11.従者の赤い忠誠心-3
「物音が聞こえて、外に出る。……廃墟の外。木の擦れる音。しかし、この音は囚人の立てるモノじゃないな」
ユーレッドの声が静かに響いた。どちらかと言うと、陰鬱な感じがする彼の声。そしてこの映像。なんだかこれから、怪談でもされるような感じがする。
ユーレッドの言う通り、目の前には木々が広がっている。森というより林なのだが、それでも昼間でも暗い。小鳥の声に混じって、木々がさざめいている。のどかというより不気味な気配だ。
しかし、確かにユーレッドが指摘した通り、ガサガサと何かの動く音がするのだった。
『何かいるな!』
割り込んできたのは、あの獄卒の男の声だ。撮影者が素早く反応する。
『サーチしろ!』
ふと獄卒の指令の声が聞こえて、撮影者がモードを切り替えたらしく、画面が
サーモグラフィー表示に切り替わる。途端、木々の中に人型のなにかが赤く浮かび上がった。
「人間だな。囚人でも熱の反応は一応あるんだが、もっと形が崩れている」
ユーレッドがそんな感想を述べた。
『貴様何者だ! そこにいるのはわかっている! 出てこい!』
獄卒がそう呼びかけて移動する。素早く撮影者がついていく。
ガサガサと下草を割る音。そこにいるはずの人影は微動だにしなかった。
「身長から考えても、まずビンズ・ザントーではないな」
ユーレッドが、そういう通り、確かに体格が小柄な彼とは違うようだ。
(だったら、誰なんだろう。それこそ、ほかの獄卒とも違いそうだし……)
ちち、と電子音が鳴る。撮影者が何か感知したらしい。
『右斜め前!』
即座に獄卒が反応する。どうやら撮影者が、相手を感知して警告したらしかった。
しゃっと風を切る音が聞こえる。
一瞬、さっと白い光が映り込み、獄卒がそれをよける。撮影者がそれを追いかけて捕捉する。白い光はナイフのようだ。
『貴様、やはり動きがおかしいと思った!』
揺れる画面の中、小柄な人影が映るが、それは先程の人間のいた場所とは反対だった。
「ビンズ?」
ユーレッドが反射的につぶやく。
が、そのビンズ・ザントーらしき男はそれ以上反応しなかった。
その前に、撮影者が強い警告音を発した。ビンズらしき人影を視線で追いかけていた獄卒が、慌てて向き直る。
木々の中に隠れていた男が、彼に向けて動いていた。
『誰だ! さては、お前、過激派の?』
獄卒はそう問いかけながら、武器を手に突っかかる。
「いい動きだが、だめだな」
ユーレッドがぼそりといった。
と、不意に別の方向から光が流れてきて、ぐるぐると目の前が回った。
『RC!』
獄卒の声が聞こえた。どうやら、撮影者の愛称らしい。撮影者のカメラに、黒い人影らしいものがさらっとうつり、ガシャと鈍い音が鳴ったのは撮影者地面に落ちたようだった。
『貴様……』
獄卒の怒りの声が聞こえた瞬間、人影が彼に向かって走り、ガッと音が鳴って撮影者が弾き飛ばされたようだった。そこからノイズだらけになり映像が乱れる。
『何?』
と、獄卒が意外そうな声を上げた。
『なんだ、貴様は! まさかつながっているのか?』
そこで乱れた映像と音声が途切れた。当然、獄卒の断末魔の声や相手も入っていなかった。
「これで終わりか。うーん、肝心の野郎の顔が映ってねえなあ」
ユーレッドが呟くと、撮影者がきゅうと鳴いてうなだれる。スワロが慌てて励ますように、ぴぴぴと何か言葉をかけたらしい。
「ユーレッドさん、何もわからない感じ?」
アルルがおそるおそる尋ねる。
「いや、そんなことはねえよ。とりあえず、殺ったのはビンズの奴じゃねえけど、あいつが手を貸してることは分かったし。一瞬だけあいつが映ってたのは確認したぜ」
ユーレッドはスワロをちらっとみやり、視線をこちらに向ける。スワロに映像を保存したか確認したらしかった。
「だが、証拠はあるとは言え、問題はしめあげて口割らせられる相手じゃねえってことなんだよな。それよか問題は、肝心のトドメ刺したやつだよな。ほとんど映っていなかったが、かなり手慣れていたし、やり口見てもどう考えても普通のやつじゃねえ」
