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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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24.Black sword soundless

 朝の光が差し込み始め、白い霧があたりを包む。遠くで鳥の声が聞こえる。

 はっとアルルが目を覚ますと、レコがふわっと近づいてきて、ぴぴと嬉しそうに鳴く。

「レコちゃん」

 林を抜けてすぐ、廃墟街の一角の物置小屋のような場所だろうか。打ち捨てられた建物の屋根が崩れかけている。

 その小屋の外、ちょうど物陰になる場所に、アルルは持たせかけられていた。

「あれ、私?」

 ぼんやりしたのも束の間、アルルは慌てて起き上がる。

 確か、ユーレッドに先に逃してもらったのだ。あの不思議な"おまじない"の力によって。

 周りを見ると、彼のおまじないによって人の姿を取っていた汚泥は、立哨するように立っていたが、アルルが目覚めると同時にふわっと崩れていった。

「ユーレッドさんは、おまじないは三十分だって……」

 彼がどうやっておまじないしたのかは、アルルには正確にはわからない。ただ、汚泥には自己修復の機能がある。ユーレッドが血に何かしら細工をして、彼等に別の命令を覚え込ませたのなら、その効力は彼の血のエネルギー分だけなのかもしれない。それ以上は、相手の自己修復機能が勝つのだろう。

 アルルの再プログラムによる命令は、まだ生きているようで汚泥は彼女を守るような動きをしている。しかし、あの汚泥が人型をとれなくなっていたなら、三十分経過したということだ。

「ユーレッドさん、どこに?」

 アルルが立ち上がった時、ふと目の前に影が落ちた。

「よう、眠り姫様。目が、覚めたか?」

 元からハスキーだが、いつもより嗄れたユーレッドの声が降ってきた。

「ユーレッドさ……」

 そちらを向いて、アルルははっと立ち尽くす。

 林の方からユーレッドはふらっと近づいてきていたが、足取りがおかしい。

「ふふ、きっちり三十分」

 そして、物置小屋の反対側の建物の壁に倒れ込むように背をつける。血の跡が白いコンクリート壁に赤黒く線を引く。

 ユーレッドの白いジャケットは白い埃と血で汚れている。赤いシャツがぐっしょりと黒ずんでいた。

「どうだ、俺は、デートに遅れる男じゃねえだろう?」

「ユーレッドさん!」

 アルルは慌てて駆け寄った。

 にやりとしたユーレッドだが、限界だったのかずるずると滑り落ちるように座り込んだ。スワロが近くで、主人の様子を伺っている。

「ど、どうしたの? 酷い傷。血が……」

「ふ、ちょっとヘマしてな」

 ユーレッドは苦笑する。

「こんなカッコ悪ィ登場は、したくなかったんだけどよ」

「早く手当てしなきゃ」

 アルルがしゃがみ込んで、傷の様子を見る。

「……安心しろ、血はほとんど止まってる。獄卒ならこの程度の出血ですぐにどうこうならねえよ。俺は特に丈夫だからな。ただ、ちょっと眠くてな……。これ以上動けないんだ」

 ユーレッドは、熱っぽく息をつく。

「だが、ここでのんびりしている時間はない。この近くに、まだ囚人がうろついてる。獄卒の血はあいつらを呼び寄せる。嫌われてる俺も、ここまで弱ったら捕食対象になる。そうなれば、例外じゃねえ」

 ユーレッドは、眠そうな目をアルルに向ける。

「建物の爆発のせいで、広範囲にジャミングされててな。ウィステリアとの通信が回復しねえ。ただ、ここは、もう廃墟街区で、もう少し内側に入れば囚人の類は襲ってこない。スワロとレコがいれば、おひいさま一人でも逃げられる。取り決めた待ち合わせ場所に行けさえすれば、お前をウィステリアが迎えにくる」

