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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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18.消炭地獄の獄卒達-2

 発射した弾が虚しく弾かれて散らばっていく。

「くそっ!」

 過激派の戦士が弾切れを起こしたのか銃を捨てて、刃を抜いた。

 ユーレッドは無言でゆらっと立っているだけだが、妙に威圧感がある。

 先に一人ユーレッドに斬られているわけだが、その過激派の戦士も獄卒だ。倒れたそばから周りの汚泥が群がっている。

(うわわ、これはぐろい!)

 タイロは思わず目を背けてしまう。

 しかし、この感じ、この食われているような戦士もまた囚人化するのだろうか。

(本当、ゾンビみたいなもんなんだな。ひええ)

 タイロは、ぞわっとしつつそんな感想を持つ。

 それを見て怖気付いたのはタイロだけではなかったらしい。ユーレッドに圧されていた、一人の戦士が逃げ出す。

「あ、おい!」

 もう一人の戦士が慌てて声をかける。

「くそッ! 応援を! この建物ごと吹っ飛ばしてやる!」

 捨て台詞を残してだっと駆け出す。

「は、逃げるのかよ!」

 ユーレッドは嘲笑を投げかけるが、敢えて深追いはしない。ユーレッドとしては、とりあえずアルルと逃げるために彼等を追い払いたいのが本音なのだろう。

 が、その時意外なことが起こった。

 先に走っていた戦闘員の一人が、短く悲鳴を上げて倒れたのだ。

「どうした!」

 後続の戦士が声をかけた瞬間、廊下の天井で火花が飛び、電源が落ちた。一瞬で真っ暗闇になり、すかさずスワロが暗視モードに切り替わる。

 ユーレッドが警戒したらしく、空気がピリピリした。

 ぎゃっ、と悲鳴が上がる。黒い人影が視界に入る。その瞬間、ユーレッドが素早く動いた。

 スワロが続けてサポートに入ったらしく、視界が揺れる。

 スワロの暗視モードでもとらえきれないほどの黒い人型のもの。囚人なのかと思ったが、その動きはヒトのようではあった。

 わずかな光にきらめくのは白刃らしく、飛び込んだユーレッドに容赦なくつきかけられる。

「ちッ!」

 刃がユーレッドの頬を掠める。彼がよけきれないのは珍しい。無言で反撃すると、相手がざーっと下がった。それを追って切りかかると相手がそれを流しながら、ざっと払った。

(誰? 過激派の人……にしては仲間殺してたし、なんだろ)

 その動きは普通ではない。

 タイロには武術の心得などはないのだが、それでもユーレッドがアルルに語っていたように正規の剣術を習っているかいないのか、ぐらいはわかる。その黒い影の動きは洗練されていた。

(あれ、もしかして……これって……)

 タイロがふとそれに気づいたとき、同時にユーレッドも同じことを気づいたようだった。

「わかったぞ」

 頬に血をにじませたユーレッドが、唸るように言った。

「お前だな! 昼間、レコの主人マスターを殺した奴は!」

 相手は無言。暗い中、真っ黒な衣服に身を包んでいる人物は、すらりとした印象を受けたがわかるのはそれだけだ。何か特殊な衣服に身をまとっているのか、ほとんど闇の中に紛れ込んでしまっている。

「一体、何が目的だ?」

 さすがにユーレッドの表情は険しい。相手は答えるはずもなく、ユーレッドも返答があるとは思っていない。ただそれなら力ずくで聞き出してやる、と言わんばかりの視線を向ける。

