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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館

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3.少年シャオ


 訓練は、何組かに分かれて行われる。

 

 タイロ達は少し離れたところで待機し、詳細をモニターで確認していた。

 まあもちろん、そういうことをするのはタイロだけでなく、メガネの先輩や、例の仮面の一団もそうなのだけれど。

 インシュリー達、仮面の獄吏は別のちゃんとしたモニターを見ていて、メガネ先輩は自分のとても良いタブレット。タイロは自前で持ち込んだ仕事用のしょぼい旧式のタブレットを使っている。

 まあ、それはそれで気が楽だ。特に仮面の獄吏達は、あまり喋らないので後ろに立たれているだけで気をつかう。

 タイロ達には一応安全が確保されている。

訓練中の獄卒とはフェンスで区切られている。いざというときは高圧エネルギーを流せるのだ。

 とはいえ、フェンスは不安ほどのただの安作りの細い針金。獄卒のいる側には、制御されているとはいえ模擬戦用の囚人がいるわけで、あまりまったりできる環境ではないのだった。

 今日の訓練はもう二組が済んでいる。

 先程訓練に当たっていた十人の獄卒のうちに、ユーレッドとついでにハブが入っていた。

「うあー、もうへろへろだー」

 ゴール(スタート地点と同じだが)にたどり着き、帰ってきた獄卒達はみんなへばっていた。

「やべえ、今日はダメかと思ったー。やばかったー」

 ハブはおしゃべりだ。疲れていても黙っていられないらしい。

「そうだなー」

 ユーレッドは壁にもたれかかっているが、気怠く見えるのはいつものくせなだけだ。外していないサングラスの下では、恐ろしく涼しい顔をしていた。

 ユーレッドは、少しでも本気を出すつもりがあれば必ず眼鏡を外す。外していないのは本気でない証拠だった。

「昨日より疲れたよな」

 などと白々しく口だけ同意しているが、ユーレッドは、そもそも息を切らせもしていない。

「昨日よりやばいのが、出てきてるじゃねえかよー。なんだよー、訓練ってー」

 ハブの愚痴にユーレッドは苦笑する。

「まァ、シャロゥグの荒野の奥よりマシだろ。あれくらいの、うじゃうじゃしてるだろうが」

 エース獄卒のユーレッドは、しょっちゅう荒野の深部まで向かう。正直強い相手に慣れている。ハブが舌打ちした。

「ちッ、ユーレッド。お前、余裕すぎんだろ」

「そうでもねえよ。疲れて眠てえんだよ」

 とあくまで口だけ合わす。

(ユーレッドさん、本当に余裕だなあ)

 ただ、眠いのも本当かも。彼にとっては模擬戦用の囚人など、どうせ退屈な雑魚なのだ。

 しかし、敵の実態については、ハブの言う通りだ。

 今日の敵は、昨日のよりも強くしてある。

 模擬戦とはいえなかなか危険だし、数も多かった。が、ユーレッドは、あからさまに手を抜いてこの余裕なのである。

 しかも、タイロに怪我人を出さないと言ったこともあってか、要所要所でわからないようにして同じ組のメンバーを守っており、彼のいた組は負傷者をだしていなかった。

(うーん、流石にできる。あとで褒めてあげよう)

 タイロはそう思う。ユーレッドは、あれで褒められるのが好きなのだ。

「タイムは二十五分ですね。まあ彼らにしてはよいほうでは?」

 メガネ先輩の声に、タイロは頷く。

「ひとつ前の組は三十分でしたもんね」

(その辺はユーレッドさんの効果もありそうだけど)

 手を抜いているが、ユーレッドは仕事はそれなりにきちんとする。妙なところで彼はプロ意識が強いのだ。相手に悟られない程度にしながら周りを守っていたのも、その辺のプロ意識がなさせるのだろう。

 彼がトドメを刺すときは、ほぼ一撃でキッチリと始末をつけていたのをタイロは確認していた。

(インシュリーさん、気づいてるかな)

 ちらりとタイロは、モニターで何かをチェックしているインシュリーを盗み見る。

 インシュリーの腕前は、タイロはうっすらとしかわからない。ただ、おそらく彼ならユーレッドが疲れない程度に手を抜きながらも、負傷者が出ないように気を遣い、囚人をそれとなく攻撃していたことに気づいている筈だ。

「しかし、うちの管区の獄卒の平均の成績は、他管区の戦闘員と比べ、あまり芳しくないですね。烏合の衆と言われてしまいそうです」

 とメガネは愚痴る。

 メガネの先輩は、ユーレッドのことにはまだ気づいていない。データ重視の彼には、数字上はわかりづらいユーレッドの絶妙な手加減がわからない。まあ、気づかれない方がいいのだ。ユーレッドが、あからさまにサボっているがわかるのも厄介だし。

