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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦


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玉の緒の結び方

 かつて創造の神がいた。


 いや正確には神を僭称したものだ。しかし、偉大な創造主には違いない。


 優秀な彼はたくさん世界を作り、富を生み出した。そして、長じてからはその富を武器にして、研究を行い成果をあげた。一方で、妥協を許さぬ技術者でもあった。

 そうして、彼は、その財と技術をもち、壊れた世界を掬い上げた。救世主であり創造主だった。

 彼は優秀であるように作られた子供だった。いってみれば、神となるべき男だった。

 しかし、彼が神となればなるほど、彼から何かが剥がれ落ちて行った。

 彼には友人たちがいた。友人たちは彼を助けていたけれど、剥がれ落ちて壊れていく彼は絶対の神になり、自分を分割しはじめた。変わっていく彼には忠告は聞かれず、友人も離れて行った。

 代わりに彼には取り巻きが新しくついた。


 しかし、彼のおもちゃ箱は、まだ昔のままだった。


 そこは、見捨てられた場所だった。

 しかし、かつては持て囃された土地だった。かつての創造の神は孤独ゆえにそこを愛し、そこに住まう彼らを愛し、愛されていた。

 そこは本棚でありおもちゃ箱であった。

 かつて孤独であった彼は自らが夢中になった本棚の本から、彼の好きなものを呼び出すことにした。創造主の作ったものは、最初は取るに足りないご機嫌をうかがうだけのカラクリ仕掛けのお人形だったが、彼はひそやかに仕掛けを仕込んでいた。