 と、その時、大きな音とともに建物が激しく揺れた。窓の外に閃光が走り、火の粉が飛ぶのが見える。

 そのスキを見て、黒い人影は闇の中にざっと姿を消して走り去っていった。

「あ、てめ、ッ、待……っ!」

 ユーレッドが止めにかかるが、今度は建物全体に対して上から圧のようなものがかかった。軽く建物が揺れるようだ。

 きゅ、きゅきゅ、とスワロが警告する。

「あー、くそッ!」

 ユーレッドは軽く廊下の壁に背を持たせかけた。

『ユーの旦那、今の対獄卒ジャマーよ。そんなに強くはないけど、建物全体に仕掛けられているわ』

「わかってる! クソ、頭痛えんだよ! 高い声で話しかけてくんな!」

 ユーレッドはやや癇癪を起し気味にそう答えつつ、

「爆発したからって、ジャマーしかけてくるってか? アイツら頭イカれてんな!」

 ユーレッドが思わず額を抑えながら、いらだったように吐き捨てる。

「ユーレッドさあん! 今の、なに?」

「大丈夫だ。おひいさま、そこから出るんじゃねえぞ!」

 アルルの声に、ユーレッドは食堂に足を向ける。

 対獄卒ジャマーの影響で、ユーレッドは多少の頭痛は起こすらしいのだが、大きな影響はないのだろう。速足で食堂に戻りかけると、先ほど落ちた電気が戻ったらしい。ふっと廊下が明るくなった。

「いろいろヤバそうだぜ。いよいよ遊んでる時間が無くなった」

 ユーレッドは、ひとりごとのようにそう吐き捨てながら、食堂に戻ってきた。

「大丈夫? 血が……」

「こんなもんかすり傷だ。それより頭の方が痛いぐらいだぜ」

 顔をのぞかせたアルルが心配そうにするが、ユーレッドはそういって苦笑する。

「それならいいんだけど……。あ」

 アルルが何を見たのか、はっと顔を上げる。きらっと何かが光る。ユーレッドの右斜め方向から短剣が飛んできた。

「ユーレッドさん!」

 思わずアルルが声を上げるが、ユーレッドも気付いているらしく正確にそれを叩き落とす。そして、その攻撃方法で相手を素早く認識したようだった。

「ビンズ! 現れたか!」

 ざっとユーレッドが引き下がって構える。

「勘が良いんだね、旦那。アシスタントの死角を狙ったんだが」

 いつのまにか、廊下の一角にあのビンズ・ザントーが立っていた。

「そろそろ出てくるころだと思ってたんだ」

 そういうユーレッドに、ビンズは無言で笑っている。

「過激派のアホ共を招き入れたのは、テメエの仕業というわけか?」

「はは、まあ、それはね。彼らとは利害が一致している」

「さっきの黒いやつもか?」

「さて、それはどうでしょうね」

 ビンズは含んだように笑う。

「まあ、似たようなもんだということだけは教えてあげますよ。我々は旦那方の味方じゃねえが、思想犯共の味方でもない。獄吏の味方でもありません。それにしても……」

 ビンズ・ザントーは、ちらりとアルルの方を見やった。その蛇のような視線にアルルがびくりとする。

「まあでもアレですな。旦那の方が意外ですよ。まさかお姫様だけでなく、レディ・エイプリルとお知り合いとはね」

『やはり一部傍受されていたわね』

 ずっと聞いていたのか、ウィステリアが割って入る。

「盗聴されてんのは、予想通りだろ。はは、答え合わせできてすっきりするぜ」

 ユーレッドが小声で言って苦笑する。

「それにしても、お前、あの女のこと知ってたのか。レディ・エイプリルなんて、久々に聞いたぜ」

「おやおや。管理者Eのところの敏腕調査員にして魔女の彼女を知らないとはモグリじゃないですか」

 ビンズはおどけるようにしていった。

「レディは、あたしらの世界じゃ有名人ですとも。ま、レディもどうせこの会話も聞いているんでしょう。一言挨拶申し上げましょう。お初にお目にかかれて光栄ですよ」

 ビンズはにやにやしながら、そう挨拶する。そして意味ありげにユーレッドを見上げた。

「そんな女と親しげな旦那も、どうせただの獄卒でもないんでしょうよ?」

「まさか」

 ユーレッドは肩をすくめた。

「俺はあのくだらねえ連中とつるんだ覚えはねえな。お前らこそ、どうせ、アルル目当てなんだろうが」

 ふっとビンズがうすら笑う。ユーレッドが細い目を開きつつ笑みを収めた。

「悪いがそろそろ帰宅時間でな。お前に構ってる暇はねえんだ!」

 言葉が言い終わるから終わらないかのうちに、ユーレッドが動いた。

 素早くビンズの手から短剣が飛ぶ。ユーレッドはそのうちの一本を叩き落とし、他を避けて一気に距離を詰めて叩き斬ろうとする。が、小柄なビンズは素早く回り込んでユーレッドの死角から短剣を投げつける。

