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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-C:唄う魔女ウィステリア

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6.紅色の助言者

 鼻歌を歌いながら、手を洗う。

「あれー、これなんだっけ。聞いたことあるー」

 手洗いに立ったタイロは、ホールから聞こえてくるジャズの音色を辿々しくなぞりながら、ハンカチで手を拭いつぶやいた。

 鏡をみるとやたら上機嫌な自分の顔が映っていた。顔が赤い。

(んー、さすがにちょっと飲みすぎたかなー。ユーレッドさんに付き合って強いの頼んじゃったしな)

 特に、あの得体のしれないやつのせいだ。

 当のユーレッドもすでに寝落ちしそうになっていたが、意地をはって怪しげな呂律で「酔ってないし、眠くない」とかなんとかいっていたけれど。そんな状態なので、彼からこれ以上酒を勧められることもあるまいが、それにしても、ついつい飲んでしまった。

 この店のトイレは結構大きいが、中にも廊下にも他に人はいない。

 その廊下を通って戻ろうとした時、ふと着信があった。タイロは名前も見ずに着信に出る。

「はーい。タイロです」

『泰路、お疲れ様』

「あ、ヤスミちゃん!」

 聞き覚えのある声にタイロは思わず声を弾ませる。

「昼間はごめんね。なんか、俺、無神経だから」

 タイロは素直に反省の弁を述べる。

「なんか、悪気ないけど、失礼なことしちゃったりするし。ごめんね」

『ううん、あたしこそごめんなさい。いいのよ、別に』

 ジャスミンはいつもより、ちょっとしおらしい。

『お連れさんと、うまくやれてるみたいで良かったわね』

 そういえば、ジャスミンには、さきほどの庭園で撮った自撮り写真を送っていた。

 怒られるかなと思いつつ、ユーレッドを入れてみたら慌てていたが断らなかったので、いけると思って撮ったもの。

 困惑気味のユーレッドの表情がかたいが、それだけに謎のほのぼの感がある。

「お前、獄卒と記念写真とか普通しねえぞ」

 とユーレッドはあきれたように言っていたが、口の割りには満更でもなさそうだった。スワロも別に反対しなかったし、とりあえず楽しそうな状況を報告しようと思ってジャスミンにも送ったものだ。

『あの、報告書のファイル送ってしまってから、彼のお話少し聞いたわ。報告書ほど、悪い人でもないのね』

(悪い人かって言われたら、たぶん悪い人なんだけど、まあ、その、俺には多分いい人というか)

 タイロはそんなことをうっかり考えつつ、

「うん、それは大丈夫みたい。報告書には色々間違いあるみたいだし。でも、報告書も役に立ったよ」

 あの時、ユーレッドとはちょっと揉めたけど、それはタイロの行動がいけなかっただけだし、結果的にそれで仲良くなれた。タイロは別に恨みには思っていない。

「ユーレッドさんも、ヤスミちゃんのこと気にかけてたから。俺のせいで喧嘩になったなら悪いとか言って。あの人、意外と良いところもあるんだよ」

『そうみたいね』

ジャスミンがそれでもちょっと寂しそう。

「心配しないで。俺、頼りないけど、意外と他人に影響されないから、悪の道に堕ちたりしないってー。ユーレッドさんもそういう感じの人じゃないしね」

『あはは、そんな心配してないわよ。じゃあまた明日。こっちも何か情報あったら探しておくね』

「うん、ありがとうー。じゃ、おやすみ!」

 清々しい気分で電話を切ったところで、通路の向こうの方のステージがタイロの視界に入った。ステージに歩いていくのは、あのウィステリアだ。

 煌びやかな衣装が目に眩しい。スポットライトを浴びて、輝くように美しく妖艶な女である。ジャスミンのことは美少女だと思っているタイロだが、大人の色気に満ちたあれほどの美人は身近で見たことがない。

(ユーレッドさん、マジで意味不明だなー。あの人、めっちゃ綺麗じゃん)

 そんな素直な感想を持ちながらぼんやりステージを見ていると、ウィステリアがどこかにちらりと目くばせしたような気がした。

 視線の先にスーツの男。

(あれ、あの人、誰だっけ?)

 見たことのある顔だ。上品な紳士然とした男前。

(ユアンさん?)

