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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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23.Vermilion sky

 工場跡は炎上し、奥の方からまだ爆発が続いている。

 そんな物に構わず、きゅ! とスワロが鋭く鳴いて慌ててユーレッドに駆け寄る。

(ああ……)

 ユーレッドは土埃を背中に被り、白く汚れていた。

 きゅ、ぴ、ぴ、とスワロが鳴くと、身動きしなかったユーレッドが呻きながら、もぞりとみじろぎし、体を起こす。

 スワロが安心したように声を上げる。

「く……」

 ユーレッドは呻き、膝をついて上体を起こし、それから自分の腹から鉄パイプが飛び出ているのを確認した。パイプを伝って、赤いものが地面に流れている。

「っ、くそッ!」

 ユーレッドは呻くと、飛び出たパイプを左手で握った。

「う、ぐ、……」

(ユーレッドさん、何を!)

「うおおおおおお!」

 咆哮しながら、ユーレッドは力任せに一気にそれを引き抜く。思わずタイロは青ざめて目を逸らした。

 荒い息をつきながら、ユーレッドはふらついて倒れそうになった。足元の血溜まりに血が滴る音がする。

「畜生!」

 ユーレッドは、苛立たしげに鉄パイプを地面に叩きつけた。彼の白いジャケットも赤いシャツも、ぐっしょりと赤黒く血に染まっていく。

「くそ、あの野郎、ふざけんな!」

 はぁはぁと息を切らしながら、怒りに燃えた目をしてユーレッドは掠れた声で悪態をつく。そのまま立ちあがろうとしたところで、突然、真っ青になり、左手で口を押さえる。

「ぐ……」

 ごぶ、と指の間から血が溢れる。

「が、はっ」

 そのままユーレッドは倒れ込むようにして、左手を地面について血を吐いた。

 痩せた体が波打ち、何度も溢れてくる血を吐く。血溜まりに血の滴る音がし、ユーレッドの苦しげな呻吟に混ざる。

 その様子は、なんだか彼の業を感じさせた。あわれというより痛々しすぎて、タイロは見ていられなくなって目を逸らす。思わずゴーグルを外して逃げ出したい衝動に駆られていたが、それもできない。手がふるえる。

 ひとしきり吐いて咳き込んだところで、ユーレッドは左手を維持できなくなって、地面に頭をつけてうずくまった。ぜえぜえという呼吸音と共に肩が上下していた。

 スワロがひゅーんひゅーんと弱々しく鳴きながら、彼の周りを飛び回る。スワロには、何もできない。応急処置をする機能はあるが、傷も深く、どうしたら良いのかわからないようだった。

