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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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17.消炭地獄の獄卒達-1


 工場跡廃墟。

 切れかけた蛍光灯の光がチカチカする。

 あたりは黒い汚泥に覆われている。


 心配そうにアルルが見守る中ユーレッドが、汚泥を纏った獄卒と対峙している。

(あわわ、間に合ってよかったと思ったら、また不穏な気配。こ、これ、大丈夫なのかなあ)

 相変わらず映像をスワロの目線で見ているタイロであるが、どんどん不穏そうな展開になるので、さすがにドキドキしてきた。

 ユーレッドが駆けつけ、さっくりと獄卒を倒してアルルを助けて……、というところまでは良かったが、例の獄卒が囚人化しながら襲ってくるとは。

 で、テンション上がったユーレッドが応戦しているといえばいい雰囲気なのだが、ことはそこまで簡単ではなかった。

 ユーレッドは廊下での長期戦を避けて、廊下を走り、その後を囚人化した獄卒が追いかけていた。血が上ってもユーレッドも本来の目的である、アルルの救出は忘れていないのもあろうが、ユーレッドが啖呵を切った割に積極的な戦闘を繰り広げなかったことはタイロには意外だった。

(なんか爆弾仕掛けられてるとかも言ってたし、大丈夫なのかな、ユーレッドさん)

 思わずハラハラしてしまう。

 冷静に考えると、ユーレッドは今現在も無事なわけで、ここで死んだりするわけでもないのだが、この臨場感のある映像は図太いタイロでもちょっとヒヤヒヤするものがある。

 建物の中も外も、囚人や汚泥に満ちている。汚泥は襲っては来ないが、通行の邪魔だし、食われると感染もあるし、濃度が高ければ火傷もするし邪魔だった。なによりも、タールのような不気味な不定形の見た目は、精神的によろしくない。生理的な嫌悪が湧き上がる。

 廊下に染み込むようにしながら広がる汚泥を見ると、靴でも絶対に踏みたくない。

 といっても、不思議なこともある。ユーレッドの足を汚泥の方が避けているようで、彼が進むと周りが避けるのだ。

(アレ、なんだろう。ユーレッドさんがヤバすぎて相手の方が避けてるの?)

 そういう特殊体質なんだろうか。見た感じ、獄卒全員にそういう性質があるはずはないのだろうけれど。

 しかし、ユーレッドはちょっと特別なところがあるのだから、あながちないともいえなさそうだった。実際、彼には蹴散らされるのがオチなのだし、汚泥だって蹴飛ばされたくないだろう。

「ユーレッドさん、気をつけて! 来るよ!」

 先行していたアルルが振り返って叫ぶ。

 もはや人の姿もわずかにしか留めていない獄卒は、どろどろの触腕のようなものを振り回す。ユーレッドは、体を傾けてそれをかわしながら舌打ちした。

「ははははは! 逃げろ逃げろォォ!」

 こんな外見なのに、未だに人らしい笑い声が聞こえる。その声は割れて汚れているが、まだ聞き取れるのだ。

(これ、普通に怖いな)

 タイロは心細くなって、思わず見るのが怖くなる。

 ヒトが囚人化する過程を見たことなどあるわけがなかったが、これほどおぞましいこともないだろう。特に"素材"が素行不良の獄卒であるせいか、容易に暴力による快楽に呑まれている。

「どうしたユーレッド! 逃げ回りやがって、口先だけかア!」

 廊下をアルルを守りながら駆けつつ、ユーレッドは舌打ちする。

「ふざけやがって! 遠慮なく長物振るのには狭いんだよ!」

 確かに廊下はユーレッドが言う通りに狭い。

「いよいよもってぶっ殺す!」

 本気で苛立っているようなユーレッドだが、明らかに不利だ。

(どうするんだろう。ここじゃ戦えない)

 タイロも思わず心配してしまうが、ユーレッドは妙に落ち着いていた。

 彼はこの建物の中の間取りを、予め完璧に把握している。ここを真っ直ぐにいけば、何があるかを知っているらしかった。

 ちょうど廊下の突き当たりに部屋がある。扉は壊れて開け放されており、ユーレッドはそこにアルルと共に飛び込んだ。

「アルル、奥にいろ」

「う、うん!」

 部屋の奥は古いテーブルや椅子が押し込まれ、積み重なっているが手前はずいぶん広い。ここはどうやら食堂のようだった。奥に厨房があり配膳用のカウンターに仕切られている。

