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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様
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4.群青の撮影者-1


泰路タイロ、楽しそうだったな」

 帰宅後。お風呂あがりのジャスミンは、まだ少し乾ききっていない髪の毛をタオルでふきやりながら、自室に戻ってきた。

 自室でインスタントの粉でカフェラテを作り、ジャスミン・ナイトはそれをもって机の前に座る。机には高性能のコンピュータが置かれていた。ジャスミンはタブレットだけでなく、それなりに大きな箱型のコンピュータを持っていた。

 しかし、今日用事があるのはタブレット端末の方である。

 画面を起動させて、ジャスミンは映像再生のアプリを選び、画面の上で展開させた。

「泰路のやつ、さぼったりなんかしちゃって」

 タイロが昼に仕事をサボって獄卒と庭園を観光していたことは、ジャスミンは自撮り写真を貰うまでもなく知っていた。

 タイロの業務のアシスタントとして、情報提供をする役目なので彼の位置情報はもちろん把握している。ユーレッドとかいう獄卒も彼と同じ位置にいることだって、わかっていた。

 ただし、それはジャスミンだけでなく、タイロの上司たちも知っていることである。

 ちらっとタイロの部署の様子を伺ったところ、どうやらユーレッドが問題を起こさないか気にはしていたようだ。

「流石に管区外渡航はヤバかったんじゃないか? 大体、あんな新米に、アイツが手懐けられるもんか」

「でも、一緒にいれば一応努力はしたってことにはなりますし」

「あいつ、死んだな」

「尊い犠牲ですね」

 などという割とひどい会話が聞かれていた。

 タイロの部署は、獄卒管理課の中でも最もドライである。武力を伴う部署でもないので、基本的に獄卒達をなだめてすかすことが中心となることもあってか、何かと荒んでいるのだ。

(誰の入れ知恵か知らないけど、タイロのやつ、うまくやったわね)

 ジャスミンは、タイロとユーレッドの関係が良好であるらしいことがわかっている。

(庭園で観光したいという問題獄卒の監視として仕方なく同行。その後、獄卒の行きたいところということで、市場や飲食店にも同行。これ、タイロから持ちかけたんじゃないんだろうな。なかなかやるわね)

 これは相手の獄卒が協力しなければ成り立たないのだ。件の獄卒はタイロにとても友好的ということだ。

(エイブおじさんはああ言ってたけど、フツーに悪いこと吹き込んでくれてるんだけど)

 妬けているわけではないつもりだが、未だにジャスミンはちょっと面白くないのである。

 しかし、ジャスミンにも、タイロが彼に興味を持つ理由はわからなくもない。

 友好的な獄卒、エースで自律型人工知能付きの戦闘用アシスタントを連れている。危険で謎めいていて魅力的。

 しかも、異国同然のマリナーブベイにおいて、少なくとも守ってくれる存在であるらしい。

「まったく」

 ジャスミンは、ポーチをあけると小さなケースを取り出した。開けるとそこに小さなカードが入っていた。

「これ、エイブおじさんからもらってきた、割と真面目に秘密の動画データなんだけど」

 ジャスミンは椅子に座ってタブレットにカードを差し込む。

「例の事件の時に、別の獄卒のアシスタントに残されていた映像で、これを見れば安心できるとか言ってたけど、相手は悪い奴だし。エイブおじさん、そういうところの感覚は変なのよね」

 ジャスミンは思わず声に出しながら、ため息をついた。

 エイブ=タイ・ファは頼りになる男だが、獄卒管理課の獄吏たちとは違う意味で割り切ったところがある。

 とはいえ、彼自身にもちょっとズレがあるという自覚はあるらしく、ジャスミンにそっと送ってきたのが、この映像データだった。タイ・ファが、自分の調査員エージェント権限でコソッと持っていた極秘データとのことだが、特別にジャスミンに見せてくれるという。