「だ、だい、じょうぶ」

 そんなパニック状態のスワロを宥めるように、ユーレッドの声が聞こえた。

「だ、大丈夫、大丈夫だ」

 ユーレッドは脂汗を流しつつ笑う。軽く咳き込みつつ、血だらけの口元をハンカチで拭った。

「こ、こんなもん、大丈夫、なん、だからな」

 真っ青を通り越して白い顔をしているくせに、ユーレッドは強がっていうのだ。

 ユーレッドは左手をついて、どうにかそこに座り込む。傷を押さえながら、ユーレッドは目を伏せて笑った。

「どうせ、これくらいなら、一晩寝込めば治るんだぜ。この程度でな、死ねるほど楽でおめでたい体じゃねえんだよ、俺は。だ、だから、そんな顔するな」

 そのまま立ち上がろうとしたが、流石に崩れてしまう。

 仕方なく、改めて刀を鞘ごと引き抜き、それを杖代わりにして力を入れて立ち上がった。流石に足ががくがくふるえている。

「はは、っ、力がうまく入らねえや」

 ユーレッドは自嘲的につぶやく。

「行くぞ、スワロ」

 それからゆっくり歩き出す。スワロが慌ててついていく。

 建物の方をチラリとみると、工場の大半が吹き飛んでおり、火の手が上がり煙が立ち上っていた。

「今の爆発で獄吏のやつが集まってくる。獄吏が来るまえに、消えてねえと」

 足を引きずりつつ、ユーレッドは林の方に向かう。姿を隠すなら、林の中が良いのだ。程なく、彼は倒れ込むようにしながら、木々の間に入り込んだ。

 爆発があったことと、ビンズのコントロールが失われたこと、建物内の大物囚人が消されたこと、更には元からユーレッドが事前に下見して"綺麗にしていた"道であること。

 様々な要因があるだろうが、林の中のその周辺は、時々汚泥の破片が散らばるだけで囚人の気配がない。スワロはそのことを確認して、安堵したようだった。

 木に寄りかかりながら歩けるようになったので、ユーレッドは一旦刀を剣帯に戻していた。右足はまだ引きずっている。

 そんな彼が心配になり、ひゅーひゅーとスワロがいつもと違う声を立てながら、ユーレッドの肩にとまる。

 恐る恐る彼の様子をうかがう。

「し、心配すんな。大丈夫だよ」

 とても大丈夫でない顔色で、彼は答えた。

「こんなのは、な、最初の衝撃を気合で乗り越えりゃなんとか、なる」

 げほげほ咳き込みながら、ユーレッドは苦笑する。血の飛沫が白い指についている。それをハンカチで拭い、ユーレッドは口元を押さえた。

「あ、あの瞬間、気を失わなきゃ、獄卒の体のオヤクソクの、意識消失ブラックアウトは大体免れるんだ」

 ユーレッドは息をついて、目をすがめた。

「問題は、再生が始まった時だが。それでワザワザ、再生に巻き込まれねえように出血の危険を冒してまで、エモノは引き抜いたんだ。だが、本当にヤバいのは熱が出た時だ。これだけ、傷が深ければ急速再生が始まる。となると、高熱が出るのは免れねえ。そうなると、どうしたって物理的に動けなくなる。俺が、動けなくなる前に、なるべくアルルを遠くへ……」

 ユーレッドは、ギラつく目をけぶる林の向こうに向けた。

「ははっ、クソ、造る時に冷却装置ラジエーターつけとけよって話! 戦闘用だぜ、俺たちは。硬化機能もついてねえしよ! 旧型は辛えよな」

 忌々しげに自嘲して、ユーレッドはため息をついた。ついふらついてしまう。

「くそ、眠くてしょうがねえ」

 ユーレッドが吐き捨てる。

「獄卒の体ってのは本当に。この程度で眠っちまうわ、オーバーヒート起こすわ。ふふっ、旧型のポンコツなのは俺の方ってか」

 話していないと気を失いそうなのだろう。常よりユーレッドは饒舌だった。

 足を運ぶスピードは早いが、ユーレッド自身も限界は感じているようだった。

 彼は、ふと険しい顔になった。

「スワロ。俺が気絶したら、俺のことは捨てていけ」

 不意にそう言われてスワロが、鋭く鳴く。

 いくら囚人の気配がないとはいえ、時折り、あたりには汚泥が蠢いてはいるのだ。囚人もやってくる。

 彼らは獄卒の血に反応する。ユーレッドは特殊体質で、彼らには嫌われがちだが、それは力の弱い汚泥や囚人に限ったことで、それなりの力のあるものはやはり彼を取り込もうとするに決まっている。しかも、今は弱っているのだ。

 ユーレッドは、それを見透かしたように答えた。

「俺は、アイツらには食われねえよ。俺のが質が上なんだ。食ったらアイツらの方が壊れちまうぜ、多分。だから、捨てていけ。食われなきゃ、後で必ず獄吏に回収される。禁固刑食らうかもしれねえが、死にはしねえよ」

 ユーレッドは続けて言った。

「それで、通信妨害されないところでウィスのやつに、アルルのことを連絡しねえと。だが、俺の意識が途切れたら、お前が代わりに通信するんだ。いいな」

 スワロは躊躇っていた。

 しかし、スワロにとっては、主人マスターの命令は絶対なのだ。スワロもまた忠誠心を植え付けられたアシスタントなのだった。普段は強制しないユーレッドだが、それでもそんな彼の命令に逆らうわけにはいかない。

