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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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28.チャコールグレイ・ロマンス-5

 まるで幻燈が交錯しながら映し出すような、夢のような不確かなものが展開されていた。

(これ、誰の夢なんだ?)

 スワロの見ている、どこか現実離れした映像。それは、夢でなくて記憶なのかと思うほど、生々しいことがあるかと思いきや、お伽噺や夢物語のように儚くて消えそうでもある。

 薄くひび割れ、過去の優しい色に染まっている。

 いつのまにか、映像は庭に戻っている。

 お姫様と彼が一緒に庭園を歩いていた。リハビリなのか、お姫様が彼を支えている。

 そして休憩で座った彼が、優しい目で歩き回るお姫様を見守り、時折笑う。

 その目に、タイロは見覚えがあるのだ。

(やっぱり、そうなんだ……)

 優しいだけではない。どこか険がある。彼はただ単に善なる存在でもない。

(あのひと……)

 包帯を巻かれた黒い男の正体が、果たして囚人の成れの果てだったのか、それとも別の何かだったのか。タイロにはわからない。スワロも多分わからない。

 この映像が現実かどうかも、本当にあったことなのかどうかすらわからない。

 ただひとつ確かなことはある。

 あの男は、地獄の中でお姫様に救われたのだ。

 体が崩壊して溶けてしまって、自分が何者かわからなくなる前に、お姫様は彼をそこから連れ出した。

 そして、それだからこそ、男はお姫様を守ろうと誓ったのだ。

 この可哀想なお姫様は、きっとまた誰かに狙われてしまうのだろう。お姫様の身の上を知っているはずの彼は、そのことを悟っていた。

 それで、彼女が二度と溶かされる悪夢にうなされないように、あの男は自分と約束をした。

 だから、彼は何かあれば、命懸けで彼女を守る。

 それが自分の存在を保ってくれた、あの孤独で可哀想な小さな姫への彼なりの礼なのだ。

 騎士のようにひざまずいて、手を取ってお姫様に。

 ――安心しろ。おれがお前を守ってやるよ。

 完全には戻らなかったらしい、聞き覚えのあるハスキーボイスで囁く。

 

 それはもしかしたらたとえ話のようなものだったのかもしれないし、本当にそうだったのかもしれないし。確認のしようもない。


 ただの、消炭色の騎士と幼いお姫様の、記憶の彼方にかすかにのこるだけの、美しい幻の夢物語。


  *

 

 突然、画面が変わった。

 部屋の中の風景がうつる。室内は薄暗い。近くでアルルがすーすー寝息を立てて寝込んでいた。

(夢が終わった?)

 なんらかの異変を感じて、きゅ、とスワロはあたりを見る。

(あれ、ユーレッドさん!?)

 タイロが気づいたのとスワロの反応は同時だ。

 そばにいたはずのユーレッドが、忽然と消えていた。終わっていた点滴の針やスワロとのケーブルも外されていて、彼のいた痕跡だけが残っている。

 スワロの時計をみると、もう夜になっていた。おそらく深夜と言って良い時間。随分長い時間、眠ってしまったらしい。

 ユーレッドがいないことを、どうして気づかなかったんだろう。と、スワロは慌てるが、どうやら何者かがスリープモードに変更していたようだった。

 ハッキングされた形跡はない。自分が変えてしまったのか。それとも、ドレイクが戻ってきていて設定を変えたのか。

 スワロは慌てていたが、ひとまず浮き上がってあたりをさぐる。

 アルルやレコを起こそうかとも考えたが、彼等の負担になってしまうし、大騒ぎさせてしまう。ひとまずスワロは自分で主人を探すことにした。

(どこに行ってしまったんだろう)

 スワロの焦りはタイロにも伝わる。

 スワロは、きゅ、と小さく鳴きながらあたりを調べる。まだ、ユーレッドとの接続が回復していない。直接調べられないらしい。それだけにスワロは必死になる。

 きゅ、きゅ、と泣くような声をたてて、スワロはあちらこちら見回る。

 キッチンやトイレにもいない。室内にはいなさそう。

 玄関から外を覗いても、大都会の光にけぶる心細い欠けた月がのぞいているだけだった。

 第一、あんな体でどこに? まだ全快しているはずもない。

 きゅう、とスワロは、心細い小さな声をあげる。

 もう一度、思い当たるところを一通り見回って、スワロは思い切って外に出た。

 ドレイクの姿は見えなかったが、彼が近くにいるらしい気配だけはあった。ドレイクのアシスタントのビーティーとの通信が可能なことがわかったからだ。アルルの守りは安心して任せられる。

