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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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16.濃紺の夜影


「特殊任務だぁ?」

 周囲に聞こえていない前提で話していたとはいえ、やや声をひそめていたユーレッドが、それでも思わず声を高めてしまった。慌ててちょっと小声に戻しつつ、

「お前ら、あのアルルのおひいさまに、そんな仕事させてんのかよ?」

 ユーレッドの口調も表情も、少し非難めいている。


 タイロがまだ映像を見ている様子なので、店の裏口から少し外に出た路地で二人は話し込んでいた。

 ウィステリアのアシスタントの協力で、音声を周りに聞こえなくしているらしい二人の会話は、何かと機密性の高いものだ。

 主な話の内容は、それこそアルル・ニューのことである。

「あたしがさせたわけじゃないわよ」

「お前の上司だろ。あのくそ野郎」

「失礼ねえ。エリック様はそんなことなさらないわ」

 ウィステリアが心外だとばかりに肩をすくめた。

「あの方は思慮深い人格者よ」

「どうだか?」

 ユーレッドは肩をすくめた。

「俺は聖人君主気取りのやつが一番嫌いなんだ」

「あらまあ、捻くれてるわねぇー」

 ウィステリアはやれやれと言った様子だ。

「まあでも、あのだって"魔女"だからね。それにあのお姫様の特殊能力は、他に例があまりないでしょう? とても役に立つのよ」

「しかし、あんな箱入り娘を戦地に派遣するとかアホだろ」

 ユーレッドは腹を立てているらしい。

「それだけ、このマリナーブベイの汚染事情がよくないと言うことよ。第一、あたしがここにきたのもね、そもそもは、囚人や汚泥の活動を弱めるためよ? 囚人は無理でも、伝染能力のあるような活動的な汚泥については、あたしの声で十分抑えることはできるからね。普通のどろどろしたスライムなら無害だもの。ちょっと景観を損ねるだけで」

 ウィステリアは腕を組む。

「そもそもあたし達"魔女"は対汚泥特殊能力者ってククリだからね。もっとも、現役なのはあたしとあのお姫様くらいのもの。魔女なんてもう終わったシステムで、あたし達は引退、魔女の成れの果てになる筈だったのだけど、今になって重宝されるとは皮肉なものねえ」

「魔女の作り方がわかんねえんだろ、今となっては」

「一種のロストテクノロジーなのよ」

 はっとユーレッドが嘲笑する。

「戦闘員や獄卒作ってなんとかなると思いきや無理だったからだろ。馬鹿だよなあ」

 ユーレッドは皮肉めいた言い方をして、

「そうか。ソーン・ライトが、ここの汚泥はコントロールが効くとかなんとかいってたが、あれはおひいさまの仕業か?」

「んー、半分当たりで半分ハズレね。厳密には彼女の能力を真似をして作った装置を使ってるの。それで制御しているらしいんだけど、やっぱり制御が完全ではないわけ。アルル姫がやると、もっとちゃんと言うこと聞かせられるでしょ? まあ、それをもっと精巧にしたくて、参考にしたいから呼び寄せたとも言うわね」

「管理者Xってやつが?」

 ユーレッドがぼそりとつぶやくと、ウィステリアはため息をつく。

「そういうとこの勘はいいのよね、ユーの旦那。そう、囚人のコントロールチップを手がけているのは管理者X。あのインシュリーの上司にあたるわねえ」

「インシュリー……? やっぱり、アイツが?」

 ユーレッドは、少し表情を険しくした。

「ウィス、アルルは今どこにいる?」

 ウィステリアはふっと笑って、

「それがわかれば、エリック様だって苦労しないわ。あたしに彼女を探してこいなんて命令してないわよ」

「ちっ、なんだ、あのクソ野郎、何もしらねえのか?」

「何もじゃないわよ。彼女、本当はこのマリナーブベイのメイン統括者の管理者アドミCに呼ばれてきたはず。ところが、管理者Cは彼女と港で会えなかったらしい」

「管理者Cは、アイツと一緒であの娘の保護者の一人みてえなもんだったな」

「ええ。管理者EとCは仲がいいから、お姫様を攫ってどうこうするようなことは彼らはしない。寧ろ、問題は、Cの代わりに彼女を出迎えたという管理者X。彼と出会ってから、お姫様は任務中ということで連絡が取れない」

