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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章A:仮面の王と博物館
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1.朝の訓練場


 訓練場。

 というのは名ばかりの、フェンスで囲まれただけの砂埃の立つ廃墟の街。街というのもおこがましいような、ただのがれきの群れだ。

 ただその配置は、人工的に考えられて配置されている。そういう意味では、訓練場らしい。

「んあー、眠ーい」

 タイロは目をこすりつつ、今日もそこを訪れる。

「もうちょい寝たかったー」

 そうこうしていると、目の前に眠そうな顔をして突っ立っているユーレッドが見えた。

「おはようございます。ユーレッドさん!」

「朝からでかい声出すなよ」

 ユーレッドは顔が眠そうだ。

 ここまでは、宿舎にしているホテルからチャーターバスで十分ほど。街中で囚人の出るマリナーブベイとはいえ、流石に街中に訓練場を作るわけにはいかなかったらしい。

 タイロはメガネや他の関係者とタクシーで来るので、獄卒の彼とは一旦ホテルのロビーで別れて合流する。

 チャーターバスの方が大体先に着き、他の獄卒は文句を言いながら、休憩所代わりの建物の中やベンチに向かってしまっている。

 ユーレッドが残っているのは、眠気覚ましに風に吹かれているフリをして、実はタイロを待ってくれているのである。

 あの夜、妙な囚人に襲われて以降、タイロは特に危険な目にはあっていない。が、ユーレッドは、それなりに警戒しているらしい。人目の多いホテルや管理局関係の施設内なら別だが、訓練場は建物の途切れた荒れた空き地の中にフェンスが張られぽつんと存在する。ユーレッド曰く、気をつけた方がいい場所なのだというのだ。

 そんなユーレッドだが、彼は朝が弱い。というより、昼間が眠いのが普通らしい。

「今日も眠そうですね」

「当たり前だろ。E管区にいたら、俺は寝てる時間だぞ。基礎が夜型なんだよ。くそ、夕暮れから活動したいんだけどなあ」

 かけていたサングラスをずらして目を擦りつつ、ユーレッドは軽くあくびをした。

 ユーレッドのあくびは若干の危険をはらんでいて、めちゃくちゃ殺意が湧いているときのアピールだったりすることがあるのだが、今のは本当に眠たいだけだ。

「ユーレッドさん、吸血鬼みたいなとこありますよね。でも、ダメですよー。夜型、健康によくないです!」

 きゅ、と肩にいるスワロが顔を覗かせて同意する。

「お前もスワロみたいなこというなよな」

 ユーレッドは苦笑する。スワロはユーレッドの生活指導係なのだ。

「まあ、そういう俺も超眠いんですけどねー。はー、お仕事やだー」

「何言ってんだ。お前みたいな新米、大した仕事しねーじゃねーか」

 ユーレッドが意地悪く、くくっと笑う。

「失礼なー。ユーレッドさん達の引率、大変なんですからね! 問題起こす人多いし!」

「獄卒だからなぁ。しょうがねえだろ。不良と問題児から、より抜いて悪い奴ばっかり連れてきてんだからよー」

「そう言われるとぐうの音も出ないー」

 当の問題児のユーレッドがそういうのは、非常に説得感がある。


 マリナーブベイにきてから一週間ほど経ったところ。

 同行者のメガネ先輩は、相変わらずドライで冷たいし、マリナーブベイの当局の人は仮面をつけて無言で不気味だし、とあまり居心地のいい環境ではないのだが、その辺切り替えのうまいタイロは、割とこの島の生活を楽しんでいた。

 彼の身辺を心配しているということもあるが、何かとユーレッドが構ってくれるし、休みの日には一緒に遊んでもくれる。

 一度守ると約束した手前だと言っているが、ユーレッドはこれで面倒見がいい。

 それに、歌姫レディ・ウィステリアも何かとよくしてくれる。タイロ的には、綺麗なお姉さんができたみたいで、ちょっと嬉しい。

 問題児の獄卒達にしても、ユーレッドが明らかに彼に目をかけているのがわかるため、安易に絡んでこなくなっている。ユーレッドは彼等の中でも、ちょっと一目置かれた存在なのだ。

