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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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22.消炭地獄の獄卒達-5

 ずるずると音が鳴り、足元の汚泥達が後ずさる。彼らが妙な反応をしていた。

 アルルのプログラムの影響を受けたそれらは、ユーレッドに害を与える様子はない。いわば、今は彼の味方に近い存在になっているようだが、一方でユーレッドを恐れてもいるようだった。

 とにかく近寄らない。

(ユーレッドさんて、一体何者なんだろ)

 タイロはそんな感想を持ちつつも、スワロに聞いても、まして本人にきいても教えてもらえないだろうなとうっすら考える。

 実際、彼は普通の獄卒でもないのだろう。それは当初からタイロだって分かっていたことだが。

 タイロの、少しのんきな感想はおいておいて、その汚泥の反応はユーレッドに対するものではなさそうだった。

 ユーレッドはすでに剣を抜いているが、それを握り直してスワロをチラッと見る。

「来るぞ」

 きゅ、とスワロが鳴いた時、廊下の向こうのほうで、ずるるると何かを高速で引きずるような音がした。

 がああッと咆哮が聞こえたと思った瞬間、黒い触腕が何本も廊下の奥から伸びてくる。

(うわああ、なに!)

 驚くタイロとは対照的に、ユーレッドはそれを冷静に斬りはらう。黒い体液と汚泥があたりに飛び散った。

「やっぱりな」

 ユーレッドは気怠さを振り払うように、ため息をつく。

「アイツがああなってて、てめえがいないわけねえよなア」

(なにあれ?)

 ごおお、と形容しがたい重い音と共に、汚泥を大量に纏った黒いものが廊下の奥から溢れ出てきた。

 思わず、タイロがひっと声を上げてしまう。今までみた囚人の中でも凄まじいおぞましさだ。映像だと分かっていても、怖いものは怖い。

「やっぱ、元が無駄にでけえから、ふくらんじまうのかねえ。本体以外に余計なもの引き連れてきてやがる。随分出世したもんだ」

 ユーレッドは皮肉っぽく言う。

 奥から溢れ出て襲いかかってくる囚人の攻撃を避け、回り込んで一閃する。囚人の黒い長い体が切り離された。

「スワロ、お前はレコの映像に気をつけながら、後ろにいろ」

 つまり、戦闘のサポートよりレコとの通信に気をつけて、アルルに異変があれば教えろということだ。

「巻き込まれないようにな。後ろからついてこい」

 そう言って、ユーレッドは汚泥を切り払って道を開き、先に廊下を進んでいく。

 スワロはどうやら言いつけ通り、彼の後ろをついていきながら、レコから送られてくる映像を注視するつもりらしい。

 ただ、ひっそりとスワロは、ユーレッドの側の囚人の情報も探っている。ユーレッドには自分は気にするなと言われていたが、スワロとしてはそういうわけにいかないということらしい。

(スワロさんは、やっぱり心配だよね)

 ユーレッドはそんな従者の気持ちをわかっているのかどうか。ざくざく切り開きながら進んでいた。

 高速で、いくつもの触腕が伸びてくる。

 複数の囚人が長く連なっているようで、ユーレッドは、それを後退しながら、斬りつけ、コアを見極めて突き刺してはトドメを刺す。ぎょわわ、と奇声があがり、囚人が溶けるように床に沈む。

「本体が見当たらねえな」

 ユーレッドは冷静に状況を把握していた。

「時間がねえが、アイツを殺っとかねえと、確実に追いついてくる。こっちから殺りにいかねえと」

 ユーレッドは、追撃してくる囚人の群れを効率よく斬っていく。目的の本体はこの奥にいるらしかった。

 いまいる廊下は、二階のものより少し広い。ユーレッドがなんとか剣を振る余裕くらいはあるものの、やはり狭い建物内は彼には不利に働いている。それもあって、ユーレッドは早期決戦を狙っているようだ。

