4.熊頭と新型兵士
「べ、べあへっど?」
「ええ。怖がらなくて大丈夫ですよ」
聞き返すタイロにシャオは頷く。
「あれは管理者Xの部下のベアヘッド。そして、後ろにいるのは彼の手飼いの新型強化兵士です。看守と名前がつけられていますね」
シャオは当然のように告げる。
「あ、あの後ろの黒い……、のが?」
黒いヒト達、といいかけたタイロだが、なんだかヒトっぽくないので言い淀む。
あれらはヒトっぽいシルエットらしているのだが、どこか不自然だ。なんとなく、着ている黒いスーツで縛り付けて、それっぽくしているだけのような。
「なんだか、こわいんだけど」
タイロは素直だ。
「なんか、人間じゃないっぽくない?」
「よく気づきましたね。タイロさんは、意外とよく見ていらっしゃる」
シャオが妙な褒め方をしてくる。
「いえ、失礼ですが、他管区の獄吏の方は、敢えてそういうことに気づかないか、気付いても触れない方が多かったですからね」
「へっ?」
「確かにあれはヒトではありませんね。中身はほとんど囚人に近しい黒物質の改造兵士ですよ」
「黒物質?」
ドキッとする。
タイロは、黒物質がなんたるかをまだ知らない。
ただ、ユーレッドやウィステリア、アルル姫の話から、なんとなくアテはついている。
黒物質は、おそらく汚泥の元となった物質だ。囚人もおそらく黒物質でできている。
それそのものはきっと悪いモノではないが、悪いプログラムの影響を受けやすいということらしい。
「そんなの使って大丈夫なの?」
「大丈夫ではありませんね」
「えっ、大丈夫じゃないのお?」
シャオのあんまりな返答に、タイロは間抜けな声をあげてしまう。
「ですから、ベアヘッドがいるのです。ベアヘッドで押さえつけているのですよ」
シャオに言われて、あの恐ろしげなベアヘッドをみやる。確かに黒い兵士達はベアヘッドを恐れているかのようで、彼の前でおとなしくしている。
「あの仮面の人がねえ」
タイロはしげしげとベアヘッドを眺めて、ふと尋ねた。
「あ、もしかして、ここの管区の獄吏さんたちが仮面なのって、それと関係ある?」
「タイロさん、本当に意外と勘が良いですね」
シャオが再び意外そうになる。もしかしたら馬鹿にされているのかもしれないが、タイロは別に気にしない。
何せ相手は明らかにエリート素質の少年だ。それに褒められているならまだ良い。それにシャオはなんとなく浮世離れしていて、そのためか悪意が感じられない。あまりムカつかない。
「うん。上の偉いヒトが、表情見せるのを嫌がるって言ってたけど、それだけじゃないのかなーって、ちょっと思ってたんだよね」
「ええ。あの仮面は、彼等をコントロールするのに良いのですよ。ある種の仮面をつけていれば、ベアヘッドと他の獄吏達を同一視させられます。厳密には錯覚させているだけですが」
ふむーとタイロは唸る。
「なんか大変だね。黒物質って、そんなに危険なの? それそのものは、悪くないって聞いたような気がするんだけど」
そんなふうに尋ねると、シャオは苦笑した。
「E管区の獄吏の方は、獄卒のことを知らないとは聞いていましたが、本当に伏せられているんですね」
「え?」
「なぜ彼等が不死身か、なぜ汚染に強いか、というお話です。いくら便利なナノマシンを投与したと言っても、彼らが正規の軍の戦闘員より過酷な環境に対応しているには理由があります。何事も対価が必要です」
シャオは大人びた説明を、まだ声変わりしていない幼い声でする。
「修復力の高い不死身の肉体。しかし、そうなる為のナノマシンは、それなりの危険のあるものです。だからこそ、獄卒の素材は犯罪者が多いのですよ」
「まさか、獄卒に使われるナノマシンこそが黒物質ってこと?」
「それは……」
タイロが尋ね、シャオは答えようとしていたが、ふと近くで歓声が起きた。
見てみると視線の先で、仮面の獄吏達がモニターを注視している。
「早いぞ!」
シャオと話している間に、どうやら次の組が出走していたらしい。
