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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様
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31.緋色の名前-2

「お蕎麦うまいですね」

 夜のマリナーブベイ。

 タイロ達の宿舎がわりのホテル近くの、ちょっとうらぶれた雰囲気の通り。ナイトマーケットより外側。大きな川に面した一角に、転々と屋台がある箇所がある。

 ここは、そういう雰囲気を楽しむ為にわざと作られた屋台の立ち並ぶ場所だが、タイロとユーレッドがあのあとやってきたのは、ナイトマーケットの華やかな喧騒からちょっと離れたぽつんとある夜鳴きそばの屋台だ。

 立ち食いではなく、一応椅子らしきものがある。

 タイロは笑顔で蕎麦を啜っていた。

「あー、かき揚げも美味しー!」

「お前、よく食うな」

 隣で、肩にスワロを乗せたユーレッドが呆れたような顔になる。

「命狙われてんのに、腹減ったから蕎麦食いたいってよ。いい度胸だよなあ」

「だからですよ。だって、なんで狙われてるのかわかんないし、そんなんで凹んでたら、元気出ないんで、食べて対抗するんですー」

「へえ、そうか。いい心がけだぜ」

 少食のユーレッドは、かけそばいっぱいも苦しいらしい。それでもタイロに付き合うつもりにはなったらしく、一番小さいサイズの蕎麦をよこせと頼んでいた。

 それで、ハーフサイズで中身少なめの蕎麦が来たのはいいが、何故かサービスとか言って、天ぷらがガッツリ盛られてしまっていて、ちょっと困惑気味の顔をしていたところだった。

「そんなに食えるなら、この海老天とちくわもやるよ。正直困ってたんだ」

「えっ、マジですか? ありがとうございますー! わー、海老天うまーい」

 もらった海老天を早速口にして、満面の笑みのタイロに、ユーレッドもつられて表情がゆるくなる。

「夜鳴きそばの屋台あってよかったですね。雰囲気もたっぷりだし」

「店主が自動調理ロボットだけどな。自販機と大差ねえよ」

「でも結構美味しいですよ!」

「お前は幸せなやつだなあ」

 そういう雰囲気を楽しむためを重視して作られたせいか、経費は削減されているらしい。厨房にいるのは、簡易な会話と調理と決済の機能しかしない無口な調理ロボットだった。人型というわけでもないが、一応モニターに顔文字みたいな顔が出る。が、無愛想。

 しかし。

『今日は客が少ないから、お客さんにサービス。たくさん食べてください』

 無愛想だが、サービスは良いらしく、ユーレッドの蕎麦に海老天を盛ってくれたのは、そんな店主の仕業だった。きっと、賞味期限の切れそうな食材でもあったのだろう。

「スワロさんの映像見てたり、襲われてハラハラしたんで、お腹すいちゃったんですよ。飲んだあとだし、ラーメンって思ったんですけど、昼間食べたからー」

「お前、知ってたが本当に図太いなあ」

「ユーレッドさんこそ、あれだけ動いてて、お腹空かないんですか?」

「俺は少食なんだって言ってんだろ。あんまり入らねえんだよ。これだって限界なんだ」

 ユーレッドは、ミニサイズの椀の中の少ない蕎麦をすすりなんとか完食したところだった。ほっと一息ついて、今は蕎麦湯をまったりと飲み始めている。

「えー、そんなんだと大きくなれないですよ!」

「これ以上、身長伸ばしてどうすんだ。ただですら天井低いところが多くて困ってんだぞ」

 別に嫌味でもないらしい。ユーレッドはうんざりとする。

「しかも、俺は横には伸びねえ体質なんだ。本音を言うと、もう少し体重増やしたいんだけどな。スワロが痩せるとうるせえし」

「それは正直羨ましいなー」

 タイロは素直にいって、むむうと唸る。

「確かになあ。マリナーブベイ、ご飯がうまいから初日から食べまくってる。この調子でご飯美味しいと、マリナーブベイで太っちゃいそう」

 ユーレッドがすかさずニヤッとした。

「安心しろよ、命狙われてんだぜ? 逃げ惑ってる内に痩せる」

「まーた、意地悪なこと言うー」

 はははーと笑い飛ばすユーレッドを、タイロはじっとりと睨む。こういう時のユーレッドは、心底楽しそうな顔をしている。

「でも、明日からは締めていきますよ! 暴飲暴食は今日まで!」

「じゃ、俺の買ってきた夜食なんかは、いらねえな」

 ユーレッドが散歩中に買ったコンビニの食料は、タイロの隣に立てかけてある。

「ハブのやつにでも流してやるか」

 ユーレッドがそれをちらっと見たところで、慌ててタイロは守るように袋を持ち上げる。

「ちょ、没収は嫌ですよう」

「だって太るのも嫌だろ?」

「いやー、その、運動できたらご褒美に食べるんです。よ、よく考えたら、これくらいで多分太らないですよ、俺、まだきっと育ち盛りなんでっ!」

 タイロが慌てて怪しげな言い訳をする。

「まったく、お前はな……。まあいいけどな。俺はうまそうに食ってるやつ見るの好きだから」

 ユーレッドは呆れるそぶりをみせていたが、実際は抑えきれない上機嫌さが顔に出ていた。ユーレッドは本当に、他人が食べるのを見るのが好きらしいのである。特にタイロのように美味しそうに食べるものに対しては。