 と、向かう先で爆発が起きた。熱風が壁に身を伏せたユーレッドにも吹き付ける。

 ちっと彼は舌打ちした。

「くそ、まずいな。とっとと見つけ出して、裏口から出ねえと。アイツ、出入り口のこと知っていやがるから、そっち張ってんのかな」

 ついてきているスワロに、ユーレッドが小声で囁く。

「本体は一発で殺る。ちょっと走るから、遅れずについてこい」

 きゅ、とスワロが返答した時、床に溶けていた先程斬った囚人の一片が、不意に触腕を伸ばしてきた。

 それがスワロにまとわりつき、跳ね飛ばす。

「スワロ!」

 揺れる画面にユーレッドが駆け寄ってくるのが映る。と、その彼の前に黒い影が割り込んだ。

 ぎん、と甲高い音がしたのは、ユーレッドが黒い影の剣を受け止めたからだ。囚人ではない。

「てめえ、さっきの……!」

 スワロは慌てて、装備しているカッターで囚人の粘液を切り離して浮上する。

 ユーレッドは、黒い衣装の男と応戦中。狭い廊下での戦闘はお互い難しいらしく、一旦距離を取る。

(あれ、さっき、ビンズと一緒に乱入してきたやつ?)

 あの、過激派の獄卒を次々と屠っていた男だ。

(一体、何?)

 スワロが周囲を当たり始める。黒い男はユーレッドにとっても脅威だ。他の囚人達の正確な位置や能力を調べて、できるだけ退けるようにしなければ。

 と、その時、不意にスワロの近くで声が聞こえた。

「アシスタントは、もらったぞ!」

 スワロが感知できなかったのは、近くに人の気配がなかったかららしい。実際スワロが捉えた映像にも、ヒトは映っていなかった。

ただ、真っ黒な汚泥の腕がスワロに再び伸ばされたのみだ。

 衝撃を受けてスワロが吹っ飛び映像が乱れる。壁にぶつかったらしいが、すぐに立て直したのかスワロは追撃を避けたようだった。

 スワロが焦ったのは、スワロがその汚泥の塊を自分の意思では動かない、特に無害なものと判定していたからである。

「今の声、貴様、ビンズだな!」

 ユーレッドが黒い男の剣を避けながら叫ぶ。が、ビンズの姿は見当たらない。

「ちッ! ビンズ・ザントー! どこにいる! 隠れてないで、出てこい!」

「ははは、生身で戦うのはちょっと不利ですからね。隠れてはないですが、遠隔操作させてもらっていますよ」

 ビンズの声が響く。ユーレッドは、黒い男をまだ振り切れていない。相手かなり強敵だ。ユーレッドとほぼ互角に渡り合っており、明確な隙がない。

 スワロにもビンズが操っているのか、汚泥が激しく飛びかかってくる。それを避けながら、ユーレッドの方に近づきつつ、ざっと自身をチェックする。エラーの起こっていたアプリケーションを起動し直したのか、下方にレコとの通信映像が再びあらわれる。通信機能は失っていないようだったが、どうもまだ致命的なエラーが起こっているようだった。

 スワロが少し焦った素振りになり、きゅきゅっと鋭く鳴く。その示すところをユーレッドは理解した。

「ビンズ、てめえ、俺とスワロの接続を切ったな!」

 ユーレッドが異変に気付いて、黒い男の突きをかわしながら姿の見えない彼に叫ぶ。

「通信機能ごと奪うつもりでしたがね。旧型とはいえ、一流獄卒は、アシスタントも流石上等だ。思ったより丈夫らしい。汚泥を差し込んでやっても、通信機能自体が失われていないとはね」

 ビンズの皮肉な賞賛が響く。

「ネットワークから遮断されていなければ、緊急時には迂回して接続可能なのでしょう? 今のうちに、破壊しておかなければね! なにせ、せめてアシスタントのしかくはつぶしておかないと、あんたとは安心して戦えない!」

 がっとスワロに衝撃が加わる。戦闘用のスワロは、ある程度の防御力があり丈夫だが、それでも集中攻撃をされると壊れる。

 スワロはカッターなどで応戦はしているが、それでも間に合わない。武器を持つスワロでも、汚泥に紛れ本体の見えないビンズ・ザントーを簡単に駆逐する術はないのだ。

 あちらこちらから攻撃されて、スワロの映像が乱れる。

(ひどい!)