「顔見知りとかでもなかったの?」
「知っている風じゃねえが、意外な相手だったらしいのは、コイツの主人の反応でわかったぜ。予想外の相手だったらしい。この辺がなんともなんだけどな。とりあえず、わかりやすい過激派の闘士とやらじゃあなかったらしいぜ」
ユーレッドは顎を撫でやりつつ、
「しかしどう考えても厄介なんだよな。普段なら楽しむところなんだが、今は正直余裕がない」
ユーレッドは真面目にそんなことをつぶやき、頭をかきやった。
「しょうがねえ。早速、ウィステリアに情報確認して……。早いとこ、おひいさまを連れ出す場所を決めて……」
「早いとこ? 私を連れ出す?」
アルルが聞きとがめて、そう聞き返してきた。
「あー、いや、それはだな……」
アルルが首を傾げたところで、ユーレッドはちょっと悩み、それから苦笑した。
「おひいさまを外に連れ出す話だよ。こうなっちまったら、俺もおひいさまもあぶねえから。しょうがねえからなー」
ユーレッドは、こういう時は妙に回りくどい。
「手ェ引くんだけど、こんなとこお前置いていくのも気がひけるから。しょうがねえから、ここよりはマシなところに連れて行ってやるよ」
「本当?」
ユーレッドは未だに天邪鬼なことを言っている。しかし、どうもアルルにはおおよその事情が予想できているようだ。何かしらの事情で、ユーレッドは彼女を助ける側だということだ。
「ユーレッドさんが連れて行ってくれるなら、どこでもいいよ」
「おいおい、ずいぶんと信用してくれるなあ」
ユーレッドがちょっと戸惑いがちに苦笑する。
「だって、ユーレッドさんのことは信用しているもの」
アルルは目を輝かせたが、ふと心配そうになる、
「でも、ユーレッドさん、大丈夫? 私を連れて行くの、危なくない?」
「今更何言ってんだ? その辺の獄卒連中と一緒にすんなよな」
ユーレッドは肩をすくめ、撮影者から外したコードを几帳面に片付けた。
「そもそも、ここにきている時点で散々あぶねえ橋はわたってるし、どのみち、あいつらと一緒にいるつもりもなかったんだ。ちょうどいいぜ」
「それならいいんだけど。でも、出発はいつくらい?」
「おそらく今夜遅くか明日の早朝。お前もこっそり荷物まとめておけよ。あと、寝るなら今のうちに寝とけ。俺かスワロが見張ってるから、周りにだれか近づけたりしねえから」
「うん! そうするね、ユーレッドさん!」
アルルは笑顔でうなずいて、それからふと眉根を寄せた。
「あ、そういえばなんだけど?」
「なんだよ?」
「ユーレッドさんは、この子、どうするの?」
とアルルが視線を向けたのは、ユーレッドの前で心なしかしょんぼりしている撮影者だった。
「あー、まあ、主人がいなくなったからな」
ユーレッドが少し声を落とす。
「俺もスワロがいるから、こんな高性能のアシスタントの維持費をそう払えねえ。でも、かわいそうだから、それなりのところに連れて行ってはやるぜ。知り合いの獄卒専門のドクターが、アシスタントの修理とかもしててな。中古ナビのマッチングもしてるから、そいつに任せようかと思う」
ユーレッドは工具類をしまい込みながら、
「人工知能付きの高性能な獄卒用アシスタントは、なんせ主人の趣味が反映されすぎる傾向にある。オーダーメイドじゃなくても大体購入後に改造するのが基本。俺のことをなんだかんだ言ってたらしいが、アイツだって相当こだわりのあるやつで、コイツもそれなりに癖のある改造されてる」
ユーレッドはちょっと顎に手を当ててため息をついた。
「高性能アシスタントは値段は高いが、そのままの形の中古需要はあまりないんだ。普通の店に持って行くとばらかれてパーツ売りされる。パーツの方が高く売れるからよ。でも、ま、それはあんまりかわいそうだし……」
(ユーレッドさん、人間より明らかにアシスタントに優しいよなー)