「あの奥だぞ」

 ユーレッドに言われた通り、アルルとレコが部屋の奥のカウンターの後ろ、厨房だったところに逃げ込む。

 同時にかなり不定形な姿になってきた獄卒が咆哮しながらぬるりと入り込んできた。

「袋小路だな! 逃げ場はないぞ!」

「はァ? 何言ってやがる?」

 ユーレッドは唇を引き攣らせる。

「わざわざお望み通りの、広いところに来てやったんだよ!」

 ユーレッドは肩をすくめた。

「ここなら存分に剣を抜けるからな!」

「うるさいい! 死ね!」

 ユーレッドの言葉も終わり切らないうちに、業をにやした獄卒が、ぐばあと汚泥で膨れ上がった触腕を伸ばす。

「は! 結局、化け物になっても馬鹿だな!」

 ユーレッドは冷たく微笑むと、柄に手をかけたままの前傾姿勢からだっと一歩目を踏み込んだ。触腕の影が届くと見えた瞬間、ユーレッドは滑らかに刀を抜く。

 ざっと黒い汚泥が飛び散る。囚人がわめいた。

 しかし、触腕を切られても、囚人化した獄卒は怯まない。痛覚がないのかもしれない。何か喚きながら別の腕を伸ばし、ユーレッドを追撃すべく猛進した。

 ユーレッドは窓側を背にし、直前でさっとかわす。

「馬鹿め! 同じ手が通用するとでも!」

 窓を突き破らんばかりの獄卒は、しかし、それを読んでいたらしく、直前で方向を変えてユーレッドに襲いかかる。が、その瞬間、迎えるはずのユーレッドの側が突きをくれながら体当たりを仕掛けてきた。

「俺はそこまで単純じゃねえよ!」

 触腕に刃ごと押し切る。

「作ったばかりの汚泥コアらしいが、割らせてもらうぜ」

 その中央に達するかという時に、ユーレッドは力任せに刀を跳ね上げた。汚泥で膨れ上がった獄卒の体から汚泥が血のように噴き出す。

 よろめいた獄卒が悲鳴のような声を上げる。ユーレッドはすかさず窓に向けて彼を押し込み、ダメ押しに強烈な蹴りを入れて、剣を抜く。

 窓が割れ、悲鳴が上がる。闇の中に囚人化した獄卒達の体が消えていった。

「自滅二回目だな」

 ユーレッドは嘲笑うように吐き捨て、肩をすくめた。

 急に周りが静かになる。

 食堂の天井の電灯がチカチカと点滅していた。

(そういえば、途中から電気がまだ通ってたんだな。明るい)

 タイロは、今更そんなことに気づく。

「やれやれ、しつけえ奴だったな」

 ユーレッドはそう吐き捨てる。

「ユーレッドさん、大丈夫?」

アルルがひょこんと頭を覗かせて、ユーレッドを心配そうに見上げた。ユーレッドは肩をすくめる。

「あんな奴、心配するほどの相手じゃねえよ。さ、俺たちもさっくり外に出るぞ」

 そう言ってユーレッドは、靴音を忍ばせてアルルの元に戻りかけたが、何を感づいたのか、はっと身を引いた。

「アルル、伏せろ!」

 壊れた扉の陰にユーレッドが飛び込んだ瞬間、けたたましい銃声が聞こえた。

「わ!」

 思わずタイロが声を立てる。

 朽ちかけたコンクリートの壁に何発も穴が開く。

(ユーレッドさん?)

 ユーレッドの体は、鉄の扉の陰にかくれている。どうやら無事らしい。

(じゃあ、お姫様は?)

 と目をむけると、慌ててカウンターの陰にひっこんだアルルの近くに弾が届く。

(危ない!)

 ところが、弾はアルルの目の前で跳弾して、変なところに転がっている。よく見るとそのあたりに、うっすら空間が歪んでいる。なんらかのシールドが張られているらしいのが、見て取れた。

(あれ、これ、もしかして、スワロさんの? 反重力装置の応用のバリア?)