 ふとみると、眩しいような表情で目を細めていることがあって、なるほど、スワロが自分といるとユーレッドが幸せそうだと言った理由が、タイロにもなんとなくわかるのだった。

「お姫様のこと、なんかわかりそうですか?」

 ふとタイロが声を落として尋ねる。

「行方不明なんでしょ?」

 タイロは詳細は聞いていないが、ウィステリアと彼のその後の会話でなんとなく状況は察してある。

「んー、わからねえよ。ただ、あの娘がここにいるのは確かなんだ。ウィスと情報共有することにしたし、まあ、なんかわかってくるだろうよ」

 ユーレッドは、ふとため息をつく。タイロは思わず言った。

「もし、俺が役に立つなら言ってくださいね。協力しますよ。俺も獄吏だし、なんか情報得られるかも!」

「ふん、生意気言うな。新米獄吏が何言ってんだ。お前はそんな危ねえ橋渡らなくていいんだよ」

 ユーレッドは苦笑してはねつけるが、タイロもそう簡単にはひかない。

「でも、俺もなんか気になりますし。ウィスお姐さんにも協力するって言っちゃったし」

 タイロは持ち前の愛嬌のせいか、すでにウィステリアに結構可愛がられている。彼女の全面的な協力を得られそうなので、タイロも彼女に協力したいと思っていた。

「あと、俺自体、なんで狙われてるのとかもわかんないですし、俺がお姫様となんか関係のあることで狙われてる可能性だってありますしね」

「それはなあ。ねえとは言えないからなあ」

 ユーレッドは、ふと苦めに笑う。

「まあいい。じゃあお言葉に甘えてやるよ。ただお前だって何かとやばいんだ。無理すんなよ」

「はい!」

 タイロが思わず嬉しそうに笑う。

 それを見て、頬杖をついていたユーレッドが悪戯っぽい目をした。

「そうそう、俺もちょっと気づいたことがあってな」

 ユーレッドが何故か楽しそうな顔をする。

「俺、どうもお前に名前呼ばれると調子いいらしいんだよ」

「へ?」

 唐突なことで、タイロは意味がわからない。思わず首を傾げてしまう。

「戦闘中の話な」

 きゅ? とスワロが声を立てる。どうもスワロにも意味がわからないらしい。

「さっき、俺がお前助けに来るの、やたらと早かったろ?」

「は、はい。確かに」

 タイロは先程のことを思い出す。

「お前が俺を呼んでいる時はな、明らかに動きが良くなるんだ。昼間もさっきも、体が軽くて天井つき抜けたみてえな感覚になった。控室でうっかり囚人殺っちまったのが不可抗力だとウィスにいったが、あれは嘘じゃねえ。勢いつきすぎて、止められなかったんだ」

 ユーレッドは、軽く首を傾げた。

「でもよ、なんでなのかわかんねえんだよな、これが」

 ユーレッドは顎を撫でやる。

「なんで、お前だけなのかも、わかんねえんだけどな。今までこんな感覚、感じたことはないんだぜ。あのおひいさまに呼ばれた時すら感じなかった。お前が呼んだときだけなんだ」

