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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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15.緑夜の蛮行-4


 ユーレッドはふらっと歩いて、落ちていたアルルの手荷物を拾い上げていた。その様子には一切の動揺がない。この異常な室内の状況に、まったく感情を動かされていないらしい。

(やっぱり、この人、強い)

 ジャスミンは思わず嘆息する。

 職業柄、獄卒のお仕事動画は見ることがある彼女は、ユーレッドの手並みの良さは知ってはいたが、レコの視点でみる臨場感のある映像ではまた別だ。

(とても右側が見えていないと思えないわね。あのスワロって子の視覚情報は参照していそうだけど。大体、動きに無駄がなかったし、スピードも速い)

 それに、彼は相手の攻撃をただかわしていなしただけだったのだが、ほとんど体重移動によって避けただけだった。右腕を喪失している彼は、バランスが崩れやすいはずだが、そんな素振りもなく完璧に計算された動きで対処していた。

 むー、とジャスミンは思わずうなる。

(タイロがうっかり惚れ込んじゃうのも、わからなくはないわね)

 まあ、どう考えても、異常者だけど。

 ジャスミンは、まだあくまで厳しい判定を付け加えてしまうのだが。

 動画のユーレッドは、アルルの荷物を平然と拾い上げてふらっと入り口の方に向かう。

 ユーレッドの向かう先には、レコとスワロに守られるようにしてアルルが立っていた。アルルはちょっと放心したように、ユーレッドの挙動をぼんやりみている。

 ユーレッドは気怠くため息をつきつつ、ほらと声をかける。

「お前の荷物だろ。とってきてやったぜ」

「あ、ありがと、ユーレッドさん」

 アルルが受け取ってぼんやりお礼を言う。

「まったく。おひいさまは悪い子だな。無事でよかったぜ」

 ユーレッドは苦笑して、アルルの頭に手を置いた。

「だから、俺があれだけ、確認してから扉開けろって……」

「ユーレッドさん!」

 そういいかけた時、わっと涙目のアルルが抱きついてきた。ユーレッドがあっけに取られて、危うく転びかかる。

 戦闘中はあれだけバランス感覚に優れていたくせに、笑えるほど無防備だ。

「お、おおお? な、なんっ? 何?」

「来てくれて良かった! ありがとう!」

「お、おい! ば、馬鹿! 待て! な、なんっ、なんなんだよ?」

 ユーレッドは妙に焦る。

「お、お前っ、俺はそういう、その、感謝される系のキャラクターじゃねえんだ! そういうのは、そういう役どころのやつに……」

 わたわたとそんなことを口走る。

「怖かったよ! 怖かったよう!」

 そんなことお構いなしに、涙を浮かべたアルルがぎゅっと彼を抱きしめてくる。ユーレッドは、我に返ったように瞬きをした。

「お、おう、そ、そうか。そんなに怖かったのか」

 ユーレッドはタジタジになりつつ、どうすればいいかわからないといったふうに左手を泳がせる。

「わ、悪かったな、遅くなって」

 ユーレッドはあわててそういいながら、ぎこちなく左手を彼女の肩に置く。

 アルルが涙を拭いつつ、顔を上げる。

「だ、大丈夫か? 何もされてないよな?」

「うん!」

 ユーレッドはホッとして、ため息をついた。

「そ、それなら良かった」

『ちょっとユーの旦那? 通信、途切れていたけど、お姫様は助けられたの?』

「お、ウィ、ウィス、なんだ?」

 その時、アルルとは違う艶っぽい女の声が聞こえた。ジャスミンにはわからないが、これはウィステリアの声だ。

 映像を見られているわけではないらしいのだが、ユーレッドが思わずドキッとしたように体を硬直させる。

「だ、誰?」

 アルルが驚いてそう尋ねた。

『? あらやだ。もしかして感動の再会中?』

 ウィステリアは勘がいいらしい。

