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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-C:唄う魔女ウィステリア
38/125

5.茜色の安全装置


「安全装置?」

 タイロは目を丸くする。

「なんですか、それ」

「ほかの言い方が思い浮かばねえんだが、とにかくそういうこと」

 ユーレッドは少し考えて、

「そうだな……。あんまりいうと、管理者アドミの話に関わるから、お前に迷惑かけるのもアレだな。今は盗聴されたりとかはなさそうだが」

 と物騒なことをいいながら、

「そうだな、まあ言える範囲でいうとだなー。ああそうだ」

 ユーレッドはふと意地悪く笑う。

「これは、イカれた獄卒である俺の"妄想"だぜ。いいか?」

「え、いきなりなんですか?」

「いいから。妄想なんだ。妄想として聞け」

 理解できないタイロを無視して、ユーレッドは続ける。

「まず、管理者の奴らだが、アイツらよ、実際、結構仲悪いんだよ。もちろん仲のいい奴もいるんだが、ダメな奴はまじでダメ。管理者同士も主義主張ってえのが違うから、こうしたいああしたいどうしたいって」

「なんかそれはわかりますよ。マリナーブベイ見てても、すんごくややこしいんですもん」

「そうだろう? 大体、偉い奴は内輪もめが好きなもんだからよ。この囚人だらけの世界だって、是とするやつ非とするやつ様々だ。で、ここをぶち壊してやり直したいって勢力だっているわけ。だから、そういう武器がいくつかあるとかなんとか」

「え、それヤバいじゃないですか。俺まだ死にたくないですよ」

「だからよー、それを簡単には行使されねえように、連中も工夫してるわけだよ。まず、鍵があかねえようにってんで、こっちに鍵をとか、あっちに鍵をとかするだろ。ただ、持ち出される可能性はゼロじゃねえんで、その時に対抗措置になるものの鍵を持ってんのが、あのおひいさまなのよ」

 ユーレッドはこともなげに話すが、内容は非常に機密性が高いものだ。流石に酔っ払っていたタイロもちょっと酔いが覚めてきた。

「その話、俺が聞いても大丈夫なんです?」

「だから、俺の妄想だっつってんだろうがよ?」

 ユーレッドはにんまり笑った。

「妄想話。この程度でどうもしねーだろ。どう考えても、俺の話しなんざあ、頭のおかしい獄卒の妄想じゃねえか。俺の与太話、信用するやつとかいねえだろうがよ」

「なるほど」

 タイロはようやく意味を理解して唸る。

「むー、ユーレッドさん、もしかして、普段もその辺計算に入れて話してるんです?」

「へへへ、俺はお前が思ってるほど単純じゃねーからなあ」

 ちょっと得意げになるユーレッドである。

「意外と油断ならないなあ」

「そうでもなきゃあ、俺やドレイクみたいな獄卒はとっくに消されてるだろうがよ。それなりに利用価値があるから、あいつらも生かしておくわけだ。俺やあいつみたいなのはな。そのかわり、こっちだって、それに乗っかかってやる必要もある」

 ユーレッドはチェイサーのビールに口をつけつつ、

「別に長生きしてえとは思わないが、あいつらに勝手に消されるのは癪にさわる」

「それはわかります。んー、でも、ユーレッドさんの、その、妄想を組み立てるとするとですよ。アルルお嬢さんは、安全装置の鍵ってことなんです? なんで安全装置を過激派のテロリストが拐うんですか」

 タイロが尋ねると、

「攻撃に対する最大の防御は攻撃だぜ? つまり、安全装置とは同等の兵器でもあるはずなんだ。相殺できる力がなきゃ、なんにもならねえからなあ」

「ってことは、お嬢さんの秘密は武器ということ?」

「そうともいう。過激派のヤツが、どこからその知識を得たのかはしらねーんだが、誰か吹き込んだ悪いヤツがいるんだよ。それで、おひいさまを拉致して兵器を手に入れようとしたというわけだ」

 ユーレッドは苦く笑う。

「ともあれ、そういう事情があってな。成り行きとはいえ、おひいさまを守っちまったからよ……。俺があの時、無罪放免だったのは、そういう事情があるんだ。まー、なんだな、絡んでくる獄吏連中にこんな話しても信用されねえし、俺も何話すかわからねえ奴らにおひいさまの話するつもりねえし、まして獄吏は信用しねえだろう」