「馬鹿馬鹿しい。居場所がわかってるなら、堂々と返せって乗り込んで行けばいいじゃねえか」

 ユーレッドは苛立ったように吐き捨てる。

「まさか。拉致した証拠もないのに、管理者アドミニストレータの本拠地なんか乗り込めないじゃない。仮にも管理者よ、彼ら。本気でやると戦争が起きるわよ」

 ウィステリアは肩をすくめる。

「Xは客人として、協力してもらっている。多忙ゆえに連絡は取れないけど、元気だって言ってきてるわけ。一応筋は通る説明なのよ」

「Xって、あの部下の獄吏が仮面つけているとかいうヤベエやつだろう」

 ユーレッドが眉根を寄せる。

「そ。そのヤバいやつ」

「な、なんですぐに動かねえんだ!」

「相手が管理者だからでしょ。管理者の間のこと、それなりの紳士協定はあるわよ。いきなり酷いことはしてないでしょう」

「そんなこと言ってもだぞ」

 ユーレッドは些か感情的になっていたが、ふと舌打ちする。

「ああ、くそっ、お前が俺にこの話振ってきた理由がわかった! どうせ、俺に手伝えっていうんだろ!」

「頼まれなくても、この話聞いたら乗るでしょ。お姫様のことが心配なの、顔に出てるもの」

 うふふ、とウィステリアが笑う。

「ちッ、人の弱みに付け込みやがって!」

 ウィステリアの方がどうも一枚上手だ。ユーレッドは、むすーと明らかに仏頂面になっている。そんな彼をみながら、ウィステリアは心なしが嬉しそうだった。

「ふふふー、相変わらず、大きい子供みたいなところあるわよねー。かわいいー」

「ば、馬鹿野郎、うるせえなっ! だーからお前と口きくのは嫌なんだよっ!」

 ユーレッドはますます不機嫌になりつつ、若干自棄になった。

「あーもう、ついでだ! こうなりゃ、全部聞かせろ。俺達が呼ばれたのも、ここの囚人の被害が大きいからか? ここの囚人はE管区由来なんだろ」

「あら、ソレ、何も聞いてないの? あたしもそこは深くしらないけど」

「聞いてねえがなんとなく心当たりはある。ここ博物館があるんだろう」

「ええ。随分と古いものよ? 管理局直轄のものね。まあお宝があるんでしょうよ」

「その管理局管理下のはずのものに、管理局員すら辿り着けてねえと聞いたが」

「その通り。管理下に置いておかれないほど、汚泥汚染が深刻なのよ。お姫様やあたしが呼ばれたのもそもそもはそれもあるのよね。まさか旦那みたいな問題獄卒を呼び寄せるとは思わなかったけど」

 ウィステリアはため息をついた。

「まあ、ユーの旦那は獄卒としてはちょっと特殊だものね。呼ばれてもおかしくないか」

「いや」

 そういわれ、ユーレッドがふと眉根を寄せて黙る。

「いや、そういうわけじゃねえだろう。あいつら、指名して俺を呼んだんじゃねえと思うぜ。おひいさまと俺の関係を知ってりゃ、絶対ねえ人選だしな」

 ユーレッドが珍しく殊勝な顔つきで言う。珍しい顔をしているので、ウィステリアは思わずキョトンとしてした。

「あいつらが呼んだ中に、たまたま俺が混ざっていただけだと思う。寧ろ、この黒幕が呼びたかったのは別のやつじゃねえか? 俺はたまたま混ざっちまっただけなんだよ、多分」

「何、それ」

 ウィステリアが柳眉を寄せて、瞬きをする。

「いや、確証はないんだが、うーん、そうなんだよ」

 ユーレッドは顎に手を当てつつ、身をひるがえす。右袖がふわりと揺れる。

 少しかんがえてから、

「お前、あの小僧どう思う?」

「小僧? タイロくんのこと?」

「ああ」

 意外なことを聞かれたものだとウィステリアはきょとんとした。

「そんなの、旦那の方が知ってるでしょ?」

「そうなんだが」

 ユーレッドは軽く唸る。

「可愛い良い子じゃない。獄吏っていってたけど、獄吏らしくない素直さもあるし。獄卒の旦那にもあの態度とかいい子だわねえ。信用したからスワロちゃんを預けて、お姫様とのことも教えてあげたんでしょう」