 タイロはあのユアン・ディマイアス・セイブのことを思い出す。

 確かに、一瞬見えた顔は彼に似ていた気がした。

 今ならそっと近づけるかも、と思ったが、一瞬目を離したスキに人の中に紛れてしまった。

「あれっ? 見失っちゃった……」

 あとはそれぞれの客の姿が見えるだけだ。

「ま、いいか」

 ため息をついてトイレにつながる廊下から出ようとしたところで、不意に後ろから肩を叩かれた。ドキッとした時に、軽い声が聞こえる。

「やあっ、こんばんは」

 はっと見上げると、金髪の男がニコニコしながら見下ろしている。照明のせいか目が赤っぽい。

「ユアンさん?」

「覚えていてくれて光栄だね、タイロくん」

 ユアン・Dディマイアス・セイブは、にやりと笑う。

(あれ、さっきあっちにいなかったっけ)

 まるで、瞬間移動されたようなタイミングだったが、しかし、よく考えるとスーツの色がちょっとどころでなく違う。先ほどは落ち着いた紳士風のスーツを着た彼のような人物を見たのだ。

 ところが、今日のディマイアスは、黒のジャケットに赤いシャツという、ユーレッドもかくやというなかなか攻めた服装だ。そんな姿でも、ヤクザ感がないのは流石だが、反面ちょっとチャラい。

 それでは先ほどのは、見間違いか、自分が酔ってるせいだろうか。

 ともあれ、いきなり目の前に現れたディマイアスに対し、そんなことを考えている余裕はない。とりあえず挨拶をする。

「いえ、今日は色々教えてくれてありがとうございます。おかげで楽しく過ごせました」

「おやぁ、ということは、僕の考案したデートコースが当たりだったってわけだねえ?」

 にまにまと笑いながら、ディマイアスは満足そうだ。

「獄卒さんと仲良くなれたら、良かったよ」

「はい。でも、ユアンさん、よくあのひと、獄卒UNDER-18-5-4の好みを知ってますね。お知り合い? ですか?」

 おそるおそるそう尋ねてみると、ディマイアスは、苦笑する。

「あっちは多分僕のこと知らないよ。僕が一方的に知ってるだけさ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。大体、僕、獄卒の人の番号の名前覚えられないんだよね。彼、ユーさんでしょ、おユウさん」

「ゆーさん?」

 ずいぶん気安い呼び方だ。

「正確にはユーレッドさんなわけだけど、僕、彼のことはひっそりユーさんって呼んでるわけ。っていっても、本人に知られたらガチで怒られそうだよね」

(いや、それはマジで怒られると思う)

 意外とあれでユーレッドには気安くないところもあるのだ。そんな呼び方を許すほど甘くはない。面識はないと言っているが、ずいぶん大胆だな、とタイロはディマイアスをしげしげと眺める。

「彼、獄卒としては問題児だけどエースでしょ。だから、知ってるんだよ」

 ディマイアスはそんなことをいいつつ、

「でも、まあ、なんだかんだで、僕は彼には楽しくしていてほしいわけ。だから、君とこことで楽しくお酒飲んでる彼を見られるのは、僕にとってもイイハナシなんだよ。だから、君が僕に礼を言うことはないんだよ?」

 ディマイアスはそういって、目を細める。

 その様子にタイロはきょとんとしつつ、

「あのう、ユアンさん、いつからここに来ていたんですか?」

「マリナーブベイに来たのは、ほとんど君と同じ頃だよ。僕も仕事があるんだよねえ」

「そうなんですか?」

 ちょっとタイロが不審そうな目を向ける。

「疑ってるね? いや、仕事があるのは本当だよ。まあでも、君が胡散くさがるのもよくわかる。僕だって自分のことはよくわかっているんだよ。でも、僕は君達の味方だから、そこは信用してほしいなー」