「なるほどです。確かに、信用してくれそうな気がしない……」

「ま、別に俺だって、碌なことしてねえからな。イカレ獄卒に喧嘩売ってるのは事実だし、今更正義の味方ぶるつもりもねえし」

「そういえば、ユーレッドさん、本部監視がついてるんでしたね。こんなこと、言ってて大丈夫なんですか?」

 ちょっと不安になってきてタイロが尋ねると、ユーレッドはふんと鼻先で笑う。

「お前、俺にどういう奴が監視についてると思ってる?」

「えっ、なんか、こう厳格な感じのー、っていうかスワロさんじゃないけど、人工知能っていうか、ロボット的な感じのかなとか、超怖い厳格な感じの……」

「それだと普通なんだがなー。俺の監視役のやつは、なんというか不真面目でよ。……あの野郎、ほとんど俺を監視してねえからな」

「ええ、マジですか?」

「ああ。俺がマリナーブベイに来てることも知らねえんじゃねえか?」

「そんなことでいいんですか? ユーレッドさんなんか、危険度評価、高いんですけど」

「さあなあ。ソイツ曰く、ほかに厄介な奴を見てるから、お前に構う時間はないってよ。俺は獄卒相手に喧嘩売るだけだから、暴れてても別に構わねえって」

「えー、マジですか。適当だなあ」

「そう、扱いが適当なんだよ」

 ユーレッドはため息をついた。

「アイツ、むしろ今、俺の方から聞きてえことがあるんだが、連絡つくかな」

「連絡もつかないんですか?」

「その辺、なんつーかだらしねえんだよな。服装も大概だし、挙句、こっちからわざわざ連絡してやってんのに、お前の優先順位低いから大丈夫とかいって、未読無視だぜ。職務怠慢だろ」

 ま、とユーレッドは、左手で頭をかきやる。

「放置される分楽ではあるんだがな。肝心な時には役に立たねえし、アイツ、マジで何やってんだろうな。調査員エージェントのくせによ」

「色んな人がいるんだなあ。あ、そういや、調査員といえば、今のインシュリーさんもそうなんでしたっけ?」

「多分な。アイツがどっち向いて誰の仕事をしてるのかは知らねえが」

「てことは、元からではないんです?」

「ああ、元は、まあエリートに違いねえが、お前と同じで獄吏だぜ?」

「うーん」

 タイロはちょっと考える。

「それじゃ、インシュリーさんは、お嬢さんのことをわかってて任務についていたんですか?」

「さぁ、それはわからねえな」

 ユーレッドは、唸って顎を撫でる。

「俺はおひいさま本人に聞いたんで、こういうことを知っているが、エリートとはいえ、末端の獄吏がこのことを知っていたのかどうかは……」

「でも、インシュリーさんの上司の人は知らなかったんですよね。あの報告書を書いた人!」

「ああ、それは間違いない。そうじゃなきゃ、俺にあんなこと聞かねえだろ」

「そうですよね」

 タイロはなにやら考えていたが、ぽつりと、

「じゃあ、お姫様はインシュリーさんじゃなく、ユーレッドさんを選んだってことなんだな」

「は?」

 唐突なことにユーレッドがきょとんとする。

「なんだと?」

「いえね、だって、護衛についていたインシュリーさんにお姫様は話してないのに、ぽっと出どころか、いきなり掻っ攫われてきたところにいる、しかも強面のユーレッドさんに秘密を話してくれたわけでしょ」

「なんだよお前の言い方」

 ユーレッドはちょっとムッとしている様子だが、否定はしない。それなりに自覚があるらしい。

「それって結構すごいことですよ。失礼ですけど、あの人超イケメンじゃないですか」

「まあ顔でどうこういう気はねえよ。どうせ俺は怖い顔してるし、避けられるのはわかってる」

 ユーレッドがやや拗ねたように言う。

「いやだから余計かなーって」

「余計?」

「俺的にユーレッドさんは正直渋かっこいいと思うんですけど、普通女の子は怖がるでしょ。それに、何と言っても獄卒だし、怖い要素満載じゃないですか。スワロさんはかわいいけど、だからって気を許すまでにはいかないわけで」

