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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-C:唄う魔女ウィステリア
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7.鈍色喫煙室


 遠くでウィステリアの歌声が聞こえる。

「くそ、眠くて仕方ねえ」

 喫煙所には他に誰もいない。しかし、ユーレッドは別にタバコをくわえるでもなく、自動販売機で買った水を飲んでいる。

 明らかに酔い覚ましのようだが、別に喫煙室でやらなくても良いようなものだが、彼には彼なりの理由がある。

「流石に飲み過ぎたかな」

 ユーレッドは思わず苦笑いだ。

 きゅきゅー? とスワロが大丈夫かと言わんばかりに、小首を傾げて覗き込んでくる。

「きゅーきゅーうるせえなあ、お前は」

 ユーレッドはそう言うが、昼間のような苛立ったような感情はなく、どこか親しみのある調子だった。本気で腹を立てているわけではないらしい。

「あいつの前で水とか飲んだら、カッコ悪いだろうが。あのまま寝落ちして馬鹿にされるのも嫌だしな。しょうがねえから、一服分休憩すんだよ」

 ユーレッドはため息をつきつつ、水を足元に置くと壁に背をもたせ、ジャケットの内ポケットから煙管を取り出した。

「ちょっと頭スッキリさせてから、戻るぞ」

 と、ユーレッドが一服ふかしはじめる。

 そのカートリッジの中身が普通の煙草ではないことは、スワロもよく知っている。

 あれは、単なる鎮静剤だけでもなく、彼の持病の神経痛の治療の為のものでもある。

 不意にきゅ、とスワロが鳴く。

「ん? なんだ、着信?」

 他人にほとんど連絡先を教えない、そもそも連絡取る気もない。そんな、ユーレッドもこの社会においては、一応情報端末をもつ必要性くらいある。

 が、やはり、ユーレッドが使うのは主に情報検索用に使うだけで、通信や電話機などとしてはほとんど使わない。EメールやSNSなどとも当然無縁。たまにハブあたりが連絡してくることもないでもないが。

 しかし、そんな彼にも、どうしても報告が必要な相手はいるのである。

 それなもので、一応手荷物に簡易の端末自体はあるのだが、ほとんどスワロと同期させていて、もっぱらスワロに管理させている。

 ユーレッドはその気になれば、スワロから映像や音声も受信できるので極論すればタブレットなども必要ない。まあしかし、なんでも頭の中でやってしまうのも疲れるので、その辺、ユーレッドはスワロとの密接なアクセスは大体戦闘関連に限って切り分けていた。

