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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様
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7.漆黒の夜の魔女


「アイツ、酔ってねえかな」

 やや酔いが覚めてきて、ちょっと余裕の出てきたユーレッドは、不意にタイロが心配になったらしい。そんなことをひとりごちながらクラブの外を歩いていた。スワロがいるからではなくて、元から彼は独り言が多いらしい。

「あの部屋、水と酒くらいしかなかったし……。もっとさっぱりしたもののがいいかな」

 と手に持っているのはその辺のコンビニのマークのついた袋で、中から炭酸の入った飲み物とちょっとしたお菓子が飛び出ていた。

 どうもいったん外に出て散歩した後、裏口からカードキーを使って戻ろうとしていたところのようだ。

 こう見えてもユーレッドは、こっそりと忍び込むのが得意らしい。どう考えても目立つ風体なのだが、気配を消すのが得意なのかなんなのか。

「あいつ育ち盛りだし、夜食もいるよなと思ったけど、脂っこいかなあ。うーん。悪酔いさせたらかわいそうだし……。でも、俺、こういう食い物の味とかあんまりわからねえしな」

 ユーレッドは、なにやら思考がだらだらと口に出てしまっているらしく、随分と無防備である。

 とりあえず気を取り直したのか、カードキーをポケットから取り出して、手で弄んだところで声がした。

「あらあら、お土産なんてお優しいのね。ユーさん」

 不意に後ろから声がかけられて、どき、と立ち止まる。今更ながらだが、誰であるのかまだわかったらしく、ユーレッドは慌てて不機嫌な顔をしてちらりと背後をにらんだ。

「な、なんだ、いたのか」

「いるわよ。誰の職場だと思って?」

 いつの間にか、人気のない裏口にウィステリアが立っている。

 まだステージ衣装のきらびやかなドレスを着たままだ。ショーが終わってそのまま出てきたという風情だった。

 ウィステリアは大輪の花のような美人だが、彼女の方も夜闇に紛れるのがうまい女だ。勘の鋭いユーレッドでも、うっかり見逃してしまうほど。

「チッ、気配消してくるんじゃねえよ」

「ふふふっ、だって、気配消さないと、一緒にいてくれないでしょう?」

 ごもっともなことを言われて、ユーレッドはちょっと不機嫌になっている。

「夜のお散歩なんてどうせ酔い醒ましでしょ」

 ウィステリアは、にんまり笑う。

「今日は、お酒飲み過ぎなんじゃない? あの子の前でカッコつけすぎでしょ。旦那、本当はそんなにお酒強くないしね。すぐ眠くなるもんね、ユーさんはー」

「本ッ当にうるせえな、お前は。大体、その呼び方はやめろっつってんだろ!」

 ユーレッドは苛立たしげに吐き捨てる。そのまま裏口に向かおうとする彼に、ウィステリアの声がかかる。

「あの坊やなら、スワロちゃんと一緒に"映画鑑賞中"みたいよ?」

 む、とユーレッドは立ち止まる。ウィステリアはどうやら訳知り風だ。スワロが一体何をタイロに見せているのかも、予想がついているという様子である。

「どうせお姫様のことでしょ。話すより見せるほうがわかりやすいものね、あの話」

「な、なんだ、アイツ、もう見せてるのかよ」

 ユーレッドは頭をかきやりつつ、

「そりゃ見せても良いとは言ったが、もっと時期を見て……」

「なによ、酔った調子でOKしちゃったわけでもないんでしょ?」

「そ、そりゃあ、その……」

 ユーレッドが言いよどむ。

「ふふ、それだけあの子のこと、気に入ってるんでしょ。お姫様の話を、一介の獄吏にするつもりになるなんて、特別扱いもいいところじゃない」

「いや、それはその……、あいつもちょっと乗り掛かった舟というか、気になることがあるから……」

