5.群青の撮影者-2
じんわりとにじむようにシーンが切り替わり、画面が明るくなった。
廃工場の無機質な一室に、先ほどの男たちが集まっている。どうも、室内がざわいついてる。
「本当に動いたんですか?」
ビンズ・ザントーがそう尋ねた。
「見間違えではないでしょうかね」
彼らの中心には、どうやらトランクがあるらしかった。
「いや、さっき動いたんだよ! 本当だ!」
瘦せ型の男がそう主張している。撮影者のマスターである傭兵風の獄卒が肩をすくめた。
「どうだか。お前はクスリのやりすぎで幻覚を見るからな」
「ちょうどいい。中を開けてみようぜ!」
そんなことを言い出したのは大男の方だった。
「こんなところでグダグダしてるより、開けるほうが速いじゃねえか」
「おいおい、よせ。開けるのは契約違反だぞ!」
撮影者のマスターが止めに入った。
「かまやしねえよ! すぐに連絡したのに、アイツらに連絡つかねえじゃねえか」
「それに本当にさっき動いたんだ」
「そうはいっても、約束は約束だぞ」
撮影者のマスターは、それなりのこだわりがあるらしく反対しているが、二対一では分が悪い。ビンズはどちらつかずに眺めているだけである。
彼のアシスタントの撮影者は、無感情にそれを撮影しているようだった。命令されていない分析などはしていないらしいが、彼らの雰囲気が変われば戦闘のためのデータ取得に乗り出せるようにスタンバイをしていたようだ。
と、その時、不意に廊下の方で足音を聞いた。撮影者がそっと廊下を覗き込んだらしい。足音の方を覗くと、ユーレッドが歩いてきていた。
タオルをかけているし、髪が濡れているので宣言通りシャワーでも浴びてきたようだ。スワロが肩にとまっている。
ジャケットには袖を通さずにふわっとかけてあるだけだが、ついでに汚れを落としてきたらしい。
「やれやれ、まったく、あの前金じゃ割りに合わねえよなあ。ジャケットの汚泥がおちてよかったぜ」
相変わらず、ユーレッドはスワロと何事か話をしている。傍目には独り言にしかみえないし、実際の内容も特に判別はつかなかった。
「とりあえずサッパリしたし、疲れたから昼寝でもするか」
強面の獄卒のユーレッドが、スワロのようなアシスタントとおしゃべりしているのは、確かに珍しいことではあった。
ジャスミンもカウンセリング用のAIとおしゃべりすることはあるし、人工知能付きのロボットにお使いを頼む人間も少なくはないが、強面の獄卒ではあまりいない。
そもそも、アシスタントは獄卒の精神安定用に作られたものだが、彼らの中では一部にしか浸透していないのは、コストの高さ以外にも気恥ずかしさなどにも原因があるのかもしれない。
しかし、大切に扱われているスワロの反応は、撮影者のような他のアシスタントより動物っぽさがあり、愛嬌があるのは確かだった。肩にとまっている様子も、なんだか小鳥でもとまらせているような感じがある。
(タイロが注目するだけあって、確かに人間的な反応するわね、あの子)
それがゆえのユーレッドの扱いなのか、ユーレッドがそうするからスワロがそのようになったのか、ジャスミンにはわからないのだが。
撮影者は何を思ったのか、彼らを観察しているようだった。中では自分のマスターが何事か騒いでいるのだが、そんなときに無関係な二人を記録しているのには、それなりの意味がありそうだった。
(この子、あの二人が羨ましい? まさかね)
と、ユーレッドの方がが撮影者に気づく。
「ああ、なんだ、アイツのアシスタント……? 何してる?」
彼のマスターとユーレッドは、特に良好な関係ではない様子だが、ユーレッドはアシスタントに対しては敵対心はないらしい。
ぐいとユーレッドが手で撮影者を近くに寄せる。
「ほほう、お前、記録者って機種だよな。特に、”撮影者”って名前で売り出している、カメラがいいやつ。この間カタログでみかけたんだよな」
流石にスワロがいるだけあって、ユーレッドはそれなりにアシスタント端末には詳しいらしい。きゅ、とスワロが嫉妬したような声を立てる。
