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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-C:唄う魔女ウィステリア
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9.錆色共通言語


 タイロとスワロをウィステリアの楽屋に置き去りにしたあと、ユーレッドは一人ホールに戻っていた。カウンター席で軽めの酒を頼んで、ちびちびとやる。

 タイロの手前、偉そうにしてみたものの、ユーレッドはそれほど酒が強いわけではないので、うっかり前後不覚になるわけにもいかないから、ここは慎重になっているようだ。本当に寝落ちしてしまう。

 ステージには、半ば背を背ける形で座るが、それでもウィステリアの声がよく響いていた。ちらりと視線だけ一度やる。

「いい女だよなあ」

 不意に隣に座っている男が話しかけてきた。

「いやあ、本当、いい女だよ。あんまり褒めるとうちの嫁に怒られちまうが」

「声だけはな」

「またそんなこと言ってんのかい? もったいない男だな」

 隣の男は暑いのか、派手なスーツのジャケットを肩にかけ、ちょっと洒落た雰囲気の出立ちをしている。顔立ちは整っていてなかなかの美男子で、いかにもモテそうな伊達男だ。

 しかし、それはクラブに入る前に、A共通語でタイロに道を尋ねてきた男でもあった。

「なんか万年風邪ひいてる感あるけど、相変わらず元気そうだね、ユーさん」

「その呼び方辞めろ」

 ユーレッドは不機嫌に言い捨てる。

「え、ユーさんって駄目?」

「当たり前だろ。馴れ馴れしい! その呼び方されんのムカつくんだよ」

「そりゃあ残念。じゃあ兄貴」

「誰が兄貴だ」

「それじゃあ、差し詰めBrotherってか?」

「同じ意味だろうが」

 ユーレッドは肩をすくめて、ため息をつく。

「大体、俺はお前に兄貴とか呼ばれる筋合いはねえぞ。ソーン・ライト」

「いいじゃねえか。系統としては似たようなもんだろ」

 ソーンと呼ばれた男は、いかにも明るく肩をすくめる。

「ほれ、この世界の人間には、タネ本があるとかいう話あるじゃねえか。俺たち、多分遠からずってところから派生してるぜ?」

「ふん、俺は趣味で喧嘩商売してるような、カミさん持ちの男前と同類に括られりゃしねえよ」

「そうかなあ」

 皮肉っぽいユーレッドだが、ソーンは特に気にしない。

By the way(ところで)

 ユーレッドは自然とA共通語に切り替えて、そのままつらつらと話す。

「さっき、どうしてあの小僧にA共通語で喋りかけたんだ?」

「Ahー、アンタと同じ理由(reason)だな」

 ソーンは笑いながら、そのまま完全にA共通語に移行する。ただし、彼らの使うA共通語は、少し古風な気配がある。

「そ。今、アンタがA共通語で俺に話しかけてンのと同じ理由」

 ちらとソーンは、笑いながら視線を後ろにやった。そこに黒い服の男が数名飲んでいる。

「普通に話すと盗聴されてそうだしな。急に怪しい奴が増えてるぜ」

「Right」

「A共通語の話者は今は少ないからな。比較的国際的だといわれているここだってそうさ。それに俺やアンタの使うのはいわゆる旧式言語(Old type)だし。翻訳使われりゃ内容はわかるだろうが、雑音の多いこんな場所だと不正確。で、他の獄吏や獄卒なんかに又聞きされなくてすむ。ちょっとした暗号がわりで便利なんだよな」

 ソーンはそう言って、

「いやさ、なんかアンタみたいな奴を見かけたんだが、札つき獄卒のアンタが管区外渡航してるわけねーと思ってよ。他人の空似も多いから。で、A共通語使えるか試そうと思ったら、ツレがいたんでそっちに話しかけちまったというわけだ」

「餓鬼からかうのはやめてやれよな」

 ユーレッドはため息混じりにいいつつ、

「だって珍しいじゃねえか。アレ、新しい相棒か何か?」

「俺はそんなの連れねえよ。引率の獄吏だよ、あの小僧は」

「ははあん。引率付きだから管区外渡航できてるわけか」

 ソーンはからっと笑う。

「そうだよ。趣味と実益兼ねて、獄卒でもねえくせに囚人狩ってるどこぞの賞金稼ぎ(バウンティハンター)みたいに気楽じゃねえんだ」

 ユーレッドは苦笑しつつ、

「といっても、俺も、今なんの任務(Mission)でここに呼ばれたのか知らねえんだがな。獄吏の小僧も知らねえんだから、俺が知るはずもない。E管区由来の囚人の討伐をしてくれと聞いたが、そんな任務(Mission)、わざわざ俺達のような底辺呼ぶまでもないだろう」

