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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様
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9.従者の赤い忠誠心-1

 場面は、急に重い空気が流れる場面に変わっていた。

 外。周りは灰色のコンクリート。

(工場の外? でも、これ、なんだ?)

 タイロはすでにちょっと嫌な予感がしていた。

 工事の外で立ち尽くす獄卒達。林の入り口。

 彼らの視線の先に、血だまりのようなものとそこに沈む男が見える。

 ちょっと焦って周りを確認する。そこで見えるのは、彼らの一番後ろで壁に背をつけて涼しい顔のユーレッド。

(え、何、いきなり誰かやっちゃったの?)

 ユーレッドのことなので、タイロは早速ハラハラしていた。そして、つい目に入ってしまう惨状から慌てて目を逸らす。

 スワロが配慮してくれているのか、生々しく映ってはいない。軽くぼかしてくれているようだし、においなどもないが、とは言っても臨場感はあるので、流石のタイロもうっと身構えてしまう。

 そこにいる獄卒は、ユーレッドと大男と痩せた長身の男の三人。ビンズの姿は見えないが、飛び散っている装備をみるとやられたのは傭兵風の男らしい。

「心臓に一発入ってるぜ。識別票が割れてるみたいだ。これじゃあ医療棟運んでも蘇生するかどうか」

 痩せ型の男が死体を覗き込んで首を振る。

「刃物の傷だ。囚人も刃物を使うことはあるが、これは囚人のやり方じゃねえ」

 痩せた男が呆然と呟く。大男がぐわっと振り向いて、ユーレッドに掴みかかった。

「ユーレッド、てめえッ!」

 スワロが慌てたようできゅきゅと鳴くが、ユーレッドはちらりと目配せをする。黙ってろということらしい。

「おいおい、相変わらず血の気が多いやつだな。俺も大概だが、お前には呆れるぜ」

 胸ぐらを掴まれているユーレッドは、妙なほど冷静だ。

「何をしらばっくれたことを? てめえがやったんだろ!」

「は? 理由は? 俺とアイツは意見が一致している。殺す理由なんざあねえよ」

「お前なんざ、理由なくてもやるだろ!」

 大男が剣に手をかける。が、ユーレッドはまだ涼しげだ。

「ふふっ、まあそれはそうか。殺らせてもらえるんなら、そりゃあ俺は喜んで殺るけどな。だが、残念だが今回は違うぜ」

「なんだと!」

 いきりたつ男の手をぐいと握って振り払うと、ユーレッドは崩れたネクタイのあたりを直しながら、ひょいと獄卒の死体を覗き込んだ。

「よく見ろ。そいつ、右手でやられてるだろう? 傷の入り方」

 ユーレッドは静かにいう。

「お前らぐらいの経験があるなら、傷跡のつき方でわかるだろう。心臓に一発入れられてンのが致命傷だが、その前に肩に入ってる。肩から袈裟懸けに斬って、抵抗されなくしてから心臓貫いて識別票をバラいたんだ。見事に斬ったもんだよなあ。ソイツなんて装備品も上等なのによ。で、その傷見ればわかる通り、右手で握って振らねえとつかねえ傷だよ。俺じゃ普通にやれば逆側からつく。だから、俺には物理的に不可能なんだよ」

 ユーレッドは、薄く笑う。

「俺は右手でエモノが握れねえからな」

 確かに。ユーレッドの右肩から先は、ジャケットの袖がうつろに垂れ下がっている。

「そんなこと、っ、義肢でもなんでも使えるだろ、お前ならなんとか」

 冷静に反論され、大男が苦しげにそういうとユーレッドは肩をすくめた。

「お前等に聞かせるのももったいねえ話だがな。俺は右半身の接続端子がぐちゃぐちゃでなァ、うまく義肢がつけられねえんだよ。まあ、それでも、なんとか装着できるから、日常生活送る程度の作業はできねえこともないが、出力は女子供以下。右腕で、人、それも腕利きの獄卒殺すのはまず無理だ。左手添えても厳しいぜ。しかも、いろいろあって申請もいるし、面倒だから普段はやらねえんだよ」

 ユーレッドは挑発的に視線を投げる。

「お前らの前で右手なんて使ったの、見せたこともねえだろ?」

 ぐっと大男が詰まる。

 大男を論破したところでユーレッドはさして気にしない。そのまま、大男の横を素通りして死体に近づく。タイロはあまりそれを見たくないので、スワロがやるのと同じようにユーレッドの顔を見上げる。