「え? 買い替え? さすがに俺もそこまでしねえって。ただ、新しい機種の部品とか、使えるのもあるから、チェックしてるんだよ」
ユーレッドはスワロにそう言い訳めいたことをいいつつ、しげしげと撮影者を眺めている。
「やっぱり、最新機種はいいよな。特にレンズがいいんだ。スワロにも同じレンズだけ付けてやってもいいんだが、価格も高いし規格も心配なんだよな」
ぴぴ、と撮影者がふと音を立てる。それをなんととったのかユーレッドは苦笑した。
「心配するなって。別に今お前に何かすることはねえから。お前の主人と戦ったら別だが。俺は獄卒相手の時もアシスタントより、本体狙うのがセオリーなんだ」
ユーレッドはため息をつく。
「なんていうかな。獄卒ぶっ殺すのは気が全く咎めないのに、お前ら解体すのは不思議なほど気が引けるんだよなー。かわいそうでならねえよ」
(やっぱりコイツ、タダの異常者じゃない)
ジャスミンは思わず突っ込んでしまう。
意外と優しいのでは、という好意的な感情を抱き始めたところだったが、やはり感覚がどこかおかしい。
ユーレッドはそのまま撮影者を撫でやりつつ、謎の持論を展開する。
「しかし、アシスタントは丸いほうがかわいくていいよな。スワロもそうだが、俺はあんまりトゲトゲしいのが好きじゃねえんだよ。タブレット型の端末なんてもってのほか。アレ、全然かわいくねえし、愛嬌すらねえからな」
(この人、単にかわいいモノ好きなだけなんじゃ……)
ジャスミンがあきれながら見ていると、ようやくユーレッドは目を瞬かせて尋ねた。
「そういや、お前の主人はなにしてんだよ?」
そう言われて撮影者も何かに気付いたのか、きゅいと首を回す音がして慌てて移動する。ユーレッドがそれを追いかけるようにして、部屋の中をのぞいた。
"荷物"を置いている部屋なのは、彼も承知していたので、彼は片眉をひそめた。
「なんの騒ぎだ?」
見れば、大男がトランクを力任せに工具でこじ開けにかかっている。
さすがにユーレッドが入ってきたので、一瞬手が止まっていた。
「荷物の中身改めんのは、契約違反だぞ。やめておけよ」
ユーレッドは、あくまで冷たくそう吐き捨てる。
「ほら、やっぱりそうだろ! それぐらいしておけ! どうせ、なかなか開かないんだしな」
別に良好な仲ではないものの、撮影者のマスターはユーレッドに同調する。同意見のものがきたので、彼は内心ほっとした様子だ。
「もうちょっとで連絡がつくかもしれねえだろ。なんて言い訳するんだよ」
「でもよお」
撮影者のマスターがそう言い始め、実際、トランクはなかなか開かない様子だ。ユーレッドはどうやら、それであきらめるのだろうと思ったらしく、長居無用とばかりにふらっと部屋から出ていこうとしていた。
が。
「あ、やっぱり、動くぞ! 開けちまえ!」
ユーレッドが部屋の出口に差し掛かった時、ふいに大男の声が聞こえた。何が動いたのかわからないが、とにかく、その事実は大男を刺激したらしく、急に力が入ったようだった。
「おい、なにやってる! 馬鹿野郎、やめろ!」
ユーレッドが慌てて止めに入るが、今度はうまい具合に鍵が壊れたようで、大男は容易くトランクの蓋を開けてしまった。
そして、その場にいた思わず獄卒達があっと声を上げる。
微かなうめき声と共に中のものがみじろぎした。
廃墟に不似合いな色鮮やかで品のあるワンピース。さらさらとした黒い長い髪。白い肌に薔薇色の頬。
トランクの中で少女が眠っているようだった。
そして、目の前の騒ぎに、戸惑いがちに目を開いたが、瞳は青色を帯びている。
「なんだ、人間が?」
獄卒達が呆然としたままつぶやく。
周りの騒ぎに少女は身を起こして、ぼんやりあたりを見回した後、はっとして身を引いた。
「あ、貴方達、だれ?」
その質問に答えるものは誰もいない。
ユーレッドは、と注目すると、スワロが戸惑いがちに主人の反応を窺っている。ユーレッドは微かに目を見開いて呆然と少女を見ていた。
しかし、その表情は他の獄卒と同じ驚愕の表情ではない。彼とて驚いていたが、そこに明らかに別の感情が混じっていた。
