する。

「えー、そんなのできるんです? いや確かに、前に刀身発光してるの見ましたけど。あの刀、動力付きなんですかね?」

「んー、なんかそれもさ。色々あるらしくてよ。なんせ獄卒専用の特殊合金製の武器でよ」

 ハブは眉根を寄せつつ、

「アイツ、ごくたまにすげー難しいこというだろー? 意外と理屈くさいっていうかー。だから、俺もそんなに意味わかってねえんだが……」

「理屈ですか?」

「なんか、獄卒には再生能力とか色々あるだろ。それに使うエネルギーが、常時、体にあるんだってよ。で、相性の良い合金の武器にそれを送り込んで反応させる……とかなんとか。アイツらが汚泥コアを食うのと理屈は同じだとか言ってたけど」

「汚泥コア? あー、スワロさんの燃料だっていうやつですよね」

 技術畑で獄卒用アシスタントには、断然興味のあるタイロは思わず食いつく。

「汚泥コアの液体を刀が吸収して、それ燃料にしてるとかは知ってましたけど、それを獄卒の体でもやるみたいなことなんですか?」

「血を吸わせるのとは訳が違うと言ってたけど、原理は似たようなもんとか。まあ、あれ使うと反応も速くなるが、攻撃力もあがるということなんだってさあ」

 ハブは唸る。

「アイツは緩急が大切とも言ってたけどな。送り込む力を、強くしたり弱くしたりするんだってさ。そうじゃなきゃ、並の獄卒はすぐへばるんだとさ」

「すごいですね。獄卒の人、そんなことしてるんですか?」

「まさか、アイツが特殊なんだよ。普通はもっと力押し。ま、アイツは左手しか使えなくて、力負けしかねねえから。その代わり、アイツは力負けをカバーするのは自分の技術力だとか、平気で言うやつだからな」

 ハブは肩をすくめた。

「でもなんで毎度使わないんですか?」

「それこそ、アレだろ。緩急つけてんだよ」

 ハブがぼやく。

「状況により変えるんだとさ。無理に使わねえ方が有利なこともあるんだってよ。状況に合わせるのは兵法の基本だって。ほら、たまに理屈っぽいだろ」

「へー、すごい。あとで聞いてみよ」

 外野の二人の呑気な会話の間に、ユーレッドはすでにスタートラインにいる。

 囚人のいる訓練場の廃墟群とは、ホログラムの障壁で隔てられているだけだ。

 ユーレッドは、まだ剣こそ抜いていないが、手をかけており、スタンバイ完了といった様子だ。

「始めるぞ」

 仮面の獄卒が告げる。

「先程の看守ジェイラーE03と同じく、撃破する囚人は二十体だ。地形の利用は可能だ。一時間経過するか戦闘不能になった場合は、訓練を中止する」

「いいぜ。だが、一時間とかかかるわけねえよ」

 ユーレッドは別に構えもせずに、いつも通りふらっとしている。

「んー、そうだなー。アイツは八分だったよな。一体倒す時の時間考えてー?」

 と、ユーレッドは独り言のように呟き、

「五分」

 ユーレッドはふっと挑発的にいう。

「俺は五分台で戻ってきてやる!」

(えっ、そんな約束して大丈夫?)

 さっきのやつより三分弱も早い時間だ。いくらなんでもちょっと盛りすぎでは。

 タイロが真面目に心配している間に、スタートの秒読みランプが点灯する。

 ぴーん、と甲高い音が鳴ると同時に、ホログラムが掻き消える。

 その瞬間、ユーレッドがざっと動いた。

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