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6.獄卒UNDER-18-5-4 ユーレッド

「え、えと、確か、あなた、ユーレッド、さん、ですよね?」

 そう声をかけると、ユーレッドは肩をすくめて冷笑した。

「お前、そうとうツイてねえな。ふふふっ、新米にはちと荷が重いぜ、この話」

 ユーレッドは顎をしゃくる。

「まあいい。死にたくねえなら、下がってろ」

「は、はい……」

 こころもち後退したところで、周りの囚人達がうごめいた。一斉に飛びかかってくる気配を感じるが、ユーレッドは涼しげな顔で、左手で右肩のスワロを撫でるようにする。

「スワロ。今日は上からだ。いいな」

 囁くように言って、彼がスワロを放り投げるようにした瞬間、丸みのあるロボットの姿が変形する。体を潰すようにして三角の流線形の紙飛行機のようなフォルムに変わったスワロは、そのまま上空へと燕のような動きで飛び上がった。

(か、可変機能? ええっ、凄い!)

 しかも、型は旧式なのに。相当スピードが早い。しかし、それにはタイロは思い当たりがあるようで、思わず声が出る。

「あのエンジン、違法改造ですよ。確か獄卒用アシスタントのエンジン出力は……」

 はたとそんなことに気づいてつぶやくと、ユーレッドが舌打ちした。

「こんな時にうるせえなあ。いいじゃねえか。迷惑はかけてねえし」

「それはそうですが」

 と、ふとユーレッドが顔を上げる。

「ふむ、ひーふーみーよー、……壁に隠れているのが四体紛れているのが三体。まあ、十匹くらいまでなら余裕かな」

 と独り言のように言うのは、おそらくスワロと通信で情報交換をしているのだろう。

「よし、そのまま情報流しながら旋回してろ。なーに、余裕だろ」

 ユーレッドが左手をそっと剣の柄に伸ばす。

「まあ、でも人数が多いからな。ちょっとだけ本気出すか」

 そこまでは普通の動きだ。が、その時、剣の柄の側からコードのようなものが伸びてくるのが見えた。ユーレッドの左手首の内側に金属製の輝きがあって、どうやらコードはそこに接続しているようだ。左手首の内側に血管のようなものが盛り上がる。

 一瞬、ユーレッドが顔を顰める。

「っ、いってーな……。やっぱりメンテナンスするべきだな。スワロ、微妙に波長が合ってねえよ。あとちょっとだけ下げろ」

(あれっ、もしかして、この人神経に直接連結させてるのか?)

 なるほど、それならアシスタントの丸いのが彼とだけ会話ができていた理由がわかる。

 普段は左手首の送受信機で無線で接続しているのだろう。

(医療的な目的でやる人はいるって話だけど、戦闘用につかってる人、いるんだ!)

 タイロの記憶によれば、テキストにうっすらと書いてあった。

 アシスタントとの情報交換に便利だとのことで、技術的にはある。しかし、拒否感も強く獄卒であっても普及はしていないらしい。なにせアシスタントに体を任せるということでもあるから、よほど相手との信頼関係が深いか、自分の体がどうでもいいものくらいしかやらないのだそうな。

 さてユーレッドがどちらかはわからないが、左手に引っかかるようにコードを巻きつけ、彼はちらりとタイロをみやった。

「おい、新米。俺の黄色警告票の点数の合計、マイナス何点だ?」

「え、えっと」

 急にきかれて戸惑いつつ、タイロは慌てて思い出す。

「あの、も、持ち点はプラスマイナスとも200点で、プラスで満点いくと評価があがるんですけど、マイナスで突破するとコキュートス基地派遣で、その前に警告票が……。黄色が出るのはマイナス180なんです。残り20点は、軽犯罪でもそれくらいあるので、もう何も悪いことはできなくて。あ、ぶっちゃけ、ユーレッドさんが昼間にやってた賭博でも10点だし、他のなんか足したらそれでアウトなんですよ」