 ユーレッドははっきりと言わない。ウィステリアも、その辺わざと追及しない。

「ま、スワロも旦那もよっぽど気に入ったってことなんでしょう。気に入った相手に、誤解されたまんまじゃいやだものねー。あたしも、彼のことが羨ましいわ」

「何が?」

 ユーレッドはむっつりした態度をとるが、ウィステリアは気にせずにクスリと微笑んだ。

「どう、ここで少しお話ししない? 行くところないでしょ? たまには夜風に吹かれてお話しするのもいいものだわよ。ユーの旦那」

「ふざけんな。そんな暇じゃねえよ。第一行くトコなけりゃ先に帰って寝ればいいだけだ」

「相変わらず素直じゃないわねー。あの可愛い坊やもスワロも置いていけないくせに」

 言い当てられて、ユーレッドは、むーとなる。ウィステリアは、オトナの女の余裕を漂わせて勝ち誇っているかのようだ。

「第一、あたしに聞きたいこともあるのでしょ。まさかお姫様の話をきいていかないわけはないでしょう?」

「ちッ、足元見やがって!」

 ユーレッドは舌打ちしつつ、ウィステリアの方に向き直る。

「いいだろう。無駄話に付き合ってやる! ああ、そうだ!」

 と、ユーレッドは思い出したように器用に袋の中から何かの小袋を指先で引き出すと、ウィステリアに投げた。

「ほら!」

「なあに?」

「情報料代わりだよ! あんま、変な話吹き込まれても困るから!」

 きょとんとしてウィステリアが受け取ったものを眺める。意外と可愛い柄のパッケージ。丸いものが入っている。蜂蜜味の何か。

「あら、これ、のど飴?」

 ウィステリアが目を瞬かせる。

「俺は目が悪い分、耳はいいんだよ。昼間から歌い詰めなんだろ、どうせ」

 ふん、とユーレッドはぶっきらぼうに言った。

「あんなガッサガサの声で歌われると、イラッとして頭痛がするんだよ。てめえのケアぐらい自分でしろ」

「ふーん、そう。それは申し訳ないことをしたわねえ~」

 ウィステリアは満更でもない顔をする。

「うふふっ、気を遣ってくれたの? ありがとう、嬉しいわ」

「お前の為じゃねえよ! 俺の、自衛!」

 ユーレッドは不機嫌だが、ウィステリアは明らかに嬉しそうだ。早速、一粒ぱくりと口にふくみつつにこにこしている。

「でも、そんなガサガサの声でも、結構効いてるはずだけどね。客席に招かれざる客がきていたけど、あたしの歌で大人しくしてたでしょう?」

「囚人なんかの攻撃性を抑えるってやつか。獄卒にも効果がある」

「そうよ。あたしはなにせ”魔女”だから」

 ウィステリアは、意味深に微笑む。

「あたしは、そういう"喉"をしているから。本当は話声も結構効くんだけど、一番、広範囲に効果があるのは歌なのよね。旦那だって、あたしの歌で落ち着くでしょう?」

「悪い冗談だな。あんなので効くわけねえだろ」

 ウィステリアは、目を意地悪に細める

「あら、本当? いつもあたしの歌聞いて、客席で寝落ちするくせに」

「あ、あれは酒が、いや、お前の歌が退屈すぎて……っ、クソ!」

 ユーレッドが言い訳するのを気持ちよさそうに見やりつつ、ウィステリアは言った。

「でも、まあ、効かないこともあるのよね。あの場では抑えは効くんだけれど、一時的なものだったりする相手もいる。効果が途切れると厄介なことになる。あたし、このお店は本当気に入っているのよ。だから、流石のあたしもお店に迷惑かける揉め事はごめんなの。どこの狗かわからないけど、刃傷沙汰なら外でやって欲しいわよね」

「それでここで話をしようってか? ま、裏路地は”店”に入らないか」

 ユーレッドがそう答えると、ウィステリアはにこりと笑う。

「それもあるかしらねー。ドレイクほどじゃないけど、旦那だって呼び寄せる体質だもの。まあ、獄卒全体がそうなんだけれども。”貴方たち”と”彼ら”、構成要素が似通っているからね。お互い呼び合っちゃうのよ」

