4.桜色冒険譚
「おひいさま?」
タイロは思わずきょとんとする。
「”オヒメサマ”だよ、”お姫様”」
ユーレッドは、意味深に笑う。
「管理者に大切にされているお姫様。ちょっと特別な娘なんだ」
ユーレッドはにやりとして、
「そういやお前に少し似てるぜ。物怖じせずに甘えてくるところとかな」
懐かしそうにそういって、それからユーレッドは続けた。
「あれな、俺は元々は受けるつもりなかったんだ。ベールのやつのこと、どうせなんぞ裏があるのだろうと踏んでいたし、頼まれたんだが最初は断った。金貰っても獄吏が標的だろ。たとえうまくいったとしても、危なすぎて割りに合わねえよ。それに他の三人もろくでもねえ奴で信用置けなかったからな」
でもな、とユーレッドはため息をつく。
「インシュリーのやつが隊長していたから、気が変わったのよ」
「インシュリーさん? ユーレッドさんは前からインシュリーさんのことを知っていたんですか」
「アイツとは元からちょっとした因縁はあるんだ。でも、別にその時は深くは知らなくて、ただ、なんだろうな。俺はアイツに生理的にちょっと気にくわねえところがあって……。まあ、こんなこと言ったら、あっちだってそうかもしれねえんだがな」
とユーレッドは断りつつ、
「アイツの部署は、お前らと違って獄卒を力尽くで制圧するところだから、すでにアイツはそこではまあまあ有名ではあった。そりゃあ、機会があれば、手合わせするのもいいなと思うわけだ。俺みたいな人種は」
「なんか、それはわかりますよ。強い人と戦いたいってやつですよね」
「そうだ」
タイロがあまり抵抗なく認めると、ユーレッドはちょっとだけ嬉しそうな気配を見せる。
「まあ、それで引き受ける気になったんだがなア。実際、始まってみりゃあ聞いていた話と違う。ナントカ解放戦線とかいうイカレた過激派とインシュリーの奴らが最初から応戦してやがってな。だが、強奪する荷物はわかっていたんで、どうにか苦労して引き上げてきたんだが、妙に重いんだよな。あの時気が付いておくべきだったんだぜ。まるで人ひとり入ってるような重さだって」
ユーレッドは、苦笑気味になる。
「俺は左手だけだから運ぶのも苦労するし、ほかの三人は信用おけねえし。いざってえと、依頼主のベールはてめえがご執心の女に夢中だろ。ああそうそう、お前、報告書読んだから知ってるだろうから教えてやるが、Gってのはグロリアって女で、インシュリーの女なんだよ。飲み屋で見かけたベールの奴がその娘に横恋慕して、金が要るっていうので、この仕事を引き受けてきたんだぜ」
「ああ、そういうことなんですか。あれ、じゃあ、G嬢を拉致するときに協力した、店に出入りしていた歌手Wって……」
「ウィスのことに決まってるだろう」
「あ、やっぱりなんですか」
そう考えると、ウィステリアも簡単に信用のおけない人なのかもしれない。タイロは、ちょっと複雑な気持ちになる。
「ただ、アイツはただグロリアをさらうのに協力したわけじゃあねえと思うぜ? あの女な、単に金で動くような単純な女じゃねえから怖いんだよ。多分だが、最後に管理課の奴らにグロリアの居場所を教えたのもウィスの仕業だぜ」
「え、なんでですか?」
「さて、なんでだろうな」
ユーレッドは気のない返事をしかけたが、すぐに気が変わったらしい。
「ま、話してやってもいいか。俺の推測だが。アイツ、元から裏がある女なんだぜ。ベールにグロリアをさらわせておきながら、グロリアに危害を与えられないようにしていたのもアイツだろうし、最後に通報したのもアイツ……。ベールの奴は、そのことに気付いてねえらしかったが、多分、ウィスは元から黒幕を探っていた」
「え、もしかして、なんかの調査員なんです、ウィステリアさん」
「さてな。だが、確かにウィスはなんかしらの目的があって行動してるからよ。例のラッキー・トムなんかもあの女の手下みたいなもんなんだが、金でなんでも言うことを聞くトムとは違うぜ。この街にいるのだって、ただの理由じゃねえだろうよ」
ふーむ、とタイロはうなる。
やはりユーレッドの周辺は、ちょっと訳ありの人しかいないのかもしれない。
「それじゃあ、ウィステリアさんも信用できないんですか?」
「ん、いや、アイツは、その、敵とかじゃあねえんだよ」
ユーレッドはちょっとだけトーンダウンする。
