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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様

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8.透ける天邪鬼

 部屋の中に奇妙な空気が流れていた。

 タイロは引き続き、動画を見続けているわけだが。

(なんなの、これ……)

 奇妙だが、別に居心地は悪くない。シャワー上がりでタオルを首にかけた美少女とふてくされたようなおっさんとが向かい合って座っているのが、なんだかおかしいだけである。

(ここで笑ったら、スワロさんに怒られるんだろうか、俺。いや、スワロさんには怒られないけど、あとでユーレッドさんにバレたら怒られそう)

 そんなのんきなことを考えて、ちょっとニヤニヤしながらタイロは様子をうかがっていた。

「あー、さっぱりした。ユーレッドさんがここにいてくれて良かったあ」

 アルルはあくまで天真爛漫だ。その少女らしいあどけなさは、あざとさとは無縁で好ましい。

「俺がいなくても別に変らねえだろう?」

「違うよ。ユーレッドさんがいないと落ち着いてシャワー浴びられないじゃない。誰が来るかわからないし」

「ふーん。そうかよ」

 ユーレッドは、わざとらしく冷淡である。

「ふん、じゃあ用事は済んだんだな? 俺は帰るぞ」

「え? 待って!」

 立ち上がりかけるユーレッドを、アルルは素早く止める。

「せっかく来てくれたんだし、もっとゆっくりしていってよ?」

「は? 何甘えたこと言ってる」

 ユーレッドは、冷たい態度をとる。

 ユーレッドが何を考えているのかは、タイロにはわかりかねるところなのだが、多分彼は彼なりに、ちょっとキビシイところも見せたいのかもしれない。それか、単にアマノジャクなだけなのかもしれないが。

 ともあれ、ユーレッド自体は、本当はアルルには相当甘いはずなのである。

「俺は忙しい。コムスメの遊びに付き合ってる暇ないんだぜ?」

(どうせやることないくせに)

 とうっかり突っ込んでしまうタイロだが、これについてはスワロも同じようなことを考えたらしい。きゅ、とスワロが短く鳴くと、ユーレッドがむっとしつつ、「うるせ」と小声でスワロをしかりつけた。

 それに気づいたのかどうか。アルルは無邪気に微笑みつつ、

「忙しいならごめんなさい。でも、私、ご迷惑じゃないなら、もう少しだけお話ししたいなと思って……」

 まっすぐに見つめてそう申し出る。そんな風に出られると、ユーレッドも弱い。む、とユーレッドが、かすかにうなる。

「一人は退屈だし、もっとユーレッドさんとお話したいな……」

 ただですら、アルルはお姫様然とした美少女で、そんな彼女にこんな風に視線を投げられるのだ。勝ち目があるはずない。

「あのな」

 ユーレッドは呆れたようになりつつも、ちょっとトーンダウンする。

「おひいさま、俺の話をきいてねえな。俺はだから忙しくて……」

「本当に忙しいならいいの。ごめんなさい」

 アルルがちょっとしゅんとするので、ユーレッドがにわかに慌てだす。

「い、いや、別に忙しいっていうか、何とでもなる用事というか……ああいや」

 ユーレッドは困惑気味に頭を掻きやりつつ、

「ふん」

 と、舌打ちしたが、実際別に用事も何もないのだ。

「くそ、しょうがねえな! あと少しだけだぞ!」

 ガッと椅子を蹴り直してから、ユーレッドは乱暴に座り、やれやれと肩をすくめる。

「まったく、俺なんかと話してて楽しいか、そんな」

「だって、一人でいるのは気が滅入るんですもの。それに、ユーレッドさんとお話するのも実際楽しいよ?」

 まともに答えられて、ユーレッドは反応に困っている様子だった。

「ユーレッドさんにはスワロちゃんがいるからそんなことないんでしょうけど、この部屋でひとりでいるのって、不安だし……」

「ちっ」

 ユーレッドはわざとらしく舌打ちしつつ、

「本当におひいさまは変わってるな。なんで俺なんかと話したい? そんなふうにどうして平気で話しかけてくる? 見かけでわかんだろ? 俺は善人じゃないぜ」

「それは知ってるよ」

「は?」

 即座に答えられてユーレッドは、思わず呆気に取られる。

 アルルは無邪気に微笑んだ。

「ま、本当に悪いっていうより、ちょっと悪ぶってるかなーって思うけど」

「な、何を、てめ……」

(ユーレッドさん、めちゃ図星刺されてすんごく動揺してる)