「ま、まあな」

「そこいくとインシュリーさんは、物腰柔らかなイケメンじゃないですか。なのに、お嬢さんはインシュリーさんには真実を話してない。一方ユーレッドさんには全部話してるんですよ? しかも、秘密の話を」

 タイロは腕組みした。

「あの人、超完璧主義っぽいし、そう言うところでユーレッドさんに遅れとったら、めちゃショック受けますよ」

「そ、そうかぁ?」

 ユーレッドが半信半疑の様子で目を瞬かせる。

「俺的には、結構それじゃないかなあと思いますね。人格変わりそうなくらい凹みそう」

「ははー、なんだ探偵気取りか?」

 ユーレッドはそう言って笑ったが、ふと思い当たったのか、顎を撫でやる。

「しかし、あのおひいさまは、確かにインシュリーが苦手だったからなあ」

「苦手?」

「ああ、なんか知らねえが、”怖い”んだとか。まあ、アルルの姫様は、なんてえか生まれの問題で、ちょっと勘が鋭すぎるところがあるんでな。インシュリークラスの戦士なら怖く感じるのも当たり前かもしれねえが」

「でも、ユーレッドさんには平気だったんでしょ。絶対ユーレッドさんのが人斬ってそうなのに」

「お前、マジで言い方! まあでも、そうなんだよな」

 酒のせいもあって調子に乗って失礼なタイロに一応注意してはみたが、正論は正論。

「それはわかんねえんだよなあ」

 ふと考え込む様子のユーレッドに、タイロが無邪気に尋ねる。

「でも、ユーレッドさんは、なんでお姫様をそんなに助けるつもりになったんですか?」

「ん?」

 ユーレッドはちょっと詰まって、

「同情したって言ってましたけど、ウィステリアさんへの反応みると今でも気にしてる。そんなに思い入れがあるんだし、ただ同情したとか、なりゆきだけで、助けただけでもないんでしょう」

 タイロは笑いかけつつ、

「ユーレッドさん、気まぐれだけど、意外と理由のないことしないですもんね」

「ちっ、お前は、本当にたまーに鋭いところがあるよな」

 ユーレッドは苦笑しつつ、

「ま、知っての通り、俺は善人じゃねーから。でも、あのおひいさまには借りがあるんだ」

「借り?」

「ああ。しかも、ちょっとやそっとで返しきれない感じの奴が」

 ユーレッドはそう言って目をすがめた。

「だからな、今でもあの娘に何かあると、なんとかしてやらなきゃならねえんだよ」

「そうなんですか」

「ウィスのやつ、それを薄々知ってやがるから、妙に気掛かりなこと言いやがって。しょうもないことじゃないだろうな、まったく」

 タイロはそれをみやりつつ、

「でも、俺、お姫様がユーレッドさん頼った理由わかる気がするなあ」

「何が?」

「いや、ユーレッドさん、基本悪そうだけど、結構ヒーロー感ありますもんねー。頼り甲斐あってかっこいいですもん」

 タイロは特になんの意図もなくへらりと笑って言っただけだが、ユーレッドが一瞬固まって、それから静かに赤面する。

 別に酔いが回ったわけではないらしい。

「お前、は、なー!」

 ユーレッドは急にタイロの頭を掴みつつ、

「わわ、っ、なんですか」

「な、なんですかじゃねえっての。ちっ、人をからかいやがって!」

 ばさっとタイロの頭から手を離し、ユーレッドは顔を背けたが、明らかに顔が赤い。

 きょとんとしていると、そばにいたスワロが、きゅきゅ、とスワロが耳打ちするように囁く。もちろん、スワロの言葉はタイロにはわからないのだが。

(あ、照れ隠し?)

 と目を瞬かせたところで、スワロが笑うように、きゅ、ぴ、と同意する。

 まだ酒のせいでふわりとしている。

「そっか。スワロさんは、流石ユーレッドさんのことよくわかってるね」

 タイロはそう小声でささやいた。きゅ、とスワロが得意げに鳴く。

 ふわふわして、なんだか、楽しい気分だ。



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