「違いねえな。お互い、餌だと思ってるんだぜ」

 ユーレッドは肩をすくめる。

「まあ、俺達はそういう仕事だから、別にそれはそれでいいことだと思うがよ。しかし、それはそうと、話をするのに、ココはちょっと開放的じゃねえか?」

 ユーレッドは、目を瞬かせた。

「狗が来てたってことは、盗聴の可能性はあるんだろ?」

「あら、忘れてもらっては困るわ。あたしはただの女じゃなくてよ? あたしは”魔女”ですもの」

 ウィステリアは右耳のイヤリングを指先で揺らす。

「あたしの”ミュジック”が周囲の音を遮断してくれるわ。貴方とあたしの秘密のお話は、誰にも聞けないはず。ミュジックの音声遮断が失敗していたとしても、いつぞやみたいにA共通語で話せばいいでしょ」

「そういや、そうだったな」

 ユーレッドは苦笑気味だ。

「お前の三体いるアシスタントは、獄卒用どころかエリート獄吏用のアシスタント以上の性能だからな」

「とはいえ、ミュジックのは、ジャマーみたいなものだからね。スワロちゃんとの音声的な接続も切れてしまうんだけどね。あの子がいない時にしか使えない小技だわね」

 ユーレッドは、鼻で笑う。

「はは。そのまま設定強くしてスワロとの接続切れば、俺の寝首も掻けるってか? スワロと接続切れると俺は簡単に発作起こすからな。相変わらず怖いアマだぜ」

「まさか。そんな物騒なことしないわよ」

「どうだか」

 ユーレッドが皮肉っぽくそんなことをいうのを、ウィステリアはさして真剣に取らずに流す。

「第一、あたしがそんなことするはずもないでしょう。あたし、こう見えてもお姫様の従者みたいなものなのよ。アナタとは、あくまで協力関係だわ。忘れてもらっちゃ困るわねえ」

 ウィステリアはにこりとする。

「そういう意味では、貴方とか、例のセンセイとは、立場はそんなに変わらないんだけどね。第一、五年前から、あたしの正体こと知ってたでしょ」

「お前が調査員エージェントだってことか? 五年前じゃなく、もっと前から知ってるぜ」

 ユーレッドが投げやりに答える。

「あら、それは嬉しいわね。どれくらい前から? 知り合う前から知ってたの?」

 ぬ、とユーレッドが詰まる。

「ちッ、いいだろ、別に。からかいやがって」

 舌打ちして、彼は壁に背を付ける。

「お前の上にいるのは、どうせ”アレ"なんだろ。お前は管理者アドミの狗。直属の調査員エージェント。しかも、管理者アドミでもインシュリーの上にいるやつより格が上だ。インシュリーのやつは知らなかったんだろうが、当時からお前の方が階級上の調査員エージェントだろ。ほんっとうにタチが悪い」

 ユーレッドは皮肉っぽく笑う。

「お前の上司、俺は"アイツ"が特に嫌いでな。アイツの部下のお前もタイ・ファも、面倒なのに、何かと俺に付きまとう」

「あら、あんまりね。貴方達、似たような顔してるくせに」

「だから余計だろ! あの面見ると、吐き気がするんだよ」

 本気で苛立った口調でユーレッドが吐き捨てる。

「へえ、そう」

 くすくすとウィステリアは笑う。

「ふふっ、でもよく知ってるわね。ご明察。旦那の言う通り、あたしの本当の上司は、管理者アドミニストレータ。しかも、五人組の一人……」

管理者アドミニストレータE。このハローグローブを作ったとかいう、カミサマとやらの寵愛を受けた悪党だ」

 ユーレッドが継ぐ。

「あら、ひどいいいようね」

 ウィステリアは静かに笑う。

「でも、あの方はとても忙しい人なの。だからこそ、そんな管理者アドミ直属の調査員エージェントには色々仕事があって、あたしだって、とても忙しいのよ。そんなあたしの、お仕事の一つに、お姫様の護衛任務がある」

 ウィステリアは、ころんと飴を口の中で転がした。

「五年前も今も、もっと言えばその前から、あたしはお姫様の味方には違いないわよ。だからこその魔女なのさ」

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