 流石のタイロでも、ここまで突っ込まない。その辺は流石にお姫様というべきか。遠慮がない。

「ふふ、お話してたら喉が渇いちゃった。ユーレッドさんも飲むよね?」

 アルルは自由だ。そんな彼を尻目に、お風呂あがりに冷たいものが飲みたくなったらしく、ジュースをあける。ユーレッドの分も用意して、それを彼にすすめながら微笑んだ。

「だって、悪い人かもしれないけど、ユーレッドさん、ちゃんと話聞いてくれるもん」

 ユーレッドがグラスを手にしたところで、不意打ちにアルルは、そういった。危うく中身をこぼしそうになる彼に、彼女はトドメのように続ける。

「話を聞いてくれる人に、話しかけるのは自然だよ?」

「ぐ」

(俺と同じ感想だし)

 タイロは素直にそう思う。

 そうだった。ユーレッドは話を聞いてはくれるのだ。獄卒の中でタイロの話を聞いてくれるのは、実際にユーレッドだけだった。アルルもそれと同じことを言っている。

「い、いや、話しかけられたらそりゃ反応はするだろ……」

 唐突な返しに、ユーレッドは詰まりつつ、

「それにね、スワロちゃんみたいな可愛い子を連れていたから。いい人じゃないにしろ、優しいところもあるかもだし、話も合うかもって」

「ア、アシスタントなら他のやつもつれてるだろ。丸くて可愛い、スワロより最新式の優秀なやつが」

 さっき自分でスワロの方が優秀だと言ったくせに、心にもないことをいうユーレッドである。

「そんなことないよ。スワロちゃんのが可愛いし、愛されてるのがすごくわかる」

 アルルは近くにいたスワロを撫でつつ、

「私、アシスタントに話しかける人は、どこか優しい人だって思ってるんだ。ユーレッドさんがスワロちゃんに話しかけてるの、最初から見てたもん。そんな風に話しかけてる人ってあんまりいないんだよ」

(言われてる!)

「そ、それは、その」

 ユーレッドは多少気恥ずかしそうになるが、アルルは微笑む。

「変なことじゃないよ。スワロちゃんには人格はあるんでしょう? だったら、それを大切にできる人の方が私は好きだな」

 にこ、とアルルは首を傾げながら笑う。

「獄吏の人もアシスタント使う人はいるんだけど、人工知能があるタイプもあるよ。ちゃんと人格だってあるけど、人間みたいに扱うのはその人次第。もっと冷たい人が多いくらい。ユーレッドさんは基本的には怖い人かもしれないけれど、そういうところは優しいなって思ったの。だからかな」

