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2.獄卒用索敵アシスタント・スワロ

 

 外に出ると、明るい割に陰鬱な建物の中と違って、太陽の光が煌びやかだ。ユーレッドの白いジャケットの中の派手なシャツが、彼には不似合いなほどの陽光で煌めく。

 ユーレッドは左目を眩しそうに細めると、ジャケットの胸ポケットからサングラスを引き出してかける。

 と、彼を待っていた索敵アシスタントのSW-MAYRAIN08が、どこからともなくふよふよと飛んできて彼の側にぴたりと寄り添う。手のひらより少し大きい、肩に乗るくらいの達磨のような丸いロボットだが、それのことを彼はスワロと呼んでいる。

 視覚をつかさどるカメラは一つで、特に感情を伝えるようなモニターが付随しておらず、一目で旧型であるとはわかった。

 獄卒用索敵アシスタントとは、獄卒が囚人を狩るときの戦闘用ナビゲーションを務める人工知能搭載型の端末の総称だ。今現在は、簡易はタブレット型や腕時計型などがはやっており、何かとコストの高い自立型の彼のようなロボットは珍しい。

 スワロは首に大きな刀をかけていた。建物の中は獄卒といえ、武器の携帯が禁止されている。

「待たせたな」

 赤い派手な鞘がきらきら輝くのを、ユーレッドは一言声をかけて手に取ると、専用の剣帯にやや急角度に落とし差しした。

「まったく、こんな紙切れ一枚で呼びつけやがって。非効率にも程があるぜ」

 悪態をつきながら、刀の柄を反射的に叩くとがしゃりと音がする。

「そう思わねえか、スワロ。お前に一枚画像送ってくれりゃ済むことなのになァ」

 と、愚痴ってみた。スワロの表情は読めないが、なんとなく言いたいことがありそうだ。察したユーレッドは眉根をひそめた。

「なんだよ、説教はきかねえぞ」

 彼はそう釘を刺すが、肩に乗っていたスワロは不満げにピルピル音を立てる。

「いいじゃねえか。俺の外見見て舐め腐って喧嘩売ってくるようなやつ、どうせロクな奴じゃねえんだし。本音をいうと”ぶっ殺し”たかったんだが、識別票ぶち抜くと警告で済まねえし、ちょうどいいよな。獄吏の連中も本音じゃ感謝してるぜ」

 反省皆無な彼にきゅっきゅ、とスワロが叱るような音を出す。

「わかったわかった。餌にもならねえ奴を斬るなって話だろう。まァ獄卒なんざ、人間の内にも入らねえし、餌になる分囚人の方がマシだし、お前も獄卒斬っても嬉しくねえと」

 スワロは武器由来型アシスタントである。武器由来型というのは、獄卒の持つ武器の一部をコアとして使って子機を作り、それに対して人工知能を与えるものだ。よってスワロとして動いている丸いのは実際は子機の扱いで、本体はユーレッドが腰に下げている大刀なのである。

 彼らは囚人の汚泥コアの中身をエネルギー源にしているのだが、それは刃のある本体で補給しているらしい。なので、エネルギーにもならなければ、こうして主人が管理局から怒られるだけの同士討ちは好ましくないのだ。

「まぁ、俺はもともと北にいたし、寒いのは平気だし、コキュートス送りも別に構わねえんだけどな。標的は多い方が嬉しいし」

 とロクでもないことをいうので、スワロがキュッと音を立てて睨む。傍目にはわからないが、彼らの間では会話ができているらしく、ユーレッドは思わず苦笑いした。

「いや、冗談じゃねえか。俺は寒いの平気だが、お前がな。不凍液買って改造し直さなきゃいけねえから……」

 機嫌をとるように言いながら、ユーレッドは軽く背伸びをする。

「どうせ、やつらのいいぶんは、揉め事の埋め合わせに囚人狩ってこいってことだろう。ふん、アイツらもいい商売だよなァ、自分の手は汚さねぇときた」

 ユーレッドこと獄卒UNDER-18-5-4は、軽く刀に手を置いてにんまりと笑った。

「まぁいいや。俺が囚人狩るのは、趣味の範疇だしな。それで金が貰えるんだから、楽なもんだ」

 そういうと、ユーレッドはふらふらっと歩き出す。

 獄卒管理課の建物は、E管区シャロゥグ地区の中でも、一般人が近づかない場所にあるのだ。

 そのまま猫背で歩き出す先には、もっと治安が悪く、まずもって普通の人間は近寄らない、獄卒の街がある。



 *


 シャロゥグの獄卒管理課の建物を出て、うらびれた住宅街を通りすがる。

 そうして少し奥に入ると、一気に雰囲気が剣呑なものに変わる。真昼間から表を彩る怪しいネオンサインも、その裏側でなにか怪しげに蠢く人影も、シャロゥグの表側だけを通っていれば出くわすこともない。