『それはお邪魔して悪かったわね。っていうか、旦那、なんでスピーカーモードになってるのよ』

「そ、それは、ここまで走ってくる間にちょっと間違って動作が……」

 ユーレッドがむっとした顔で釈明する。

『まあいいけど。救出したお姫様への応対は、もっとスマートにするのが騎士ってものよ?』

「な、なんだよっ! い、いきなり話しかけてくんな!」

 即座に状況を把握したらしいウィステリアがからかうようにそう言ってくる。

 アルルがきょとんとする中、ウィステリアが改めて声をかける。

『まあちょうどいいわ。聞こえているかしら、お姫様。お初にお目にかかりますわ。あたしはウィステリア。貴女の救出に協力するように言われてるの。悪いようにはしないから安心して』

「ウィステリア? さん?」

 アルルはその名前に何か引っかかるのか、一瞬きょとんとする。が、直接面識があるわけでもないらしい反応だ。

(ウィステリア? 新しい人が出てきたけど、この人、調査員エージェントか何かっぽいわね)

 ジャスミンにも彼女の素性はなんとなくわかる。普段、エイブ=タイ・ファのような調査員と絡むことの多いジャスミンは、なんとなく彼らを雰囲気で感じ取れるようになっていた。

(お姫様救出担当の調査員エージェントと相棒みたいな会話している獄卒。……改めて、ユーレッドって人、いろいろありすぎるわね。いよいよもってただの獄卒じゃない)

 タイロとユーレッドの交流についてちょっと心配事のあるジャスミンには、そんなことも気がかりだ。

『まあ、手助けって言っても、今やれることは、そこの強面の旦那の情報アシストくらいなものだけどね。旦那、意外と不器用なとこあるから……任せておくの不安なのよねー』

 ウィステリアが陽気にからかうような口調で言った。

「だ、黙ってろ、ウィス! それより座標は決まったのかよ! さっきから通信がブツ切りで」

『なにかと妨害されてるのよ。今はこっちが周波数切り替えてやったから、繋がってるけど。あまり時間はないわ。建物の範囲内で対獄卒ジャマーの射出もあるはず』

「妨害したんじゃなかったのかよ。頼りねえなあ」

 ユーレッドが皮肉っぽくいう。

『妨害したからこそ、建物敷地内だけで済んだのよ。いいから、早いところそこから出て』

「言われるまでもねえよ。長居するようなとこじゃねえだろ。こんな汚泥だらけのドロドロのトコ。ったく、建物の中にまで、あいつらが入り込んできてやがる」

 ユーレッドは肩をすくめた。

「しかも、さっきの獄卒が妙なこと言ってたぜ。過激派の連中がこの廃墟に爆弾を仕掛けているとかなんとか」

『それはありえないこともないわ。囚人をけしかけてここに雪崩れ込ませているんだもの。一緒に紛れ込んでいる可能性も高いから。……といっても、すぐには爆破しないと思うけどね』

「なんでだよ?」

『旦那の推察通り、アイツらはお姫さまをとある目的のために、狙ってるはず。死んでも良いとは思ってるかもしれないけど、流石に粉々になられちゃ困るでしょ。その辺の回収はする筈よ』

「それはそうだな。じゃ、もう少し安泰ってところか」

『まあでも急いで出て。夜明けになると、別の部隊が総攻撃してくるわよ』

「は? 別働隊?」

『そこに窓あるかしら? 外見てごらんなさいな。ライトたくさんついてて綺麗だわよ?』

 と言われてユーレッドが一番近くの窓に近づいて、ブラインドを開く。

 まだ時間は深夜らしいが、東の空がうっすら明るい。林の中でチラチラ強い光が漏れていた。

「おおっと、穀潰しの獄吏連中かァ? 囲んで御用提灯気取りとは笑わせるぜ。事情も知らねえで足ばっか引っ張りやがって」

『彼らも一枚板ではないからね。管理者アドミにも色々あるのよ』

 嘲笑するユーレッドに、ウィステリアが冷静に告げる。

『ただ、彼等は汚泥汚染には敏感だわ。暗い中では、囚人が活動的だから、犠牲を増やしたくもないしね。だから夜明けがリミットよ。夜明けになると強行侵入してくるわ。奴らの配置はそう変わってないから、さっき確認したルートなら包囲潜り抜けられる。それでよろしくね』