「そうとは限らねえよ。色々あるのさ、この街には」

 にやりとソーン・ライトは笑う。

「自由な分、色々ヤバイのも多いんだぜ。アンタが呼ばれたの、なんだかとてもわかるよ」

「へえ」

 ユーレッドは気のない返事をしつつ、

「でも、ま、その自由に慣れてそうなところを見込んでいくつか聞きたいことがあってな」

「マリナーブベイの囚人の話か? そりゃあ、ここのは相手しがいはあるぜ。困った金持ちが俺らのような連中を呼び寄せるくらいにはな」

 ソーン・ライトは確かに獄卒ではない。が、彼の仕事も囚人を狩ることだ。彼らのような存在は賞金稼ぎと呼ばれている。

 通常、囚人狩りは獄卒か、管理局の正規軍である戦闘員コマンドの仕事。獄卒になるほどの悪党でなければ、まず戦闘員コマンドに応募するが、やはりどこでも私兵の必要はある。

 獄卒は肉体改造を受けていて、対汚泥には強いが、移動制限が厳しいし、人格にも問題のあるものも多く、制御が難しい。

 一方で、正規軍の戦闘員コマンドを動かすには、管理局の煩雑な書類提出が必要不可欠である。

 よって、金で簡単に動かせ、しかもコミニュケーションも取りやすい民間人の戦闘員の需要はどこにでもある。汚泥に対抗するにはある程度の専門知識や経験も必要なので、ただの用心棒では不足なのだ。

 ソーンはもともとE管区のシャロゥグ周辺を根城にしていたため、ユーレッドとも面識があるのだが、といっても、ソーンは、ユーレッドのような獄卒よりは自由があるので、割と気楽に商売はできている。

 それに、獄卒とはまた違うネットワークがあり、情報の系統が違うことがある。

 お互い情報交換することが得策だった。

 先ほど、クラブの前で出会った時に、ソーン・ライトがユーレッドに尋ねたのは道ではなくて、このクラブに入るのかどうか、何時までいるのかどうかということだ。

 情報交換したいので、夜の九時にホールで飲もうという話である。

 そして、今がそのちょうど九時。

「お前も依頼されてここにきてるのか」

「それもあるけど、どっちかてえとこの街に興味もあったしなー。こういうところには喧嘩の種も多いから商売になりやすい。特にマリナーブベイは、管理者アドミ側の事情も絡んでるからな。複雑怪奇な街ほど、もめ事は大きくて楽しいよ」

「なるほど。お気楽なもんだ」

 ユーレッドは皮肉っぽくいいながら、

「それじゃ、おめえはこれが何かわかるかな?」

 胸ポケットから例のチップの入ったビニールを取り出す。

「これは、昼間、俺が遊んだ囚人が飲み込んでいたものだ」

「ああ、それか」

 ソーンは一目で何かがわかったらしく、それほど驚いた様子もない。

「それは囚人コントロール用のチップだぜ」

「コントロール?」

 ユーレッドは怪訝そうに眉根を寄せる。

「ここの管区では、あの汚泥濃度の囚人を制御しているのか?」

「制御ってのは言い過ぎかな」

 ソーンはそう付け加える。

「あと、汚泥濃度が高いのは、この街ではそんなに珍しいことじゃない。この街は、汚泥を含む廃棄物のコントロールにはとうの昔に失敗していてさ、あちらこちらの土壌が侵されてるんだ。それで、マリナーブベイでは街中に囚人が出る。ビルの谷間とか、人のいないようなところでは至る所でな」

 ソーンは、肩をすくめた。

「でも、流石にアレ、迷惑でね。それで、犠牲者が増えないようにチップ飲ませて一帯から出ないようにしている。チップを食わせれば、一応、出没範囲が決まってくるし、あまり日の当たるところには出てこなくなる。そうして、住人も出る場所は知ってるから近づかない」