 しかし、電話については、頻度が稀なこともあってそのまま繋ぐことも多い。

「ほう、あのもじゃもじゃ野郎、ようやく気付いて連絡してきたか。いいぜ、つなげ」

 きゅ、とスワロが返答して、接続を開始する。

『ようやくつながったか? お前、どこにいる?』

 唐突に大きな声が聞こえて、ユーレッドが耳を押さえつつ嫌そうな顔になる。

「声がでけえんだよ。俺は直に聞こえるんだから神経に響くだろ! もっと静かにしゃべれないのか?」

『それは悪いな。あまり得意ではないんでな』

「頼むぜ、センセイよ」

 聞き覚えのあるだみ声が聞こえて、ユーレッドはため息をつく。

『で、お前、マリナーブベイにいるらしいではないか』

「ようやく気付いたか」

 ユーレッドは苦笑しつつ、

「さすがのエイブ=タイ・ファセンセイも管区外渡航に慌てたのかよ?」

『まさか。それくらいなら別に連絡もせんぞ。放置する』

「いや、すんなよ」

 ユーレッドは呆れて思わず素になりつつ、

「監視対象が管区外に出るのはやばいんだろ」

『どうせお前なんぞ放置してても、獄卒相手に喧嘩するくらいだろう。ロクなやつしかいないことだし、大勢に影響ないわ。おれはいろいろ忙しくてな』

「へええ、そいつは随分と信頼してくれたもんだな」

 ユーレッドは皮肉っぽく言いながら、

「それならなおさら、今更何を連絡しに来たんだ?」

『お前、インシュリーに会っただろう?』

「話が早いな。言っておくが、あっちが喧嘩売ってきた。俺は何もしてねえよ」

『そういうことを言っているのでないぞ。あの男が失踪しているのは、お前も知っているだろう』

「うっすらだけな。あ、別に俺がなんかしたわけじゃねえぞ」

『それは知っている。もしなんぞしていたら、今頃そこにお前がいるはずないだろうが。それなりの対処はしているぞ』

「ほほう、脅してくれるじゃねえか」

 物騒な言葉にユーレッドは笑いながら、煙を吐く。

『あの男の後ろに誰がついているのか、実はいまだにわからないのだ。何かわからなかったか?』

「いや。そんなもん、俺にもわからねえよ。マリナーブベイにいるんだ、ここの管理者アドミじゃねえのか?」

『管理者Cではないのはたしか。ただ、他の管理者アドミが入り混じっているからな』

「C? いや、あの新米獄吏の小僧は、この件は管理者アドミXの管轄と言っていたが?」

 ユーレッドは小首を傾げる。

「この一件に絡んでいるのは、管理者アドミXだぞ」

『管理者X?』

 相手が意外そうに繰り返す。

『まさか間違いでは?』

「確かだぞ。相手が変な仮面をかぶっていたとも言っていたがな。インシュリーもその一員だったとか」

『なんだと? まさかよりによって管理者X、いや、あれはそもそも稼働していないと聞いていたのだが』

 タイ・ファが何やらブツクサ呟く。それを聞いてか聞かずか、ユーレッドは肩をすくめた。

「俺は管理者アドミの権力闘争にゃ興味ねーよ。俺達を巻き込まねえで欲しいもんだ。それより」

 ユーレッドはやや緊張した様子になった。

「この街はどうなってる? 真っ昼間から街中で囚人がうようよしやがる。普通じゃねえよ。それどころか」

 ユーレッドは懐からビニール袋を取り出した。中には汚泥の黒い汚れが付着していたが、その中にあるのは何かのチップかカードのようだ。

「アイツら、中にこんなもん飲み込んでやがる。しかも、対獄卒用ジャマーの最新式のやつを抱えてな。動きが恣意的すぎるんだよ。センセイは、スワロを通じて画像見えてるだろ。こいつが何かわかるか?」

『ふうむ、いきなり言われても答えようがないわい。だが、お前の言う通り、人為的な何かは感じるな。確かに囚人を操作する為の技術は存在するが、そんなものはなかなか使えないはずが』

 エイブ=タイ・ファがうなる。

『ウィステリアがそこにおるだろう。あの女に鑑定に出してもらえ。おれは機械は苦手だ』

「チッ、役に立たねえなあ」

 ユーレッドは皮肉混じりに笑う。

『マリナーブベイの街については、調べておくが、その辺りにいる戦闘員くずれの方が情報が詳しいかもな。現地の獄卒相手だと喧嘩になりかねん』

「縄張り争いになるからな。だが、獄卒らしいやつを見かけてねえんだ。その辺もなんかおかしいぜ、ここ」

 ユーレッドがそういうと、うーむと唸る声が聞こえる。

『それもそうだな。わかった、少し調べる。その代わり、お前もおれにも情報を流せ』

「そいつは努力義務だなア。ま、考えておくぜ」

 ユーレッドは生返事をしたが、ふと真面目になって、

「そうだ。ついでと言っちゃなんだが、アルルのおひいさまにはどうしてる? ウィスが気になることを言っていたが、何かあったのか」

『アルル嬢のことは俺はノータッチだからなあ』

 あっさりと期待の待てない返事があったので、ユーレッドは呆れつつ、

「ちッマジで使えねえセンセイだな、あんた。じゃ、お互いもう用事ねえよな。ちょっと連れを待たせてて急ぐ、もう切るぞ」

 と、せっかちなユーレッドが通話を終了しようとした時、唐突にタイ・ファが焦って声をかけてきた。

『あ、待て待て。その連れのことでも話があるのだ。新米獄吏と一緒にいるのだろう』

「は? タイロのことか? なんでお前が知ってる?」

 ユーレッドは意外そうに片眉を引き攣らせる。

『あの小僧のアシスタントの娘は、おれの手伝いをしてくれているからな』

「ああ、あのジャスミンとかいう娘のことだな。それで合点がいった。素人獄吏のお嬢ちゃんにしちゃ、有能すぎると思ったんだ」

 ユーレッドは納得したとばかりに頷きつつ、

「間違いだらけだから、比較的セキュリティの甘い情報だとはいえ、あの報告書にこんな短時間でアクセスできるとはなと思ってたぜ。管理者アドミ直属の調査員エージェントのセンセイの助手なら仕方がねえなあ。どうせ、センセイがあのファイル抜いてきたんだろ」

