10.従者の赤い忠誠心-2
「獄卒の最大の利点って何かわかるか?」
ユーレッドが不意に尋ねてきた。
「利点? うーん、私、獄卒さんたちのこと、あまり詳しくないんだ」
と素直にアルルが首を振る。
「あ、でも、なんというか、不死身なんだよね。体の再生ができるって……聞いたことあるような」
「そうだ。まあ獄卒といえば大体それだよな。まずは不死身なこと。これが唯一にして最大の長所だぜ」
「でも、獄卒だからこそ弱いところもあるんだよね」
「ああ。ある一定以上の痛みを感じるような状態になると、即座に意識は吹っ飛ぶ。だけどな、意識は飛ぶけど、身体は再生はするんだぜ。つまり、致命傷を与えられるとすぐに意識は飛ぶが、勝手に再生はする。ただし、再生時には高熱が出るから、それで後々色々不具合も出るし、第一、その間は無防備だから、戦場で放置されれば囚人に食われてどの道助からねえけどな。ま、それはそれとしてだ、とにかく丈夫で潰しが効く。だが、その丈夫さも基本的に識別票が無事なことが前提だ。さっきのやつみたいに識別票を壊されりゃ、傷の再生が自動では開始しねえんだよ」
ユーレッドがそんなことを話す。
「だが獄卒は、他の連中よりとにかく丈夫でな、最悪なんかしら識別票の残骸がうまいこと回収できれば、管理局の医療棟に、入院すりゃ体は大体再生されて、蘇生もうまいこといくわけだ。が、まー、精神的なところでだいたいやられてるから、二、三ヶ月入院して精神のが戻ってくるかどうかって話になる。でも、識別票さえ無事ならなんとかなるってことだよ。だから、獄卒は識別票だけは守るようにする」
ユーレッドは、ふむと唸る。
「それだけに一般人よりも獄卒の識別票を砕くのは至難の業でな。任意の場所に移動もできるし、お前らよりずっと丈夫だ。あんなに滑らかに破壊なんて、なかなかできない。しかも、くだんのやつは、最初に肩から斬られていた。あの鮮やかな傷はちゃんとした剣術習ってる奴の仕業で、到底そんな風じゃねえビンズの戦法とは合わねえんだよ。それに、投げナイフを得意とするあいつとやり合ったなら、ナイフの一本くらい刺さったあとがあっていい」
ユーレッドは、ため息をつく。
「それじゃあ、そのビンズって人じゃないの?」
「ああ、ビンズは犯人を知っているかもしれないが、当人じゃねえというわけだ。やれやれ、厄介なことになってきたぜ。もっと危険な奴がいるってことだからな。……お、これでいけそうか?」
ばこ、と音を立てて、やや力ずくで外郭を立て直し、ユーレッドはカバーをはめる。
「ちょいイビツだが、それは俺じゃ無理だから修理屋に任すとして。これで再起動できるか?」
強制起動ボタンを押して、ユーレッドが様子を見ると、ぴぴと電子音がして目の辺りのライトが点滅し、ふわっと撮影者がぎこちなく浮かび上がる。
「お、いけるみたいだな」
ユーレッドがそれを見ながら、ルーペを外してしまいにかかる。
撮影者は周りをぐるっと見回すと、それから困惑したように電子音をたてながらうろうろとする。ユーレッドが目の前にいるのに、彼には気をとめず、ふらふらとあちらこちらを伺っていた。
アルルがその様子を見て、きょとんとして尋ねた。
「ねえ、ユーレッドさん。この子、どうしたの? どこか、エラーが……」
「主人を探しているんだろ」
ユーレッドは当然のようにいう。
「ご主人って……」
「あんなやつでも主人は主人だからな」
ユーレッドはため息まじりに言った。
「自律型アシスタントに大切なのは、性能より何よりも忠誠心なんだ。忠誠心は何よりも重視される」
「忠誠心?」
「そうだ。獄卒が必要なのは、死ねって命令すりゃあ自分の代わりに躊躇いなく死んでくれる忠実な部下なんだよ。だから、自律型のアシスタントは強烈な忠誠心を持たされている」
ユーレッドは自嘲的に笑った。
「お笑いだろ。もはやWARR出身者でも持ってねえ大昔の美徳とやらを、アシスタントは最初に植え付けられる。だから、こいつらは主人の為なら壊れることだって厭わねえよ。主人はクズ揃いの獄卒なのにな」
ユーレッドの口調は、皮肉っぽく、さらに自虐っぽくもあるが、わずかながら同情の色があった。
「でも、それだと……、この子……」
(ああそうだ。この子、ご主人が死んじゃったのを……)
アルルの言葉でタイロもそれに気づく。あの獄卒が死んだのには、さほど心は痛まなかったが、撮影者の健気な動作に急にタイロも可哀想になってきた。
(忠誠心か……。そうだよね。どんなご主人でも、主人は主人なんだよね)
「ユーレッドさん、この子に、ご主人のこと……」
「自分でわかる。アシスタントは主人がどうなったかぐらいわかるぜ。俺達にはそれぐらいの深い繋がりがある」
アルルが言い淀むと、ユーレッドが淡白ながら重く応えた。
ユーレッドが言った通り、主人の情報を識別できなかったのか、それとも推察したのか、撮影者は心なしか落ち込んだ様子で空中でふわふわとたゆたっている。
「わかったか」
ユーレッドが気怠げに声をかけた。
撮影者が彼の方に向き直った。
「傷心のところ、こんな話をするのもアレだがな」
ユーレッドは、そう言いかける。
「俺とお前の主人は別に友好的じゃなかったし、むしろ敵に近かった。が、目的自体はそう遠くはなかった。事と次第によっちゃ、仇くらいは討ってやれるぜ。協力する気があるなら、俺にお前の録画した映像を見せてくれ」
き、ききゅ、と戸惑うように撮影者が音を立てる。
「嫌なら無理にとは言わねえよ。俺もお前が動いてるからには、無理強いはしねえから」
それに呼応するようにスワロが、きゅ、と鳴いた。ちらちらと光るのは、スワロの目などが点滅しているからのようだった。お互い交信しているようだ。
(アシスタント同士、お話しするんだ……。初めて見た)
ちかちかとお互い、目のライトが光り、電子音が飛び交う。スワロが説得を試みているのか、その交信がしばらく続く。
(これ、なんか、かわいいなあ)
その内、スワロの説得が成功したのか、撮影者が納得したように、すすすとユーレッドの前に降りてくる。
ぴぴ、と電子音が鳴り同意するようにユーレッドを向いた。
「うん、それじゃやるか」
(ユーレッドさん、アシスタント相手に同意を取るんだー。意外!)
