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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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12.緑夜の蛮行-1


 ジャスミン・ナイトは、動画を見ながら冷めた珈琲を惰性ですすっていた。

「撮影者とお姫様を助けたことはわかったけどさー。でも、どう考えても、結局、異常者は異常者なんだけど」

 むー、と唸りながら、ジャスミンは思わずそんなことを声に出していた。

 アルルに拾われてレコと名前のつけられた丸っこい獄卒用アシスタント撮影者レコーダーは、ユーレッドに再起動してもらってから以降の映像を収めていた。

 つまり彼が、なぜかわからないがアシスタントには好意的で親切らしく、さらにユーレッドがアルルの救出に尽力しているらしいことも、その映像をみるとわかった。

 なので、ユーレッドのいいところのひととなりも、ジャスミンにもそれなりに伝わっている。

 しかし、それはそれとして。

(人間に対して冷淡なのに、この人、どう考えても人工知能メカに対してのが優しいわよねえ)

 その辺のバランスが明らかにおかしいが、それもあってのあのUNDER評価。ユーレッド本人も自分をまともだと思ってもいない様子でもある。

 ジャスミンとしても、自覚がある奴の方がない奴よりは多少マシと思っているので、クズ揃いの獄卒の中では多少は好感触はあるのかも。

 というところで、ほんの少し評価が上がりつつあるのが、逆に、ちょっともどかしいジャスミンである。

 しかし、レコの映像を覗き見てわかるのは、ユーレッドがアシスタントにだけでなく、お姫様のアルルに紳士的だということだ。おまけにアルルにも懐かれている。

(タイロにもそんな扱いなのかな、あのひと)

 懐いてくるのが物珍しいから、優しくしているだけなのでは。

 そんな疑惑もうっすら抱えているのだが、彼のアルルへの態度を見ると、なんとなくタイロに対しても同じように優しいのかもしれないとかは思うのだ。

 アルルは美少女お姫様で、タイロはただの少年めいた青年だけれど、なんとなく人懐っこくておっとりしているところは似ている。

 映像の中では、キサラギ・アルルが、撮影者ことレコと遊んでいるようだった。


 思えばこの娘も謎だ。

 キサラギ・アルルと自分で名乗っていたが、確か正式な登録名はアルル・ニューの筈。それは、この映像の情報元のエイブ=タイ・ファにも確認している。

 識別票情報を隠す為、本名は明らかにしないことが多いハローグローブでは、偽名や仮名を名乗ることは珍しくはないのだが、本来ならこの場合、公的な通称であるアルル・ニューを名乗る方が自然なのだった。

 しかし、初対面で獄卒に気安く名乗れるキサラギ・アルルも本名ではないのでは?

 ジャスミンは眉根を寄せて、あれこれ考えてしまう。

 映像のアルルは、そんなジャスミンの思惑など知らないので、のんきにレコを撫でたりつついたりしている。

 アルルは、ユーレッドに言われた通りに荷造りをこっそり済ませているようだ。手元に着替えなどをまとめたカバンを置いている。

「ユーレッドさん、いつ迎えにきてくれるかな。深夜か早朝って言ってたよね?」

 ぴぴ、とレコが返事をするような音を立てる。感情豊かで人間ぽさもあるスワロと違い、レコはまだ反応が機械的だ。

「寝てないって? それは大丈夫だよ。レコちゃんがそばにいてくれてる昼に仮眠したし、あとはそんなに眠らなくても大丈夫」

 にこ、と微笑む。

 と、不意に壁の向こうでごとごとと音がした。人為的なものというより、風の音みたいなものだ。

「さっきから、なんか音がするね。風が強いのかな。雨なんか降ってたらたいへんね」

 折り畳み傘は持ってないのよね、とアルルは、のんきな心配をしている。

「でもね」

 アルルが突然ため息をついた。

「本当は私、帰りたいわけじゃないんだ。もちろん、ここにいたいわけじゃないんだけど」

 アルルがそんなことを呟いた。きゅ、とレコが微かな電子音を立てる。

「私を保護してくれているエリックおじさんやチェンさんは親身だし、とても偉くて良い立派な人よ。みんなも私には親切にしてくれるわ。でも、あそこにいくと自由とかないんだよね」

 アルルは、レコを抱えながらため息をつく。

「それに私、お姫様なんて言われてるけれど、扱いは"重要管理物"。モノってことだから、あそこで大切にされるのも、ここにくる時みたいにトランクの中に詰められるのも、大差ないの。普段は人間扱いされてるけど、なんだか違うなって思うこともあるんだ」

 ぴ、とレコが首を傾げたのか、映像が揺れる。

「だから、本当は、ユーレッドさんとこのまま一緒にどこかに行きたいなぁなんて、そんな事思っちゃったりしてね」

 アルルはくすりと笑う。

「ユーレッドさん、ちょっと怖いところもあるけれど、私には優しくしてくれるし、カッコいいところもあるし、お話ししててとても楽しい。ユーレッドさんと、どこかいけたら危ないことも多いけど楽しいんだろうなって思っちゃう」

 そこまで言って、アルルは苦笑した。

「でも、そんなこと言うと、ユーレッドさん困るんだろうな。あのね、どうしてか、ユーレッドさんとは、初めて会った気がしないの。なんだか、ちょっと懐かしい感じがする。本当はどこかで会ったことがあるのかな? そうだといいなって思う」

 アルルは、レコを撫でつつ、

「でも、そんなこと言っちゃダメだよね。それにあっちに戻らなきゃ、レコちゃんの修理だってちゃんとできないし。私は獄卒のアシスタントはよく知らないけど、詳しい人はいるから、ちゃんも綺麗に直してあげるからね」

