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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-D:黄昏世界のお姫様
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1.工場跡は鼠色-1

 ふと画面に文字が浮かび出た。日付は五年前。

 ようやく、タイロはこれが録画映像なのだと気づく。何者かの視点で録画された映像。

 そのカメラは動いているが、ほとんどユーレッドの隣。時々彼の横顔が大きく見える。

 ということは、この映像が撮れるのはスワロしかいない。

「スワロさん? これ? スワロさんのメモリーの映像?」

 戸惑いながら声をかけると、どこからかかわいい感じの声が聞こえた。ただ、それはちょっと電子的で、無感情だ。昔の機械音声のようだった。

『ご主人ノ許可ハ取ッテイマス』

 スワロと言語的なコミュニケーションを取るのはこれが初めてだ。タイロは不思議な気持ちになる。

「いいの? ユーレッドさんに怒られない?」

『タイロにハ、アルルさんノ、情報ヲ教えてモ良イとご主人カラ言ワれていマス』

(え、スワロさん、俺は呼び捨てなのに、お姫さまはさん付けなんだ?)

 そんなどうでもよいところが気になってしまい、ちょっと複雑な気持ちだが、映像は続く。

『スワロの声ハ、こうしタ媒体ヲ介しテも、ご主人以外にウマク伝達サれマセン。不自然ナ音声になりマす。ソレもアルから、貴方ニハ、説明スルより見セルのガ早イ』

 揺れる画面が明るくなる。

「これは、それじゃ、お姫様の事件の映像?」

 スワロの返答がないのが、肯定のようだった。

 外に出たようだった。

 ちょっとまぶしくて、タイロは思わず目をすがめる。映像はちゃんと全方向記録されており、タイロが振り返れば後ろの状態も見える。

 なので、今の彼はユーレッドと一緒に歩いているかのような感覚だ。

 改めて周りを確認する。廃工場みたいなところだったらしく、周りは殺風景だ。鉄の扉をユーレッドが閉じる。

 それから工場の建物の陰を歩くようにして、少し移動した。周りには木々が植えられて林のようになっているが、手入れされていないらしく荒れ果てている。

 そのちょっとだけ開けた場所にユーレッドは踏み入る。そこを抜けると、駐車場の跡地みたいな開けた場所があった。

「あ、ユーレッドの旦那」

 たたた、と誰かが駆け寄ってくるのが見えた。

(あ、あれはラッキー・トム!)

 思わずタイロはむっと眉根を寄せる。

 基本的には気のいいタイロだが、このラッキートムには、この間煮湯を飲まされたので、彼にしては珍しく自然と顔が険しくなってしまうのである。

 映像のトムは当然そんなことに配慮するはずもなく、ユーレッドにへらへらと笑いかけていた。

「頼まれていたモノ買ってきましたぜ」

「そうか、悪いな。釣りはとっとけ」

 ユーレッドは乱暴にチップを含めた多めの金を渡すと、いくつかのビニール袋をがさっと受け取る。中には食糧品らしきもの、日用品のようなもの、それから重そうな飲み物の入った瓶など。

 なるほど、こんなところに籠城していると、食料の調達にも苦労しているのだろう。といっても、ユーレッドは、食に大した興味がないらしいので乾パンの缶詰だけで耐えられるのかもしれないが。

「ウィステリアはどうしてる? 連絡が取れないんだが?」

 ユーレッドが無関心を装ってそう尋ねる。

「ああ、姐御とは俺もあれから連絡が取れなくって。俺が連絡取れなくなるとすぐキレるんですけどねえ。信用してくれてないんですかね」

「それはお互いだろ」

 ユーレッドは淡白に突っ込んだが、

「アイツにちょっと聞きたいことがある。見かけたら連絡しろって言え」

「はい、それはもちろん」

 とトムは答えつつ、思い出したようにもう一つ手に持っていたものを差し出した。

「あ、それからこれは例のもので。壊れやすいんで気をつけてください」

 と言ってラッキー・トムが差し出したのは、意外にもケーキ用の箱だった。オシャレでかわいいレース模様があしらってあって、正直、今のユーレッドには最も不似合いなものだ。

