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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様
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19.消炭地獄の獄卒達-3

 遠くで爆発音が聞こえ、建物が震動する。

 アルルが軽く悲鳴を上げた。

「まずいな。またかよ。アイツら、本格的に血迷いやがったか」

 ユーレッドはアルルのそばに駆け寄りながら、ウィステリアに尋ねた。

「ウィス、あと爆発すんのはどのあたりなんだ?」

『簡単には調べがついているところもあるから伝えるわね。その部屋の周辺は大丈夫よ。だけど、本来の出入り口付近は危険だわね。別ルートから出た方がいいわよ』

 ウィステリアが答える。

『あのビンズとかいう奴も仕掛けているかもしれないけれど、過激派の獄卒の連中についてはおおよその居場所の見当はついているわ。旦那がガイド通りに動いてくれればソッチは鉢合わせしなくてすみそう』

「ああ、ジャマーも食らってるしな。なるべく派手な戦闘は避けたい。どうせもう一人いたデカブツも囚人化してそうだしよ」

 ユーレッドは気怠く答える。

「この窓から外に出るか」

『それも悪くないと思うけどね。ただ、そこからだと直接は外に出られないんでしょ』

「中庭みたいなところを通ってまた建物内に戻るな。ま、非常用のハシゴがあるから簡単に一階には降りられる。まあいいや。それで行くぜ。なんかあったら、教えろ」

 ユーレッドはそうウィステリアに伝えると、アルルに向き直る。

「さ、おひいさま、行くぜ」

「う、うん」

 アルルが頷くが元気がない。

「どうした?」

 アルルが一瞬目をそらして、反射的に差し出したユーレッドの手をかわすように動く。ユーレッドは、ふと何かを察したらしく素早く手をのけた。彼は、どこか寂しそうな表情で笑って尋ねる。

「俺のことが怖いか?」

「そ、そんなんじゃないよ」

 慌ててアルルが否定する。

「急に目の前で色々あったからだけ」

 アルルは青ざめ、すこし震えている。

(お姫様の気持ちわかる)

 タイロはふと同調した。

(ユーレッドさんは、優しくしてくれるけど、時々とても怖いとこあるし……。いざそう言うとこ見せられると、俺も怖くなる。今のだって、なんだか……)

 獄卒を蹴落としたユーレッドは、やはり冷酷な気配に満ちていた。

 彼がそうすることも、彼の性格も、全てわかっているのに、いざみるとやはり怖いのだ。結局のところ、ユーレッドは、暴力を快楽に変換できる男なのだから。

「ううん。怖くないって言うと嘘かも」

 アルルは素直に言ってユーレッドを見上げる。

「でもね、ユーレッドさんは、私を守ってくれてるの、わかってる。それに、私、ユーレッドさんのこと好きなの。今まで、あたしとお話してくれた優しいユーレッドさんのことも、知っているから」

 アルルは、先ほど振り払いそうになったユーレッドの左手の袖を軽く引いた。ユーレッドの方が反射的にびくりとする。そのままアルルは両手でユーレッドの、囚人の血をぬぐっただけの手に触れる。