「そういう話を聞いてるんじゃねえ」

 ユーレッドはすげなく言い捨てて、

「ふうん、居住区侵入囚人始末した時のポイントは、確か一体35点くらいはあるんだろ。なんで、まー、それなりの大物もいそうだから、五匹もあれば及第点かな?」

 そう数え立ててから、ユーレッドはにやりとした。

「あー、ちょうどいいや。マリナーブベイに出かけるまでに、借金はチャラにしておきたかったんだよ」

 と、その時、ユーレッドに覆いかぶさるようにして不定形型の囚人が襲い掛かってきた。

「あ、危な……」

 慌ててタイロが声を上げたとき、ふと不思議なことが起こった。

 ユーレッドはわずかに体を傾けただけに見えたのだが、その瞬間、彼の左手に白い光が走っていた。

 暗闇の中、黒いものが飛び散って闇より黒い囚人の体が斜めに切り裂かれる。

 ふっとそのまま倒れてくるそれを避けて、ユーレッドはもう他の囚人ののほうに足を向けている。

(なんだ、今の?)

 タイロは、ぞわりとしたものを感じて目を瞬かせた。

(見えなかった。いつのまに抜いたんだ……)

 斬られた囚人はそのまま地面で泡立って溶けていく。もともと住人の識別票を汚泥で包み込んだ汚泥コアと呼ばれるものが、囚人の急所だが、誤った情報で書き換えられて存在しているそれらは、汚泥コアが割れると肉体の維持ができなくなるのだ。

 ということは、ユーレッドは先程の一撃で汚泥コアを引き裂いたということだった。

 そんなことを考えているうちに、ユーレッドはもう一体の不定型囚人に対している。その攻撃を難なく避けながら、軽く足を踏んで近づくと、一気にだんと真横に切り裂いた。

 そして、倒れるそれには目もくれず、次の獲物に向かっている。

「スワロ、雑魚は飽きたぜ! 点数の高いやつはどこにいる?」

 ユーレッドが笑いながらそう告げるのが聞こえる。

「これじゃ藁人形斬ってるみてえで、手応えがねえよ」

 飛びかかかってきた囚人に刃を走らせると、ざらっとそれが砂でできたもののように崩れていく。ユーレッドはすでに興味がないらしく、振り返ることすらない。

 その陰に、ふと鋭く動く何かが見えた。人影のように見えるが、ちらりと遠くの街灯の薄い光で見えたそれは、黒い塊に見える。

(あれ、もしかして、元戦闘員てやつ?)

 人の形は保てているし、動きも人間のそれだ。そして、刀のようなものを手にしているが、金属には見えない。その刃は街灯の光でぎらつくような輝きを放っていたが、何よりも黒かった。

「久しぶりに見たぜ!」

 ユーレッドが楽しそうに言った。

「最近見なかったんだよなァ、獄卒の囚人堕ち。俺が狩り尽くしたのかと思って心配したぞ」

 同じような人型囚人が三体、ユーレッドの周りに広がる。

 た、と足を止めて、ユーレッドは真っ直ぐに構えつつ、薄く笑う。

 その瞬間、囚人の一体がぐっと前のめりになってそのまま襲いかかる。ユーレッドはその切先をすんでのところで避ける。その彼の口元に歓喜の笑みが浮かんでいた。

「はははははっ!」

 すれ違ったとみえただけなのに、人の形をした囚人の首のあたりから、黒い液体が吹き出してそのまま頭が落ちる。

 もう一体が剣の形をしたものを突き出すのをユーレッドは斜めに移動しながら受け流す。火花が散って、鍔が重なるがそれを左手をゆるめるように外して、振り返りざまに斜めに肩から切り裂く。

 囚人が崩れながら地面に落ちていく。獣じみた笑い声が低く響く。

「やっぱり、刃物持ったヤツ斬るのは、たまらねえなあ! 囚人はこんなドロドロのくせして、獄卒と違うよな。刃を引くときの手応えが違うぜ!」

(笑ってる)

 呆然とタイロは、その姿を眺めていた。

(この人、殺戮を楽しんでる)

 思わず、夜の寒さとは違う寒気で、タイロは両腕を掴む。

(そういえば、テキストに書いてあったっけ。獄卒は同士討ちや犯罪を避けるためもあって、"囚人"を倒すと気分が高揚するんだって)