慌ててモニターを確認する。が、走っているのは、獄卒でなくて、ひとりの黒い仮面をつけたナニカだ。比較的体が大きいが、足も速い。それが訓練用の囚人達を薙ぎ倒している。
「え? 一人で出してるの?」
タイロが驚くと、シャオが冷静な声で答える。
「新型強化兵士の看守は、標準的な獄卒より身体能力が強化されています。また、その行動はベアヘッドの管制下にありますから、獄卒に比べて成績が良くなるのは見えています」
シャオはさして、その新型兵士の訓練には興味がないらしくモニターをあまり見ていない。
ベアヘッドはいつのまにかフェンスの中に入り、看守の方を睨みつけるようにして仁王立ちだ。傍目にはわからないが、おそらく彼は指示をしている。
「同じ人数の訓練は今までしておりますし、およそ半分ほどの時間で制圧できていました」
「へえ、すごいんだね」
「あの個体E03は、特に戦闘力の強化が認められていますからね。今回は、一体でどれほどの成績が出せるかの確認をしたものでしょう」
言われてタイロは画面のタイムを確認した。
「わあ、本当に速い。五分で半分くらい倒してる?」
こういうタイムアタック的なの、ゲームの動画で見たなあ。とタイロはのんきなことを考えるが、モニターの画面はあまりのんびりしていない。
看守と呼ばれた新型兵士は、形こそなんとかヒトらしいが、その動きは獣に似ている。武器は獄卒と同じく銃器は使っておらず、硬度を強化したブレードを使っているが力任せにそれを振るっている。
囚人達が黒い残骸を散らしているのは、あまり気持ちの良い光景でもなく、爽快さより陰惨さが際立つ。
そんなこんなでタイロはあんまり画面を見ないで、タイムだけを確認していた。
程なく仮面の獄吏達が沸き立つ。ゴール地点にそいつが戻ってくる。
結局、看守E03は八分を切る好成績で訓練を終えた。他の獄卒達が三十分かかっていたのを考えると、よほど早い。
黒い体、長い両手足をひきずるような看守の姿はなんとなく不気味だが、強化兵士といわれれば納得する、それだけの威圧感を持ち合わせている。
「流石は新型機」
「しかし、なおさら検証したい」
仮面の獄吏は、タイロにはインシュリーくらいしか見分けがつかないが、どうやら技術者も含まれているらしく、そのような会話が飛び交う。しかし、どこか無感情で機械的だ。
「他の獄卒と比較できないか?」
獄吏がぽつりという。
看守の訓練が始まった為、ユーレッドを含む獄卒は休憩用のプレハブの近くに移動している。半数以上は中で休んでいたが、ユーレッドはどうやら獄吏達の様子を窺っているようで外にいた。
隣でハブが雑談を振ってくるのを、適当にかわしている。
「彼らを使えないか?」
ふと、獄吏の一人の言葉がタイロの耳に入る。
「比較って、うちのあの辺の獄卒さんたちはもう一回やってるんだけど……」
流石に比較のためにもう一度出されるのはかわいそうだ。ユーレッドみたいな退屈していそうな獄卒は別として、そこそこみんな疲れている。
「通常の獄卒の能力と比較したいのでしょう。どなたかひとり……」
「え、ひとり?」
タイロが慌てる。
「そんなの、怪我しちゃうよ。皆で行って三十分とかだったんだよ」
「彼らはデータにこだわりますからね。E管区の獄卒は、マリナーブベイにいる獄卒より質が一般的です。マリナーブベイの獄卒は、正直、担当の管理者によって獄卒の様子がかなり違いますからね」
シャオと話しているうちに、ふと仮面の獄吏が、ユーレッドと話しているハブに目を向けた。
「あの獄卒で試してみたい」
「ああ、それが良いな」
と、ひそひそ話す。
そして、彼らが中に入り、ハブに近づいた。
「だからさー、あの店、いい娘が多いんだよー。いくら偏屈なお前でもきっと……」
「お前もしつけえなあ。その話すると、スワロがご機嫌斜めなんだ。やめろよなあ」
考え事をしているユーレッドはとりあわないが、ハブは性懲りもなくキャバクラの話を振っている。ユーレッドの言うとおり、右肩のスワロが、ムッとした様子でハブを睨みつけている。
「獄卒UNDER-8-21-2」
