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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様
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25.チャコールグレイ・ロマンス-1

 T-DRAKEがユーレッドを背負ってくれ、スワロの案内でやってきたのは廃墟街の一角だった。どうやら、ユーレッドは廃墟街に複数の住処にしている場所があるらしい。


 本来獄卒には、集団生活用の宿舎が与えられているが、そこに住むものはそれほど多くない。大体籍だけそこにおいて、適当なところに収まるものが多い。それでも、ユーレッドのように囚人や汚泥の脅威のある廃墟街の団地廃墟に住み着くものは珍しい。

 荒野に向かうフェンスやゲートに近いここは、囚人ハンティングに出向くには便利な場所だが、昼夜を問わずに侵入してきた囚人の脅威に晒されるので、まともな人間は住まないし、獄卒でも寄り付かない。

 一方、他人の干渉をさけるのにはむいており、ユーレッドがこうした場所を好む理由もわからないわけではなかった。

 ドレイクは、完全に盲目というわけではないらしい。その時々により見えることもあるらしいが、視力が非常に不安定で、彼は蝶の形のアシスタント、ビーティーに導かれていた。

 スワロが電子キーを開けられるので、室内に入り込むのは簡単だった。ユーレッドを寝室に運び込む。

 今回は隠れ家のうち、もっとも近い場所にやってきたようだが、室内は意外にきれいで、近々までここで生活していたらしいことがわかるし、きっとここは彼のメインの住処なのだろう。

(ユーレッドさんの部屋かあ)

 こんな時に不謹慎だ。とは思うものの、タイロは興味津々だった。

 ユーレッドは生活感があまりないので、どういう生活をしているのかなど気になる。

 ここは管理局に見捨てられていても、インフラ自体は生きていた。その為、生活には不便はなさそうだった。バスルームもあるし、リビングやキッチンには冷蔵庫などのそれなりの電化製品もある。冷蔵庫には、生鮮食品こそないものの、保存の効く飲料が冷やされている。缶詰や固形食糧の類もキッチンに置いてあり、生ごみなどはなく意外ときれいだ。

 彼自身が几帳面なのか、それともスワロがちゃんとしているのかは置いておくにしても、意外とちゃんとしている。

 クローゼットにも服が入っており、独特のセンスが光る柄モノのジャケットやシャツが何着かかけてある。

(こんな時だけど、部屋の中めちゃくちゃ気になるなあ)

 タイロはそんなことを考えてしまう。

 スワロは忙しく飛び回っており、タオルやユーレッドの着替えなどを素早く取り出して運んできていた。

 意外とちゃんとはしているが、それでも寝室はベッドが無造作に置かれていて布団と毛布が投げ出されているだけの殺風景なものだが、ベッドサイドに古い本やA共通語の書籍が置かれており、意外に本も読むらしい。

 アルルに協力してもらってお湯を沸かしていると、ドレイクがスワロを手伝い、血だらけの衣服を脱がしてある程度の応急処置をしてくれる。スワロが出してきたスウェットの上下という、ラフな姿になったユーレッドだが、意識がないのか、手当てされている間も、ほとんど反応がなかった。ただ熱は確実にあるようで荒く熱っぽい息をついている。

 腹の傷口や膝にはガーゼを重ね、ドレイクが手持ちの小さいカバンから応急処置セットのようなものを出してきて、ユーレッドの腕になにかの薬剤を打っていた。

「出血は止まっているだろう。傷が塞がるまではまだ少し時間がかかる。この上から包帯を巻いていろ」

 ドレイクはアルルにそう指示をするとふらっと出て行ってしまった。

 アルルがスワロに聞きながら、慎重に手当をする。真新しい包帯はスワロが、救急セットを出してきた。

「不思議だな」

 心配そうに包帯を巻きながら、アルルがぽつりという。

「なんだろ、私、前にもこんなことしたような気がする……。ユーレッドさんに」

 レコが隣で、きゅ、と首を傾げるように斜めになる。

 スワロは、まだユーレッドと直接接続できないようで、ケーブルを伸ばしてユーレッドの左手首から直接繋ぎ、バイタルを取っているらしい。熱はかなり高く、四十度近くになっていた。

 スワロが心配そうに、きゅううと鳴いてうつむく。言葉がなくても明らかに落ち込んでいるのは確かで、アルルが思わず慰める。

「スワロちゃん、大丈夫だよ」

 撫でられてさらにきゅう、とスワロはこうべを垂れる。

「ユーレッドさん、自分で大丈夫っていってたもん」

 きゅ、と、スワロが泣くような声で小さく返答する。

 と、ぱたん、と扉の開く音がした。はっと振り向くが、扉から入ってきたのは、例によってドレイクである。ビーティーが先を動くので、シャラシャラと涼やかな音が鳴る。ドレイクは、その音を聞いて動いているのだ。

「あ、お、おかえりなさい」

 アルルはまだ彼に緊張している。

 ドレイクは、ユーレッド以上に底の見えない男だ。何を考えているのかわからず、おまけにいつでも冷ややかな気配が全身に漂っている。

 そんな男なので、出て行った時はもう戻ってこないのだと思っていた。

(戻ってきてくれたんだ)