 だとしたら、かなり便利な機能がついているものだ。ちょっとスワロを見直してしまうタイロである。

「おいやめろ!」

 不意に廊下から声が響いた。

「アルル・ニューがいるぞ! できれば無傷で確保しろ!」

(外にいる獄吏?)

 いや、それにしては、やり方が乱暴だ。

 そんなふうにタイロが思った時、廊下にいる男たちが見えた。三、四人ほどの男。

 戦闘用の装備に身を固めてはいるが、およそ正規軍ではない。もちろん、獄卒管理課の獄吏のユルさとは正反対だ。

 おそらく、彼らが過激派の獄卒。

 だが、ユーレッド達、WARR出身の獄卒の、独特ないっそ古風な雰囲気ともまた違う。近代的で科学的で、なおかつ荒々しいのだ、彼らは。

「あの娘さえ抑えれば、建物の爆破を実行できる!」

「殺してもいいが、生かした方がなおいいからな。できるだけ傷をつけるな!」

 その乱暴な指示には、タイロも思わず眉根をひそめてしまうくらいだ。

 チッとユーレッドは舌打ちし、廊下を覗き込んだ。

「くそッ、こういう展開か。あーあ、間が悪すぎるぜ」

 ユーレッドがぼやきつつ、声をひそめる。

「ウィス、聞こえてるか?」

『ええ。なんとか』

 ザザッと雑音が入る。ウィステリアの声はそれでもクリアだ。それは彼女の特性なのだろう。

『さっき襲われてたみたいだけど、もう大丈夫かしら? 怪我はない?』

「ふん、当たり前だろ。だが、今度は解放戦線のテロリスト共と遭遇だ」

 ユーレッドは面白くなさそうに言った。

『あらついてないわね』

 たたた、と足音が聞こえている。

「アイツらは俺がなんとかする。その間にお前は、囚人やら獄吏連中をモニタリングして報告しろ。できれば爆弾の位置なんかもな」

『了解。やれるだけやるわ。気をつけてね』

 雑音混じりのウィステリアの声。

 どうもジャミングされているらしい。

 ユーレッドは、物憂げに伸び上がりつつため息をついた。

「まったく、思想犯の連中はなあ。クズ揃いの獄卒より面倒くせえ相手だぜ」

 ユーレッドはそう吐き捨てると、気を取り直し、ざっと身を起こし、そのまま部屋に入ってくる過激派獄卒の前に立ちはだかった。

「さて、第二ラウンドだぜ!」

 相手の方がぎょっとする。

「貴様、まだ喰われてなかったのか!」

「立てこもっていた獄卒の生き残りが……!」

 戦士が誰かに報告しながら、ざっと銃を構える。

「アルル! 絶対、こっち見るなよ!」

 ユーレッドはそう警告すると、だっと一人目が発砲する前に突き崩す。

 倒れる仲間を見て素早く他のものが発砲するが、ユーレッドは素早く外れかけた扉を足で動かして盾にした。

 弾のはじけるような、甲高い音がする。

「スワロ、弾はシールドで弾け!」

 ユーレッドがそう指示する。

 実際、壊れかけの扉だけでは貫通するのではとタイロも思ったが、スワロのバリアを併用することでうまく弾いているらしい。

(なるほど、スワロさん、高性能だなあ!)

「いいか。おひいさまには当てるなよ!」

 きゅきゅ、とスワロが返答し、レコも呼応するようにチカチカと光る。

(そうだ。レコちゃんにも、あんな感じのシールドついてるのかも)

 それじゃ安心だ。

「くそ、余計なシールドを!」

 過激派の戦士が舌打ちした。

「獄卒にゃ銃器携帯は厳禁」

 ユーレッドが目を細めながら薄く笑う。

「だが、お前らみたいに禁則を破る奴は出るわけで、だとしたら、俺たち"マジメ"な獄卒は相手が飛び道具だと不利なんでな」

 ユーレッドはそう嘯きつつ、

「一流の獄卒はそれくらい仕込みはしてるもんだ。てめえらも獄卒の端くれだろ」

 ユーレッドは扉を蹴倒した。ガランガランと床で音を立てる。ユーレッドは冷徹にずいと切先を向けた。

「思想や主張もいいが、もっとそういう勉強しておけよな、ボーヤ共」

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