ユーレッドの口が微かに動いたが、何を言ったのかはわからなかった。
大男の獄卒が興奮し始めていた。
「なんだ、人間が入っているとは聞いてねえ! 一般市民の誘拐がバレたらいよいよヤバイぞ! だったら、今のうちに消しちまえ!」
「おいおい、ま、待て! いきなりはマズイだろ」
バールを振りかぶる大男に獄卒二人が止めにかかる。
「そ、そうですよ! まずは事情を確認してからですね」
どちらつかずで存在感を消して傍観していたビンズ・ザントーですら、慌てて入ってきた。
「だが、埋めちまうなら今だろ! トランクごと埋めれば、知らなかったって言い訳が通る!」
「まあ、それはそうだけどよ」
「とにかく落ち着けって!」
トランクの中の少女は怯えた目で彼らを見上げる。
「離せ!」
力ではほかの三人より大男だ。三人を振り切り彼は、血迷って少女に掴みかかろうとした。
と、その獄卒達を押しのけてユーレッドが無言で割って入ってきた。
「おい! てめえ!」
声をかけられるが、そんな彼らをてんで無視して、ユーレッドは少女の前で立ち止まる。ユーレッドは少女を見下ろすようにして尋ねた。
「娘、お前なんでそんなところに入ってる?」
「てめえ、何話して……」
「最初からそんなとこに入ってたのか? それとも、途中で入ったのか?」
無視して構わずに少女に話しかける。
「ユーレッド、てめえ!」
大男が掴みかかるが、その手をユーレッドが逆につかみ上げる。そして、そのままぎりぎりと力を込めて、舌打ちして男をにらみつける。
「今、娘と話してんだよ。横から話しかけんな」
「て、てめ……」
大男が言葉を詰まらせたのは、ユーレッドがそのまま手首をひねりにかかったからだ。その左手の力が思ったよりも強い。手首の骨を砕かれそうになっているらしく、大男の顔が青い。
「お前、頭に血が上りすぎなんだよ」
ユーレッドは軽くあくびをかみ殺すようなしぐさをし、目元と口元を歪める。
「いい加減いい子にしてねえと、その首刎ね飛ばすぞ」
笑っていない目の奥に大男が思わず怯んだ隙に、ユーレッドは鼻で笑って突き放した。
「奥で頭冷やしてこい」
ユーレッドはそのまま少女に向き直る。
大男が騒ぎかけたが、ほかの三人が慌てて彼を部屋の外に追い出していく。
撮影者は、本来マスターに追随するべきだが、何故か部屋の中に残って記録を続けていた。
これは、”彼”にとっても興味を引く出来事だったのかもしれない。
「それで、どうして、お前、そこにいる?」
「あ、あの、わ、私、さっき、怖い人達にこの中に入れられたの。ここはどこ? あなたは?」
少女は怯えてはいたが、気丈にそう答えた。
「怖い人? ああ、もしかして過激派の奴らか」
ユーレッドは質問には答えなかったが、ほんの少し調子が優しい。そのまま膝をついて視線を合わせる。
「娘、お前、名前は?」
少女はまだ警戒していたが、そこで名乗りを拒否する理由をもたなかったらしく、素直に返事をする。
「私は、キサラギ・アルル」
「キサラギ……」
ユーレッドが目を意味ありげに細める。そこで彼が何を確信したのかわからないが、一拍置いて、ふっとユーレッドが何かを誤魔化すように笑った。
「そうか、お姫様だな」
ユーレッドが何をもって彼女を”お姫様”だと言ったのかはわからない。
お姫様然とした彼女のことを、そう呼んでも別におかしくはない。ただ、もしかしたら別の理由もあるのかもしれない。
ユーレッドは、愛想笑いを浮かべていった。その表情の変化は、何かしら違和感がある。それは初対面の少女を安心させるための表情ではなさそうだった。
「俺は、おひいさまを傷つけるつもりはねえよ。そんなに怖がるな」
その口調は、何故か優しい。
そんな違和感をスワロも持っていたのかもしれない。スワロがユーレッドを不思議そうに見ていた。
そして、この映像を記録した撮影者も、彼らを不思議そうに見つめているのだった。
(彼は、……このお姫様のことを前から知っている?)
ジャスミンにそう疑念が浮かんだ。
場面はすぐに次へと移り変わるべく一度暗くなっていった。