『まあそんなところだが』

 と、エイブ=タイ・ファは苦笑いしつつ、

『まあ、そんなことでだ、あの小僧のことをジャスミンが心配していてな。流石のお前も小僧にはひどいことはすまいが、ともあれ、悪の道に引き込んだりしないようにな』

「は? 俺が? 冗談じゃねえ。なんで、獄吏の餓鬼からかう必要がある? 暇人じゃあるめえし」

 ユーレッドはぶっきらぼうに言いながら、

「心配しなくても、アイツ、お前らが思うより強いぜ。とにかく神経図太いし、こうと決めたら結構強情だからよー」

 やれやれ、とタイ・ファがため息をつく。

『ま、そういう小僧でなければ、お前には懐かんか』

「そうだ。その話で、思い出した。俺も一つ聞きたい」

 今にも電話を切りそうなタイ・ファを、ユーレッドはそう言って引き止める。

『なんだ?』

「ここでドレイクに会ったぞ」

『ほほう、またロクでもない。その街は魔物が集まりやすすぎるぞ』

「それは心底同意するが、そこは置いといてだ。ドレイクのやつが管区外にいるのは、さほど珍しくはねえだろ。そうじゃなくて、アイツの言動だ」

 ユーレッドは眉根を寄せる。

「アイツが妙なことを言った。タイロ、あの小僧のことを懐かしい、好ましいと。事実、アイツ、あの小僧を斬らなかった」

 ユーレッドは、目をすがめた。

「それに俺も気になることがある。昼間、ジャマー食らって発作を起こした。その時、足が痺れちまってて動けなかったはずが」

 ユーレッドは眉根を寄せた。

「アイツに名前を呼ばれた時、リミッターが外れた感覚がしてな。気づいたら囚人を仕留めていた」

『リミッター、なんじゃそれは?』

「そういうような表現しかできねえんだよ。なんだ? ぱーんと、こう、枷が外れたみてえな、天井抜けたみてえな。とにかく、限界超えて身が軽くなるっていうかな」

 ユーレッドは口から煙管を手に取って、眉根を寄せた。

「アイツ、一体何者だ? あの小僧、ただの一般人にしか見えないんだが、どうして?」

『はて、ジャスミンから、特に気になることは聞いてないのだがなあ。しかし、何か曰くがありそうな』

 タイ・ファの反応は素直だ。何か隠している風でもない。

「センセイが知らねーなら、しょうがねえなあ」

 ユーレッドは苦笑する。

「まあいい。ドレイクのいう約束だなんだの、それだって俺の方は全然記憶がねえんだから。なんかの拍子に思い出すもんなんだろうよ」

『そう言われると気になる話だな。よかろう、気には留めておく』

「ん、よろしくな」

 ユーレッドは軽く頷く。

『しかし、お前も発作が出たとか言いつつ、随分飲んでいるようだが大丈夫なのか?』

「アレは接続不良によるもんだ。ちゃんと管理できてりゃ、大した問題はねえよ」

 ユーレッドはそう言って、ちょいと煙管を持ち上げる。

「それにコイツもまあまあ効くからな。このカートリッジの中身、昂った神経抑えられるから、アフターケアにちょうどいいんだよ。あのヤブ医者、どうしようもねえやつだがたまには信用できるんだ」

『お前も何かと丈夫だな』

 タイ・ファは呆れた様子でそう言う。

『おっと、監視対象が動いていたわ。とにかく、何かあればおれにも報告しろ。じゃあな!』

 ぶち、と突然乱暴に接続が切れる。接続の際の音が耳に障ったのか、ユーレッドは舌打ちする。

「あの野郎、相変わらず勝手なやつだな」

 ユーレッドは腹立たしげにそう言って、スワロに同意を求めるように視線を向けた。きゅ、とスワロが同意するように鳴く。

「まあいいか。一応、協力取り付けたしな。これで多少無茶やっても怒られねえだろう。しかしよ」

 と、ユーレッドは再び煙管をくわえて煙を吐きつつぼやいた。

「まったく、あのセンセイ、調査員エージェント向けじゃねえんだよな」


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