 確かに、彼も獄卒とは違う手応え、と言っていた。けれど。

(このひと、やっぱりヤバい奴だ。でも……)

 けれど、何故か、タイロはその様子から目が離せない。

 恐怖や嫌悪感はゼロではないはずだが、タイロの中では別の感覚がわきおこって上位になっている。

(どう考えてもヤバい奴、だけど、なんて綺麗な動きしてるんだろ……)

 そして強い。どこか神秘的ですらいて、だが、明らかに王道から外れている禍々しく荒々しい剣。

 それは魔物の美しさだ。

 タイロはふと日中の話を思い出した。あの男は普通じゃない。そんな風に先輩は言ったものだったが、確かにそうかもしれない。この男は、どう考えても普通じゃない。

 ヒトとは言えない、けれど獄卒の中でも明らかに浮いている。

 たぶん、それは夜の気配を背負いこんだ魔物に近しいものだった。

「おい、スワロ! 一匹足りねえぞ! でかいやつだったはずだが、どこにいる?」

 ユーレッドがそうアシスタントに声をかけるのが遠くに聞こえた。

 いつの間にか囚人の気配が消えている。もしかして全部やったのだろうか。なんて手際がいいんだろう。

「何、早く言えよ!」

 他人事のように考えていたタイロに、ふと声が鋭くかかる。

「おいっ、そこの新米、頭下げろ!」

「えっ?」

 そう声をかけられて、取り憑かれたように見惚れていたタイロはようやく我に返る。その背後、冷ややかな闇の気配。

 闇より濃い黒いものがタイロに飛びかかろうとしていた。

「わあっ!」

 慌てて頭を下げると、何か冷たいものが首筋を撫でるように動いていった。たたっと足音が聞こえる。

「よしっ! そのまま、顔あげるなよ!」

 びしゃっという音が頭上で鳴った。

 何かが唸り声とともに倒れる気配がして、そろそろと覗き込むと、隣で崩れかけた大型の囚人がいて、ユーレッドがそれに刀を突き刺して片足で踏みつけていた。

 ぐいと刀を捻って押し込むと、囚人は一瞬痙攣して動かなくなる。ユーレッドは冷たい笑みを唇にのせ、そのまま刀を引き抜いた。

 びっと彼の顔に赤黒い返り血のようなものが飛ぶ。

 タイロはそれを呆然と見上げてへたり込んでいたが、ユーレッドの左目がぎらっと彼を見たのに気づいてふるえが走った。

「おい」

「ひっ!」

 改めて彼の、ちょっと蛇を思わせるような視線に晒されて、タイロは震え上がった。

 ユーレッドは刀に血振るいをくれつつ、歩み寄ってきた。

 ざっと剣を地面に刺した瞬間、ユーレッドの左手からコードが抜けてするすると刀の中に収納される。左手が血のような囚人の液体で汚れている。

 それを見た瞬間、タイロは見惚れていたことも忘れて血が引くのを感じた。

「おい、新米」

 返事がないので首を傾げ、ユーレッドは、しゃがみ込んでタイロを覗き込む。

「なんだ、お前、腰抜けてるのか?」

「た、助けてください!」

 声をかけられた瞬間、弾けるように起き上がってタイロは両手を合わせた。

「はァ? なんだと?」

 ユーレッドが不機嫌に片眉を歪めた。

「な、何でもしますんで命だけは!」

 タイロは続けた。

「お、俺みたいな獄吏は獄卒の方と違って斬られたらちゃんと死ぬんです。な、なので、ユーレッドさんが強くて怖いのは分かったんですけど、できたら俺は斬らないで」

「はあ? お前何いってる? 誰がお前を斬るって?」

 ユーレッドは呆れたようにため息をつく。

「てめえ、何勘違いしてやがる」

「えっ、勘違い?」

 半べそのタイロは、ようやく顔を上げる。ユーレッドは、不本意そうな顔をしていた。

「で、でも、その、ユーレッドさんて、そのう、人を斬るのが好きとかそう言うヒトなんでしょ?」

「ふん、どこまで俺の事を知っているか知らねえが、獄吏の連中に言わせりゃ、俺は確かに殺人鬼だろうよ。獄卒になったのもそう言う理由だからよ。だがな、いくら俺が見境ねえ殺人鬼だって言っても、俺にだって相手を選ぶ権利はあるだろうが」