 どこか鬱屈した、病んだ気配の、しかし暴力的な香りに満ちた街。


 ここは獄卒の街だ。


 ユーレッドは、意図的にその中のとある一角を選んであるく。

 獄卒にも色々ある。

 こと、出自による旧階級制度クラスがまだ獄卒の間では影響が強いため、ユーレッドも自分と同じ階級出身者の多い街を好む傾向にある。

 旧階級制度クラスというのは、この世界の古いしきたりの名残だという。この世界にかつて、ゲームの中のような階級制度が敷かれていたといわれているのだが、それがなんであったか、実のところ知っている人間はほとんどいない。ただ、漠然と旧階級制度だけが残っている。

 有名なところでは一般的な市民であるCTIZシティズ、貴族であるARISTアリスト、軍人階級のWARRウォール。それに家柄を示すHIGHとLOWで分けられている。

 元から軍事に関わっていた支配者階層のWARRのものは、特に下級身分であるLOW出身者に獄卒に堕ちるものが比較的多い傾向にある。しかし、彼らはプライドが高く、彼らだけで固まりやすい。

 そして、その方が管理局も管理しやすいので、そのようにさせていた。

 もっとも、この獄卒の街を主に取り仕切っているのは、CTIZ出身の地下組織の者達が多い。いわゆるヤクザものだ。

 ユーレッドはというと、そうした連中に対して興味がないのか、付き合う相手も喧嘩を売り買いする相手もWARR出身者が多かった。そんなことから、彼の足は自然とそちらに向かっている。



 ユーレッドがどこへともなく、ふらっと足を進めていると、不意に彼に近づく人影があった。

「よお、久しぶりだったな、ユーレッド」

 スーツを崩した服装の男が声をかけてくる。

「ハブか」

 ユーレッドは、一瞬左手を刀の柄に手をかけていたが、顔見知りと知って手を離す。

「随分と上機嫌だな」

「まぁな。昨日は随分ついていたからよ」

 ハブというのは、UNDER-8-21-2の通称名だ。数字の部分からアルファベットを引くとHUBになるからである。彼はユーレッドと違って、元々あった名前も名乗っているらしいが、仲間内からはもっぱらハブと呼ばれている。誰も本名など覚えていない。

 ハブは今日もロクな服装をしていないが、一応刀をベルトに挟んでいる。帯刀しているのは、そもそも獄卒には銃火器携帯が許されていないため、携帯武器が刃物になりやすいからであるが、WARR出身者の古い名残もあるようだ。ユーレッドなどは、剣帯にちゃんと二本差せるようにしてある。派手で目立つ、ちょっと不可思議なファッションセンスのユーレッドであるが、意外に彼らの中では服装はちゃんとしているほうなのだ。少々センスがどうかと思うだけで。

「ユーレッド、なんだその紙切れは。また呼び出しかぁ」

 ハブはどうやらユーレッドの胸ポケットから、ハンカチと一緒に飛び出ている黄色の紙を見たようだ。

 ハブは馴れ馴れしく肩に手を置いて話しかけてくる。ユーレッドはちらりと冷たく視線を送ったが、さほど邪険にはせずに左目保護用のサングラスに手をかけて外し、胸ポケットにひっかけ、代わりにひらりと警告票を見せた。

「警告票を貰ったんでな。光栄なことだぜ」

「お前それ何回目だ? またやらかしたのかよ」

「なに。肩がぶつかった獄卒が斬りかかってきたから、”つい”」

 ユーレッドは意味深ににやついている。

「つい真っ二つにしたってか?」

「どうせああいう奴は別の奴にも喧嘩を売る。どうせ斬られるなら、俺に斬られた方がいいに決まってる。てめえらと違ってな、俺が斬れば綺麗に"くっつく"んだよ。俺に喧嘩を売ってきたのは幸運だったろうぜ」