「荷物いっぱいですが、持てます?」

 そうきかれてユーレッドは、ちょっと詰まる。

 ユーレッドは当然右手が使えないので、瓶や何やら入った重めのビニール袋とケーキの箱を一緒に持たなければならない。

 となると、うまく持たないとケーキをぐしゃっとやってしまう可能性があった。。普段の彼は中身がどうなろうと大して気にしなさそうだが、その時はちょっと困った顔をした。

 一瞬考えた後、瓶の入った袋を腰の剣帯にかけ、かさばる軽いものを持ち上げる。

「スワロ」

 と囁くように言ったのは、どうやらビニール袋を持ってくれということのようだ。きゅ、と返事をすると、ユーレッドがちょっと安堵した様子になり、スワロの首にビニール袋をかける。

 ユーレッドは、彼にしては万全を期してケーキを受け取り丁重に持ったものだった。

(なんなんだろ……)

 タイロも興味津々だが、それはラッキー・トムも同じだったようだ。

「しかし、旦那、そんなに甘党でしたっけ? いきなりケーキ買ってこいとか」

 そういいながら、ラッキー・トムが目を瞬かせる。

 確かに普段のユーレッドは甘いものがさほど好きでないらしい。それはタイロも知っている。その彼がこんな籠城生活中、いきなり生クリームたっぷりの甘いケーキを所望するとは異常事態だ。

「しかも、流行っているケーキ屋から買ってこいとか、そんなん興味ありました? もしや若いカノジョでもできたので?」

 からかうように絡むトムに、本気で嫌そうな顔をしながらユーレッドは気怠く返す。

「うるせえな。そんな暇あるか。必要だから頼んだんだろ」

 ふと唇を左側だけ引き攣らせ、ぎらっと睨みつける。

「それとも何か、お前、俺にあんな店に買い物行けって?」

「いっ、いえ、すみませーん。そんなつもりは毛頭なくってー」

 どき、と体を硬直させて、トムは慌ててへつらってみる。

「あの、なんかまた用事があったらどうぞ」

「ああ。その時はな」

 とユーレッドは軽く答えつつ、にやっと笑って釘を刺す。

「だが、てめえ、今度の今度こそ、身元のわからねえところに情報売りやがったら、真っ先に殺すからそのつもりでいろよ」

「はは、そんなことするわけないじゃないっスか」

 トムはびびりながら表情を引き攣らせる。

「それじゃ、これで」

 ラッキー・トムはぺこりと頭を下げて去っていく。


 ユーレッドはそれを眺めた後、しばし、周囲を伺う。スワロのレーダーが微かに動いているらしく、かすかな電子音がした。その結果を確認したらしく、ユーレッドは、ふむ、とうなずく。

「大丈夫だな。スワロ帰るぜ」

 ユーレッドは囁くように呼びかけると、そのまま来た道を同じように引き返す。工場跡地に戻り、建物の鉄の扉を開けて中に入ると、再び、硬質な足音を響かせて、階段を下りていく。

 向かう先は半地下になっているらしかった。そういえば、さっきはユーレッドは上がってきたのだ。

 階段を降りると、やはりうちっぱなしのコンクリートの壁が続く。無機質な、どこか湿った回廊を通っていく。電気系統は生きているらしく、古い電灯が暗くとぎれとぎれに回廊を照らしている。

 ユーレッドは無言だが、別に機嫌が悪いわけではないらしい。じっくり角度を変えて観察してみても、彼がケーキの箱を彼が本当に丁寧に運んでいるらしいのがわかる。

(なんだか、ちょっと笑える絵面だなー)

 しかし、面と向かって笑ったら殺されそう。

 と、ふとユーレッドが足を止めたらしく、スワロも止まった。きゅ、とスワロが警戒の音を立てるのを、ユーレッドは軽く左腕を上げて制する。

 彼らの進む狭い廊下に、三人の男が壁に背をつけて立っていた。

 戦闘に適した服装の割りに、銃器以外の武器を携帯している。おそらく、獄卒だ。

 確か、アルル・ニュー事件にはユーレッド以外に実行犯として獄卒が三人関わっていた。ということはこの三人がそうなのだろう。

(うわ、人相悪っ!)