 ユーレッドはジャケットの右の懐に仕込んであるらしい内ポケットから何か取り出して顔と左手を拭く。ティッシュかと思ったが、懐紙のようだ。意外と渋い趣味だ。

「お前なんか斬っても面白くねえし、第一獄吏なんか斬れば一発退場。コキュートスどころか、下手したら識別票ごと有無を言わさず消却処分だ。俺には何の得もねえだろう。俺がイカれてるって言ったってな、それくらいの分別はあるぞ」

 失礼な、と言いたげだ。

 タイロは目を瞬かせてきょとんとした。

「え、そうなんですか? 俺を斬るつもりないんです?」

「死にてえならともかく、いや、死にてえにしろ、俺はそういうシュミはねえよ。なんでそんな慈善活動しなきゃならねえ?」

 とちょっと物騒なことを言いつつ、

「そりゃあな、人斬るのはゾクゾクして楽しいが、俺はな、殺す相手には殺す理由をつけねえと面白くねえんだよ。生きるも死ぬも生かすも殺すも、なんかこう理由がなくちゃなあ。ま、生きてることには大して理由はないんだが」

「そ、そうなんですか? その、殺すほうとかには理由あるんですか?」

 意外なことをいうので、タイロはちょっとひょこりと体を起こす。

「当たり前だろ。周りは俺が無差別に殺るっていうがよ、なんつーか、やる時は概念はっきりさせとかねえと、イマイチ調子が出ねえし、楽しくなってこねえだろ。なんで殺すのか、とか、自分がどこにどうしていて殺すのかとか、ちゃんと頭で理解できてねえとな!」

 いっそのこと、ユーレッドは能天気な明るさでさらりとそういう。その辺のさっぱりした感じは、物騒な割に何故か憎めない感じだ。

(いや、楽しいとか言う時点で頭おかしいんだけど)

 ちょっと呆れていると、いつの間にか、丸いだるまみたいな姿に戻ったスワロがふわふわと降りてきて、肩の上にとまる。

「おお、スワロご苦労だな。識別票は全部拾えたか? しかし、お前はツクヅク悪食だな。今日のは、食いでがあったろ」

 ユーレッドが意地悪く言うと、スワロはちょっと不機嫌そうに首を回して顔を背ける。なんだか、このアシスタントは随分反応が人間ぽい。

 ユーレッドは立ち上がり、傍らの剣を握った。表面についていた血のような囚人の残骸が綺麗になっている。

(この子、もしや武器由来型ってやつ? コスパの悪いアシスタントでも特にコストパフォーマンス悪いって話だけども。武器型アシスタントは、そういえば、武器の方でエネルギー吸収とかするんだっけ?)

 それでも多少の汚れは残っているらしく、器用に刃の方を懐紙でついっと拭く。そうしてからユーレッドは刀を鞘に収めた。

(確か囚人の汚泥コアをエネルギー源にするって言うけど、ユーレッドさんは正確に汚泥コアを破壊してたから、その時ついた血みたいなヤツを吸ってるっぽいけど、どうやって吸い込んでるのかな、あれ)

 斬られないで済むとわかると、素朴な疑問が湧いてくる。

 何せこのタイプのアシスタントを連れ歩く獄卒は、近頃は非常に珍しいのだ。ついつい興味がわいてしまう。

「は? お前の情報伝達が遅いんだよ!」

 そんなスワロとかいうアシスタントと、主人のユーレッドは口喧嘩のようなやり取りをしているようだ。直接つなげているらしいのだから、ユーレッドは口に出さなくても意図を伝えられるはずだが、口に出した方が楽なのかなんなのか。

「レーダー修理まですると完全に予算が足りねえんだ。その辺何とかしろよな」

 わかりやすく伝えるには言葉を発したほうが手っ取り早いのかもしれない。

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