表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/129

26.チャコールグレイ・ロマンス-3

 アルルがタオルを冷たい水で絞って、ユーレッドの額に乗せる。高熱を出しているユーレッドは、今は息遣いが荒くなっていたが、多少ドレイクの応急処置が効いているようだだった。

「このセットは、オオヤギ・リュウイチという獄卒専門医から貰ったものだ。信頼のおける医師のもので、中身は獄卒の修復を早める促進剤と解熱のための、まあ栄養剤といったところか? 解熱と補液を兼ねた点滴剤もあるので、もう少し状態が落ち着いたら使うと良い。静脈注射などの処置が難しければ、アシスタントに頼める」

 ドレイクは、何やら小さな黒い鞄ごとアルルに渡す。

「この一式は応急処置用のものだが、ネザアスも同じ物を持っているはず。部屋の中にもあるかもしれぬから足りなければそれも使え。ネザアスの主治医もあの男だからな」

「お医者さん?」

 アルルは聞き返して目を瞬かせる。

「その先生、ここに呼べないのかな?」

「うむ。気持ちはわかるが、しかし、この監視の中では連れてくるのは難しく、連絡を取れば確実に逆探知されるだろう。私もできればそうしたかったが」

 ドレイクはちらとスワロをみていう。

「だが、アシスタントとの接続も阻害されているようだから、ネザアスが動けるようになったら、一度頼っても良いだろう」

「ドクター・オオヤギね。わかったわ」

「うむ」

 そこでドレイクが無言に落ちる。基本的には彼は無口だし、口も上手くない。時折こういう沈黙の時間がある。

(昼間もそういえばそうだったなあ、この人)

 タイロはそんなことを思いながら様子をみている。

(お姫様はどうする?)

 と、アルルは、しばらく沈黙を守っていたが、そろそろと尋ねた。

「あ、あの、ドレイク……? さん」

「なんだ?」

「あの、こんなこと、お尋ねして気を悪くしたらごめんなさい」

 アルルは優しくそう前おいて、

「ドレイクさんは、ユーレッドさんと、どんな関係? ただのお知り合いじゃないよね?」

(聞いた!)

 図太いタイロでもなかなか聞けないようなことを、彼女はさらりと尋ねる。流石はお姫様。優しい口調でそっと尋ねる。

「ネザアスって、ユーレッドさんのこと? ……ユーレッドさんのお名前なのかな?」

 ドレイクは、目を伏せてふと笑う。

「あ、ごめんなさい。急に失礼ね……」

「構わん。そのことを聞かれたのは、ずいぶん久しい」

 ドレイクは、ほんの少しだけ優しい口調になる。

「ネザアスは確かにこの男の名前だ。古い名前だが、今でも登録名として使っていると思う。ネザアスと呼んでも返事をするので、本人も否定はしていないのだろうな」

 ドレイクは、目を伏せた。

「古い名前? 昔からのお知り合い?」

「その男は覚えていないが、私とその男は昔同じ場所で仕事をしていた」

「同僚さん?」

「まあ、そういう言い方もできるが、同僚というのもおかしいか」

 ドレイクは少し考えて、口を開いた。

「同僚というよりは、そうだな、お前達の感覚では兄弟に近いかもしれない」

「兄弟?」

 アルルは目を瞬かせる。

(兄弟?)

 タイロも同じく反応した。

 ドレイクの口から出るには、それはあまりにも意外な言葉だ。

(ユーレッドさんとドレイクが兄弟?)

 別に似てもいないようだが。それに、ユーレッドの側は昔のことを覚えていない、とは何故なのだろう。

「その呼び方が適切かどうかはわからぬが、お前たちの概念にあわせれば、おれ達は兄弟と言って差し支えない」

 ドレイクの言葉は無感情であったが、それだけに妙に説得力があった。彼のような男が、理由もなく、よりによって兄弟などという強い繋がりを示唆する言葉を選ぶはずもないのだ。

「おれとネザアスは」

 ドレイクの一人称がいつのまにか、変わっていた。

「同型なのだ。同じ材料で同じものが作ったものを兄弟と呼ぶのなら、おれとネザアスはそうだろう。長く、同じ目的の為に働いてきた」

 ドレイクは、静かに目を伏せる。

「おれは一番上だが、出来が良くなく、求められるものと本来の自分の差異が激しかった。それゆえに演じることもできず、失敗作だったと思う。それであるなら、主人に言われた通り、せめて良い兄になれれば良かったが……」

 ドレイクは目を開いた。

「おれは、逆に助けられてしまった。弟妹の誰一人助けられず、その一連の結果、ネザアスは昔の事を忘れてしまっている。おれはそういう自分が残念でならない」

「ドレイクさん」

 ドレイクの言葉に少しだけ感情が覗く。

 何があったかはわからない。ただ、彼はそれを深く後悔している。それ以上は聞くことはできなさそうだった。

 ドレイクは再び無言に落ちてしまう。そんな彼を慰めるように、ドレイクのアシスタントのビーティーが、そっと彼に寄り添っていた。



 朝方からずっと起きていて、アルルは疲れていたのだろう。昼下がり、彼女はユーレッドのベッドにもたれかかって寝てしまっている。

 スワロは、クローゼットから膝掛けを出してきて、そろそろとアルルの肩にかけてあげた。膝掛けなどとこまやかなもの、ユーレッドがわざわざ用意するとも思えないので、おそらくスワロがこういうものを集めているのだ。