それはハブの獄卒登録名だ。ハブが、きょとんと顔を上げる。
「なんだい?」
「もう一度、訓練だ。フェンスの中に入れ」
「へ?」
ハブが一瞬表情をかためる。
「え、なに? 訓練、俺はもう終わってるぜ」
「だからもう一度だ」
仮面の獄吏、おそらくちょっと手荒なこともする実行部隊らしき、ガタイの良い男が二人、ハブに迫る。
インシュリーの部下だろう。
能天気なハブだが、流石にこの状況には反応する。呼ばれているのは自分一人だ。
「ちょ、ま、待てよ。ま、まさか、さっきのバケモンみたいに、俺一人で行けって?」
ハブが顔をひきつらせる。
「そ、それはいくらなんでもよ。そ、それに俺よか強いやつの方が比較になるし……」
「能力的に考えて、適役だ」
タイロが慌ててフェンスの際に駆け寄る。
「ハ、ハブさん一人だと危険ですよ」
「そ、そうだぜ。あの新米くんのいう通り、俺はそこまで強くねえし、下手すると医療棟送りだ。目標クリアできねえ俺が行ってなんの比較が?」
ハブは周囲に目をやる。
隣のユーレッドは、凍りついたように表情も動かさず、相変わらず薄く色づいたサングラスをかけたまま視線すら動かさない。とりつく島もなさそうなほど冷たい。
他の獄卒達は、薄情にも自分も巻き込まれて困るとばかりに、逃げるように休憩所のプレハブに姿を消している。
「あ、あのバケモン、強化ブレード使ってたんだろ。だったら、たいしたエモノもつかえない、俺なんか出したって!」
「そうですよ。武器の性能にもかなり差が!」
ハブの言葉にタイロが同調するが。
「獄卒UNDER-8-21-2、早く中に入れ」
新米のタイロには発言権はない。仮面の獄吏達はタイロを無視する。
タイロが慌ててメガネ先輩に視線を送ると、メガネがふと眉根を寄せた。
「それは困ります。その獄卒は協力評価が高いので。別のものにはできませんか?」
メガネ先輩がそう申し入れた。
なるほど、ユーレッドが先ほど話した"緩衝材"の話は確からしい。メガネ先輩は、獄卒に情をかけるような人ではないが、その彼が反対するのだから。本当にハブには、獄卒達の懐柔要員としての役目があるらしい。
メガネには多少の発言権はあるが。
「申し訳ないが、この獄卒で決まっている」
しかし、仮面の獄吏が無視してハブに迫る。
「早く入れ!」
「ひっ、ま、待ってくれよ!」
ハブが慌てて壁際に逃げかける。
「あ、あのっ……」
とタイロがゲートをあけて中に入ろうとした時、ハブと仮面の獄吏達の間にふらっと人影が割り込んだ。
「まあ、待てよ」
ゆったりした、しかし剣呑な、ちょっとハスキーな声。
「ユ、ユーレッド!」
ハブが安堵の声を上げる。
ユーレッドは長身を傾けるようにして、彼らの間に滑り込む。
「別に誰が行くんだとか、結果がどうとか、俺には興味ねえ。まして、コイツに恩を売るつもりもねえんだが」
とユーレッドは肩をすくめて前置く。
「どうせ比較するなら俺の方が適役なんじゃないか?」
ユーレッドは、唇を片方だけ歪めつつ言った。
「さっきのバケモン。動きを見ていたが、あれ、囚人なんじゃなく、獄卒を改造した兵士だろ? そこにいる仮面の黒い奴らもそうだ」
ユーレッドはサングラスの奥で、ちらりとインシュリーを見やる。インシュリーは既にユーレッドを睨んでいる。
それを無視して、看守と呼ばれる強化兵士と先ほどのE03、そしてベアヘッドを見回して、ユーレッドは不安げなスワロをそっと撫でた。
「その中でも、さっきの奴は明らかにエース。もっと強いのがいるかもしれねえが、今いる他の奴らとは明らかに質の違う動きをしていた。そんな化け物中の化け物を、どうしてハブみてえな、俺たちの中で上の下、または中の上だってわかりきってる相手と比較しようとしてるんだ?」
ユーレッドは挑発的に言った。
「どうもその辺が解せねえんだよなあ。納得のいく説明を聞きたいもんだぜ」
ユーレッドはそういうと、サングラスに手をかけて外すと、ジャケットの胸ポケットに滑り込ませた。
ユーレッドは、どうやらやる気だ。




