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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-C:唄う魔女ウィステリア
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8.薄紅の控室

 化粧品と香水の香りがする部屋だった。

 きらびやかな衣装がハンガーにつってある。化粧品はきれいにドレッサーの前に並べられてはいるが、口紅だけがころんと転がっている。

「ここ、いてもいいのかな」

 ここは、あの歌姫ウィステリアの楽屋だ。

 意外と広い控室をもらっているのだなと思うとともに、色々と落ち着かない。

 タイロはどぎまぎしつつ、居心地悪そうに、楽屋の椅子に座ってつぶやいた。

 きゅ、とスワロが目の前の机の上で小首を傾げる。

 何を落ち着かないのかといわんばかりである。

「んー、綺麗な女の人の控室とか、落ち着かないよ。スワロさんにはわからないかもしれないけどー」

 タイロは言い訳するようにそう言って、ふうとため息をついた。

「しかも、ユーレッドさん、どっかいっちゃうしさあ」


 話は少しさかのぼる。

 煙草を吸いに行くといって席を外したユーレッドが、ふらっと戻ってきたのは、タイロが半分寝落ちしかかっているころだった。

 ウィステリアの歌に聞き惚れてはいたが、それだけに心地よい眠気を覚えてきていたのだ。

 完全に油断したころに、いきなり戻ってきたユーレッドがぐっと襟を引っ張って起こしてきた。

「おい、寝てんのか、お前」

「あ、いえっ、全然寝てません!」

 反射的にそんな風に答え、タイロは慌ててしゃきんと背筋を伸ばす。といっても、ユーレッドも別にそんなことをとがめるつもりもなかったらしく、それ以上は突っ込まない。

「あいつの歌も半分いったんだろ。そろそろ移動するぞ。ここにいると寝ちまうぜ。酒入ってるときに聞くあいつの歌は、何かと眠気を誘うからなあ」

 なんかヤバイ電波でも出してるんじゃねえか。

 ユーレッドは本気かどうかわからない感想を述べる。

「え、移動するってどこにです?」

「ウィスの奴、楽屋で待ってろって言ってたろ? 今なら人が少ねえから入りやすいんだよ」

 確かに、ホールの者はウィステリアの歌に聞き惚れている時間帯だ。ちらりと廊下の関係者以外立ち入り禁止の表示のほうを見ると、廊下自体に人がいなさそうだ。

「先に会計済ませてから入るぜ」

 そういってユーレッドは、タイロを伴ってさっと支払いを済ませる。

 例のサービスクーポンを使いつつ、非常にお得なお勘定(それでも結局ユーレッドが払ってくれたが)を済ませると、二人して人気のない廊下から関係者だけが入れる通路に入る。

 誰も止めに入るものもいないが、タイロは少しどきどきしてしまうが、ユーレッドは平然としていた。

 カードキーに番号が書いてある。ユーレッドは指定された番号の扉の前に泊まると、ウィステリアから渡されたカードキーを使う。

 難なく扉が開き、中に入ることができた。控室の周りにもちょうど誰もいない。

(こんなに不用心でいいのかなあ)

 ちょっとタイロはその辺心配になるのだが。

 といっても、カードキーをもって入り込んだわけなので、何も持っていない人間相手にはセキュリティが働くのかもしれない。

「ここで寝るなり、飲むなり食うなりして待ってろ」

 ユーレッドは当たり前のように冷蔵庫から酒を取り出してとんと机に置く。中にはスナックのようなものもある。

 ウィステリアが自分の奢りと言っていたので、そういうことなのだろう。

 しかし、そう考えるとユーレッドとウィステリアの関係がますます気になるタイロだった。

「じゃあな」

 冷蔵庫をしめると、さらっと行ってしまいそうになるユーレッドに、慌ててタイロは呼び止めた。

「あれっ、ユーレッドさんはここで待たないんです?」

「ちょっと用事があってな。後で戻ってくる」

「えっ、ここにいましょうよー」

 タイロは必死で引きとめる。あまり知らない女の控室に一人いるのは気まずい。

 ユーレッドはしかし冷たい。

「甘えてんじゃねえよ。直ぐ戻ってくるって言ってんだろ。いい子にしてスワロと遊んでろ」

 ユーレッドはそう言って結局出ていってしまったが、タイロの目の前にはスワロが残されていた。


「ユーレッドさん、どこ行っちゃったのかなあ」

 きゅー、と目の前の机の上のスワロが呟く。

 相変わらず、スワロの言葉はユーレッドにしかわからないのだが、なんとなーくスワロの言いたいことはタイロにはわかりつつあった。

「ほっといて大丈夫って?」

 ぴ、ぴ、とスワロが頷く。あんなわがままなご主人勝手にさせておけ、といわんばかりだ。

「スワロさんは厳しいなあ」

 タイロは苦笑する。

 なかなかスワロとユーレッドの関係も、隣で見ていても面白い。

 スワロは人工知能のわりに人間ぽい。

 ハローグローブでは人工知能の技術は進んでいるけれど、人型の、いわゆるアンドロイドの製作は許可制で、あまり盛んではない。それは人工知能についてもそうで、人にあまり近いものは許可を取るのが大変なのだ。

 もちろん、管理局の内部には、精巧な人型ロボットも人工知能もあるらしいし、管理局のマザーコンピューターはとても優秀な人工知能らしいのだが、それはそれとしてである。

 特に獄卒用のアシスタント端末に使われるような人工知能は、もうちょっと機械的なのだと思っていた。彼らに人格が与えられているのは、獄卒のメンタルケアを重視したカウンセリングの目的なのだ。しかし、獄卒の性質も性質だから、せいぜい可愛がってペットぐらいなものだと思っていた。

