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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様
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26.チャコールグレイ・ロマンス-2

 裏通りに、ばっと閃光が走り、銃弾が飛び交う。

 しかし、表の通りにいるものは誰も騒ぎに気付いていない。

 ウィステリアのアシスタントにより、辺りは仕切られ、音が制御されているらしく、表や店内には伝わっていないらしい。

「まったく、しつこいわね!」

 そのウィステリアが、人型の囚人と相対している。銃を構えた彼女に、囚人が忍び寄ると、ばっと彼女の前に黒いワームのようなものが現れて囚人を貫いた。倒れ伏す囚人に、ウィステリアが二、三発銃弾をトドメとばかりに撃ち込んでいた。

「これで終わり?」

「だろうな。こっちも片付いたぜ」

 と言って建物の影から出てきたのは、ユーレッドだ。彼は余裕の表情なので、軽い運動程度をしたようなものなのだろう。ちょうどアルコールも飛んだのか、かえって調子が良さそうだ。

「五体くらいかな。面倒なやつはいなかったが、銃を持ってるやつがいるのは珍しい。というか、こいつら囚人の癖に擬態してたぞ」

 とユーレッドは小首を傾げる。

 ウィステリアの足元の囚人も、確かに衣服をまとっていた。戦闘中に変形して投げたり破れたりしているが、コートを着て顔を隠し、人に紛れていた。

「店の中には本当の管理局の連中もいたが、コイツらもいたよな?」

「ええ。調査員エージェントに擬態したやつがいるとは思ったのよ。歌で大人しくしてくれているなら、面倒だから手を出さないつもりだったんだけどね」

 ウィステリアがそう言ってため息をつくと、大きな黒い蛇か虫のようなものがぬるりと前にあわられた。体をくねらせてウィステリアに懐くような素振りを見せる。

「ジャック、いつもありがとう」

 ウィステリアが、黒い虫のようなそれに礼を言って軽く口付ける。

 すると、ジャックと呼ばれたそれは彼女の腕にくるくると巻いて腕輪の姿になった。普段は彼女の首飾りの姿をしているジャックは、腕輪の形にもできる。

 ウィステリアは、アシスタントを首飾りやイヤリングにして持ち歩いていた。

 彼らは体を凝縮して小さなアクセサリーになれるが、必要な時は一メートルほどの大きな姿になる。

「ミュジックもお疲れ様」

 そういって、ウィステリアはふわふわと飛んできた蛾の姿の黒いものを、手に留まらせた。手のひらで小さくなるミュジックは、やはり黒いイアリングの姿になるので、ウィステリアはそれを耳につける。そうすると、彼らは黒いアクセサリーとしか見えなかった。

「そいつら、ワーム型なのなんとかならねえのか?」

 ユーレッドが、ぞっとしねえとばかりに肩をすくめる。

「あら、可愛いでしょ。ジャックとトリックは基本の姿はワームだけど、ミュジックは蝶みたいな可愛い姿だし、その気になれば二人も同じになれるわ。蝶のアクセサリーなんてどこにだってあるわ」

「は? 蝶? ソイツ、蛾だろうが」

「似たようなもんじゃない。どっちも綺麗だわよ」

 ウィステリアは心外そうに答える。

「正直、旦那より素直に言うこと聞いてくれて、有能な子たちよ、この子達はー」

「ふん、そりゃあ、俺みたいなのは、黒物質ブラックオールマイティマテリアル製のアシスタントさまには敵わねえよ」

 ユーレッドは不貞腐れたようなことを言う。

「大体、黒物質ブラックマテリアルのアシスタントなんて、お前しか使ってないだろう」

「当たり前でしょう? これ、あたしが作ったものよ。あたしだって魔女だもの。黒物質の扱いには慣れていてよ?」

 ウィステリアは得意げにいった。

「でも、みんな優秀よ。長男のジャックは攻守に優れた戦闘特化型、次男のトリックは隠密活動にもできる調査要員、妹のミュジックは音に関わってあたしたちの秘密を守ってくれる。ミュジックのおかげで、音が拡散されてこの騒動を表にかぎつけられないの。そうじゃなきゃ、旦那なんか通報ものなんだからね。派手にやらかすんだから」

