29.灰色ヒロイズム
ふと周りが暗くなった。
多分、これで映像は終わりなのだ。この事件はきっとまだ続くのだろうけれど。
そう思ったが、まだタイロは、ゴーグルを外さない。
『コレで映像はお終イです。お疲れ様デシタ、タイロ』
思った通りのスワロの声が響く。スワロは、続けていった。
『スワロも、ご主人ノこと、ナンデモ知ッテイルわけデハアリマセン。ご主人ノ、あの夢ノことヤ、アルルさんノ事モ、詳しくは知らナイです。ケレド、アンナご主人ニモ、良イトコロは有ルノデス。ワタシは、タイロに、ソノコトヲ知ッテイテホシかった』
「うん。だと思ったんだ」
タイロはうなずいた。
「ユーレッドさんのそれ、俺も知ってるよ。ユーレッドさん、俺にも優しくしてくれるし。良い人っていいきれないけど、俺はユーレッドさんのこと好きだよ」
タイロが答えると、スワロは満足げになった。
『タイロの言葉、嬉しいデス。スワロは、トテモ未熟です。それニ旧型のポンコツデス。あの時も、今日の昼も、スワロのせいでご主人ヲ傷つけマシタ。今日モ、タイロがいなかったラ、ご主人、もっと体調悪くなってタと思いマス』
「ううん。俺が面倒かけちゃったからもあるからさ。でもさ」
タイロは、ふとスワロに尋ねる。
「スワロさんは、俺にユーレッドさんの味方でいて欲しいって言ったでしょ。俺はできるだけ味方でいようと思ってるよ。でも、どうしてこの映像見せてくれたの? ユーレッドさんに逆らってまで見せてくれたんでしょ」
タイロは優しく言った。
「ここまで見せなくても、俺、味方にはなるよ? スワロさんは、それくらいわかってたんでしょ? なのにどうして?」
『タイロニ、ご主人ノこと、たくさん知ってて欲しかっタのデス』
スワロはそっと答えた。
「俺に? どうして?」
『ご主人、昼間トテモ楽しそうデシタ』
スワロは無感情ながら、妙にしみじみと話した。
『あんな楽しそうナご主人、スワロはほとんど見たコトがないです。幸せそうデシタ。スワロはご主人を更生させルのと、幸せニ暮らせるお手伝いヲするノが本来ノ役目です。だから、ご主人ニ幸せニシテテほしイ』
スワロはトーンを低めた。
『タイロは知っテマスネ? ご主人、けして良いヒトではないです。悪いヤカラともタクサン付き合いガあっテ、言動モ暴力的デ、ご主人がもっと悪い人になってイカナイカ、スワロはいつも心配。ご主人、今ハ、獄卒同士でモメてるダケですから大目ニ見られてマスが、一般市民ニも手を出しタラ……。ご主人ガ、消滅刑ニナルノ、スワロは嫌デス』
スワロは、少し明るくなる。
『デモ、タイロなら安心デスし、それにご主人モ楽しそう。スワロは、考えマシタ。こんなに楽しそうナラ、ご主人、悪いヒトにナラナイかも。ダカラ……、タイロとは仲良くシテテホシイ』
スワロは健気にそう言って、ちょっとトーンを落とす。
『スワロは、ご主人ガダメな悪いヒトでも、ご主人ガ好きですカラ……。ずっと一緒ニイタイ』
スワロは改めて尋ねる。
『スワロの勝手ナお願いデ、タイロには迷惑かけマス。ここまで聞イテ、マダ、タイロ、ご主人ノ、味方デイテクレマスカ?』
「もちろんだよー」
タイロは明るく答えた。
「スワロさんのお願いだし、それにね、お陰でユーレッドさんが、お姫様を大切に思うのもなんとなくだけどよくわかった。ここでも、俺ができることなら、協力するよ」
と、タイロはゴーグルを外した。
目の前に丸いスワロが、ちょこんと鎮座している。ゴーグルを外してしまうと、スワロの声は電子音にしか聞こえない。
「でもね、一つ間違いがあるよ。俺、ユーレッドさんは一番スワロさんといるのが幸せだと思うけどな」
きゅ? とスワロが小首を傾げる。
「だって、スワロさんはユーレッドさんの相棒でしょ? ユーレッドさんはね、本当にスワロさんがとても大切なんだよ。そんな変な気遣いしなくても、ユーレッドさんはスワロさんといれば、一線越えて堕ちてったりしないよ、多分。スワロさんの為に、踏み止まれるんだと思うよ?」