 ユーレッドは、ゆっくりと熱っぽい息を吐き、軽く額に手をやった。

「俺が連れていってやりたかったが、もう、ここで限界なんだ。眠くてな、体が動かねえんだよ。スワロにも指示してある。アルル、お前一人で行くんだ」

「だ、だめだよ! こんなところでユーレッドさん一人でどうするの? それに、手当てしなきゃ」

 アルルが慌てて首を振る。ユーレッドは閉じてしまいそうな目をかろうじて開き、苦笑する。

「俺なら大丈夫。……俺の血肉は不味いんだよ。近寄ってきたところでアイツらはどうにもできねえから、だから俺を残していけ」

「でも」

「もう、アイツら、近くまで来てるぜ。俺が苦労して、せっかくここまで連れてきてやったんだ。な? 先に行け」

「で、っ、でも……。ユーレッドさん、このままじゃ死んじゃうでしょ」

 諭すようにそう言われて、アルルは目を潤ませる。

「俺は、この程度じゃ、死なねえよ……。だから……」

 ユーレッドがふと目を閉じそうになる。

「ユーレッドさん、しっかりして」

 半泣きになりながら、アルルが軽くユーレッドを揺さぶる。

「何度も言わせるなよ。……本当に、もう、眠くて、限界なんだ」

 ユーレッドは、目を開いてアルルの表情を見て苦笑した。

「はは……、泣くなよ。俺が女泣かせたみたいだろ」

 ユーレッドは手を伸ばし、いつの間にか濡れていたアルルの目元を拭う。

「お前、相変わらず泣き虫だよな。最初会った時と、変わらねえじゃねえか」

「え?」

「あれだけ、次会うまでに、泣き虫は直してろよって……。ふふふ」

 ユーレッドが目を閉じて息をつく。

「アルル、会えて嬉しかったぜ」

「ユーレッドさん!」

 アルルは慌ててユーレッドを揺さぶる。

「ま、待って、それって……! ねえ!」

 しかし、ユーレッドは返事をしない。力が抜けてぐったりし、血の痕を引きながら体が傾く。完全に気を失ってしまったらしい。

「ユーレッドさん……」

 アルルは、呆然とそんな彼を見つめていた。きゅ、という声でアルルは、いつのまにかスワロがそばに来ていることに気づいた。

「スワロちゃん。スワロちゃんなら、手当ての方法わかるでしょ! 協力して!」

 言われてスワロは、やや戸惑う。きゅ、ぴ、とスワロは促すようにアルルに語りかける。はっとアルルが驚いた。

「スワロちゃん、スワロちゃんも置いていけっていうの?」

 そう尋ねられてスワロはちょっと戸惑いながら、俯く。スワロだって、本当は置いていきたくない。しかし、スワロにとって、主人マスターのユーレッドの命令は絶対なのだ。

 それに、ユーレッドはあれで上背があるので、それなりに重い。刀剣を含め装備品もある。スワロやレコの助けがあっても、アルルのような娘一人が引きずって逃げ延びられるほど、甘くはない。世間知らずのアルルと違い、スワロにはそれがわかっている。

 きゅ、きゅ、とスワロが鳴き、レコが同意するようにライトを点滅させる。

「連絡すれば、みんな助かる……?」

 きゅ! とスワロが力強く鳴く。

「でも、せめて手当てくらいしないと、いくらユーレッドさんでも、これじゃ……」

 と、その時、レコが鋭く警戒音を鳴らした。はっと、アルルは物陰からあたりをうかがう。

 ずる、じゅる、と音がする。林のそばの土の上や、アスファルトの剥がれた道の上を、アメーバのような黒いものが這い寄ってくる。それが汚泥でないのは、近づくとなにかしら人の姿を象っているからだ。

 汚泥と囚人の違いは、そのコアの識別票の有無にある。なんらかの識別票を取り込んだ囚人は、飲み込んだヒトの行動を読み込んでより高度な行動をとってくるのだ。だからこそ、厄介なのである。

「プ、囚人プリズナー?」

 しかも、三体。いや、見える範囲でそうなのだから、本当はもっといるのかもしれなかった。

「も、もしかして、ユーレッドさんの、血で引き寄せられてきたの?」

 きゅ、きゅ、とスワロが鋭く鳴く。

 お願いだから、早く逃げてくれとでも言っているようだった。

「で、でも……」

 アルルはふるえながら、ユーレッドを見る。

 魔女として汚泥を操る力を持つアルルでも、複数の凶悪な囚人を前に戦って勝てる見込みはない。

 アルルに向けて獣のような姿の囚人が、犬のような動作でとびかかってくる。

「……!」

 アルルは息をつめて、慌てて飛び出してそれをかわす。が、すぐに足元に黒い触腕が伸ばされて転んでしまう。

 彼女の前に醜悪な虫のような姿の囚人が、迫っていた。

「ユーレッドさん……」

 アルルが細い声で彼の名前を呼ぶ。

 と、その時それが不意に背後を気にするそぶりを見せる。

(なんだろう)

 まさに振り返ったその瞬間、囚人の上半身が吹っ飛んでいた。そして、次にアルルをつかんでいる触腕も。

 いつの間にか、男が立っている。その手には剣が握られているが、右手で握っていた。

 ユーレッドではない。

「何やら騒乱の気配を感じてきたと思えば」

 男は抑揚のない声で一言。

 囚人の残骸を踏みつけ、その男はアルルに背を向けて、周りを確認していた。

 ユーレッドほど背は高くないが、長身で痩せており、冷たい気配が漂っている。その横顔は整っており、率直にいって美青年の類だが、何故か甘さに欠けている。思わずゾッとして、アルルは後ずさる。

 男はアルルの方を一瞥もせず、周囲をちらりと見た。

「獄卒の血の香りに引き寄せられてきたらしいが」

 静かにそう言った時、人型の囚人が男に襲い掛かる。と、彼はゆっくり顔を上げる。そばにキラキラ光るなにかが飛んでいる。

 ぎぎい、と他の囚人が鳴く。いつの間にかほかに囚人が増えていたが、男は構わずにふいにアルルの方に目をやった。

「娘がいるな」

 びく、とアルルはふるえる。

 振り返った男は目が見えていないのか、アルルと視線が合わない。

 それは冷たい、機械的に白く光る瞳。

(こ、この人……)