タイロが思わずそんな感想を抱くように、ユーレッドはアシスタント相手だと、結構紳士的だ。といっても、この場合優しいというより、単にかわいいアシスタントが好きなだけなのかもしれないのだが。そういえば、スワロも撮影者もなんか丸いし。
大体、他の獄卒相手なら力にものをいわせて聞き出していそうなので、彼にとってアシスタント全般が特別なのかもしれない。
「始めるぞ」
ユーレッドは、放置していたコードを撮影者に取り付ける。
「どうするの?」
「基本、無線接続でペアリングするのは、主人とだけだ。獄卒はアシスタントとの交信内容に気をつかうから、そのプロテクトはかたくて破るのが面倒でな。おいそれと新しい奴と、ペアリングできるわけじゃねえんだぜ? しかも、こいつと繋がると、俺とスワロと接続が外れることがあるから、そうなると俺も困る。なので、有線で繋げる。別の端末と繋ぐのも可能だが、獄卒用の端末は一般用の端末なんかとイマイチ相性が良くねえし、俺が直接指示しづらい」
ユーレッドは左手の袖を口でめくる。その時はユーレッドは腕時計型端末をはめていたが、その下にはスワロとの通信に使う為の端末が埋め込んである。ユーレッドは時計の隣のポートにコードを差し込む。それを経由して直付けするらしい。
ユーレッドが急に顔を顰めた。
「い、っててっ! くそ、やっぱ、最新式とは合わねえな、俺は」
「ユーレッドさん、大丈夫?」
アルルが心配そうに覗き込んできた。
「ああ。俺はちょっと神経が過敏だからな。そのうち大体合うんだが、最初は相性悪いと痛えんだよ。ま、こういうのがあるから、この技術は獄卒の間でも流行んねーんだよな」
ユーレッドは苦笑気味にブツクサ文句を言いつつ、なんのかんので接続はできたらしく、斜め上を見ながら軽く指差したりしている。視線が小刻みに動いているので、どうやら視線で選択などをしているようだ。
「とりあえず目的の映像を、と……」
そんなユーレッドをアルルは興味深そうに覗き込んだ。
「ねえねえ、ユーレッドさん」
「なんだよ。今忙しいんだぜ?」
無邪気なアルルが、瞬きしながら尋ねる。
「それ、ユーレッドさんにはどんなふうに見えてるの?」
(あ、それ、俺も気になる!)
「どう……って、そうだなぁ、まあ、今見えてるものに被ってインターフェイスが見えているというか。視線移動やちょっと癖はあるが、強く命令する感じで決定とか選択するんだ」
ユーレッドは尋ねられてそう答える。
「目をつぶればそれだけ見えるようにもできるし。慣れれば、普通のタブレットとかつかうのと変わらねえよ。VRメガネとかいうやつ使ってる感じの、もっと直感的な奴だ」
ユーレッドは肩をすくめつつ、
「ま、でもよ、おひいさまみてえなカタギのやつは、これはやらねえほうがいいと思うぜ。俺は獄卒だからちょい失敗しても痛いですむが、生身の奴はこの刺激でたまに気絶するらしいからな。第一な。なんかの拍子にソッチの世界に没頭しすぎて、現実に戻ってこねえ奴もいるとかいうぜ。まあなに、使わねえに越したほうがいいんだよ、これは」
(そうなんだー……。確かに、これ、ブレイン・マシン・インターフェイス? とかなんとかいうんだっけ? 一般市民に対しては、管理局非推奨だもんね)
タイロはユーレッドの話を聞いて頷く。
いくらユーレッドが平気でスワロを違法改造しているとはいえ、ある程度、彼とスワロの接続は許可されているようなのも確か。獄卒はどうなっても良いので、多分、その辺の制限がないのだろう。そう考えると、なかなかブラックな世界である。
「まあ、どのみち、おひいさまは、こんな血なまぐさい映像なんざあ見ないほうがいいぜ」
ユーレッドはそう言って、軽く目をすがめた。
遠くに焦点をあわせるようにしているのは、映像再生に入っているからのようだ。
(映像、俺も、みたいようなみたくないような)
と思った瞬間、タイロの目の前にも映像の再生スペースが現れた。
(あ、そっか。スワロさんとも共有したいのね。そりゃスワロさんに見せれば保存してもらえるもんなあ)
ちょっとどぎつい映像が流れてくるかもしれないのは正直怖いのだが、どうやら工場の周りの林のあたりの映像らしいものをタイロもみることにした。