 彼は寂しさと幼さと完璧主義から、それを自律する人間のようにしたかった。

 長い年月の後、彼の仕組んだ目論見と仕掛けにより、彼等は人間めいた感情や思考を手に入れた。それは、もはや、お人形とは呼べない、一人の人間だった。

 しかし、その頃には彼は彼らに興味がなくなっていた。一方、思考を手に入れた彼等は、彼の想定した人物からずれ始め、自我を確立してしまったのだ。

 彼にとって、そのころの彼らは必要ではなくなっていた。

 ただ、かつての愛情がまだ残っていたのか、そこに留めおいた。彼らは古いおもちゃなのだった。捨てることがまだできなかったのだ。


 彼らは忠実だった。

 本来の任務とは違うその任務に、命令だからと従った。

 いや、彼らには命令よりも強い約束があった。約束の為に、彼等は不本意な命令も受け入れたにすぎない。

 彼は、その彼等の好意に甘えていた。

 しかし、彼等は純粋さの中にある冷徹さで、その甘えを見透かしていた。

 いつか自分たちが捨てられるであろうことを、彼等は多分理解していた。それでも、彼等は約束を守るのだ。

 彼等にとって、約束とは存在する為の条件だった。

 望まれないなら、彼等は存在できない。彼らは彼のために作られた。

 そのかたくななまでの彼等の約束が、かえって彼等だけを狂わさなかった。

 世界が狂ってしまっても、創造主が狂っても、元から狂っているとされていた彼等だけは正気を保ち続けてしまった。


 しかし、それは約束にたがうことでもあるのだった。

 彼が創造の神から不必要と判断されることは、彼等の存在価値が否定されることでもあった。

 創造主はそんな健気な彼らを利用してしまった。彼等なら拒否しないことを知りながら、彼らを裏切った。

 彼らを切り捨てた憐れむべき彼は、彼らを失ったことが契機になったかのように、やがてぼろぼろと壊れていった。


 彼は偉大な創造の主でありながら、神を僭称する、罪深く哀れな男でもあったのだ。


 そんな哀れな男のおもちゃ箱が、まだしも、世界の果てに転がっていた。

 壊れてふたの開かれたそれは、既に崩壊し始めていた。しかし、誰も知らない間に、そこから這い出したものが新たに芽吹き始めていた。



 古い本にこういう。


 莫邪子名赤、比后壯、乃問其母曰、吾父所在。


 ――捜神記巻十一



 川の音が聞こえる。


 少年と彼が共にすごすようになり、しばらく経った。

 少年は相変わらず不安定な存在だった。幽鬼たちは少年をとって食おうとし、彼はそれを力尽くで追い返して少年を守っていた。

 そんな生活になれてきていて、少年はちょっと油断をした。

 ものを探しに河原にひとりで遊びにでかけたとき、例のごとく幽鬼に襲われた。いつもみたいに走って逃げてしまえばいい。名前を呼べば、経帷子の彼が助けにきてくれるのだ。

 が、その時、彼は足元のこいしに足を取られてころんでしまった。その時、不可解なことが起こった。一瞬で、世界がモノクロームに変化し、すべて歪んでみえるようになった。

 それでも把握できる幽鬼から逃れた。物陰らしきところに座り込んでいると、どんどんゆがみがひどくなる。怖くて泣いていた。

 そのうち、いつの間にかしろいものに襟首をつかまれた。しろくて、黒くて半分が溶けたそれは彼の声で話しかけた。声は歪んで濁っていた。

――どうしたんだ。

 少年が怯えているのを見て、彼はちょっと悲しげに目元をゆがめたようだったが、どうやら害意はなさそうだった。

――ああ、お前、そうか。ちぎれかかってるじゃないか。

 そういって彼は少年の胸元にある首飾りのようなものを手にした。いつの間にそんなものを持っていたのかわからなかったが、明らかに歯抜けになっている文字らしきものがいくらか部品としてぶら下がっている。

――お前がなくしたのはこれだろう? こんなにちぎれちまったら、ちゃんと物が見えなくなるのも当たり前だ。

 そうだ、これは鍵なのだ。彼は少年の壊れた鍵を取り出して、自分の手の上に乗せた。溶けた黒い何かがふと笑ったようだった。

――不安がらなくていい。ほら、こうすればいいだろう?

 彼はそう言って自分の指を短剣で切る。あふれてきたのは赤い血でなくて、黒い液体だった。彼はそれで壊れた鍵の文字をつなぎ合わせた。さらに、自分の衣服の一部を切り取り、黒い液体と混ぜて撚って、リボンを作った。そのリボンで彼の壊れそうなそれを丁寧に結ぶと、彼の首もとで蝶結びにした。

――これでもう大丈夫。前よりもっと物が見えるようになる。そうだ、最初からこうすればよかったな。

 そうすると、確かに、急に物事がよくわかるようになってきた。

 彼の顔も、周りの世界も。本当はそれらがどんなものであったかが。

 それから、少年は急にお腹がすいてきた。彼にそれを訴えかけると、彼は困った様子になった。

――そうだ、じゃあ、食べ物を探さないとなあ。

 彼はどこか子供っぽいところがあった。姿は大人だったが、言うなれば人間なりたての何かのような。

 無邪気ゆえに冷酷でもあり、それゆえに敵とみなすと容赦がない。

 ただ、少年には優しかった。彼はいう。子供は保護されるべきなのだと。彼は事実子供の扱いに長けていた。

――しかし、食料か。

 彼はちょっと考えていた。

――なんか、あったかなぁ?

 彼はあまり食べ物が必要ないらしい。おやつがわりにデータ入りのチップを口にしていることもあったが、彼の本来の食料はある種の薬剤だ。

 河原に蔓延る幽鬼を刈り取っては入手することもできるようだが、あまりそれは好まなかった。

 人間らしくない行動だというのだ。

 寧ろ流れ着く荷物の中にそれを見つけて溜め込んでいた。彼はそれを見せながら言った。

――おれは、これがあれば飢えることはない。でも、お前はこれは食べないんだろうな。そうだ、こんなもんは人間の子供が食べるもんじゃないもんな。

――おれも、記憶がとぎれとぎれなんだ。まだ全部戻っていなくて。……でも、昔の記憶で、なんとなく思い当たるフシがあるんだ。

 彼は悩んだ挙句に、思い当たったのか、河原の一角に少年を連れて行った。

 そこにあるのは、自動販売機だった。

――これ、すごいんだぞ。ここを押したら、調理されて出てくるんだ。

 彼は無邪気に言った。

――昔、餓鬼はこういうのが好きだった。おれはそのことは覚えているんだ。これ、中身の消費期限はまだ大丈夫らしいし、故障していないぞ。

 少年はたずねてみた。この中の食べ物はおいしいのか?