「ふん、スワロがいれば死角はねえっていってんだろ!」

 ユーレッドは忌々しげに吐き捨てて、それを叩き落としながら追撃する。

 ビンズが食堂内に入り込み、スワロが警戒音を鋭く立てた。

 と、その時、窓を突き破って汚泥をまとった囚人が現れた。咆哮する声はほとんど潰れているが、それは先程の獄卒のものだ。

 ユーレッドが舌打ちした。

「汚泥コアの形成が不十分だったせいで、別の場所にコア作って復活したか。しつけえなあ、本当に」

 ユーレッドは吐き捨てる。

「識別票ごと破壊すりゃよかったな」

「ユーレッドおおおお!」

 そう咆哮しながらも、獄卒の理性は失われているようだった。もはや見境がないらしく、室内のビンズに飛びかかる。

 ビンズ・ザントーは、舌打ちして身を翻した。

「やれやれ、三流獄卒が、中途半端に堕ちやがって! 始末が悪い奴だ」

 にた、とビンズは笑い、割れた窓に駆け寄った。

「ここは一旦引きましょう。ここじゃ、ジャマーの影響もあることですし、不利なことが多い。泥の化け物とせいぜいお楽しみを。ユーレッドの旦那」

 ざっとビンズは踵を返すと、窓の外に出て猿のように身軽に移動して去っていく。

 それを追う事もない囚人は、今度は去ったビンズではなく目の前にいるユーレッドを標的として確認したようだった。

「本当にしつけえ変態野郎だぜ、お前は」

 ユーレッドは苦笑した。

「お望みなら二度と起きあがってこねえようにしてやるよ」

 きしゃあっと化け物じみた声をあげて、囚人が飛びかかる。それを身を翻して避けて、次の一歩で踏み出す。ふっと目を細めて笑った彼は、確実に囚人のコアを見定めていた。

 囚人化が進んではっきりと形成されたコアは、弱点としても十分な存在だ。ユーレッドは冷徹にそれを目掛けて下から一閃した。

 ぎゃああっと悲鳴が響く。崩れかかったどろどろの体。

「ははは、お前もどうせ出られはしねえんだあぁあ!」

 獄卒が開き直ったように割れた声で笑う。

「喰われてどろどろの化け物になって死ね! お前なんざ、俺よりも醜い化け物になるんだ!」

 ひく、とユーレッドが眉根を引き攣らせる。

「地獄に堕ちろ! その娘と一緒にな!」

 アルルが思わず身をすくめる。ユーレッドはゆらりと近づいた。どろどろの獄卒は割れた窓のほど近くで、もはや方向も分からずに崩れながらもがいている。

「言いたいことはそれだけか?」

 ユーレッドは容赦なく足をかけた。再び窓の外に獄卒を蹴落とすつもりだった。

「とっとと堕ちろ! 運が良けりゃあ管理局に”拾って”もらえるぜ?」

「ははははは、てめえこそ、地獄に堕ちろ!」

 獄卒がそう言って笑い声をあげる。ユーレッドは、冷徹にそれを窓の外に蹴落とした。

「地獄に堕ちろ。ユーレッドおぉおお!」

 濁った咆哮が笑い声と共に響いて、やがてとぷんと夜の闇に飲み込まれたように静かになった。

 ユーレッドは窓から下をちらりとみる。

 暗くて獄卒がどうなったのかは、彼でもわからなかったようだが、今度は仕留めたという確かな手応えがあるようだった。

「地獄に堕ちろ? わかってねーやつだなあ」

 ユーレッドは懐紙を咥えて刃についた黒い汚泥を落としながら嘲笑した。汚れた紙を払い落として彼は唇を引き攣らせた。

「ここで獄卒として生きること以上の地獄がどこにあるって?」

 ユーレッドは右袖を冷たい夜風になぶらせながら、踵を返した。

「俺達はとっくに地獄在住さ」

 そんな様子を、タイロは息をのんで見つめていた。


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