 命を狙われているとは言われていたものの、今のところ、危険は感じていないし。

(ま、住めば都っていうし、何とかなるもんだよねー)

 タイロは楽天的だ。

「しかし、今日も訓練か」

「何か気になるんです?」

「なんで、早く実戦に出さねえのかなと思ってな。どうせ、派遣先も決まってるだろうになあ。非効率だぜ」

 ユーレッドは、意外と合理主義な一面もある。

「でも、この訓練で医療棟送りになった脱落者の人もいるみたいですし。相手、強力な奴なんでしょう。だったら、本番の相手がよほど強いのかと」

 ここで行われているのは、囚人の駆除訓練だ。そんなもの、大体の獄卒は、散々実戦で経験してきているのだが、異国の地だと勝手がちがう部分もあるので、慣らしということらしい。

 いつまでも訓練しているので、相手が強いのかも、とタイロは思っていたのだが。

「いやー、ぬるーい奴しかいねえよー」

 囚人ハンティングでは右に出る者がない、実戦経験が桁違いに豊富なユーレッドは、つくづくだるそうな口調だ。

「だから、俺がここまで眠くなってるんだよ。俺はアイツらが強いほど、イラッとして目が覚める体質なんだが、ここまで眠いと興味が持てなくなってるつーこと。つまり、相手が弱いってことだからな」

「え、そーゆーのなんですか? じゃあ、普段イライラするとか言ってるのは、相手がまあまあいい感じなんです?」

「まあな。俺は黒物質の濃度やらなんやらには、敏感なんだ。ただ、獄卒相手には無条件でムカつくこともあるぜ」

「えー? そーゆーもんなんです?」

「"そーゆーもん"なんだよ」

 ユーレッドは、タイロの素朴な反応に苦笑する。

「なんか、アイツらのテーゾクな悪意とか無意味な殺意が、俺の神経に刺さるんだよなァ。アイツらがよからぬ目的で夜歩きしてると、なんか神経昂って寝られなくなるからなー。それでついやっちまうことがあって……、で、減点食らうと……」