 血を見ると興奮するのかと思いきや、意外にもユーレッドは真面目で落ち着いた顔をしていた。冷静に分析しているようなのだ。

「一撃で識別票を砕いている。……コイツ、なんだかんだで手練れには違いなかった。そいつを一発で落とす?」

 ユーレッドのそれは独り言には近いが、自分の分析を彼らにも聞かせているといったようだった。

「確かに囚人のやった傷ではないようには思う。あいつらも元々人型のやつはエモノを使うし、元々が手練れなら人間と区別のつかない腕前のやつもいるんだが……、あまりにも手際が綺麗すぎる」

「じゃあ誰がやったってんだよ!」

 大男が吠えるように尋ねる。ユーレッドは皮肉っぽく笑いつつ、

「さぁァな。俺にわかるわけがない」

 肩をすくめてそういいながら、軽く目をすがめた。

「だが、そろそろ帰った方がいい。この廃墟、近くに汚泥の気配がするぜ。故意に放たれたのか、それとも荒野から野良が迷い込んできたのか、囚人が近くに迫ってきている」

「なんでわかるんだよ。まだナビゲーターには!」

「知らねえよ。お前のナビより俺の勘のが鋭いんだ」

 ユーレッドは冷淡に突き放しつつ、

「まあしかし、コイツもいい餌なんだろ。アイツらは獄卒食うのが好きだからな。獄卒が死ぬと、どこからともなくこいつらが湧いてくるのは荒野じゃ日常茶飯。ま、しょうがねえか。獄卒と囚人には共通の……」

 と言いかけた時、ふと視界の向こうで黒いものが膨れ上がった。

「あーあー、説明する時間も許さねえってか?  戻るぜ」

 ユーレッドは気だるくそういって肩をすくめ、身を引いた。

 ぞわ、と黒いものが林の中から出てきて獄卒の死体を取り囲む。

「旦那方、なにしてるんです! 囚人が出ちゃってるじゃないですか!」

 気づくといつの間にやら来ていたビンズが、後方で叫んでいた。

 ビンズ・ザントーは、この状況にやや面食らったようなそぶりをしていた。何が起こったのか把握していないという顔をしている。

(演技? それとも?)

 ユーレッドは、何かしら考えがあるのかその場では何も言わない。彼がビンズを疑っているらしいのは、なんとなくタイロにもわかるところだったのだが。

 ビンズの声と目の前の様子で、慌てて他の二人が撤退する。

 ユーレッドもその場では戦うつもりはないらしい。駆け足で戻ろうとしたが、ふと前方になにかを見つけたらしく、走るスピードを弱めた。何かしらの機械の残骸みたいなものが見えた。小さい。

 スワロも気づいてきゅ、と声を立てる。

「これは?」

 ユーレッドは通りすがりざまに、さっとそれを左手で掬い上げた。そのまま工場の中に駆け込んだ。

扉が閉まる前に向こうをみると、傭兵風の獄卒の死体は、もう黒いドロドロに完全に飲み込まれていて見えなくなっている。アメーバ状のものが捕食するところのようで、タイロはぞっとした。

 囚人に取り込まれると、汚泥に包まれて新しい囚人ができてしまう。だとしたら、あれもまた囚人になってしまうのだろうか。

 不安になって振り仰ぐと、そこにいるのはそんな彼の末路をみようが、表情を一切崩していないユーレッドだった。

 タイロに対しては比較的親切で、アルルにも情の深さを見せることのある彼だが、やはり素地は冷淡で冷徹だった。

 彼にとってはそれは、慣れ切った光景なのかもしれなかった。


 * 


「それで、どうするのユーレッドさん?」

 

 と、不意に画面が暗転して、アルルの声が聞こえた。

 明るくなると、目の前にアルルがいた。

(あれ、場面が変わってる)

 殺伐とした場面から、急にアルルの声を聞いたのでタイロはほっとした。

 おっとりとして柔らかなお姫様のアルルは、人を安心させる空気を持っている。なんだかその声を聴くだけでほっとした気分になれるのだ。

 ただし、そのアルルの話の内容も、どうやら先程の話題のようだった。

「その、殺されちゃった人、誰が殺したのか、ユーレッドさんはわかるの?」

 どうやら、ユーレッドはあの後アルルのところにそのまま来たようで、彼の目の前の机にはあの時にひっさらってきた機械の残骸があった。

 ここはどうやら今のユーレッドにとっても、安全な場所らしい。

 あの傭兵風の獄卒は、別にユーレッドに好意的ではなかったが、アルルの件ではあの三人の中ではもっともユーレッドと意見が近かった。他の二人とは絶望的に仲が悪く、ビンズ・ザントーはあの通り信用ならない彼が、アルルの安全を確保しながら籠城するのにも、この堅固な休憩室がもっとも都合が良いのだろう。