タイロはスワロを抱き上げる。
「俺、ユーレッドさんってアレで結構ヒーローみがあると思うんだよね。まあ、ちょっとやりすぎたりするけど、そこんとこちゃんとしてるでしょ。それは、ユーレッドさんは、スワロさんといるから、何があってもギリギリヒーローでいられるんだと思うんだよ」
スワロは、きょとんとタイロを見上げる。
「だって、スワロさんの前ではユーレッドさん、ちゃんとヒーローしてるもん。あれは多分意識的なところだと思うんだ」
スワロがふと動きを止めて、じーっとタイロを見上げる。
「あ、でも、俺、こんなこと言ったら生意気だよね。まだ二人に遊んでもらって二日くらいなのに。適当だと思ったら流してて」
慌ててタイロがそう断るが、不意にきゅ、と鳴いてスワロが飛びついてきた。
「どうしたの?」
驚くタイロに、きゅ、きゅ、とスワロは鳴いてぐいぐい頭を押し付ける。タイロはようやく意味がわかって、スワロを撫でた。
「あはは。スワロさんはかわいいなあ。これからもよろし……く?」
とタイロが言い終えかけた時、スワロがふと不穏な反応をした。
そして、突然窓が割れた。
「ぎゃあああー、なに! なに?」
タイロは悲鳴を上げつつ、スワロを抱きしめて部屋の奥に逃げる。
割れた窓から黒い人影が覗いていた。服は着ているが、人間のように見えない。
(なにあれ、もしかして汚泥的な何か?)
先ほどまでそういう映像をみてきたこともあって、タイロもかなり飲み込みが早くなっていた。しかし、早くなったからといって、そこまでなのだ。対抗できることは特にない。
(逃げなきゃ!)
「ま、まずい!」
タイロは部屋の外に出ようとするが、うまくドアノブが回らない。
「え、マジ。なんで? 鍵でもかかってる?」
ふと窓を見ると、服を着た囚人らしいものが棒のようなものを握っていた。その体が衣服から飛び出てぬるぬると変形する。
「わわっ! ヤバイ! た、助けて!」
タイロは迫る囚人に思わず叫ぶ。スワロが戦闘態勢に入りかけるが、スワロだけでは心許ない。
「ユ、ユーレッドさーん!」
近くにいるであろう彼に、タイロは思わず助けを求める。
「ユーレッドさん、助けて!」
囚人が獣のように飛びかかってくる。と思ってタイロが頭を覆った瞬間、囚人は横から押し込まれたように壁に叩きつけられた。
「呼んだか?」
いつのまにか、窓からユーレッドが入ってきて、囚人を斬り捨てて蹴倒していた。
「ユーレッドさん!」
「あーあ、控室汚しちまった。ウィスのやつがうるせえかなー、これは」
ユーレッドは気怠くため息をつきつつ、刀の刃を拭うと腰に戻す。
「まいいや。これで今日は本当に営業終了だぜ。あーあ、俺、本当仕事熱心だよなァ」
ユーレッドは伸び上がる。
「ユーレッドざああん、来てくれてよかったあああ」
タイロはやや腰が抜け気味で、ユーレッドに抱きつきかかる。
「な、なんだ、お前。またビビって泣いてるのか? 大丈夫かよ?」
ユーレッドが頼りなげに眉を寄せる。
「い、いや、これはそうじゃなくて! その、いろいろな感情が押し寄せてきてですね」
タイロは目のあたりを拭う。
「んん?」
「ユーレッドさんの体とか、風穴とかあいてないかとか、いろいろ心配になって……」
と、ユーレッドがむっとして、タイロの手にあるスワロを睨んだ。
「スワロ、お前、やっぱり!」
どき、としたように、スワロがきゅっと声を上げる。
「上映時間が長すぎるんだよ。わかってんだぞ! お前、あの後のことは見せんなって、俺が」
慌ててタイロが間に入る。
「あああ、スワロさんは悪くないんです! 俺が、無理やり頼んじゃったから!」
むー、とユーレッドは、タイロをにらむ。
「怒るなら俺を怒ってください。スワロさんは悪くないんで」
「お前も頼んだけど、乗ったのはコイツだろ。むしろ主犯はスワロだ」
「いや、でも!」