 そんなもの若輩者の自分に渡しても良いのか、と、流石のジャスミンも気がかりにはなっていたが、これは五年も前の話。そろそろ時効なので良いのかもしれない。   

 と、ジャスミンは都合の良い解釈をする。

 ともあれ、これは、あの少女誘拐事件の際の証拠にもなったのだという。これで、あの事件については、ユーレッドは無罪放免になっているらしい。

「本人のアシスタントの動画じゃないから、証拠採用されたっていうけれど……」

 ジャスミンは一人そう呟きつつ、ため息をつく。

 タイロにはああ言ったが、ジャスミン自体はまだユーレッドに対しては懐疑的だ。

 ジャスミンは、彼の前科の動画資料に目を通してあるのだが、彼は非常に好戦的なのだ。喧嘩を売られることもあるが、売ることもあるのだ。しかも、明らかに強い。手癖とタチが悪いのは間違いない。

 エイブ=タイ・ファは、彼の行動はある意味では、一般市民に手を出すかもしれない危険な獄卒を牽制するのに役に立っているという。

 確かに獄卒による一般市民が犠牲になる犯罪は実は少なくはない。獄卒管理課の者たちではないが、お互いつぶし合ってくれた方が楽という側面だってある。

 そういう意味では、基本的には一般市民には手を出していないし、なおかつ真面目に囚人ハンティングの成績を積み重ねているユーレッドは、この世界で存在を許される存在なのかもしれない。

 とはいえ、彼はそういう”前科”はないものの、アルル・ニューの誘拐には名前を連ねているわけで、一般市民に手出ししないという保証もないのだ。

「これ見たら印象変わるとかあるかしらねえ」

 ジャスミンは、タイロほど獄卒に対して甘い認識はない。というより、獄卒を一人前の人間扱いしようとしているタイロの方が珍しいのだ。タイロは神経は太いが、ちょっとお人好しなところがあり、その辺がジャスミンとしては心配になるところだった。

「碌でもないやつなら、化けの皮は剥いでおかないといけないしな」

 機密性が高いといわれる映像を見るのに、若干の抵抗はあったのだけれど、ジャスミンは、意を決して机に座り、専用のメガネとイヤホンを付けた。アプリからメガネ型の簡易ゴーグルに映像を転送するように設定し、動画再生ボタンを押した。

 そうすれば、まるで録画された映像が、今目の前で起こっているかのように映し出されるのだった。



 甲高い靴の音。複数の足音。

 揺れる画面。

 ゆっくりと目を開くと、そんな殺伐とした状況が映し出されていた。

 これはユーレッドを含め四人いた獄卒のうち、一人の獄卒のアシスタントの映像だという。

 周囲はひどく殺風景だった。荒れ果てた場所だ。

(工場跡? シャロゥグ郊外の廃墟かしら)

 周りの背景を見てジャスミンはそう判断する。

 この撮影を受け持ったアシスタントは小型のドローン型らしく、先に走る戦闘服をきた背の高い男がマスターのようだ。

 確か、撮影者レコーダーといわれる機種の、映像などの記録や集計、そのデータ分析に特化した型のアシスタントだった。自分の体の一部なのか、時折、濃い青色の塗装をした丸いボディがうつりこむ。

 そして、その撮影者が映し出す複数名の男たちは、まぎれもなく獄卒だった。

 獄卒に戦闘時の服装は決まっていない。

 正規の戦闘員コマンドと見分けのつかないような、軍装に近い服装のものもいるし、上半身裸のならず者感満載の者もいるし、伝統的な民族衣装を着崩している者もいる。

 ユーレッドのようにジャケットを羽織っているのも意外と多い。フォーマルな雰囲気を持つスーツスタイルは、WARR出身者に好まれる傾向があり、獄卒に堕ちたWARR出身者はその辺にこだわる傾向もあるのだ。戦闘用に特化した動きやすいスーツも作られている。