主人の獄卒に対しては、あんなにドライだったのに。その辺のバランスが取れていないのが、彼のちょっと"ヤバイ"ところではあるのだが、かといって彼自体に思いやりというものが全くないわけではないということではある。
どうでもいいものに対しては恐ろしく冷淡だが、ユーレッドは気に入ったものについて、どうやら情が深くなりやすいようだ。
そんな彼に、アルルがちょっと意を決した様子で口を開く。
「あの、もし、ユーレッドさんが良いならだけど、私、この子貰ってもいいかな?」
「は? 獄卒用ナビを?」
きょとんとしてユーレッドが、瞬きする。
「あ、もし、タダじゃダメっていうなら、それなりにお金は払うし」
「別に金は要らねーよ。俺もドクターに押し付けても一銭も貰えねえんだし」
ユーレッドは肩をすくめた。
「それより、いいのかよ? いや、まあ、コイツは獄卒用アシスタントの中では、普通のドローン機体に近い撮影用の汎用的なやつではあるんだが、いかんせん戦闘用ナビだぞ。おひいさまのおもちゃにはちょっと無骨だぜ。しかも、コイツの適性みると、俺たちみてえに無線接続してねえと、情報端末としてもそんなに役に立たねえし」
「でも、丸くて可愛いし。基本は撮影もできるドローン型端末なんでしょう? スワロちゃん見てたら、愛情かけて育てたらもっと可愛くなる気もするし」
アルルがそう言って頼み込むと、ユーレッドはやれやれと苦笑しつつ、
「まあ、おひいさまがいいなら俺は構わねえけどな。特にソイツは対囚人戦闘用特化のスワロと違って、汚泥コアのエネルギーを積極的に食うタイプじゃねえから、家のコンセントに繋いで充電すりゃそれでいいから飼いやすい。俺もおひいさまが面倒見てくれるなら、気楽でいいし。それに、そいつがそばにいると何かあったら、スワロに一言連絡くれるだろうから」
「本当? ありがとうユーレッドさん」
えへへとアルルは笑い、撮影者を手で抱え上げた。
「それじゃ、この子は記録者だからレコちゃんって呼ぼう」
「なんだ、その名前。そのままだなあ」
ユーレッドが思わず笑う。
「ユーレッドさんだって、スワロちゃんはスワロちゃんじゃない。可愛いからいいの」
アルルはそう言い訳しつつ、撮影者に話しかける。
「それじゃ、これからよろしくね、レコちゃん」
撮影者は、ちち、と音を立てて少し喜んでいるような気配を見せていた。
(よかったー! もらわれる先が決まって! なんか可愛い)
タイロはほのぼのしつつ、
(スワロさんも心なしかホッとしてるみたい。なんか、この子達も仲間意識みたいな感情とかあるんだろうなー)
タイロは、つい自立型のアシスタント同士の友情の事情について、興味深く考えてしまう。
そんな中、しばらくアルルとレコが遊んでいる様子を見ていたスワロが、なぜかすすす……とユーレッドのそばに移動する。
「なんだよ、どうした?」
静かにぴたりとユーレッドの膝のあたりのところにいると、彼がスワロをてのひらにのせて持ち上げる。
「急に甘えるとか、お前らしくねえな。なんだ、レコを見てて何か不安になったのか?」
きゅきゅ、とスワロが何か訴えるように鳴く。タイロには何を言っているのか当然わからないのだが。
ふいにふっとユーレッドが笑った。
「ばーか。俺はアイツと違う。そんなヘマしねえし、お前に気遣われることなんざねえよ」
ユーレッドが小声でそっと言った。
(ああそうか)
タイロはなんとなく察しがついた。
スワロは、多分、レコとレコの主人の一連の流れを見てしまって、ちょっと不安になってしまったのだ。
アシスタントに必要なものは忠誠心。当然スワロもその忠誠心を持ち合わせている。だから、主人を失った撮影者の姿をみて、他人事に思えなくなってしまったのだろう。
自分だったら、レコと同じ立場でどうするのか。人間ぽいところのあるスワロは、そう考えてしまうのかもしれない。
「お前は、いつも通りしてろ。それで大丈夫だ」
心なしかユーレッドの口調がほんのり優しかった。