 きゅーと、スワロが戸惑いがちに返答する。それを聞いてユーレッドがにっと笑う。

「よし良い子だ」

 ごく稀にユーレッドは、素直に屈託なく笑う。こんな時にそんな顔をされて、ふとスワロが機能停止したように動きを止めた、

 そして、突然、ひゅーひゅーと泣くような小さな声を立て始めた。一瞬きょとんとしたユーレッドは、思わず苦笑した。

「どうした? な、何言ってんのかわかんねーよ。俺とお前は、接続切れてんだぞ?」

 そっとユーレッドの手がスワロに触れる。スワロが小声でまた鳴く。が、電子音のそれは、多分今のユーレッドにも、言語として伝わっていないのだろう。

 ぐすぐすと泣くように、何かを訴えかけるスワロは、おそらく主人を守りきれなかった後悔を述べていた。あのレコと同じように、スワロも主人を守れなかった。それどころか、レコみたいに一緒に壊れることもできず、あまつさえユーレッドにかばってもらったのだ。

 スワロが反応して分析しようとしなければ、ユーレッドはもっと早く建物から退去できていた。スワロを助けなければ、彼は足を負傷せずに済んだし、彼のことだから、最後の攻撃だって、間一髪よけることもできただろう。

 スワロの悲嘆には、おそらく、自己嫌悪も混じっている。

 それを理解しているのだろう。言葉としては通じていないが、彼は相槌を打ちながら、スワロの話を聞いている。

「うん、……うん。そうか。大丈夫。……お前の、せいじゃねえんだよ、スワロ」

 ユーレッドの声が優しい。

「足やられたのも、こうなったのも、俺がちょっとしくじっただけなんだ……。俺がもっと気をつけりゃよかっただけだ。俺はそういうところ、ガサツなとこあるから」

 ユーレッドは気怠げにため息をつく。

「アシスタントだからって、お前が俺を捨て身で守ることはねえんだよ。そんなことすりゃ、お前、壊れちまうぞ」

 ユーレッドが軽くせきこんで口元を抑える。ハンカチに血が滲み始めていた。スワロがぴるぴると心配そうに鳴く。ユーレッドは目伏せる。

「いいんだ、俺はこの程度じゃ死なねえし、痛覚も普通の人間みてえには感じない。だから、俺はな、お前が壊れちまうほうが怖いんだ」

 ユーレッドは、軽く目を閉じた。

「レコの主人マスターのやつな」

 不意にユーレッドがそんな話をする。

「アイツ、クズの獄卒だったが、アシスタントにはそれなりに愛情あったと思うんだよ。だから、俺はアイツが負けた理由も、なんとなくわかるんだ」

 きゅ? とスワロが鳴くと、ユーレッドはうなずく。

「アシスタントとつながりの深い獄卒はな、先に相棒を壊されると、精神的にやられちまうんだよ。心が折れる、っていうのかね。ビンズ・ザントーは、その辺のことをよく知ってる。先にお前を狙ったのも、もちろん、お前が有能で、俺の見えない右目をカバーして、それ以上に役に立ってるからもあるが……、俺を心理的に敗北させたいからもあった。俺がお前を守るのは、だからこそ、当然だし、アシスタントだからって身を捨てていいわけじゃない。お前の本性が剣だったとしても、俺は子機のお前にもいてほしい。だから、俺たちは助け合わなきゃな。そうだろう?」

 ユーレッドはスワロを撫でる。

「俺はお前が好きだし、二度と失いたくない。だから、俺がお前を守るのも、当然なんだ。わかるだろ?」

 ユーレッドは諭すように言う

「だからよ」

 ユーレッドは、優しくスワロを撫でながら言った。

「もう泣くな、スワロ」

 ユーレッドの言葉は意外で、ほんの少し甘い。

「お前は泣かなくていい」

『泣いてナイ、スワロハ』

 不意にタイロに、スワロの声が聞こえてくる。消え入りそうな声だった。

『スワロは涙ガなイから……泣ケナイノニ』

「そっか」

 タイロはふと声を出していた。

「そうだね。スワロさん」

 そう答えた時、ふと、ユーレッドが顔を上げる。

 彼の視線の先に朱く染まる朝の空がある。

「いい朝焼けだな、スワロ」

 ユーレッドは、年端のいかぬ子供をあやすみたいに優しく尋ねた。

「お前、この仕事が終わったら、どこに行きたい?」

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