「ごまかすなって。ったく、それぐらいわかるっつうの」
ユーレッドは、本気で怒っているわけではないらしい。ぷいと顔を背けつつ、
「どうせ見せるとは思ったんだ。俺が、何年そいつと付き合ってると思うんだよ。スワロの性格なんて、わかりきってる」
ユーレッドは不機嫌を装っているらしい。
「どうせ変な気ィ回しやがったんだろう。全くしょうがねえな」
タイロがちょっとホッとすると、ユーレッドはタイロを睨みつつ言った。
「まあ、べつにいーぜ。見ちまったもんは仕方ねえからな」
「すすす、すみませんー」
きゅー、とスワロも申し訳なさげに頭を下げる。ユーレッドは、ちらとそれをみて、結局スワロをなでてやる。
ユーレッドはなんだかんだで、スワロには甘い。
「でも、ユーレッドさん、来てくれてよかったです! どうしようかと思いました」
「お前が俺を呼んだからだろ?」
「でも、ここ、防音ちゃんとしてそうだし、聴こえないかと思ってたんです」
「そういやそうか。窓は割れていたが……、お前の声ははっきり聞こえてた」
とユーレッドは顎に手を当て、ちょっと眉根を寄せた。
「まあ、そっか。今のもそうだよな。うーん、これ、偶然じゃなさそうなんだよな、やっぱり」
「へ?」
ユーレッドが考え込んでしまったので、タイロはきょとんとしたが、
「あーっ、もう! 控室は汚さないでって言ったでしょ!」
窓の外からウィステリアが顔を覗かせて、文句を言う。
「しょうがねえだろ、不可抗力なんだよ。勢いでやっちまったんだ」
ユーレッドは平然と答えた。
「壁と床だけだから、管理局の清掃でも呼べ。ほれ、ドレスは汚れてねえだろ。これでも最低限の努力したんだよ」
「どうだか」
ウィステリアは不機嫌に言いつつ、窓に手をかけて中に入ってきた。
「あ、あの、ウィスお姐さん、ドアが開かなくて、それでユーレッドさんを俺が呼んじゃったんで……」
ここで喧嘩されても困る。タイロが慌てて割って入ると、ウィステリアは苦笑した。
「ごめんね、タイロくん。実はトリックに頼んでオモテから侵入できないようにしてたのよ」
「トリック?」
「もし旦那が間に合わなくても、トリックが助けてくれたと思うんだけどね。タイロくんにカッコつけたいユーの旦那が、何かと張り切って」
チッとユーレッドが舌打ちする。タイロはきょとんとした。
「トリック、もういいわよ」
呼びかけると、にゅるっと扉のスキマから黒いものが溢れてきて、虫のような形になる。
「わわっ!」
「大丈夫。大人しいいい子だから」
驚くタイロにウィステリアがいう。
「大人しいっつーか、ワームの見かけとか、普通に考えて怖いだろ」
ユーレッドがいらぬことをいうのを無視しつつ、トリックはウィステリアの手首で腕輪になる。
「え、そ、それ、お姐さんのアシスタントなんですか?」
「そうよ。でも、旦那達の持ってる獄卒用とはちょっと扱いが違うけれどね。何かと優秀な子なの。この子はトリック、それとジャックとミュジックよ」
名前を呼ぶと、ウィステリアの二の腕の腕輪とイアリングが揺れる。
「よろしくね」
「あああ、こちらこそ、よろしくお願いします」
タイロが慌てて挨拶する。
ウィステリアは、囚人の脱ぎ捨てた衣服を銃の先で持ち上げつつ肩をすくめた。
「でも、やっぱり変だわね。さっきの連中とは別働隊? それとも、同じかしら」
「さあな。同じチップはあるけどよ」
「でも、この状況、わざわざタイロくんをってことでしょう? ねぇ?」
「わざわざだよな」
ちら、とユーレッドが、タイロをみて目を細めてにんまりした。
「な、なんです?」
「いやァ、なに。お前といると多分退屈しねえだろうなッて話」
「へ? どーいう意味っスか?」
呆然とするタイロに、ユーレッドは意地悪にニヤリとした。
「俺が思うにさ、お前、多分、なんかの事情で命狙われてるぜ?」
「えええっ」
タイロが思わず悲鳴のような声を上げた。




