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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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14.緑夜の蛮行-3

(ちょっと、あのユーレッドって人は何してるのよ!)

 レコの視点で映像を見ているジャスミンは、事態が緊迫しているのを見て焦っていた。

 ジャスミンはタイロよりも、緊迫した場面の動画などは見慣れているつもりだが、それにしてもこんな映像は初めてだ。

 荒野での囚人狩りや獄卒同士の喧嘩は見たことはあるけれど、そもそもこんなおびただしい汚泥がなだれこんでいるのを見るのは初めてだった。こうしている間も、入り口から黒いものが流れ込んできている。

(これは汚泥? こんなにも?)

 囚人のような、明確な意思のある動きはしないが、汚泥もこんな風に動くのか。そして、この汚泥の海には不定形型の囚人が溶け込んでいるに違いなく、ジャスミンは思わずゾッとする。

(何が起きてるの? 完全に侵入されてるじゃない?)

 タイロよりは先輩だけれど、ジャスミンも年相応の新米には違いない。流石に動揺していた。

 まして目の前では凶悪な獄卒が、少女を狙っているのだ。彼女が戸惑うのも仕方がない。

 アルルは、反射的に身を引いていた。

 彼女を襲う細身の獄卒の背中に真っ黒な汚泥がへばりついていた。あれは、もしかしたら食われているのか、囚人化しかけているのか。ジャスミンも囚人化の仕組みなどは知らないが、そうなのだとしたらおぞましいことだ。獄卒は一般人より汚泥への耐性が強いが、逆に先に脳を抑えられて精神の方が崩壊するともきく。

 元々、この獄卒が凶悪で道徳心もないような男なのは間違いないだろうが、こんな状況で己の劣情に忠実に行動しようとしているのは、その辺の影響で抑えが効かなくなったのかもしれない。

「ははは、何を怯えてるんだ!」

 そんな獄卒が、ずるりと汚泥に埋まった足を引きずるようにして迫る。

「どうせお前だって終わりなんだ! お前だって一人ではいやだろう?」

「近づかないで!」

 アルルが気丈に言い放ち、モップの棒を構える。しかし、それはいかにも弱そうで不安だった。

「近づいたらタダじゃおかないんだからね!」

「そんなもの振り回したって無駄だ! 諦めてこっちに来い!」

 ききっ、とレコが警告音を鳴らし、ビシッと音を立てて火花のようなものを散らして威嚇する。

「ちッ、あいつの連れていたポンコツか! 死に損ないが!」

 獄卒のアシスタントであったレコは、撮影が主な能力であったが、それでも多少ながら武器は積んでいるはずだ。ただ、昼に故障してから応急処置をされているだけであるので、フルパワーで武器を使うことはできないはずだ。

 その獄卒もそれを知っているので、あくまでその行動は強気だった。

 強行する獄卒にレコが飛びかかるが、獄卒は刀の柄でそれをなんなく払いのける。映像が一瞬乱れたが、さほどダメージはなかったらしく、ゆらゆらと起き上がったらしいレコが再び映像を記録しはじめていた。

「来い!」

 半分獣のような動作で、獄卒が飛びかかってくる。アルルがはっと身を翻して、入り口側に逃げようとしてつまずいた。

 きゃ、と悲鳴をあげて倒れ込むと、手足にべっとりとタールのようなものがまとわりつく。

 囚人というには意志のない、黒い悪意ある物質。それこそ汚泥と呼ばれるものだった。

「濃度の高いところもある。下手するとその可愛い顔が爛れるぜ?」

 けけけとばかり獄卒が下卑た笑い声を上げる。

「長時間触れていると感染するしな!」

 身動きの取れないアルルの襟首を、獄卒がやぶかんばかりに乱暴につかむ。

「今ならそんなに手荒にしねえよ。囚人化が進めばわからねえけどなあ」

「っ!」

 アルルは彼を睨みつけた。

「意外と気が強いんだな、お姫様。まあそう言う方がそそるか!」

 獄卒がアルルのワンピースに手をかけようとした時、不意にアルルが恐れることなく汚泥に手を沈めた。

(え、何をするつもり?)