 しかし、その時の作戦に参加していた四人の獄卒のうち、スーツを着ていたのはユーレッドだけであり、それゆえに結構目立ってはいた。

 撮影者のカメラは、全方向に向いており、ジャスミンが振り返ると後方の映像が記録されている。

 一番後ろを走っているのがユーレッドで、刀を口にくわえた上で、重そうなトランクをどうにか引き摺らないようにして抱え上げていた。

 その彼のそばに浮遊しているのは、ユーレッドのアシスタントであるスワロという愛称で呼ばれているSWシリーズの個体だ。ここまではジャスミンも知っている。

「早く!」

 前方で背の低い男が扉を開けて叫んでいる。

 ジャスミンにとっては、事前情報のない知らない男、この男こそビンズ・ザントーだが――、その時彼は協力者然としてそこにいた。

 その開いた扉の中に、まずは撮影者のマスターが、そして撮影者が飛び込み、ほどなくユーレッドとスワロが駆け込んできた。

 重い鉄の扉が閉められる。

「撒いたか?」

「多分な」

 ユーレッドが口から刀を取って腰に戻しつつ応える。流石の彼も肩で息をしている。顔やジャケットに返り血のように飛び散っているのは、本当の血なのか囚人の汚泥なのか、機械オイルなのかは判別ができない。

「"荷物"は?」

「なるたけ丁重に運んだがな、保証はできかねるぜ。片手だけじゃ丁重にも限界があるんだ」

 ユーレッドはハスキーな声でやや恨み言らしいことを述べると、壁に背を持たせて息をついた。

「くそ、過激派だかなんだか知らねえが、囚人けしかけやがって! 戦闘員に追われているときに反則だろ! 久々に疲れたぜ。悪いがこの後寝かせてもらうからな。ホラ、後はてめえらで運べ」

 ユーレッドはその辺にいたビンズに、トランクを押し付ける。思わずビンズはバランスを崩して転びかける。

「おっと、い、意外と重いですね」

 ビンズは小柄なのでその重さにやや困っていたが、ユーレッドはそれを無視して、すたすたと歩いていく。

 迷いのないその動きを見ると、この工場の廃墟の間取りを彼はよく知っているらしかった。彼は廃墟を渡り歩いているようなので、元から知っている場所なのかもしれない。

「ん、ああ?」

 不意に電子音が割り込んだと思ったら、ユーレッドがそんな声をあげた。

「顔が汚れてる? ああ、さっきもろに汚泥の跳ね返り食らったからな」

 独り言のように言ったのは、どうも彼がアシスタントのスワロと話したかららしい。スワロの言葉は、ユーレッド以外には電子音としか聞こえない。きゅ、や、ぴぴ、という小鳥の囀りのようなようなものだ。

「そうだな、この程度でやけどしねえが、寝る前に綺麗にしてからのがいいか。休むのはシャワー浴びてからにするぜ。じゃあ、タオルとか用意してくれよ」

 きゅ、とスワロが同意するように鳴き、先導するように飛んでいく。

「アイツ、アシスタントと"お話し"してやがる」

 そんな彼らを見て、そう呟いたのは撮影者のマスターのようだった。聞こえよがしなところを見ると、彼等はどうも仲が良いわけではないようだ。

「頭おかしいんじゃねえのか」

 痩せた長身の獄卒が肩をすくめた。

「は、アイツが頭おかしいのは有名な話だろ。問題児だって有名じゃねえか」

 そう話に入ってきたのは、大男の獄卒だ。その男が醜悪に笑う。

「しかし、そういうテメエも結局、自律型アシスタントの最新式連れてるじゃねえか」

「あー、それだよな。面倒だろう、それ。俺達みたいな簡易型に変えろよ」

 確かにほかの二人と違って、傭兵風の撮影者のマスターは、何かしらこだわりのある男のようだ。

「ふん、そいつじゃ周囲のデータがとりづらいんだよ。何かあった時の証拠画像もな。第一、ただのタブレットじゃねえか」

「あーあ、いるんだよな。そういう獄卒」

 痩せた男が茶化すように言う。

「お前も、アイツと一緒で”お話し”してんじゃねえのか?」

「馬鹿言うな。人格や感情で容量食わせるとかどうかしてるんだよ。こいつらは道具だぞ」

 撮影者のマスターが舌打ちした。

「俺達の中でも、あんな旧式、わざわざ法外な金かけてまでアップデートしているようなやつ、特殊だぜ。いってみりゃただの変態だからな」

「まあそうに違いねえよ」

 嘲笑う獄卒達の声をきいてもいないかのように、ユーレッドが立ち去っていくのが画面の端に見えている。

 そのまま、画面が明滅していた。撮影者が何か計算しているようだった。

(これは、"お姫様"をさらってきたところかしら?)

 ジャスミンがそう思索するうちに、映像が次へと切り替わっていく。


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