 そんなことを話した時、不意に扉の向こうで物音がした。

「風の音すごいね。ユーレッドさん、早く来てくれないかな」

 と、もう一度物音。

 不審に思ったアルルに、今度は規則的に扉を叩く音が聞こえた。

「あ、ユーレッドさんかな?」

 アルルはたっと立ち上がる。

 ユーレッドは普段は鍵を持っていてそれで開ける。しかし、鍵は中からも開けられるようだった。ユーレッドとは合図や言葉をかわしてから扉を中から開けているらしい。

 合図はノックを一度、それから一拍置いて三度。アルルがそれを確認している気配があった。

 扉にはあまり良くは見えない、濁った覗き穴があり、アルルはそこから廊下を覗く。レコも彼女に続いて覗き込んでいるらしく、濁ったガラスの向こうに、長身の男の影が暗い廊下で揺らめいていた。なんだか、暗い。床が黒っぽい。

「ユーレッドさん、はーい。待ってね!」

(えっ、ちょっともうちょっと確認しなきゃ……)

 アルルも少し気がはやっていたのだろう。ジャスミンから見ても無用心に、彼女は扉を開けてしまった。

「ユーレッドさん、私、寝ないで待って……」

 と言いかけて、彼女は慌てて後ずさった。

 暗い廊下から入り込んできたのは、背の高い痩身の男だが、どこか違和感があった。

「はは、ずいぶん懐いてるな。可愛いじゃねえか」

 明らかにユーレッドのハスキーな声とは違う。

「ユーレッドのやつ、よっぽど手懐けてやがったな」

 そこにいるのは、体型だけはユーレッドと似た、あの痩身の獄卒だった。

 そして、その男の足元に、黒いどろどろしたタールのようなものが這っている。

(これは、囚人……というより、汚泥の塊?)

 廊下を埋めつくす勢いのそれをみると、先程からアルルが風の音だと思ったのは、それが廊下に満ちる音だったのかもしれない。

 獄卒の男は、血走った目を彼女に向けた。

「もう俺たちはどうせ終わりなんだ! だったら、俺は最後にいい思いをしてからにしようと思ってな? なあ、慈悲深いお姫様、ちょっと付き合えよ」



 暗い緑色の画面が揺れている。ちらちら見えるのは、ユーレッドのジャケットの右袖らしい。

(ユーレッドさん、走ってる?)

 スワロの飛行するスピードもかなり速いようだ。

『昼間からビンズ・ザントーの姿が見えない?』

 ウィステリアの声が聞こえた。微かにノイズが入る。

 どうやら、野外のようだった。

 周りは暗いが、街の光が向こうの空を明るくしている。スワロは暗視スコープモードに切り替えているのか、映像は緑色が強かった。

 しかし、その視界の端でねばねばした黒いものが、流れ込むように動いているのがはっきりわかる。囚人もいるらしいが、囚人にはなっていない汚泥が流れ込んでいるようだった。

(わあ、工場の周りいっぱいに汚泥とかスライムみたいなやつがー)

 うっかり見るとパニックになりそうなほど、周りは黒い泥の海のようだ。これが映像でよかったとタイロは心底思うのだった。

 ユーレッドはすでに抜刀しており、下目に切先を下げつつ足元を払いながら進んでいる。流石に彼はプロらしく、この異常な状況にも大して動揺していなかった。最小限払い除けながら走り抜けている。

(見慣れたら平気になるって言ってたけど、絶対慣れないよねー)

 タイロは変なところで、しみじみユーレッドを見直す。

「ああ。あの後、捜したんだが、この建物内にはいないみたいでな。あれからぷっつりと姿を見ねえんだ。逃したか?」

 ユーレッドは相当の速度で走っているが、まだ余裕があるらしく、平気でウィステリアと話をしている。盗聴を恐れているのか、彼らの会話は所々A共通語が混じっていて、わかりづらい部分はスワロが翻訳して字幕を入れてくれていてありがたかった。

『どうも、そのビンズとかいう男、ただものじゃないわね。あたしも調べていたんだけど、素性がわからなかったわ。ベールの旦那も事情を知らずに雇っているみたい』

「そんなことだろうと思ったぜ。まああの野郎もまともな男じゃねーからな」

 ウィステリアが情報をつげる。

『ビンズ・ザントーの住民登録はCTIZ(シティズ)階級、アーマドペアー出身。シャロゥグ周辺の居住地には出稼ぎで出てきて、住民票の転出記録がある感じだけれど、登録IDに不審なところがあるわ。活動期間が短すぎるし、住所も廃墟区域の一部だわ』

「どうせ偽装だろ。珍しくもない」

 ユーレッドは皮肉っぽく言った。

「出自を偽るのは、調査員エージェントの連中なんかはしょっちゅうだろうが。ま、アイツがそうとは限らねえけどな。ただ、普通の不良市民ってワケじゃねえだろうよ」

『それじゃ旦那は獄卒だって言いたいの?』

「さあな、確証はねえな。だがその線は捨てられねえな。なんとなくだが、そういう"気配"はあるんだ」

 ユーレッドが少し真面目な顔になる。

「俺は、アイツらの匂いというか、なんというか、そういうモノがわかるんだよ。うまく偽装しているが、多分な」

『旦那が言うならそうかもねえ』

 ウィステリアがそう同調する。

『けれど、まずいことになったわね。だったら尚更面倒な相手だわ』

 ウィステリアの声が、少し緊張している。

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