 スワロはドアから飛び出した。

 深夜の都会はそれでも明るい。廃墟街は街灯がまばらで不気味だったけれど、中心街やネオンサインで彩られた獄卒街の方の光が空に輝いている。星は見えない。

 規制はまだされているようだが、それでも表向きあちらは平穏に見えている。スワロは見つからないようにそろそろと慎重になりつつ、しかし焦った気持ちで外をさまよった。

 通るのは、いつもユーレッドが夜の散歩に使っているルートだ。

 しかし、当然ながら、彼の姿や形跡はそこにはない。

 スワロは、心細く悲しい気持ちになっていた。

 ご主人は、不甲斐ないスワロが嫌になって、一人でそっと出て行ったのだろうか。

 それとも、誰かに連れ出されて、どこかで死んじゃったのでは。

 色々とスワロは考えているらしく、確率を計算したデータが画面の隅で踊る。

 言葉としてはわからなくても、タイロにもそれは痛々しいほど伝わる。

『スワロがもっと優秀なら、ご主人は……』

 近くを治安部隊のパトカーが通る。スワロは慌てて身を隠す。あたりを獄吏が警戒しているのに気づいて、スワロはそれ以上の捜索をあきらめ、とぼとぼ部屋に戻ってきた。

 もしかしたら、何かビーティーやレコに連絡があるかもしれない。

 音をたてないようにと、扉をあけて、すーっとさみしそうに戻ってくる。

 部屋は相変わらずみんな寝ているのか、暗く静かだ。……と思ったが、ふと、一角だけが明るい。しかも、ざああーと水の音がしていた。

 スワロは顔を上げて慌ててそちらを向かう。

 それはバスルームからだ。バスルームだけが明るい。

 しかも、水の音に交じって、ふふふふーん、とちょっと調子の外れた鼻歌が聞こえる。アルルではない。男の声だ。

(え、まさか。マジで?)

 程なくシャワーの音が止んで、がさがさと着替える音がした。

(いや、いやいや、侵入者って可能性も。それはそれで怖いけど、でも、いくらなんでも……)

 タイロがその可能性を考えつつ、いやいやと首をふる。スワロの気持ちを考えると、あり得ないがドレイクや別の人であって欲しい。

(空気読んで! スワロさんの気持ち考えて!)

 きぃっと風呂場のドアが開く。

「やれやれ、脱水起こすっつーの。あの藪医者が!」

 タイロの切なる願いもむなしく、風呂場から出てきた男は無神経にそんなことを言った。

「あれ使うと、確かに効くけど、汗の出方がおかしいんだよな。なんか変なモン入ってんじゃね? まともなモン作れっつの」

 新しいタンクトップのシャツに新しいスウェットの下。バスタオルを頭から被って、悪態をつきながらユーレッドがふらっと出てくる。

 そして、当然のように冷蔵庫を開けつつ、水を取り出して蓋を開けて飲みながら、思い出しムカつきでも起こしたのか、ちっと舌打ちした。

「あーくそっ、気に入ってたジャケットだったのにな。あれ。穴空いてるし、流石に新調するか。アイツ、絶対許さん」

 と、そこまで言ったところで、部屋の片隅で固まっているスワロにようやく気づいたらしい。

「お、スワロ。まだ朝じゃねえぞ」

 ユーレッドは、左目を瞬かせて言った。

「せっかく、俺がスリープかけてやったろ。いろいろやられてたから、システムの修復とかいろいろあるだろと思って……」

 何事もなかったかのようにユーレッドは、そんな風に話しかけてくる。

「明日、ちゃんとメンテしてやるから、それまで、寝てれ……ば! うお!」

 スワロがユーレッドに体当たりしたらしく、映像が乱れる。きゅ、きー、きゅー、と鋭い電子音が立つ。

「ま、待て、なんで怒ってんだ、お前! 痛えんだよ、まだ! お、おい、俺、まだ全快まではしてねえんだ。下手すると傷が開くから! い、いや、その、汗で気持ち悪いから、シャワーを……」

 ユーレッドがスワロの攻撃をかわしつつ、そんな言い訳めいたことを言う。スワロはぴたりと動きを止めて、きょとんとしたユーレッドを見上げる。そして、突然、きゅうううと鳴きながら飛び込んだ。

「お? な、なんだ? なんだよ?」

 ユーレッドは困惑気味にスワロを抱える。

「なんだよ。お前、情緒不安定じゃないか、ちょっと……」

 その時、扉が開いてアルルが血相変えて飛び込んできた。

「スワロちゃん、ユーレッドさんが!」

「お?」

 スワロとは違い、アルルははっきり表情にでる。真っ青なアルルの様子を見て、流石に無神経なユーレッドも状況を把握して気まずそうな顔になる。

「あー、いや、その」

 ユーレッドは軽く咳払いしつつ、

「おひいさま。その、俺、汗が……」

 固まったアルルにユーレッドが、言い訳を始めたところで、アルルが目を潤ませてばっと抱きついてきた。

「ユーレッドさああん!」

「な、なんだ! なんなんだ、お前ら」

 抱きつかれてユーレッドが慌てる。ついでにちょっと痛かったらしいが、スワロやアルルの気持ちを思うと、ちょっとくらい痛くてもいいかなと思ってしまうタイロだ。

「もう大丈夫なの? 起きてても?」

 アルルが涙目で尋ねる。ユーレッドは終始気おされ気味だ。

「あー、ま、まあ、たまに痛いが、もう風穴はあいてないから……。だ、大丈夫なんじゃねえかな?」

「あ! そうだ、私のこと忘れてない……よね?」

 アルルが恐る恐る尋ねる。

「あ、ああ、だ、大丈夫……と思うぞ。ま、ソノ、……直近の記憶の喪失は、獄卒には良くあることだが、多分、今のところ……」

 それを確認してアルルは、泣き出してしまう。

「な、泣くなよ……。俺、こういうのはあまり得意じゃ……」

 ユーレッドは心底困った顔になっていたが、アルルは構わず抱き着いて泣き出してしまった。

「ユーレッドさん、よかった。よかった……」

 スワロもきゅーきゅー鳴きながら、ぐいぐい身を寄せてくる。

「あー……、そ、そうか……」

 ユーレッドはようやく事態を把握したらしく、気まずそうに言った。

「そ、そうか、俺、心配かけたんだな? わ、悪かったな……」

 ぎこちなくスワロやアルルの頭を交互に撫でつつ、ユーレッドは少し照れているようだった。


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