 そのユーレッドは、なにやらコードのようなものを口にくわえて工具を選んでいる。

 器用に左手の薬指にコードを挟んで口から外すと、ユーレッドはふむと唸った。

「それがな、俺にもちょっとわかんねえところがあるんだよ。それを調べねえとこっちも身動きとれねえからよ。それを調べるのにコイツを拾ってきたんだ」

 ユーレッドは机の上を示す。

(あれ、さっき拾ってたやつ。もしかして、撮影者レコーダーの残骸?)

 そこには例の機械の残骸があったが、ドローン型のアシスタントのようで、まだ原型が残っている。確かにそれは、あの獄卒のアシスタントの撮影者の機体だった。

「記憶領域が無事なら、俺と繋いで読み出せるかもしれねえなあと思ってな。コイツは映像記録が仕事のアシスタントだから、壊れる前まで録画しているはずなんだ」

 ユーレッドはドライバーを手にしてカバーを外すが、片手だけでやるのは少し作業が難しいらしく、丸いボディが滑らないように押さえつけるようにしながら作業していた。

「スワロに補助してもらって、中身だけ取り出せるかな。修理できりゃいいんだが。俺は機械には詳しくねえんだ。スワロの基本のメンテくらいはできるが、それ以上は俺には厳しいんだ」

 ユーレッドは自分は機械が得意ではない、とは言っているが、スワロをそばに置いている以上、普段の手入れやメンテナンスには実際はそれなりにできるはずだった。ただ、あまり難しいことはなかなかしづらいということのようだ。

 その辺のことは、スワロの通信機器の修理をしたタイロも、昼間に彼と話して知っていた。

(でも、見かけほど壊れてなさそうなんだけどな。その子。なら直せそうなんだけどな。中身大丈夫そうだけど)

 機械のことは詳しいタイロは、思わずしげしげと観察してそんな風な感想を持つ。

(このまま壊しちゃったらもったいないんだけどなあ)

 なんとなくそわそわしてしまったところで、いつのまにかユーレッドのそばに回り込んでいるスワロがきゅと声を立てる。

「お、何、バッテリーがズレただけ?」

 きゅ、とスワロが頷く。

(おお、ナイスフォロー!)

「ガワがへしゃげただけで、中は大してダメージない? あー、そうか」

 ユーレッドとスワロの間でやりとりしているらしく、ユーレッドがふんふんとうなずく。

「なるほど、バッテリーを差し込んでガワを立て直せばいいのか。お前、流石くわしいな」

 ユーレッドが素直にスワロを褒める。

「ユーレッドさん、私も手伝おうか?」

アルルが言うと、ユーレッドはちょっと頭を掻きやる。

「そうだな。ここ押さえておいてくれると助かる。足で押さえつけるのもかわいそうでどうしようかと思ってたんだぜ」

 ユーレッドは、獄卒には冷たいが、アシスタントにはどうにも優しい。足蹴にするのは忍びないということらしい。

 アルルに押さえてもらって、カバーを外し、スワロに聞きながらバッテリー周辺のズレをなおす。

「ユーレッドさんは、犯人に心当たりがあるの。あの獄卒の人たちの誰かかな?」

「んー、それがなー。多分違うみてえなんだよな」

 作業しながら、ユーレッドがぼんやり答える。

「獄卒の他の二人じゃあねえだろう。殺された奴はあの二人より、腕は上だったし、アイツらの反応も嘘をついているわけでもなさそうだった。となると、怪しいのはさっき現場にいなかったビンズ・ザントーだが」

 ユーレッドはふと顔を上げて、ドライバーを指で回して自分の頬をぺちとたたく。

「しかしだな、あいつでもなさそうなんだよな。あいつならそれくらいできる腕はあるのはあるんだが……。どうもやり口が違う。ホトケは先に肩から斬られていたわけで、そこで意識吹っ飛んだ後、心臓貫かれてソコに仕込んであった識別票バラされた」

 ユーレッドは、アイルーペを手にして左目にはめながら言った。

「ビンズ・ザントーは、あくまで飛び道具をメインに戦う。アイツが何者かは知らねえが、少なくともアイツに剣術の素地はない。俺の見た限りでは。だから、アイツだけの仕業じゃない」

 ユーレッドは、ペンライトをつけて隣に置くとカバーの中を覗き込んでいた。

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