 タイロはその男に見覚えがある。

 男は静かにアルルに近づくと、無感情に彼女を見下ろした。

 ほう、と息をつく。

「魔女の娘。これは近頃珍しい」

 古風な雰囲気の言葉を使う。

「あ、あなたは」

「私は、獄卒。囚人の、しかも騒乱の気配がしたので、足を延ばし、ここを通りすがった。ドレイクと呼ばれる」

(そうだ、やっぱりT-DRAKE(ティー・ドレイク)だ、このひと)

 出会うと殺されるという噂すらある、彷徨える伝説の獄卒達。タイロは彼と昼間に会っている。

(どうして、この人が?)

 ドレイクは、そんな疑問に応えるつもりはなさそうだった。

 ドレイクは、周りを飛び回る機械仕掛けの蝶、ビーティーから情報を得ているらしく、アルルの前を過ぎ去って後ろで気絶しているユーレッドの前に立った。

 ビーティーが何度か点滅する。おそらくドレイクも、ビーティーと直接接続して何か会話しているのだろう。彼は目を細めて伏せる。

「なるほど。ネザアスがまた無理をしたか。相変わらず、無鉄砲なやつだな」

(ネザアス? そういえば、昼間もユーレッドさんのこと、ネザアスって……)

 ぎゃあっと後ろから音がして、ドレイクの背後から囚人が襲い来る。が、ドレイクは冷たい視線をそちらに向ける。ふ、と冷たく酷薄な微笑を浮かべ、ドレイクは剣をまっすぐに突く。

 確実に一撃でとどめを刺しながら、彼は、ざ、と男は、剣を構える。素人目にはまっすぐ構えているだけのような、少しだけ力を緩めたような、そんなふうにしか見えない。

 ドレイクは身動きしない。

 囚人が構わずに飛びかかり、その腕が彼に触れようとした時だ。ばっと白い光が走ると、囚人が真っ向から割られて倒れ伏す。と、ドレイクはすっと滑らかに体を斜めにして逆に相手の懐に飛び込んで首のあたりを断ち切った。

 完璧なカウンターだった。そして、あくまで静かだ。音がほとんどしない。

(すごい)

 タイロが思わず息をのむ。

 そして、彼は水のように静かにすっと同じ構えに戻す。もとは獄卒だったのだろう。剣のようなものを持つ囚人が、戸惑うようにしながら彼の隙をうかがっている。ドレイクは、焦る様子もなく動かない。

 そのうちに耐え切れなくなった相手がとびかかったところを、顔色も変えずにドレイクは体を沈めて打ち破る。相手と刀をあわせることもない。

(そっか。この人、基本、カウンターで倒す人なんだ)

 タイロは昼間のユーレッドと彼の会話を思い出していた。

 ユーレッドは、彼と戦えば長期戦になることを示唆していた。それは、先にとびかかるとカウンターで仕留められるからだ。あの短気なユーレッドをしても、そこを強行して勝てる見込みが少ないということである。

 確かに、今の動きは恐ろしく正確で精度が高い。静かで冷たい技だった。

 ぎゃあぎゃあと囚人が喚き声をあげてひるんだ様子になる。分が悪いと見たのか、ほかの囚人たちは汚泥を引きずりながら逃げて行った。

「逃げたようだな」

 T-DRAKEは、静かに刀を下した。

「だが、周辺に獄吏が張っている? 深追いは危険のようだな、ビーティー」 

 相変わらず、彼の傍に蝶が飛んでおり、さらさらと音が鳴っていた。ドレイクは懐紙で刃を拭う。真っ黒な囚人の体液を無造作にぬぐって、刀を収める。

「さて、どうするかだが……」

 ドレイクはふっと苦笑すると、アルルのもとに静かに歩いてきた。気絶しているユーレッドの傍らで彼を抱えるようにしてふるえているアルルに、ドレイクは静かに尋ねる。

「魔女の娘、その男を助けたいか?」

「あ、は、はい」

 ドレイクは真意がわからない表情でうなずく。

「よいだろう。この近くにはその男の住処とする廃墟があろう。場所は、アシスタントが知っている。私がそこまで運んでやる。そこなら身を隠せるし、手当もできる」

「え?」

 ドレイクの申し出は、タイロにも、アルルにも、そしてスワロにも意外なことだった。

「あなたが?」

 アルルは目を瞬かせつつ、どうしたものかと考える。スワロにちらと目をやるが、そのスワロも困惑しているようだった。

「血に寄せられた囚人どころか、このままでは獄吏がくる。案内するなら早くしたほうがよいぞ」

 ドレイクはそう急かすように言った。

(あの、T-DRAKEが? 助けてくれた?)

 タイロは、思わぬことに目を瞬かせていた。



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