 ジャスミンが疑問に思った瞬間、微かながら緑の光がぱっと飛ぶ。

「ははは、おとなしくしてろよ」

 観念したのかと思った獄卒が、彼女を力尽くでひっぱりあげようとした時、不思議なことが起こった。

 アルルの足元にある汚泥の一部が、ぶわっと盛り上がって彼女と獄卒の間に入り込んできたのだ。

 それはまるでアルルを守るかのような行動だった。思わず獄卒は手を離す。

「ちっ!」

 そのまま獄卒にまとわりつこうとする汚泥を、反射的に彼は振り払う。しかし、まるで意志のあるもののように、汚泥は獄卒に繰り返し攻撃をしかけてくる。

 さらにはアルルの周りに、ちいさいながらも黒い不定形の汚泥が彼女を守るように控えている。

(何?)

 思わずジャスミンは呆気に取られた。

 汚泥は、けして味方することはない。古い悪意がプログラムされたそれらは、新しい命令を受け付けない。だからこそ処理に困っているわけで、それを有効利用することはできない筈なのだった。

 しかし。

「な、何しやがった! お前ッ!」

 向かってくる汚泥を振り払いながら、獄卒の男はアルルに問いかける。

「お前、さっき何を?」

「書き換えたの!」

 アルルはなんとか足を引き抜きながら、震える声で答えた。

「命令を書き換えたの。私に対して友好的に。私を守ってくれるように」

 アルルはそっと立ち上がる。

「この子達の中にのこされた、まだ命令を受けていない、"ブラックマテリアル"に直接書いたの」

「書き換えただと? 書いた?」

「私は"魔女"だもの。それくらいできるわ」

(魔女?)

 おもわずジャスミンはきょとんとした。

 魔女? 魔女って何? ウィッチの魔女?

 ゲーム世界に近しい名残があるとか言われるハローグローブでも、そんなファンタジックな役職も職業などない。

 流石のジャスミンも思わず呆気に取られる。

(ブラックマテリアル? なにそれ。聞いたことのない単語。おまけに、書き換えた? どう考えてもプログラムを書き換えたって意味にしか取れないけど。汚泥を書き換える? 汚泥の中の汚されていない物質にってこと?)

 ジャスミンは新米ながら他の獄吏に比べて物知りだが、彼女にもそんな知識はない。

(流石はお姫様。私達が知らないことを随分色々知っているみたい……)