 何をいまさら。ウィステリアはそんな顔をしている。

「いや、なんつーか、そう言う意味じゃねえんだよ。あいつの、なんていやいいのかな? 素質めいたところ」

 ユーレッドは珍しく歯切れが悪い。

「昼間な、発作で動けなかったとき、アイツに名前呼ばれた時に、妙に体が軽くなった。ま、あんなに軽々しく俺のこと呼ぶやつもそういないんだが……、今までそんな経験はない。こう、天井抜けた感じの感覚な」

 ユーレッドは何やら考え込む。

「ドレイクもなにか特別なことがあるみたいなことを言っていた。それに、昼間の囚人はアイツに寄せられてきたのかもとも……。俺には心当たりねえんだよ」

「うーん、そうね。ドレイクまでそういっていたということは。まあ、貴方達の特性を考えると、何かしらの理由はあるのかもしれない」

「さっき連絡もきたから、タイ・ファにきいてみたんだが、アイツの返答適当でな」

「ああ、彼、なにかと雑なのよね」

 有能なんだけれどねーと、ウィステリアはやれやれとため息をつく。

「旦那は、もしかして、あの子達獄吏を誰かがここに連れてきたかったとか考えてる?」

「可能性はな。……だが、どう考えても理由がわかんねえ」

 ユーレッドは口元を覆いながら目を閉じる。

「他の獄吏の子の可能性もあるかもだけれど、ドクター・オオヤギあたりなら何か知ってるのでない? あの人、色々詳しいでしょ」

「あの藪医者なあ……。だが、今はマリナーブベイにいるし……」

 珍しく真剣に困った表情のユーレッドを前に、ウィステリアは思わずにんまりと笑う。

「お困りなら、あたしがちょっと調べてあげましょうか?」

「い、いいのかよ」

「うふふ、他ならぬ貴方の頼みだものー。お安い御用だわ」

 と言って、ウィステリアが意地悪く目を細めた。

「その代わり、報酬はあたしにキスね」

 とっさのことにユーレッドがきょとんとする。

「なんなら、一晩付き合ってくれてもいいけど?」

「はっ? はぁっ?」

 不意打ちだったのか、ユーレッドが一瞬ぽかんとした後ばっと赤くなって大声をあげる。

「な、な、何言ってんだ? テメー!」

 ウィステリアはますますニヤニヤしながら、

「ふふふっ、冗談よ。本当そういうとこかわいーわよね」

「お前、本当に!」

「ふふー、そうね、さしあたりのないところで、ディナー一回か、他の仕事に協力してもらうかにするわ。とりあえず、貸しにしておいてアゲル」

「てめえ、くそっ、俺のことなんだと!」

 ますます不機嫌になって、ユーレッドは顔を背けたが、ふ、と何かに気づいたように目を見開いた。

 りり、と何か金属的な音がする。ウィステリアが肩をすくめた。

「あら、残念。トリックのお知らせね。困ったわねー。あたしの歌じゃ満足できない子がいたみたい」

「そりゃしょうがねえやな。お前の子守唄じゃ寝付けねえよ?」

 ユーレッドが仕返しとばかりに、意地悪な口調になる。

 視線を向けた路地の裏の暗い闇が一層凝る。向こうに人影らしきものは見えてはいるが、それをヒトと呼んで良いものかは別の話だ。

「やれやれ、俺は今日出動三回めなわけなんだが……。休ませろよな」

「貴方の場合、ただの趣味じゃない。アルコールが飛んでちょうどいいわよ」

 わざとらしく肩をすくめるユーレッドに、ウィステリアがきつめの言葉をむける。

「でも、あながち、さっきの話、間違いじゃないかもしれないわね」

「さっきの?」

「あのボーヤ、もしかしたら、本当になにかしら事情持ってる子なのかも。あの子といると、退屈しないかもしれないわよ。喧嘩っ早い旦那にはいい取り合わせよ」

 ウィステリアはスカートのスリットに手を伸ばし、隠していた小型の銃を白い指に絡めている。

「外でお話ししてよかったわ」

 ウィステリアがヤレヤレと肩をすくめた。

「こんなのお店でやられちゃ、あたしが申し訳ないものね」

 向こうの暗い空気が重くなる。もはや素人目にもわかるほど、何かの蠢く気配がした。

「さて行くぜ」

 ユーレッドがそういって、とんと左足で地面を蹴った。


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