「別のデータをチェックします」

「はーい。よろしくお願いします」

 メガネの先輩は、自分の別のモニターで詳細をチェックするべく、タイロの側から移動する。

 ぽつんと残されたタイロは、他の面々からちょっと離れたところで、チェックを続けている。

(でも、最近ユーレッドさん、確かに調子良いよなあ)

 マリナーブベイに来た当初は、スワロとの接続が切れたこともあり、幻肢痛の発作を起こしたこともあったが、今は発作は起こしていないようだ。タイロの修理以降、スワロも調子が良いらしい。ユーレッド自体の体調も良いらしく、最近はとみにご機嫌だ。

 ユーレッドは、タイロに名前を呼ばれると調子が良いなどと言っていたが、あれから別に彼の助けを呼んだことはないので、直接関係はなさそう。

(うーん、ユーレッドさんの体調良いのって、ウィステリア姐さんのせいじゃないかなあ)

 タイロはふと考える。

 ユーレッドは、レディ・ウィステリアがちょっと苦手だが、なんのかんの、定期的に連絡し、彼女の歌も聴きに行く。

 話によると、ウィステリアの声には、なにやら囚人を抑える周波数が含まれているらしい。彼女は魔女なのだと教えてくれたが、まだタイロはその辺の事情はまだよく理解はできていない。ただ、魔女とは、汚泥と、その汚泥の凶暴化した産物である囚人を、抑えるための能力があるのだという。そして、今はほとんどいなくて、ウィステリアやアルルは生き残りなのだと言うことも。

 そして、ウィステリアの声による鎮静は、ユーレッド達獄卒にも作用するらしく、ユーレッドは酔っていたり、疲れていたりする時に彼女の歌をきくと、まずふわっと寝てしまう。それは彼に限らず、他の獄卒もそうらしいが、多少の相性はあるらしく、ことユーレッドに対してはあからさまに有効だ。

 口ではなんだといいながら、ウィステリアの声はユーレッドと相性が良いと言うことらしいし、多分ユーレッドは彼女の声は気に入っているのだと思う。

 普段は精神がたかぶりがちなユーレッドのそういう何気ない休息が、彼に良い影響を与えている気がする。

(でも、なんで囚人達や汚泥を抑えるための力が、ユーレッドさんたち獄卒に影響するんだろう)

 獄卒の作り方は、教えられていない。

 ただ、ユーレッドがチラリと言った通り、なにかしら、ナノマシンのようなものを投与され、既存のヒトとしての細胞とそれらの物質が置き換えて作られるらしい。

 アルル姫の誘拐事件の折の、ユーレッドの思わせぶりな言葉から考えると、その投与されたモノと汚泥にはなんらかの関係がありそうだった。

 タイロたち、獄吏にも基本的には伏せられているその話。詳しくは知らない方が良さそうで、ユーレッドも軽々しくはタイロに語らない。それはタイロの身の安全を考えてのことらしい。

(ま、まあ、調子が良いならいいことだよね)

 その内、ユーレッドがそっと話してくれるかもしれない。タイロが知って良い話かどうかは別だが。

 気分を切り替え、タイロは再生している動画を眺める。

 訓練に使われている囚人は、だいたい不定形型の比較的無害なやつだが、今日は多少の虫型(インセクト)が混じっている。虫型はかつて対戦した時に説明された通り、強くなりやすく種類も多くなる。

 だが、それでもユーレッドが手こずるほどの相手はここにいなかった。あっさりとそれらを斬り崩すユーレッドが、画面に映る。

 ユーレッドの戦闘時の動きは好きだ。無駄がなく美しくさえある。それに華麗だ。

(本当に、かっこいいよなあ)

 あまり暴力的なことは好きではないタイロでも、思わず惚れ惚れとしてしまう。

「獄卒の方の映像ですか?」

 巻き戻して眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。

「その人凄いですね」

 声変わりしていない子供の声だ。ドキッとして振り返る。

「凄いな。無駄のない綺麗な動き。素晴らしいです」

「えっ、あれっ、君どこから?」

 そこにいるのは、本当に十歳を少しすぎたくらいの少年だった。

 切長の目をしたなかなかの美少年だが、髪の毛が赤く、しかも髪型が個性的。左横を剃り込んでいて右側の前髪は長い。なかなか攻めた髪型をしている。が、少年にはよく似合っていた。