「くそ、気味の悪いガキめ!」

 痩身の獄卒はそう吐き捨て、ギラリと彼女を睨み、ざっと腰の刀を抜く。

「こっちには時間がねえんだ!」

 襲ってくる汚泥を斬り捨てて、獄卒はアルルを睨みつけた。

「もう優しくはしねえ! 力尽くでいくぞ! 時間稼ぎもこれまでだ! どうせユーレッドを待ってるんだろう?」

 細身の獄卒は目をぎらつかせながら嘲笑する。

「待ってたって、あんな奴が来るものか! どうせあんな奴、真っ先に囚人に食われて……」

「俺がどうかしたって?」

 その時、背後から声が割り込んだ。

 入り口を塞いでいた汚泥が突き崩されてどろっと流れる。

「てめえ、力尽くで何するつもりだ? ええ?」

 わずかな光に左手の刀が白く光る。長身の人影が、少し嘲笑したような気配があった。

「ユーレッド!」

「ユーレッドさん!」

 がっと足元の汚泥を蹴るようにしてどかせ、ユーレッドは室内に入ってきた。

「ユーレッドさん」

 慌ててアルルが彼のそばに駆け寄り、レコが後ろをついていく。

「アルル、後ろにいろ」

「う、うん」

 ユーレッドが低い声でそう命じるので、アルルは彼の背にそっと隠れた。

「ユーレッド! てめえ!」

 獄卒は思わぬ邪魔が入ったので、苛立った声をあげる。

「てめえ、とっくに食われたかと!」

「はっ、お前らみてえな雑魚と一緒にすんな」

 ユーレッドは、ふっと息を整える。冷静で涼やかに振る舞っていた彼だが、実際は相当な距離を走ってきたらしく、軽く息が上がっていた。

「雑魚はてめえもだろ! なんだ、逃げ帰ってきたのか?」

 疲れているのだと取った獄卒が、わずかに笑みを浮かべる。

「は? 誰に向かって何言ってんだ?」

 ユーレッドは、すっと息をおさめると肩をすくめた。

「俺はお前らと違うんだよ。忘れ物を取りに来ただけよ」

 ユーレッドはそう言って獄卒を睨む。

「てめえ、もう半分食われてるな。汚泥が脊椎にへばりついてるところ見ると、頭やられてんじゃねえか」

「うるせえ! だが、お陰でいい気分だよ! 体が軽くてこんなにも動ける」

「ふーん、ま、元からドラッグ漬けのお前にゃふさわしいぜ。だが、俺だって、ラリって自滅する分には見逃してやったが、娘に手を出されちゃ俺も黙ってねえぞ。お前が娘のことを妙な目で見てるのは知ってたが、囚人に半分食われて、本性出してきたってわけか?」

「うるさい! お前も娘もどうせここから出れはしねえんだ!」

「出れるぜ? 囚人くらい狩るのはわけねえよ。日常茶飯事だ、俺にとってはな!」

 ユーレッドはだんだん相手を煽るようなことを言う。

「そうじゃねえ! 今、汚泥や囚人と一緒に、過激派共が中に入り込んでやがるんだぞ!」

 ユーレッドが微かに眉根を寄せる。

「アイツら、ここに何を仕掛けてるかわかるか? 爆弾だよ! ここは爆破されて木っ端微塵になるんだ!」

 獄卒は芝居がかったように笑い出す。

「だから、どうせみんな死ぬんだ! だったり最後に何しようが俺の勝手だろ! その娘をよこせ、ユーレッド!」

 不意にユーレッドの口元が冷徹に歪む。

「はァ? てめえの都合なんざイチイチ知らねえよ!」

 いよいよ彼は挑発的に肩をすくめた。そして、少し苛立ったような口調になる。

「黙って聞いてりゃ、三流獄卒風情が偉そうに! あと、何度か言ってるがな、俺とお前みてえな雑魚一緒にすんな! 大体なァ、ここにいる獄卒の中でてめえが一番格下だったんだよ。ちょっと汚泥に取り憑かれたぐらいで調子に乗ってんじゃねえぞ、この三流野郎!」

 ユーレッドは、平気で半笑いで相手を煽る。

「てめえなんざあ、叩き斬る価値もねえ! 雑魚はさっさと喰われてねってんだ!」

「なんだと! てめえっ!」

 獄卒が逆上して、身震いした。

「殺してやる! ユーレッド!」

 獄卒が殺気もあらわにユーレッドに飛びかかった。

 まだ棒立ちのまま、ふっとユーレッドが冷笑を浮かべた。こういう時の彼は、とにかくその冷徹さが際立つ。

 があああと奇声をあげながら、獄卒が抜き身を手に飛びかかってくる。

 背後のアルルにさりげなく注意を払いながら、ユーレッドは軽く切先でそれを切り払いながら横に逃げた。さっと軽く相手の攻撃を避ける。

 彼はなんなく移動しているが、足元の汚泥の層が薄いように見えた。彼が選んでいるのと、なんとなく彼自体が汚泥に避けられているような気がした。

 攻撃を軽くかわされて獄卒が焦りだす。

「死ね!」

 無策に、しかし渾身の力で突きかかってくる獄卒。ユーレッドの唇が、ごく冷たく痙攣のように歪む。

「ふっ」

 ユーレッドはそれをあくまで冷たく笑って見迎えると、直前でさっと身を翻した。

 背後に巨大な汚泥の壁がある。バランスを崩して獄卒が汚泥の中に倒れ込む。

 その刺激で汚泥が反応した。獄卒に襲いかかり、覆い被さる黒いスライムのような汚泥。くぐもった悲鳴が響く。

「おっと、自滅か? あっけねえなあ」

 ユーレッドは、振り向いて薄ら笑いを浮かべながら冷たく言い放った。

「だから格下だってんだよ。変態野郎が」

 ユーレッドはつまらないとばかりに肩をすくめて、さっと刀を振って腰に収めた。

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