 ウィステリアはそう言って、腕輪を撫でる。

「この子達は、あたしに特に懐いてくれた黒物質ブラックマテリアルから作ってるからね。まあ、あたしの子みたいなもんよね」

「ほほう、そりゃー優秀なお子様だな」

 ユーレッドは皮肉っぽく言ったが、彼はどうも別のことに興味が移っているようだった。自分が斬った囚人の残骸を目に留めて、ふと手持ちの小さなライトつけて、口にくわえてしゃがみ込み、刀の先であさっている。

 そして彼はチップのようなものを見つけた。ユーレッドはうまく切っ先でチップをひっかけて飛ばすと、左手で受け取り、チップをマジマジとみた。

 口からライトを外して胸ポケットに滑り落とす。

「んー、やっぱり、チップがある」

 溶けた後のある妙な形のチップ。それはいわゆる囚人の汚泥コアにある識別票とは違うものだ。昼間の囚人のものと似通っている。

「こいつら、これで指令されてるのか? 妙に人間くさい動きをしていたが」

「そうみたいね。銃の携帯できるし、擬態していたのもそのせいでしょ」

 ウィステリアはふと目を細めた。そして、ふと心配そうに眉根を寄せた。

「これ、あの、ビンズ・ザントーのやり口を思い出すわね」

「また嫌な奴の名前聞いたな」

 ユーレッドは笑みを引き攣らせつつ、

「確かに手口が似てはいるが、しかし、アイツの場合は、汚泥そのものを動かすのは無理だったぞ。汚泥はそもそも黒物質ブラックマテリアルが汚染されたモノだが、アイツは魔女みてえに黒物質に干渉するような能力はない。体質を魔女に似せていて、多少の干渉ができたものの、基本的には特製のナノマシンを汚泥に擬態化し、それを通じて間接的に操ることができていただけだ。けしかけたり、集めたり、そういうことはできるが、恣意的に攻撃させるほどの力はない」

 ユーレッドは眉根を寄せる。

「こいつは、間違いなく汚染された汚泥でできた囚人だ。しかも濃度も高い。しかも、こんな複雑な操作、アイツには無理だよ。ここの奴らが囚人を遠隔操作している、その件との方が関係があると思うぜ」

「それはそうでしょうけれども」

 ウィステリアは、ちらとユーレッドを見る。

「ビンズは、あの時、ちゃんとユーの旦那がトドメ刺してるのよね?」

「は? 当たり前だろ」

 ユーレッドはむっとする。

「あんな一方的にやられて、そのままで済ますわけないだろうが! 大体、アイツ、生かしておくとロクなことにならねえしな」

 と言ってから、ふむ、とユーレッドは唸る。

「ま、でも、奴も獄卒の端くれだし、ちゃんと死んだかどうかは微妙なとこかもな。アイツのこと、結局よくわからなかったんだろ」

「ええ。彼、不穏分子Ω支持派の調査員エージェントって話よね。ダミーの所属はわかったけど、本当は誰の命令で行動してたのかまではわからなかった。大体、彼、正確に獄卒だったのかどうかも」

 ウィステリアは眉根を寄せる。

「アイツは、普通の獄卒じゃねえからな。俺なんかともちょっと違う種類だが、まともに獄卒になったわけじゃねえんだろ。なんというか、形質をお前ら魔女に似せてある。それで、黒物質への多少の干渉ができたんだろ」

 薄笑いを浮かべつつ、ユーレッドは言う。

「魔女の構成物質とは違うんだけどよ。アイツはうまいこと混ぜて、それっぽくしてある。それで能力を獲得したってとこか? ま、この辺、俺はあんまり詳しくないんで、ただの推測だぜ」