 そんな個性的な美少年、いや、そもそも子供がこんなところにいるのはおかしい。

 目を瞬かせていると、少年がにっと笑った。アイスブルーの瞳。なんだか、こう、ちょっとツンとしたお高い感じの猫みたいだ。

「お構いなく。僕はこう見えてちゃんとした獄吏です。訓練場所属なんですよ」

「えっ、そうなの……じゃなかった、そ、そうなんですか?」

 慌てて敬語に直すと、少年が笑った。

「タメ口でいいですよ」

「そ、そう。それじゃ遠慮なく」

 タイロはそういうところは本当に遠慮しない。この年で獄吏ということは、相手は間違いなくエリート中のエリートだが、そんなことは気にしないのだ。けろっと元に戻す。

「すごいね。君みたいな若い子が、こんな訓練場でのお仕事もしてるなんて。危なくない?」

「危ない一面はありますが、安全は確保されていますよ」

 にこりとして少年は答える。

「それに、戦闘員の能力向上をはかるお仕事は興味深いですし」

「へー、すごいな。仕事熱心なんだねえ。俺なんて今日の仕事もサボりたかったくらいだよー」

 タイロは本音をはく。シャオは目を瞬かせた。

「あなたはE管区のシャロゥグの方ですよね」

「そうだよ。俺はタイロ・ユーサ。まだ新米なんだけど、この任務に派遣されちゃって。よろしくね。あ、えっと……」

「僕はシャオ・ミゲルです。シャオと呼んでくださって結構ですよ」

「シャオくんだね。よろしくね」

 にこっとタイロが笑うと、シャオも笑う。

「あの方の映像ですか?」

 とシャオがタブレットを覗き込んで、向こうでたたずゆでいるユーレッドを見やる。

「ああ、うん。そうだよ」

 ユーレッドは、相変わらずぼんやりと壁にもたれて休憩中だ。手持ち無沙汰だが、今日は煙管をくわえていない。大体、あれは煙草でなくて、基本的には彼の、囚人や獄卒に対する強すぎる攻撃性を抑えるためのものらしいから、今日のような弱い相手の時はさほど必要ではないのだろう。

 むしろこの状態で気を鎮めると、居眠りしかねない。

「協力的な獄卒さんなんだけど、成績も優秀で、動きも綺麗なんだー」

 流石に仲良くつるんでいる、とは、言いづらい。タイロは彼を紹介するとき、協力的な獄卒と周りに紹介するようにしている。協力的なのは間違いないから嘘はついていない。

 メガネの先輩は、同僚の交友関係にあまり口うるさくない。彼自体は獄卒を毛嫌いしているが、獄卒と獄吏の癒着は当然と考えていて、それこそ賄賂によるお目溢しもスルーする。だから、タイロがユーレッドと親しくしていても、勝手にすれば良いという態度なので、ある意味助かるのだが、さすがのタイロも管区違い獄吏にはそれなりの体裁を整えていた。

 インシュリーがいることもある。癒着の疑いをかけられてユーレッドに迷惑をかけると困る。

 というところはあるものの。

「すごいでしょ。うちの地区の獄卒の人でも、こう言う人もいるんだなーって感心しちゃう」

 それはそれとして、タイロもユーレッドのことはちょっと自慢したくもあるのだ。

 ユーレッドは、タイロにとってはちょっと困ったところもあるが、カッコいい兄貴分みたいなものなのだ。

 ただし、タイロ的には、いきなり現れたム所帰りの兄貴的な、頼りになるけれど、社会性が皆無だから、ちょっと世話も焼かないといけない系の兄貴分なのだが。ユーレッドは保護者のつもりらしいから、これは言うと怒られそう。

 でも、まあ、基本は自慢できる。

「本当ですね。これは意外でした」

 シャオ少年は、目を瞬かせて笑う。

「あの管区の獄卒にこんなに良質な人材がいるとは」

「そうでしょー! すごいんだよー」

 と、タイロが得意になって褒めていると、不意に周りがざわりとした。

 タイロもそちらを見てみる。なにやら人が集まっている。

(なんだろ?)

 と、何げなくその中心を見て、タイロはどきりとしてしまった。

 仮面をつけた男がいる。

 いや、インシュリー達と同じ仮面の獄吏は、もはや見慣れていたが、その仮面の獄吏に囲まれて、一人、特別な仮面をつけた男がいるのだ。

 装飾のある豪奢なローブは毛皮のふわふわがついていて、なんとなく熊を思わせる凶暴そうな紋様のある独特の仮面をかぶっている。

 その後ろに、真っ黒な衣服を着て黒い仮面をつけた人間らしい者たちが続いている。

「あれは、ベアヘッドです」

 そう言ったのはシャオだった。

「ベアヘッドは管理者Xの部下ですよ。怖がらなくて良いです」


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