「お前も相変わらずだなぁ」

 ユーレッドはどこまで本気かわからないことを言うが、ハブは慣れているのか肩をすくめて苦笑するだけだ。

「それはそうと、ユーレッドよ。ちょっと遊んでいかねえか。ベール16のところ、今日は大きな勝負があるんだよ」

「ははっ、いつもお前に誘われるとロクなことにならねえからな。この間だって、なんだかんだで巻き上げられたじゃねえか」

「そういうなよなあ。なにやら今回はいい儲け話もあるらしいからさあ」

「ふふん、あのベールの儲け話なんざぁ、最初からケチがついているに決まってるだろう?」

 ユーレッドは皮肉っぽくいう。

 と、不意にハブのいる反対側から、スワロがにゅっと出てくる。

「おっ、スワロちゃんじゃねえか。まだいたのか」

「アシスタントは一回連れると、そうそう縁の切れるものじゃねえ。そんなにとっかえひっかえするようなもんじゃねえよ」

 ユーレッドは薄く笑う。

「特に俺みたいに神経とつなげてるとな。相性の悪いヤツとは接続すらできねえし、何かと痛えからな。腐れ縁だが、重宝するぜ」

「ってことは、うわあ、お前、相変わらず、直接端末埋め込んで接続してるのか? 神経触らせてるとはなあ。想像するだけでゾッとするぜ」

「何がだ。俺は機械操作が苦手だが、直接つなげると直感的に使えるだろう。それに特に俺は右側の感覚が強くねえから、何かと便利なんだよ」

「イカレてやがるなあ。さすがに怖くて使えねえよ。アシスタントが暴走したら、刺激がすげえ飛んでくるんだろ?」

「俺のスワロに限ってそういうことはない。よしんばそういうことがあったにしろ、ちょっと痛えだけだ」

 スワロは、というと、どうも機嫌が良くなさそうだ。それもそのはずで、スワロはユーレッドが彼らのような不良獄卒と付き合って、賭博に興じるのを快く思っていない。

「そうそう睨まないでくれよ。お前のご主人にも悪い話じゃねえんだから」

 ハブは機嫌を取るように笑いかけ、そっと手を伸ばそうとしたが、それをユーレッドの左手が払う。

「軽々しく触らねえ方がいいぞ。スワロは貴様みたいな軽薄な男が嫌いでな。噛みつきやしねえが、牽制の武器は持たせてあるからな。怪我するぞ」

「おっとお、そうだったかい?」

 ハブは手を引っ込めて、肩をすくめたがすぐにニヤリとした。

「スワロちゃんもさることながら、お前がこの子を他の男にさわられるのが嫌なんだろう。前にベタベタ触って絡んできた奴、斬ったって話じゃねえか。それで一発で警告もらってたろ」

「スワロの本体は刀だぞ。勝手に触られりゃ、WARRの奴にとっては、気分も良くねえってもんだろ。まぁでも、あれはそう言う理由でやったんじゃねえよ」

 ユーレッドは皮肉っぽく笑う。

「野郎が斬られたそうな顔をしてたから、"つい"やっちまっただけだ」

「素直じゃねえな」

 ハブがおもしろそうに笑う。

「だが、お前も金がいるんだろう? 囚人マジメに狩ってても、たいした金にならねえと言ってたじゃねえか」

「集めた囚人の識別票は、金っていうよりポイント扱いだからな。集めりゃー、更生したとみなされるが、大した金にはならねえな。識別票ホシを売るのもあるんだが、ヤクザものが絡んで面倒だ。それに仲介料だって馬鹿にならねえんでな。結局、まとまった金にはなりゃしねえ」

「しかしだぜ。お前が金いるのって、そこのスワロちゃんの為の金なんだろ」

 そう言われると、ユーレッドもちょっと真面目な顔になる。

「うむ、この所、接続が不自然に途切れることがあってな。この間、囚人にたたかれたときに、変なとこに傷が入っちまったから、そのせいかもしれねえ」

 珍しくユーレッドが、心配そうに眉根をひそめる。

「だが、メンテナンスついでにアップデートするだろ。ってことは、新しい改造しなきゃならねえし、ってなると、新品買うより金がかかるんだよな。スワロのは違法改造だから、金がかかる工房しか受けてくれねえ仕事だし。まったく悪食の上に金食い虫だからな。とはいえ、アシスタント飼うのはそういうことだし、商売道具だから、別に俺だって金は惜しまねえが……」

 と、何を思ったのかユーレッドは左手を顎に当てて考えつつ、ちらとハブを見た。

「ま、たまには貴様の顔を立てて、奴のところにでも顔を出すか」

「へへ、そうこなくちゃなあ」

 ハブは笑いつつ、先立って歩き出す。

 ちちっ、と小さな音が鳴ったのは、スワロらしい。

「たまにはいいじゃねえか」

 ユーレッドが言い訳のように小声で言う。どういう原理か、はた目からはただの電子音を発しているだけのスワロと彼は話ができているらしい。

 しかし、どうもスワロは耳障りのいいことばかりは言わないらしく、ユーレッドは苦笑した。

「口が悪いんだよ、お前」

 見かけは意外と可愛らしいが、彼……、アシスタントの性別判定は難しいので、彼女なのかもしれないが、とにかく、スワロは意外に毒舌家なのである。

「負けりゃ帰る」

 スワロはそれでも不満げだったが、やがて諦めたのか、彼の右肩に鎮座した。反重力の力でふよふよ浮いているスワロには見かけほど重さはない。ゼロにもできるくせに、ただそれでも「見てますよ」と言わんばかりの程度の重さを載せるのは、おそらくスワロの自己主張なのだろう。


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