(スワロさんが特別なのかなあ。これ)

 かわいがられているアシスタントの人工知能は、成長して人間に近づくことがあるとかいう噂は聞いたことはあるけれど、ここまで人間らしくなるとは思っていなかった。

 ともあれ、スワロは口うるさい世話女房みたいな部分あり、一方、ユーレッドはああいう性格。そんな彼らなので、表向きお互い口が悪い。しかし、ユーレッドは平気で毒づく割りに、本当にスワロが傷つきそうなことは言っていないので、彼がスワロをかわいがっているのは一目瞭然だった。

 第一、ユーレッドはスワロに人間に対するように話しかけている。傍目には独り言に見えるので、ユーレッドがアブナイ人に見えかねない行為なのだが、彼はその辺気にしないので平気だ(まあ、ユーレッドは本当にアブナイ人ではあるけれど)。

 それも含めて、ハブとかいう獄卒が、ユーレッドはスワロをとても大切にしていると言ったのもわかる。

 そのスワロをタイロに任せておいていくのは、彼としては珍しい行動ではあるのも確からしい。信用してもらえているのは、タイロとしてはちょっと嬉しい。

「でも、スワロさんのおもりじゃなくて、スワロさんが俺のお守りしてるんだよね、これ」

 と思い至ってつぶやくと、スワロが当たり前と言わんばかりに、ぴぴ、と鳴く。

 タイロは思わず苦笑するが、それはそれでと考えを切り替える。

「うん、それじゃあ俺の身も安全だね。一人でいるのも怖いしさあ。まあカードキーはユーレッドさんが持ってるし、ここで大人しく待っていようかな」

 タイロはそう考えると、この楽屋にいることにして、缶ビールを開けて一口飲み始めた。意外とタイロは酒には強い。

 顔を上げたところにあるウィステリアの髪飾り。きらきらのティアラは、お姫様を思い起こさせた。

「お姫様」

 ふと、タイロは先ほどの話を思い出した。

 アルル・ニュー。

 または、キサラギ・アルル。

 そんな名前だという、不思議な少女。

 ユーレッドから聞いた話でも、ディマイアスから聞いた話でも、イマイチイメージがよくわからなかったのだが、一つだけ確かなことは彼女は”お姫様”だということだ。

「黄昏世界のお姫様かあ」

 思わずぽつりと呟くと、スワロがききつけて、きゅ、と鳴いてタイロを見上げる。

「あ、ごめん。独り言。いやね、お姫様のこと思い出してたんだよ。ヤスミちゃんに調べてっていったら、ある程度調べられそうだけど、怒られそうだよね」

 へらっと笑ってタイロは、改めてため息をつく。

「でもさあ、秘密の安全装置のお姫様なんて、なんだか小説とか読んでるみたい」

 ぴぴ、とスワロが小首を傾げるのを、タイロは軽く撫でやりつつ、

「でも、ユーレッドさんにとっても特別な子なんだね。きっときれいでいい子なんだろうな」

 スワロは何やら演算でもしているように、しばらくタイロを見ていたが、ふとひょいと机の上に降りていってその片隅を探り出した。

 何か机の上のものをスワロが調べているようなので、タイロは気になる。

「どうしたの?」

 スワロが探っているところには、ヘッドフォン付きのゴーグルがあるようだ。多分結構高いやつ。

「何調べてるの、スワロさん。これ、VRとかに使うメガネでしょ」

 きゅ、とスワロは、ゴーグルを押しやってきた。

 反重力エンジンを積んでいるスワロは、それを利用して軽いものを浮かせることができる。それを利用して、右手が使えないユーレッドの手伝いをしてあげたり、物を取ってあげているのを見たことがある。

 その力を使ったスワロによって、微かに浮いているゴーグルがタイロの手に乗る。

「覗いてみるの?」

 きゅきゅー、と、スワロが促すので、タイロはとりあえず被ってみる。

 目を開くとすぐにゴーグルの電源が入ったらしく、目の前に立体的な映像が入り、音が流れ出した。

 それは先程から遠くで聞こえてきていた、ウィステリアのステージだった。ウィステリアの甘い声が実際にそこにいるように響く。

「おおー、すごい臨場感だね! このメーカーのゴーグル知ってるよ! 流石に音質もいい!」

 バーチャルリアリティを利用したライブ映像はそんなに珍しくはないが、道具が良いことと酔ってるせいもあってかちょっと感動的だ。

「なるほどー、ここにいてもパフォーマンスが楽しめるって、こういうことだね。これで音楽聴きながら待ってろってこと?」

 と、タイロがスワロに話しかけた時、ふと、目の前の映像が乱れた。

 ノイズが走って、音が聞こえなくなる。そして、ぷつんと画面が暗転した。

「あれっ?」

 故障か? と思った時、ふと別の映像が見えてきた。

 暗闇の中、ノイズがしばらく入り混じる。

 音が聞こえる。

 硬質な、かん、かん、という足音。床が金属でできている。

 いや、階段? 壁は打ちっぱなしのコンクリートだ。階段を誰かが上っているようだ。

(どこだ、ここ?)

 なんの映像? 

 そう思った時、ふと声が聞こえた。

「スワロ。外に反応はないな?」

 ハスキーな低めの男の声。そして、きゅ、と返答。

 カメラの前に大きな手が伸びてきて、軽く撫でられたようだ。

「まったく、過激派だがなんだか知らねえが、手間取らせやがる。こちとら、おひいさまの面倒で手一杯なのによ」

 ちらと人の顔が映る。サングラスをかけた男だが、その右目の上に傷跡が走っていた。

(ユーレッドさん!?)

 その映像に移っている男は、まぎれもなくユーレッドだった。

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