「あら、あたしより詳しいんじゃないの?」

「そんなわけねえだろ。俺は単に、特定の物質の"匂い"がわかるだけにすぎねえよ」

 ユーレッドはそう言って肩をすくめ、電子煙管を取り出した。彼のそれは厳密には煙草ではなく、不必要な攻撃性を抑えるためのものだ。が、どうもカートリッジには薬品だけでなく、フレーバーのついたちょっとした嗜好品的なのものもあるらしく、彼は差し替えて手持ち無沙汰な時に吸っていることがある。

 軽く煙を吐きながら、ユーレッドは思い出したように控室の方に目をやった。どうもスワロの反応を探っているようだ。

「アイツ、上映時間が予定より長いぞ」

 ユーレッドはむっとして眉根を寄せる。

「さては、俺がダメっつったとこまで見せて……」

「良いじゃないの。別に。見られて悪いことないでしょ?」

「良くねーよ! なんでアイツに、俺があんな奴なんかに、ボコボコにされてるシーン見られなきゃならねえんだ!」

 ユーレッドは不服そうにそういう。

「カッコ悪いだろ!」

 意外にストレートなことを言う。

「同じ見せるなら、俺が敵を八つ裂きにしてるところをだな!」

「そんな暴力的な場面、タイロくんに単に引かれるだけでしょ」

 ウィステリアは冷静につっこみ、にやりとした。

「いいじゃない。意外と優しいとことか見られるんじゃない? 見直してもらえるかも」

「は? ふざけんな、俺は別に優しくねえよ」

「本当、素直じゃない人ねえ」

 ウィステリアがユーレッドの反応に呆れた時、ふと足元で不穏な気配がした。

 ウィステリアは反射的に身を引く。

 先程トドメをさしたはずの囚人が、ずるりと動いたのだ。

 はっとウィステリアが構える。

「ジャッ……」

 急激に起き上がって襲ってくる囚人に、ウィステリアが腕輪のジャックを起こして身を守ろうとする。

 が、ふとウィステリアの身体が横から引っ張られた。そして目の前の囚人が真っ二つになって弾け飛ぶ。

 引っ張られてバランスを崩したウィステリアを、いつのまにか移動してきていたユーレッドが受け止める。

「あ、ありがと……」

 と礼を言いかけて、ウィステリアははっとする。抱き抱えられたウィステリアのちょうど視線の先にユーレッドの左側の横顔が来て、街灯で顔がはっきり見えていた。思わずウィステリアは、それを凝視してしまう。

 そんなユーレッドが、ちらと目だけ彼女の方に向けてにやっとする。ちょっとあどけなくも見えるような表情で、ほんの少し意地悪だ。

「ふふん、お前、いつも詰めが甘いんだよな」

「っつ……」

 思わず、ウィステリアが頬を赤らめるが、ユーレッドはそんな些細なことには気づかない。

「あー、そうだ。これで、借りた分ちょっと減っただろう。ははっ、ちょうどよかった。ほら、立てんだろ?」

 ユーレッドはぼんやりしているウィステリアを立たせると、不意に目を瞬かせた。

「おかしいな。さっき、一瞬だけ、その辺に人の気配があったんだが……」

 と言って、裏通りの建物の陰を見やる。

「今はないな。俺の勘違いか」

 そして、そちらにふらっと様子を見に行ってしまう。

 残されたウィステリアはまだ熱い頬を両手でおおいつつ、鈍すぎる彼をちょっと睨む。

「なによ、あれ! あんな表情、不意打ちで卑怯でしょ」

 彼女らしくもなく、少女のように上気しながらウィステリアはぼそりと吐き捨てる。

「あたしもお姫様もスワロちゃんも、大概被害受けてるんだけど。本当は自分、意外と男前なんだって、あの人、いい加減、気づかないのかしらね」

 ウィステリアは、ちょっと恨みがましく彼を睨んだ。

「この無自覚タラシが!」

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