「お、俺は善人じゃねえと言ってるだろう。そ、それは俺にとっては単にスワロは……」

 ごにょごにょっと言いかけたところで、ユーレッドは口の中で飲み込む。何を言っても、スワロを可愛がってるのがバレるので、急に気恥ずかしくなったらしい。

「スワロちゃんみてたら、どれだけ大切にされてるかわかるもん。愛されてると、成長するってきいたことあるけど、本当なんだねー」

「べ、別に大切にしてねーよ」

 アルルがスワロを撫でやりながら、にこにこ笑うのをユーレッドは不機嫌そうに顔を背けた。

「俺はな、単におひいさまが金になるから大切にしてるだけなんだぜ。俺みたいな男には、あまり馴れ合うんじゃねえよ」

 アルルはきょとんとして、それから目を瞬かせた。

「ユーレッドさんには、私を売る相手の引き合いはあるの」

「な、ないわけじゃねえよ。そ、そもそも、そういうのでこの仕事は受けてるんだ」

 ユーレッドの嘘がだんだん苦しくなってきた。

「だって、あの人たちは、私をちゃんとしたところに引き渡す気はないんでしょう? 連絡が取れないって言ってたよ」

「アイツらがどうだろうが、俺は違う。連絡はちゃんとつけてやるよ」

「連絡がつかなかったらどうするの? 他の人に私を売る?」

 ユーレッドは無言に落ちる。それからちょっと詰まる。

「ビジネスだろ。相手がどうだろうが、約束は守るのがプロだからよ。連絡がつくまでお前のことは、他の奴には引き渡さねえよ」

 ユーレッドは、すでに嘘をついている。タイロからみても、なんでそんなわかりやすい嘘をつくのかと思うくらいだ。さっき、ウィステリアと彼女を助け出すための打ち合わせまでしていたくせに。

(正直にいっちゃえばいいのに)

 アルルもそんなことは見抜いているのだろう。けれど、彼女は指摘しないでやんわり笑うだけである。

「そうかなあ」

「ああ、そうだよ。おひいさま」

 ユーレッドは、手持ちぶたさに煙管をくわえている。

「だから、おひいさまはあんまり俺のこと信用するな」

 突き放すようにいってみているが、アルルはそんなにショックを受けた風でもない。

「ねえ、ユーレッドさん」

 話を聞いていなかったかのように、なれなれしく声をかける。

「あん?」

「ユーレッドさんは、どうして、私のことをおひいさまってよぶの?」

「お前がお姫様だからだろ?」

 ユーレッドは気怠く答える。

 アルルは少し瞬きして、それから少しためらってから尋ねた。

「ユーレッドさんは……」

「あァ? なんだよ?」

 ユーレッドがやや乱暴に返すが、アルルはひるまない。

「ユーレッドさん、私が本当に"お姫様"だって、どうして知っているの?」

 そう尋ねられてユーレッドは、煙草を口から離して黙り込んでしまった。

 タイロはきょとんとした。

 実のところ、ユーレッドには、この質問をいくらでもごまかす術はあったのだ。

 お姫様っぽいから、お嬢様だから、なんとでも言えたはず。

 お姫様なんて、このハローグローブにはそもそもほとんどいない。彼女がお姫様だと知っている人間のほうが珍しい。この質問に答えられないのは、ユーレッドが彼女の正体を知っているということだ。

 大体、ユーレッドが黙るのは、何か不都合なことがあるときだった。

 ユーレッドだって善人ではないから、平気で嘘をつける。しかし、彼はそれほど器用な悪人でもなかった。少女から突き付けられたことに対して、咄嗟に嘘がつきとおせなかったのだ。

 この沈黙は、彼が何かを隠していることの証左だった。

(ユーレッドさんは、お姫様のことを本当はかなり詳しく知ってるの?)

 アルルは、その返答を無理には求めなかった。

「私ね、実は、ユーレッドさんと初めて会った気がしなかったの」

 アルルは、目を細めた。

「昔ね、とっても仲良くしていた人に似ている気がして、それで、なれなれしくしちゃったのかな。人違いなのにね。迷惑だったでしょ?」

 そういうと、ユーレッドは煙草を吸うのをやめてしまって、煙管を直しながら言った。いや、最初から彼は火を入れてすらいなかった。

「ああ、本当だ。人違いにもほどがあるってもんだぜ。今度から気をつけろ。俺が機嫌良くなかったら、お前死んでたぞ。俺以外にはそれやるなよな」

「うん。そうだね」

 ふいと沈黙が訪れる。

 アルルがスワロを撫でながら、ユーレッドを眺める。ユーレッドはわざと視線を外していた。

 そんな彼を見ながら、アルルはしみじみと尋ねた。

「ねえ、ユーレッドさんは、本当は、どうして私を助けてくれたのかな?」

 ユーレッドはふんと苦笑して、目を伏せる。どこか根負けしたといった様子だった。

「さあて。なんでなんだろうな。俺にもわからねえよ」

「そっか」

 アルルは、それ以上追及しなかった。

 その時の部屋の空気は、なんだか優しく感じられた。

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