「是非はねえな。わかった」

 ユーレッドはそう言って肩をすくめると、アルルの方に向き直った。

「まあ聞いたまんまだ。夜明けまではあと二時間弱くらいかな。それまでに逃げないとな。さあ行くぜ。おひいさま」

「うん!」

 ユーレッドが手招きするようにして、アルルを先にするようにして進む。スワロとレコがそれぞれ後をついていく。

 と、その時、不意に彼らの足元の汚泥がずるっと動いた。

「!」

 先に気づいたのはユーレッドの方だった。

 背後。ユーレッドは振り向きざま剣の柄に手をかける。すでに目の前では汚泥の一部が盛り上がっていた。

「ちッ!」

 アルルを気にしていたこともあり、ユーレッドが反応しきれない。あきらめて、防御体勢に切り替える。そこを汚泥の塊が体当たりした。ユーレッドが廊下の壁に激しく叩きつけられ、反動で軽く跳ね返る。

「ユーレッドさん!」

 アルルが足を止めて振り返った。

 彼女とユーレッドの間に、どろどろの黒いものをかぶったものがたたずんでいた。

 汚泥は微かに人の姿を留めている。アルルの仕掛けた味方のブラックマテリアルは、ユーレッドの出現と同時にただの泥にもどっていたが、それに反応してか遠巻きに敵対態度を示し始めていた。

「ははぁ、わかったぞ」

 例の獄卒の声が聞こえた。といっても、どこか壊れて歪んでいるような声だ。がびがびと不快にかすれている。

「なるほど、獄卒と囚人は、組成はそう変わりねえんだ。中のものは同じ。だったら、俺が囚人になるのも別に本質的には変わらねえってことだったんだ。何を怯えてたんだろう、今まで。こんなに簡単に気持ちよく力をふるえるようになるとはな! はははは」

 声帯が汚泥に包まれているのか、その声は濁っている。しかし、明らかに狂気が感じられる。

「お前ら全員道連れにしてやる!」

 囚人がアルルの方に向きなおろうとした瞬間、ユーレッドの声が聞こえた。

「ほほう、思ったより、根性あるじゃねえか」

「ユーレッドさん!」

 たたきつけられたまま、壁に寄りかかっていたユーレッドが、ゆらりと背を壁から離して顔を上げる。口の端から赤いものが流れているが、それを彼は乱暴に拭う。

「ちッ、口が切れちまったぜ。まあ、俺に流血させるとか、ド三流のお前にしちゃあ、及第点かなあ」

「何ぃい?」

 この期に及んで、ユーレッドはまだ平気で相手を煽るようなことを言う。

 不意にユーレッドは、あくびをしてから、無邪気にからっと笑う。その動作は何かこの場には不似合いで異常だが、彼にとってはいつものことらしい。

「ははっ、いいぜ。ちょうど俺もお前のことぶっ殺したくなってきたからよ! それに、獄卒の戦いは、一回血反吐吐いてからが本番だからなァ」

 ユーレッドは、ニヤッと笑う。

「どうせこんなもん、一時間もあれば治っちまうんだよな。そのせいかな、俺もどうも血の味感じねーとやる気が出なくてなあ。せっかく丈夫にできてるんだ。それが醍醐味ってもんだぜ!」

 ユーレッドはざっと腰を落としながら、ぎらりと目を輝かせる。

「さて、てめえは俺に本当に血反吐吐かせられるかなァ? 楽しみだぜ」

 がああっと囚人化した獄卒が咆哮する。その瞬間、ユーレッドの足が床を素早く蹴りつけた。

「これだから囚人狩りは、獄卒から堕ちたやつに限るよな!」


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