 余計信用できない声色で、ディマイアスは話す。それを見やりつつタイロはため息をついた。

「信用はしますよ」

「本当?」

「ええ。だって、少なくとも、貴方は多分獄卒管理課の偉い人だと思うし、俺は部下になるんでしょうし、俺には信用しない選択肢がないじゃないですか」

 そう答えるとディマイアスは、くすくすと笑う。

「ふふふっ、そういう考え方もあるかあ。まあでも、実際、僕、有能でしょう? 味方にしておいて損はないさ」

「それはそうだと思いますが……」

 得体のしれなさに、タイロはまだ警戒気味だ。そんな彼にディマイアスは、すらりと入り込むように言う。

「それに、君はインシュリー君とまた会わなきゃなんないでしょ? だとしたら、僕を味方につけておいた方がいいよ。彼、今じゃE管区獄吏って言い難いからさ」

「知っているんですか」

「もちろんさ。ただし、あっちの上司ね、僕より厄介なのよ」

 ディマイアスは煩わしそうに、頭を掻きやる。

「だから、僕がこうしてE管区からおでまししたってわけだけども、僕じゃちょっと荷が重くてさあ。まったく、人使いが荒いんだよな」

 と、ディマイアスは素でぼやいていたが、そんな自分に気付いたのかにやっと笑う。

「おっとごめんね。君、話しやすいからつい愚痴っちゃった」

「いえ、俺も散々相談に乗ってもらったので、愚痴ぐらいききますよ」

「はは、それは嬉しい。君とはいいお友達になれそうだ」

 ディマイアスは顔の割にあどけない笑みを浮かべる。

「彼が君と話しやすいの、よくわかるよ」

 ディマイアスはそういうと、にこにこしつつ、

「でっていうのもなんだけど、たまにこうして情報交換しようじゃないか。お互いに得だと思うよ?」

「情報交換、ですか?」

 流石にちょっと怪しい。

 とはいえ、ディマイアスが、タイロ、いや特にユーレッドに悪い感情を抱いているようにもなんとなく思えなかった。それに第一、さっき否定しなかったように、ディマイアスはタイロにとってだいぶ上の上司にあたりそうなのだ。何か隠したところで、無駄な気もする。

「わかりました。何かあったら伝えますよ」

「それは助かるね」

 ああ、そうだ、とディマイアスは、付け加える。

「僕のことはユーさんには秘密にしておいて。E管区の話のわかる上司って言っておいてよ」

「ええ、それは」

 流石に隠し事はユーレッドに悪い。タイロが拒否反応を見せると、ディマイアスはごまかすように小首をかしげる。

「ま、別にバレたってなんでもないんだけど、一応だよ。彼、僕みたいな軽薄な獄吏キライでしょ?」

(それはそうかも)

 タイロが思わずそう思ったところで、ディマイアスがばちんと片目を閉じる。

「そーゆーことで。ヨロシク」

(なんか軽いなあ)

 タイロも思わず呆れてしまう軽薄さだ。しかし、なんとなく押し切られてしまった。

「それじゃ、このあたりで。レディを待たせてる……って言いたいとこなんだけど、このお店はレディと遊ぶにはちょいと渋くてねえ」

 などと軽いことを言いつつ、ステージを見た。ウィステリアが中央でマイクを手にしている。前奏が流れ始めていた。

「とびきりのレディーであるウィステリアお姉さんの歌が始まるから、彼女の美声を愛でることにするよ」

「あ、ちょっと待ってください」

 タイロはふと思い出して声をかける。

「なんだい?」

 きょとんとしつつもニヤニヤしながら、ディマイアスが聞き返す。

「あの、そのレディーで思い出したのですが、アルル・ニューって女の子のことをユアンさんも知ってますか?」

 タイロとしては、それはちょっと冒険だ。本当にアルルが機密事項であれば、下手するとすごく偉い人であるかもしれないディマイアスは、どんなふうに反応するのだろう。

「おや、随分と穏やかじゃない名前を知っているね」

 と、ディマイアスはドキドキするタイロに笑顔で応じる。ディマイアスは愉快そうで、どこか悪戯ぽい表情になっていた。

「彼からお話聞いたんでしょ。その顔みると、結構それなりに彼女のこと知ってるみたいだねえ」

「ええ、少し。でもよくイメージがわかなくて……」

「まあ、そうかもね。彼、なんていってた? 安全装置とか言ってたでしょ」

 ディマイアスは、さらりと言い当てるがタイロの返答を待たない。

「ユーさんの言うことは割と正確だよ。あの人あれで結構理屈っぽいからさあ。意外とテキトウな情報は嫌いらしくて、バシッと核心ついてくる時があるんだよ。だから、イメージしづらいと思うけど、割とそのままの意味さ。じっくり考えればなんとなくわかってくると思うよ。それで、タイロくんは、彼女の特に何を知りたいの?」

「いえ……、えーと」

 畳みかけられてちょっとタイロは戸惑う。

「あの、ディマイアスさん的にはその人、どんな感じなんですか? 安全装置なんて、まるで機械みたいだし」

「彼女がそういう機構の一角を担っているのは本当だけど、でも僕も同感だねえ。そんな言い方は非人道的だよ。僕がいうなら、そうだなあ。さしずめ……」

 ホールの中にウィステリアの滑らかで艶かしい美声が流れ始めている。ディマイアスは、悪戯っぽく笑っていった。

「彼女は、この黄昏世界のお姫様だよ」

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