 一目見て、タイロは、思わず声に出しそうになった。

 そりゃあ、ユーレッドだって人相は良いわけではない。彼だって、多分顔に傷がなくたって、到底堅気には見えない。服装のせいもあるが、雰囲気も異常なところがある。

 しかし、タイロが言った通り、まだしもユーレッドには謎のヒーロー性はあるのだ。それがどこから湧いてきているのかはわからないものの、一言で言うと彼はあからさまに悪そうだが、意外と格好は良いのである。

 それに比べて目の前の獄卒三人は、並みいる獄卒の中でも、この上なく見た目からして悪そうな奴らなのであった。

 体格が良くて、何か耳に大きな穴が空いている男、細くてユーレッドに似た雰囲気だが、目つきがやたら悪くて残忍そうな男、それと背の高い傭兵風な感じだがスレて冷徹そうな男。

 場数を踏んでいることは、タイロみたいな若造でもすぐにわかる。

 が、それだけに、その三人も他の獄卒と比べても、群を抜いて危なげな気配がある。

(なるほど、ユーレッドさんが信用に値しないとか言い出すの納得。普通の獄卒はこの仕事受けるはずがないとか言ってたもんね)

 良く考えれば、あのユーレッドがそこまで言うのは余程なのだ。それにこの危険な仕事に応じてきているということは、それなりの自信も実力もある相手だということだった。

 二人は端末型ナビゲーションを使っているのか、腕にはめた端末がやや大きく、いかつい。獄卒用の基本的なアシスタントの機能を備えた高性能のもので、タイロの見ていたカタログでも結構高級だった。

(アレが手に入れられるって、やっぱり獄卒としてはエースだよねえ)

 そして、もう一人の傭兵風の男の周りに目を移すと、スワロと同じようなアシスタントが一機、ふわふわと浮かんでいた。

 スワロとは形式は少し違うが、確かに索敵用のアシスタントのようである。武器由来型で自律型の、最もコストがかかるスワロほどではないのだろうが、それでも自律型アシスタントを食わせることができるレベルの実力はあるということらしい。

(あれ、スワロさんより新型で自律式のやつだ!)

 タイロは獄卒用アシスタントが好きなので、自然と興奮してしまう。

(SWシリーズ以外の型だよね。カタログで見たことある。人工知能搭載ナビゲーション付きだけど、人格はスワロさんみたいにガッツリは作りこまれてないんだっけ? 武器由来型とそうでないやつがあったけど、あれは違う奴かなあ)

 等と考えながらしげしげと観察する。

(しかし、スワロさんより、兵器って感じだよね。ドローンタイプみたいな?)

 しゅるると上下しながら浮かんでいるアシスタント。

(うーん、無機質)

 T-DRAKEの連れていた、蝶の形のビーティーと呼ばれていたアシスタントも不可思議だったけれど、スワロやビーティーはなんだか生き物ぽさがあったのだ。

 目の前の丸いアシスタントが普通の最新式の形なのだが、スワロたちになれた今見てみると随分無機質だなと感じてしまう。

(やっぱり、なんかスワロさんのが旧型なのに動きが人間的っていうか……。アシスタント端末の人工知能なんて、どことも似たようなもんだろうなとか思ってたけど、そう考えるとスワロさんってすごく人間ぽい。うーん、愛されてると勝手に成長してヒトっぽくなるんだろうか。ユーレッドさん、スワロさんによく話しかけてるもんな)

 思わず人工知能の成長やら何やらに思いをはせてしまうタイロである。

 しかし、状況はそんなにのんきにしていられる場合でもない。

 相手のアシスタントがユーレッドとスワロを観察しているのは確かだが、それは明らかに敵対行動でもあった。

 この険悪な雰囲気はただ事ではない。

(この雰囲気、なに、もう仲悪いの? この人たち……)

 タイロは見ているだけのはずだが、妙に臨場感があることもあって、そのとげとげしい空気に息をのんでしまう。

 しかし、ユーレッドはユーレッド。彼もそれに対して怯むような男でもないわけだった。

「そこ、通るんだが」

 薄ら笑いを浮かべつつ一言。

「そこに立たれていると通れない。道を開けてほしいんだがな」

 平然と声をかけたユーレッドだが、すでに目が笑っていなかった。


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