 ユーレッドは、ふむと唸った。

「まあいい。とにかくお前に名前呼ばれると、調子がいいらしいんだ俺は。そして、その感覚、俺は結構気に入ってるんだよ」

「よくわかんないけど、ユーレッドさんに良いことなら俺も嬉しいですよ?」

 蕎麦を啜りつつ、結局意味がわかっていないタイロは、きょとんとして大きな目でユーレッドを見上げる。

「俺も助けてもらえるの、ありがたいですしね。なんせ、狙われてるとか怖いですし。昼の仕事中は他の獄吏もいるから大丈夫とは思うんですけど、やっぱちょっと不安だし」

「ああ。まさか獄吏のお前を真っ昼間から襲いやしねえだろうが、とにかく自衛もしたほうがいい。で」

 ユーレッドは、ちょっとかしこまって、こほんと咳払いする。

「そこでだ。実験を兼ねてなんだが、お前に俺を呼ぶことを許してやる。ヤベエときには積極的に俺に助けを呼べ。できる限り、助けに行ってやるよ」

「本当ですか?」

 タイロが目を輝かせる。

「ま、退屈しのぎだけどなー。別に獄吏の一人減ってもなんとも思わねーんだがー。そういう事情もあってー、しょーがねーから、当面、お前のこと守ってやることにしたー」

 ユーレッドは素っ気なさを装いつつ、仕方なさそうに言うのだが、装うのがうまくない。スワロがぴぴと笑ってしまう。ユーレッドが軽くスワロを思わず睨む。

「ありがとうございますー! それは嬉しいな!」

 しかし、タイロは素直に喜んで、それから、あ、と目を瞬かせた。

「でも、呼ぶって普通にユーレッドさんって、名前、呼んだらいいんですか? 助けてーとか、そんな感じ? さっきもそれですよね?」

「まあそれでいいんだけどよ。せっかくだし、ちょっと実験をしてみようと思うんだよ」

 ユーレッドはそういうと薄く笑った。

「ネザアス」

「へ?」

 ユーレッドは、左手の親指を胸に当てる、

「ネザアス。今度助け呼ぶ時は、俺のことをネザアスって呼べ」

「え? ネザ……」

 聞き覚えのある名前だ。

「ネザアスって」

 しかし、ユーレッドから、それを教えてくれると思わなくて、タイロは驚く。

「本名だよ、俺の。ま、本名っていうか、正式な登録名っつーのが正しいかな?」

 ユーレッドはそう言って、蕎麦湯を一口飲む。

「どうせスワロのやつ、俺とドレイクの話も見せたんだろ。それに昼、アイツが俺をそう呼ぶのも聞いただろ。あれは、マジの名前なんだ。俺の名前な、本当は"ユウレッド・ネザアス"なんだよ」

 ユーレッドは、ちょっと手持ち無沙汰に湯呑みを弄ぶ。

「獄卒は獄卒になった時に本名捨てるが、一応登録名としては残ってんだよ」

「え、じゃあ、本当にユーレッドさんなんです? てっきり、あれは登録コードからのニックネームなんだと」

「ニックネームなのは合ってる。だが、正確には登録の時に、アイツらが語呂合わせしやがったんだ。だから、ユーレッドで合ってる。ただ、ユウレッドは正確には名前じゃねえ。ユウレッドは姓にあたる部分で、名はネザアスなんだ」

「ネザアスさんかあ」

 そこまで言って、ユーレッドはちょっと照れたように頭を掻きやる。

「あんま、そっちの名前呼ぶなよ。普段はユーレッドで呼べ。他の獄卒の連中とか、大体のやつに、教えてねえんだ、本名」

 ユーレッドはちょっと居心地悪そうにする。

「お前に特別に教えてやった秘密の名前なんだからな」

 それを聞いて、タイロは、思わずにやあっとした。

「えへへ、それじゃ、ネザアスさんよろしくお願いしますね」

 タイロは、悪戯っぽく笑う。

「でも、ユーレッドさん、前に俺に初対面の相手に本名教えんなって言ってたのに、自分は会って二日目の俺に教えていいんですかあ?」

「ふん、余計なこと覚えてんな」

 ユーレッドは不機嫌そうに言ったが、思わずちょっと照れが入ってしまう。

「あの、な、これ、教えるのは特別な事情だからなんだ! そ、その、じ、実験だから、特別に教えてやったんだ! それに、その、お前は、スワロのせいで俺のこと色々知ってるだろ。今更隠すこともねーかなーって!」

 ユーレッドは、ちょっと視線を泳がせてしまう。

「とにかく、特別なんだ。今回は!」

「へへー、それはありがとうございます。特別っていいですね。なんか特権階級感あるー」

 タイロはそう言って、ふわっと目の前に降りてきたスワロを撫でやる。

 秘密の多いユーレッドが、そんな風に言ってくれるのは素直に嬉しい。

「今日は長い日でしたね」

 タイロはあくびしつつ、ユーレッドに微笑みかけた。

「でも怖いこともたくさんあったし、疲れたけど、楽しかった。今日はぐっすり寝られそうですねー!」

「お前、つくづくいい度胸してるよなあ」

 ユーレッドは思わず笑みを漏らして、彼の方に来たスワロを撫でる。

「まったく。しょうがねえやつだなー、お前」

 ユーレッドは、ふとため息をつく。

「獄卒となんか絡むもんじゃねえって言いたかったんだけどよ。お前はどうも振り払えねえみたいだし」

 ユーレッドは目を伏せて笑った。

「この危ねえ魔都をうろついてるっていうのに、お前といると餓鬼と遊園地巡ってるような気分になるぜ」

「何言ってるんですか。それ、俺のセリフですよ!」

 タイロがそう言って、しっとりだしを吸ったかき揚げを食べる。

「でも、この場合、ユーレッドさんが保護者なんじゃなくて、俺が皆の引率の先生ですからね。俺、お目付役の引率の獄吏なんですよ!」

 忘れてもらっちゃ嫌だなあ、とタイロは笑う。

「そういやそうだったなー」

 ユーレッドが思わずくすりとふきだした。

「それじゃあ、せいぜい俺が迷子にならねえようにしてくれよな」

「任せてくださいよ! その代わり、ユーレッドさんもあんまり無茶しちゃダメですよ。スワロさんに心配かけちゃいますからね!」

 タイロが調子よく返事をするのに、ユーレッドがニヤニヤしながら応じる。


 マリナーブベイのネオンに彩られた妖し く明るい夜空。心細く光る星々がうっすらと瞬き、地上を見守っているようだった。

 川の流れる音が、何かを思い出させるように遠く響いている。


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