 獄卒用のアシスタントの主な目的は、対囚人戦闘の補助だが、一方で獄卒の精神的安定と更生を目的にされている。スワロの存在は、ユーレッドの生活を間違いなく豊かにはしているといえる。

 ユーレッドは、スワロがいなければもっと自堕落で、もっと不健康で不健全な生活しか送れなかっただろう。

 ドレイクから渡された応急処置セットの効果もあってか、今はユーレッドの発熱は少し落ち着いてきていた。スワロの取るバイタルの数値も改善しているし、意識も戻ってきたのか、呼びかけにかすかに反応することもあるようになった。アルルもそれで少し安心したのだろう。

 アルルが寝てしまったのを見届けてから、レコもその膝の上で電力温存のために、スリープモードに入っている。

 ドレイクとビーティーは、外の様子を見る、と言ってまたふらっとどこかに出て行ったようだった。ドレイクがうまく運んだこともあり、ユーレッドの血痕をたどってこられることはない。廃墟街区にはたまにフェンスの守りを抜けた囚人が来ることがあるが、それでも、真昼間の今頃にこのあたりをうろつくことも少ない。とはいうものの、厳戒態勢の中で獄吏もアルルの所在を探っている。

 ドレイクが警戒してくれているのなら、彼に任せるに越したことはなかった。

 ユーレッドが動けず、ウィステリアなどの協力者との連絡が断たれた今、頼れるのはユーレッドに匹敵する力を持つ獄卒のドレイクだけである。

 そんな状況なので、室内で起きているのはスワロだけだった。

 スワロは再びユーレッドのそばに戻る。

 頭の周囲に氷嚢を置かれ、額から目元に冷たいタオルを乗せられて、短く浅い息をするユーレッドは、スワロの来訪に反応しなかった。

 まだユーレッドとの接続ができないスワロは、一人になって落ち込んだようにぴぴと微かに鳴いた。

 ビンズ・ザントーに攻撃された時に、カバーの隙間から汚泥をさしこまれた為、彼との通信機能がおかしくなっていた。

 通信機能自体は使えるものもあるので、本来なら、オープンなネットワークを経由しても接続し直せるのだが、ジャミングが激しい今はそれもできそうにない。

 ただ、スワロは直接ケーブルで繋ぐことはできる。細いケーブルをユーレッドの左手首の裏側の通信端末にあてがって、彼のバイタルを取ったり、痛みを管理することもできる。状態は回復しているが、ユーレッドはまだ目を覚ます気配がなかった。

 寄り添うように触れていると、主人の燃えるような身体の熱が感じられて、せめて少しでも冷やせればとそこでじっとしている。

「う……」

 微かにうめく声が聞こえて、きゅ、とスワロは彼を見る。

 身じろぎした際に額のタオルがずれてしまっていた。温度を調べるとぬるくなっている。

 きゅ、と心配そうに鳴いて、スワロは遠隔操作で額のタオルを氷水に浸して、ちょっと絞ってから戻してやる。相変わらずユーレッドは、マネキンのように顔色が悪い。

 と、ふいに彼が何かつぶやいた。うわごとに過ぎないが聞き取れない。

「……お、れ……、は……」

 かすれたユーレッドの声が聞こえる。何か夢でも見ているのだろうか。

 スワロは、ユーレッドと接続ができていて、彼に干渉できるが、さすがにその精神性の部分にはあまり踏み込んだことはない。ユーレッドの側がそこまで許可していないこともあるし、スワロにも遠慮というものもある。

 しかし、その時は、眠りに落ちた彼が無防備になっていたこともあるのかもしれない。それに、伸びたケーブルに、偶然動いたアルルの指が触れていた。

 アルルは汚泥に感応する。差し込まれた汚泥を通じて接続されてしまったのかもしれない。

 スワロが少し動揺して、きゅ、と鳴く。

 勝手に動画再生が始まるように、スワロの映像がカメラのものとさし変わってしまう。

(なに、これ)

 画面はセピアめいた色の不鮮明さを帯びている。

 そこは幽玄な竹林に守られた、お屋敷の庭園のようだった。

 幻想的な不鮮明さは、それを過去のものだと思わせるものだった。そして、平穏で俗世間から切り離されたような感覚のする場所だ。

(どこだろう、ここ)

 そこに小さな着物を着た少女と包帯を全身に巻いて派手な着物を肩から羽織った男の姿が現れた。

 古びた木造のお屋敷の中、幼い少女が走り回るのを、どこか体が悪いらしい男がゆっくりあとを追いかける。

 少女はお姫様のように敬われている。いや、おそらく彼女はお姫様なのだ。ここに匿われているようですらある。

 彼女が目の前に立つと、長身の包帯男は苦笑してそっと膝をつく。少女が笑顔で手を差し出すと、男はその差し出す手を取った。

 男は片目だけが顔の包帯からみえていた。そのまなざしは鋭いが、お姫様を見上げるときは優しい。

 まるで騎士のようにお姫様に跪き、彼は何事かお姫様に囁いた。


 これはアルルの夢? いや、それともこれはつなげているユーレッドの夢? それとも、二人の共通の夢?

 とにかく、スワロの中に入ってきたのは、不鮮明で不思議なもので、それは夢なのだと思われた。

 

 それは、お姫様と包帯の男の、消炭色チャコール・グレイの騎士物語のような夢なのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