「怖いって思っちゃったけど、今でも私はユーレッドさんのことは大好きだからね。だから、大丈夫。ごめんね」

 ユーレッドはしばらく黙っていたが、

「そうか」

 ユーレッドは、目を伏せてしみじみとつぶやいた。

「おひいさまは、……優しいな」

「ううん。そんなことないよ」

 ユーレッドはふと微笑むと、感傷を振り払うようにして表情を戻した。

「じゃあ行くぜ! 早くこんなとこ出ちまうぞ!」

「うんっ!」

 アルルがそう返事をして、ユーレッドの手を握る。二人が駆け出すと、様子をうかがっていたレコが安心したようにスワロを一瞥する。

 彼らにもそれなりに思うところがあるのだろうか。レコが先に動き出し、スワロが後をついていく。

 ユーレッドとアルルが窓の外に出て行った。


 そんなところで、急に映像が乱れた。


「あ、あれ?」

 真っ暗だ。しかも何も聞こえない。唐突な静寂と暗闇に、タイロは不安になった。

 タイロは慌ててゴーグルに手を伸ばす。

「終わったの? スワロさん?」

『ご主人ニ、許可ヲ取ったのハここまデです』

「え、この後がめっちゃ気になるところなんだけど、これ」

 冷たい事務的なスワロの声に、タイロは視聴者として思わずブーイングをしたくなる。

「ひどいよ、スワロさんん! 打ち切り漫画みたいじゃないかあ」

 スワロはそんはタイロの様子をうかがっている様子で、すこしだけ無言におちた。電子音が聞こえる。

『タイロは、この先ヲ見タいのですカ?』

 スワロが確かめるようにたずねてきた。

「そりゃそうだよ。このままじゃ生殺しだよ。あまりにもひどいじゃないか」

『ここから先ヲ、タイロに見せルのは、ご主人ニ許されテいまセン』

「うん、それは聞いたけど。ユーレッドさんひどいなあ」

 タイロが思わず怒りの矛先をユーレッドに向ける。が、スワロがチチチと電子音を挟む。

『そうデすか……。では……』

「では?」

 タイロは真意を測りかねてきょとんとする。

『タイロが見タイノなラ、スワロは、協力シマスヨ?』

「え? 本当、スワロさん、さっすがー!」

 まだ暗いのだが、スワロがちょっと色よい返事をするのでタイロが思わず喜ぶ。

「俺、ユーレッドさんに黙ってるし、秘密でお願い」

 と両手を合わせて頼む。ついついいつもの調子のよさを取り戻すタイロだ。が、スワロの反応は思ったものと違った。

『本当ハ、スワロは、タイロニこそ、この先ヲ見て欲シイ』

「え?」

 タイロはきょとんとした。スワロの無感情な機械音声が何故か重たい。

『この先ノことを見て、タイロにご主人ノことを理解してホシイ』

「理解?」

 タイロはきょとんとした。

「理解って、何? ユーレッドさん、またひどいことするとかある?」

『そうではナイのデス』

 スワロの返事がちょっと煮え切らない。珍しいこともあるものだ。

『タダ、タイロにならワカッテもらえルかもしレナイと思いマシタ。……ご主人ハ、自分の弱っていル姿は絶対見せたガリませン。タイロにハ特ニです。だから許可下リマセんでした。ケレド……』

 スワロが決意したように言った。

『モシ、可能デあるのなラ、スワロは、タイロにはご主人のミカタでいて欲しい』

 ふと、再び視界が明るくなる。

『だから、スワロは、ココカラ先ヲ、タイロに見てほしいノです』

 タイロが気おされているうちに、遠くから爆発音が聞こえてくる。

 

 

 建物のあちらこちらで火の手が上がっていた。

 近くというわけではないが、爆風のあおりを受けないようにユーレッドはアルルと柱のかげにいる。

「あーあ、これ、アイツらもどうしようもなくなってんな」

 ユーレッドがぼんやりそんなことを呟く。

「過激派の人達?」

「ん。どうせ食われた味方も囚人化するんだ。そうなると血迷って仕掛けたもんを、とりあえず爆発させて何とかしようって浅はかな奴がいるんだよな」

「パニックになってるってことかな?」

「そういうことだ。収集がつかねえぞ、コレ」

 ユーレッドは鬱陶しそうに肩をすくめた。

「アイツら、主義主張はご立派だが、強い囚人の相手には慣れてねえからな」

「でも、囚人や汚泥がこんなに集まってくるのは変だね」

「誰かに囚人けしかけて多少操る術はあったんだろう。ただアイツら自身にそこまでの力があるかな。ビンズの奴がかかわっていそうだし、妙な技術を提供している可能性はある。……アイツ、どこの調査員エージェントだろうな」

 ユーレッドは舌打ちしつつ、刀を持ったままの手で額を軽くおさえる。

「そんな不慣れな獄卒なんだ、あの過激派ども。日頃、囚人ハンティングで鍛えている俺たちと違って、一回反抗されるとどうにもならねえだろう。普段は獄吏と喧嘩してるやつらだから、対人戦はともかく、囚人には囚人に対しての戦い方ってのがあるんだ。だから、こうなるとどうしようもねえんだな。それに対獄卒用ジャマ……」

 といいかけて、ユーレッドは、ああいやと慌ててごまかす。アルルが首を傾げた。

 ザザッと雑音が入る。

『ユーの旦那、聞……える?』

「ウィス? 今は大丈夫だな」

『よかった。その方向なら、多分爆発物は仕掛けられていないわ』

 ウィステリアの声が聞こえる。

『ただ、通信がジャミングされているみたいで、届きにくくなってるわ。アシスタントとの通信妨害もされるかもしれない。気をつけて』

「ああ。そういう予想はできてたしな。対獄卒用ジャマーと通信機器のジャミングは、セットでぶち込まれることが多いからよ。まだ、スワロとの交信は平気だが……」

『ええ、気を付けて』

「ああ」

 アルルはユーレッドとウィステリアが会話しているのを見上げていたが、ふと何に気付いたのかぐいとユーレッドのジャケットを引っ張った。

「ユーレッドさん」

「ん? なんだよ」

「大丈夫? 顔、青いよ」

 一瞬、ユーレッドはどきりとした様子だったが、慌ててごまかす。

「ふん、元々顔色悪いだろ、俺は」

 白み始めた空と、まだかろうじて残っているいくつかの照明の下なので、アルルはよくそれに気づいたものだ。

 確かに、ユーレッドはいつもより顔色が良くない。しかも、よく見ると冷や汗が流れているのだ。

 額をおさえているのは、おそらく頭痛があるからだ。彼は、明らかに対獄卒用ジャマーの影響を受けていた。

(そうか。ユーレッドさん言いかけてたのは、これか。他の獄卒が影響されて混乱してるの、このせいもあるんだ)

 対獄卒用ジャマーは、獄卒の体に何かしらの不調を与える攻撃だ。

 元からショックウエイブに対して耐性が強いというユーレッドでさえ、その影響は確実に受けて頭痛や感覚の異常に襲われているらしいのだから、ほかの獄卒にはもっと顕著に影響が出ているはずだった。

 この頃のユーレッドは、痛覚をスワロに全て管理させているわけではないと言っていた。痛覚すべてを遮断して、ジャマーの影響をおさえることはできないはずで、対抗することはできないはずだった。元から神経痛のでやすい体質だと言っていた。何かの拍子に、持病の幻肢痛の発作を引き起こすこともあるのだろう。

 いつぞやの時のように呼吸が上がったりはしていないが、きっと何かしら、不調に襲われているはずなのだった。

「今頃寝不足なのが影響してんだよ。俺は夜は好きだが朝は苦手なんだ」

 表情こそ余裕だが、ユーレッドの返答は、あからさまに強がりだった。

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