 彼はちょっと困惑気味になった。

――実は、おれは味覚が異常に鈍い。味がわからない。それは、おれがたぶん、戦闘用だからだろう。訓練して少しはわかるようになったが、それでもなお足りない。でもここで人間になる為の資料を集めている。全部集まったら、多分おれも味がもっとわかるようになる。

――だから、今のおれにはこれが美味いかどうかはわからない。でも、人の食べ物だってのはおれにもわかるし、昔、おれの記憶ではお前みたいな餓鬼はこれがすきだった。だから、お前の口に合うといいんだけどな。

 少年は、ボタンを押すと、販売機から出てくるハンバーガーやホットドッグ、ポテトを食べてみた。食べ物自体は知っているが、体に悪いと言われて、元々はあまり食べさせてもらえなかったので味はしらない。恐る恐る食べてみたが、それはとてもおいしかった。

 少年は、それをとても気に入った。

 少年は時折彼とそれを一緒に食べるようになった。二人で食べるとよりおいしい。


 少年が食べ物を食べだしてから、ますます視界はクリアになってきた。この河原に色がついて、実際の風景が見えてきた。もちろん、経帷子の彼の姿もよくわかるようになった。

 少年は気持ちが落ち着いてきて、元の彼のような聡明な、いやある種生意気な、悪戯好きな少年に戻ってきた。

 ある時に、彼に尋ねた。

「ねえ、僕のお父さまは何処にいるかわかりましたか?」

――それがわかれば苦労はしてない。

 彼はぼやいた。

――多分、ここにはいないんだろう? もっと、他にも探してみる。でも、お前に頼まれたんだから、なんとかしないとな。

――昔はもっと簡単だったんだ。迷子センターとかあって……。でも、今は、こんなんだからなあ。

「やっぱり、人探しってすごく骨が折れるんですね? 長くかかりそうですか?」

 と、瞬きする彼に、少年はむしろ悪戯っぽく笑って言った。

――それはそうだ。でも、なるべく早く見つけようとは思うんだ。

「んー、それなら、ちょっと考え方を変えてみましょう。僕はいいことを思いついたんです」

――何が?

「せっかくなんですし、これも何かのご縁でしょう? この際です」

 少年は、ほんの少し赤面しながら尋ねた。

「貴方のことをお父さまと、呼んでも良いですか?」



 莫耶の子は名を赤と言った。成長して彼は母に尋ねた。

「私の父はどこにいるのですか?」

 母は答えた。

「お前の父は、楚王に剣を作るよう依頼されました。しかし、作るのに三年経ってしまった為、王は怒って父を殺しました」

 そして、母は付け加える。

「お前の父は、私にこう伝えるように言った。『戸を出て、南に山を望み、松の生える石の上、その背後に剣がある』」

 赤は戸を出ると、南方を見たが山はなかった。ただ、堂の前に大きな松があり、その下に石があった。

 赤はそれを斧で叩き割ると、中から剣が出てきたので、これを得た。


 *


 ふんふん、なるほどなるほど。ああ、そうだ。ようやく記憶が戻ってきたぜ。

 そーいや、そういう話だった。

 はっはー、思い出したら、断然、訳しやすくなったぜ。こりゃ明日から楽勝だな。


 あん?

 剣を手に入れた餓鬼が何をしようとしているかって?

 あのな、お前、こういうのは相場が、決まっているんだぜ。

 そりゃあ、親の敵討ちだ。


 ――さあ今日はここまで。

   餓鬼は寝る時間だ。続きはまた明日。

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