 一方的な展開に、タイロが思わず反応する。

「ビンズ、ッ、てめえぇっ! 俺のスワロに手を出しやがったな!」

 回る視界の先で黒い男と戦いながら、ユーレッドが怒りを露わに叫ぶ。

「てめえと遊んでる場合じゃねえんだ! どけ!」

 ユーレッドが珍しく焦った様子になり、体重を乗せて力任せに黒い影に斬りつける。男が思わずよろけたところを、ユーレッドはそのまますり抜けようとする。

 しかし、予想外に男が素早く体勢を整えて一閃してきた。反応して避けたが、右足の膝上が切り裂かれる。

「ちッ!」

 ユーレッドが、舌打ちしながら反撃する。それが黒い男の頭巾とマスクを掠めた。薄暗い回廊で、その素顔が一瞬ユーレッドの目に入ったようだった。

 憤怒に燃え上がっていたユーレッドだが、その顔を見て彼は驚愕に目を見開いた。

「インシュリー!」

(え?)

 ユーレッドの呼びかけた名前は、たしかにインシュリーだ。

「てめえ、何故ここに!」

 インシュリー。つまり、エリート獄吏で、アルルの護衛についていた部隊のリーダー。ユーレッドが、そもそもこの作戦に参加した理由になった強い男で、なおかつ、今はタイロの任務のマリナーブベイでの協力者の筈の男の名前。

(じゃあ、あの獄卒達斬ったの、インシュリーさん?)

 名前を言い当てられたせいか、それとも、別の何かの理由からか、インシュリーと呼ばれた黒い男は顔を隠しながら身を引いた。

 そこを突いて、ユーレッドはスワロを追いかけている汚泥を一閃の元に切り落とす。そして、核があるらしい中心を真っ直ぐに床に押し付け貫いた。汚泥は程なく動かなくなる。

 その間に、黒い影は走り去っていた。

「待て! インシュリー!」

 ユーレッドはそう呼びかけ、追いかけようとしたが、右足が痛んだらしくバランスを崩した。右手で支えられない彼は、倒れそうになるのを壁にぶつかるようにして寄りかかった。

 汚泥や囚人の返り血に黒く汚れていたユーレッドのスラックスが、今度はみるみる血で赤く染まる。

「ちッ、マジかよ!」

 軽く足を上げて床につけて足が使えるか試しながら、ユーレッドは舌打ちした。傷はそう深くはないようだ。

「くそ、なんだってんだよ、ふざけんな!」

 そして、軽く足を引きずって歩く。囚人や汚泥の攻撃が一時的に止んでいた。

「スワロ。大丈夫か?」

 ユーレッドは、床に転がっているスワロを拾いあげる。

「だいぶやられたな。大丈夫か?」

 ユーレッドの優しい声に、きゅー、とスワロが力なく鳴く。

「あん、なんて? 接続切られて、何言ってんのかわかんねえよ」

 スワロが通じていないのを承知で、きゅーきゅー、ぴーぴー鳴く。

「足のことか? 血の出方が派手なだけで、骨まで行ってない。大丈夫だよ。お前は心配すんな」

 スワロはそれでも落ち込んだ様子で、きゅーと鳴く。その意図するところをユーレッドはよくわかっているようだ。

「ん? お前のせいじゃねえよ。気にすんなよ」

 スワロを刀を持ったままの手で、よしよしとスワロを撫でてやる。

 こっぴどく集中攻撃され、スワロの赤い表面塗装に傷がついている。ユーレッドは眉根をひそめた。

「随分とひでえことを。こんな傷つけやがって、あの野郎! 後でちゃんと直してやるからな」

 ユーレッドはため息をつき、スワロを慰めるようにそう言って体を立て直す。と、その時、背後の、全く動かないはずの汚泥が急激に膨らんだ。

 ぴ! とスワロがそれを察知して警告する。

 ユーレッドは、冷徹にそれを目の端で見ただけだ。

 濁った悲鳴が響く。

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