「なるほど。人の全くいない場所があるのはそのせいか。被害はないのか?」

「地元民はな。とはいえ、観光客含めて、知らねえ奴は食われる時は食われるだろ。で、それはそれで困るんで、個別に掃除して欲しいから俺らみたいなやつが必要になる」

 ソーンは酒を含みながら、

「管理局の戦闘員コマンドはあてにならねえし、第一ここじゃ地区によっては、管理者アドミの管轄が違うだろ。派遣してもらうまでの手続きが、超めんどくさいわけ。それじゃあマリナーブベイお抱えの獄卒に頼むといったって、獄卒だろ。アンタの手前悪いけど、獄卒連中には壊れてる奴が多いからね。まあまだしも、荒野に送り込むならともかく、ここで狩らせると市街戦。なんかの拍子に矛先が変わったらえらいことだし、やらせたくねえわけだ」

「はは、どことも変わらねえな」

 ユーレッドは冷笑する。

「要するにコイツは、市街地に入り込んだ囚人の制御装置ってわけか」

「まあ、元々は生物兵器作成装置みたいなもんだぜ。囚人の軍事利用しようと思って作ったブツらしいから」

「God damn! そりゃあ、なかなか見下げた下衆な思考だな」

 ユーレッドは苦笑しつつ、

「しかし、それじゃあ、管理局の奴ら、コイツで囚人にある程度は命令を聞かせられるということか」

「んー、そうだなあ。リスクは高いが、ある程度はね。ただ、そこまでの強制力のあるチップ埋めてるのは、このマリナーブベイでも地区によるとしかいえないな。反動が怖いからさ。大部分を管轄している管理者Cの支配区域と、彼との共同統治地区だとそんな危ないことはしてないよ。だけど、そこから外れると……。たとえば、危ない地域は」

「あのでかい橋の向こう側だな?」

「Got it」

 ソーンはにやつきつつ、

「なんだ、見当ついてるのか。あっちは管理者アドミXの自治区だよ」

「そこに入り込んできたT-DRAKEに、ジャマー付きの刺客みたいなやつが差し向けられていたから、そうじゃねえかとは思ったんだ」

「T-DRAKEか。あの人、ここにいるの?」

「いるぜ。うっかり連れといるときに出くわして、こっちが肝を冷やした。アイツ、何しでかすかわからねえからなあ」

 興味津々のソーンに、ユーレッドは苦笑する。

「だが、さすがのアイツとはいえ、囚人けしかけられているってのは、穏やかじゃねえ話でな」

 ユーレッドは眉根を寄せつつ、

「ドレイクは、アレで管理局の”平和維持”に一応役に立っている。しかし、危険視はされているし、囚人をけしかけられることはないでもなかった。俺でもあるんだから、アイツはもっとあるだろう。だが、あんなふうに明らかに標的絞られて狙われてるのは、今までなかったぜ。その縄張りの主の管理者アドミXってのはそんなにヤバいやつなのか?」

「さあ、管理者アドミの人柄なんざあ、俺たちにはわかるはずもないぜ。ただ、一つ、Xって現地でもほとんど情報ないんだよな。あの橋の向こう側の地域(Area)をもらってるんだけど、その地域(Area)、囚人も多くて一般人はほとんど住んでいない。だけど、管理局所有の古いMuseumとか、そういう施設があるとか」

博物館(The Museum)?」

「色々な管理局の遺産を集めた場所だ。宝探しに行くやつも昔はいたらしいんだが、最近は囚人が多すぎて肝心の管理局ですら近づけない危険な場所さあ」

「ふむ、博物館か……」

 ユーレッドは何かしら考えていたが、

「All right。なんか読めてきたぜ……」

 と、ふとソーンが身を乗り出した。入り口の方で白いドレスを着たうつくしい女が手をあげている。

「おっといけねえ。可愛い嫁待たせてたんだった」

「相変わらずだな。当てられちまうぜ」

 ユーレッドは気だるく答える。ソーンは結構愛妻家であるらしいが、仲睦まじすぎてそばのものが当てられてしまう。

「それじゃ、なんかいい情報あったら頂戴」

「ああ。悪かったな。お陰で参考にはなったぜ」

 ソーンは酒をぐいと一気飲みすると、A共通語から言葉を元に戻す。

「それじゃ、ユーさん。また」

「だから、そのユーさんっての、やめろっていってんだろ!」

 ユーレッドが苦々しい顔になるが、ソーン・ライトは懲りていない。

「まあまあ、いいじゃねえか。それじゃ、またね」

「相変わらず、いい性格してるぜ」

 ユーレッドは皮肉っぽく言って、その背中を見送り自分も酒を飲み干した。

 半分背中を向けたステージでは、相変わらずウィステリアの歌声が響いていた。

 ユーレッドはしばらくその歌声を、ステージも見ないでぼんやりと聴いているようだった。


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