「ユーレッドさんも結構大変な体質ですね」

 きゅー、とスワロが鳴く。

「あー。スワロさんのが大変そうね。止めなきゃだしね」

「は? どういう意味だ?」

「あ、いえいえ、なんでもないですー」

 ユーレッドにちらっと睨まれて、タイロはごまかす。

「ま、まあ、今日もさっくり終わって、健康的に、お昼ご飯を食べましょう。リストアップしてあるんですよー。ランチ楽しみですねー」

 む、とユーレッドが眉根を寄せる。

「は? なんでお前に、メシのことまで指図されなきゃならねえんだ」

「スワロさんに頼まれてるんですよ。ユーレッドさん、すぐご飯抜くし、変な固形食料で済ませようとしますからね」

「なんだよ? アレ、最低限の栄養素はあるだろ。バランス取れてる」

 ユーレッドは不満そうにスワロを睨む。

「まあまあそう言わず。お昼ご飯は管理局から無料チケットが出てるんですよ。せっかくですから、食事も楽しみましょうよ」

 タイロに上手く言われると、ユーレッドは思わず丸め込まれがちだ。

「俺、付き合い短いですし、医者じゃないんで、ユーレッドさんの夜型体質とか、食事とかをガッツリ改善できるとか、そんなふうには思わないですけど」

 タイロが穏やかに笑いながら言う。

「俺もユーレッドさんとご飯食べたいですし、それで生活改善できたら、スワロさんも喜ぶし! 一石二鳥かなーって思います!」

「お前、本当、うまいこと言うよな」

 そう言われると満更悪い気がしないユーレッドは、まんまと罠にはまっている自分に気づいたらしく、思わず照れ気味に苦く笑う。

「で、何食うんだよ? 俺は少食なんだからガッツリしたのは嫌だぞ」

「今日はハンバーガー食べたいです! ポテトとシェイクもつけます! ユーレッドさんには、サラダをサイドにつければ、栄養的にも問題ないと思います」

「は? 全然健康食じゃねえな!」

 ユーレッドが思わず呆れる。

「いやね、今日、朝からハンバーガー食べてるやつの夢見たんで、めちゃくちゃ朝からジャンクフード食べたかったんですけど、ホテルの朝食には流石にハンバーガーなくて、途方に暮れてたんですよ。昼には食べなきゃ」

「ははっ、餓鬼だなあ、お前。ま、昔から餓鬼は、ああいうおもちゃみてえな食い物好きなもんだよな。しょうがねえなー、まったく」

 ユーレッドは、なんのかんの言いつつ、タイロには非常に甘い。

 と、不意にユーレッドが、緊張した。

 彼に慣れてきたタイロには、ユーレッドの緊張した時の反応がわかるようになった。

先程の眠気の話にも出た通り、ユーレッドは相手に相応の反応をしてしまうらしい。

 強面ではあるが、ユーレッドはタイロといる時は、あまりピリピリしていないので、その変化はすぐわかる。

 気に食わない獄卒相手でも、相手が格下の時、彼はさほど反応はしないが、一定以上の相手なら別。

 びりっと殺気が走って、見知らぬ彼のように冷たい空気が流れた時は、大体、ユーレッドにとって警戒すべき相手が近くにいる、ということだった。

 そして、その時の雰囲気で、相手の実力もわかろうというものだった。

 今日のユーレッドは、今すぐにでも人を殺しそうな感じの目をしている。

 彼にそんな反応をさせる相手ということはだ。

 ぴんときて、タイロは背後に目をやる。

 そこには仮面をつけたスーツの一団がいた。

(やっぱり、インシュリーさんだ!)

 仮面をつけていて、彼らは見分けがつきぬくいものの、ユーレッドの反応もあって、タイロは、インシュリーだけは体型でわかるようになっていた。ユーレッドに対しては、相変わらずインシュリーの側もピリピリしているから余計わかる。

 彼等の間の空気は、常に険悪であり、今すぐ殺し合いが行われてもおかしくない異様さがある。

 その異様さとインシュリーの殺気に怯えて、スワロがユーレッドの陰にそっと隠れて寄り添う。

 タイロはその間に立たされているのだが。

「おはよーございます!」

 敢えてタイロが明るく一団に声をかける。とりたてて反応がないが気にしない。そのままインシュリーにも挨拶する。

「おはようございます。インシュリーさん、今日もよろしくお願いしますね」

 そう声をかけると、仮面をつけているインシュリーがちらとタイロを見た。

「ああ、君か。おはよう。今日もよろしくね」

「はい」

 タイロの前ではインシュリーも穏やかだ。

 と、インシュリーが、ちらっとユーレッドを見る。ユーレッドはわざと視線を外しているが、どちらも相変わらず殺気を放っている。

「今日はいい天気ですね。訓練うまく行くと良いですね」

 タイロが構わず世間話をふると、インシュリーは再び彼の方に目を向けた。

「ああ、そうだね。先に行っているよ」

「はい。俺も先輩を待ってから行きますね」

 そういうと、インシュリーは部下を引き連れて先に行く。後ろに小柄でちょっと華奢な青年が続いているのが、目についた。見慣れない。昨日まではいなかった気がする。

(直属の部下の人かなあ)

 秘書的な? 

 体型や雰囲気からして、戦闘要員ではなさそうだった。

 インシュリーと仮面の獄吏達は、静かに訓練場に入る。タイロとユーレッドはそれを見送った。

 

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