 タイロもそんなことを考える。彼が戻ってきたことは意外なことだ。

 なにせ、なぜユーレッドを助けたのか、タイロは彼の目的がわからないくらいなのだ。

 昼に出会った時、別に彼らはことさら仲が良い感じに見えなかった。今でも親密という雰囲気でもない。

「獄卒街まで規制が及んでいる」

 ドレイクはぼそりと言った。

「ジャミングも広範囲。こちらから通信などはせぬほうが良かろう。下手すると逆探知される」

「でも、ユーレッドさんから連絡するようにと」

「ネザアスが通信する相手といえば、あの魔女だろう。あの女も調査員エージェント。建物の爆発、囚人の動き、そしてこの妨害や規制の様子、落ち合う場所に向かえなかったことで状況は容易に理解できる。死体が見つからなかったことで、あの女は必ず連絡を取りに来る。あれが妨害を破って連絡をよこすまで待て」

「は、はい」

(ドレイクさん、意外とまともなこと言う)

 昼間は突然何かやらかしそうで不穏な彼だったが、意外にも言っていることはまともな気がする。

(でも、なんか。やっぱ、この人もただの獄卒じゃないんだよねえ……)

 タイロはしみじみ感想を述べた。

「食料などを買ってきた。娘、朝餉はまだだろう?」

「え、は、はい」

 特に表情が変わるわけでもない。ドレイクは圧倒的に冷たい表情のまま、簡単な食料の入ったビニール袋を渡す。コンビニのものらしいが、この男がコンビニ行ってきたのかと思うと、なんだかシュールだな、とタイロは失礼なことを考えてしまう。

「さて、ネザアスはどうか?」

(また、ネザアスだ)

 タイロは、ふむ、と唸る。

 ユーレッドのことを、やはりドレイクだけはネザアスと呼ぶ。

(本名、あだ名、昔の名前? なんだろ。でも、ユーレッドさん、呼ばれても否定してなかった)

 その疑問を持っているのは、アルルもきっと同じだろうが、どうもドレイクには質問しづらいのだろう。タイロは聞いて欲しいが、タイロだって面と向かって聞けなかったのだ。

「包帯は巻き終わったんですが、熱が高いみたい。呼びかけてもほとんど反応もなくて」

 アルルが不安そうに尋ねる。

「負傷時や修復時の意識消失は、獄卒に仕掛けられている特性的なもの。また再生に伴う急激な発熱も予想されていたことだ。さほど異常なことではない。だが、思ったより腹の傷のダメージが深いな」

「え、それじゃ、お医者さん呼ばなきゃ」

 アルルが慌てる。

「それは無理だな。この時間、これほど不自然な重傷を負った獄卒の患者は目立つ。それに廃墟街にいる闇医者など私は知らぬし、話の通じる獄卒専門医のいる獄卒街区は、今現在、下手な動きができない。監視状態にある」

「で、でも、それじゃあ」

 アルルが目を潤ませる。

「ネザアスの場合、普通の獄卒とは違う。傷は深いし、あまり良くはない場所だが、我々にとってとりわけ急所というものでもない。一昼夜あればある程度の再生はできる」

 ドレイクは、どうやら自分とユーレッドの種類を同じ括りにしているようだった。

「刺さった物も自分で抜いている。それゆえに出血量は多かろうが、再生に巻き込まれていないので、医者にみせなくてもどうにかなる。ただ、急速再生は高熱を伴う。我々にはそちらの方が問題がある」

「高熱が問題って?」

「獄卒の肉体は高熱自体は耐えられるが、記憶領域に影響が出やすいのだ」

「記憶領域? 記憶に影響が出るんですか?」

「重傷を負った獄卒が、復帰する際に精神的がついていかないと聞くだろう? 複数の要因はあるが、あれは、記憶領域をやられたことによるものも多いのだ。記憶領域をやられ、人格が変わるものもいるからな」

 ドレイクは無感情に続ける。

「そこまでひどくなくても、記憶が飛ぶことはザラだ。特に一週間から一ヶ月程度の直近の記憶が飛ぶ。ネザアスの場合、耐性は他のものより強い。もし影響が出るならこの記憶の方が危ないのだ」

 ドレイクは冷静に解説する。

「娘とネザアスのことは知らぬが、お前とネザアスが出会ったのは、ここ数日のことだろう? このままでは、そのあたりの事情を把握できなくなる可能性は十分ある」

「それって……」

 アルルは涙を潤ませる。

「今日のことを、いえ、……私のことを忘れてしまうってことですか?」

「そうだ。が、そんな感傷的な理由で問題と言っているわけではない」

 ドレイクは静かに告げる。

「もっとも問題なのは、今現在、お前達が追われている身だということ。記憶の喪失により、状況把握が遅れる。おおよその記憶をアシスタントが伝達するとはいえ、事情の把握が遅れるのは命取りだ」

「で、でもどうすれば。お医者さんも呼べないし、なんとかお薬で下げられない?」

 アルルがすがるようにいうのを、ドレイクは冷たい表情で迎えたが、彼の言葉はその顔ほどは冷たくはない。

「冷やせ」

「冷やす?」

 端的に言って、ドレイクがもう一つ持っていた袋を、ユーレッドの寝台の前に置く。うっすらと湯気のようなものが出ているが、それは冷気だ。ひんやりとした空気を感じる。

「これは、氷?」

 アルルが袋の中を見て目を瞬かせる。ドレイクが、食料と一緒に調達してきたものらしい。

「薬も良いが、これが一番効く。アナログな手法だが、おおよそ頭を冷却できれば良い」

 ドレイクは、無表情にそういった。

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