「怖い女だが、持ってくる情報は正確だしな。それに、アイツの上についている奴は予想がついてるし……。だったら、悪いようにはしねえだろって……」
ユーレッドはそういってから、話を戻す。
「とはいえ、アイツだって知らねえことは知らねえわけで、いつでも協力してくれるわけじゃあねえ。あのトランクをアジトに運び込んだとき、俺たちに情報をもたらしてくれる存在はゼロだったってわけだ。たまにラッキー・トムがご機嫌伺いに来たが、あいつはあくまで二股膏薬だから確実にウィスに情報が行くわけじゃない。おりしも、ベールは首尾よくいったのもあって、すでに俺たちには興味がなくなっていた。で、音信不通だよ」
「え、ひどいですね、それ」
「そうだろう? しょうがねえから、アジトにとりあえず荷物を運びこんだ。何せ、言われてたのは、指示があれば取引場所に行くってことだけでな。だが、ここからが問題でな。俺が苦労して運び込んだ奴を、馬鹿どもが好奇心で開けちまったんだ。荷物の中身は確認しねえのが条件だったのによ。ま、でも、流石の俺も頼まれた通りに荷物盗んできたら、中から娘がでてきたのはビビったがな」
タイロは目を見開く。
「その子がトランクに入ってたって話、本当だったんですか?」
「そうだぜ。あんな娘、カバンに詰め込むとか、過激派だかなんだかしらねえが、無茶しやがるぜ。で、アイツら、血迷いやがって、ぶっ殺すとか何だかいいやがってな。で、俺は止めたんだ。流石に不憫だと思ったし、それに依頼された荷物勝手に開けるのも大概なのに、中身に傷つけるとか、俺に言わせてもイカレてるぜ」
ユーレッドは意外にまともなことをいいながら、
「だから止めたってだけだ。構うつもりはなかったんだが、それから、何故かあっちのほうが俺になついてきやがってな」
ユーレッドは苦笑した。
「やたらしゃべりかけてくるし、ほかの奴らは何するかわからねえし、俺からしか食料はいらねえっていいやがるし、しょうがねえから相手をしたってだけ」
ユーレッドは物憂げにため息をつく。
「考えてもみろよ。引き渡し商品だからよ。勝手に弱って死なれでもしたら、仕事を受けた側として信用にかかわるだろ。俺はそういうところ、プロだからよー」
「でも、取引相手って結局来なかったんでしょ」
「連絡が来る前に、過激派の奴らがカチコミ仕掛けてきやがってな。建物ごと吹っ飛ばしにかかってきたからよ。アイツら頭おかしいぜ」
ユーレッドは嘲笑気味になる。
「え、そんな無茶な行動を? お姫様のことは気にしないんです?」
「だから頭おかしいんだよ。こっちは人質とってるようなもんなのに、アイツら、建物ごと行こうとするんだもんな。おかげでこっちの味方は全滅……、つうても、アイツらを味方としてカウントしていいかどうかは別問題だったがな。まあ、ひでえことになったもんだ」
「ユーレッドさんは逃げられたんでしたよね?」
「間一髪、おひいさまは連れ出せたけど、だが、俺にだって火薬相手に喧嘩はできねえから。いくら獄卒の回復が早いといっても、爆発に巻き込まれりゃそれなりのダメージはある。先に娘を逃がしたところで、直撃食らっちまってな。吹っ飛ばされてどうにか安全地帯まで逃げたところで、意識が吹っ飛んじまって……。目が覚めたときには、あの娘、どうせいねえんだろうと思ってたんだが……」
「手当して待っててくれたんですね」
ユーレッドは苦く笑いつつ、
「それどころか、せっかく逃げられる場所だったのに、俺と一緒に行くと言い出してな……。足手まといで面倒くせえから、とっとと放り出そうと思ってたんだが、色々事情があってよ。……だから、結果的に最後まで一緒にいたってだけのことよ。別に俺は意図的に助けたわけじゃねえ」
「へえ、なるほど」
タイロは相槌をうってはいたが、全面的に信用しているわけでもなかった。
ユーレッドには、どうもちょっと偽悪的な部分があるのだ。
実際、自己申告通り別に善人でもないのだが、その分、彼は自分の感情には正直である。要するに、”好ましい”と感じた相手には結構尽くす。彼の申告する話は怪しい。アルルの話にしても、多分彼の感情的な部分については、虚実がフクザツに入り混じっている。
タイロはとうとうちょっとにやつきつつ、
「でも、結果的かあ。ユーレッドさんの結果的はなんか信用できないなあ」
「な、なんだよ」
「だって、意図的じゃないにしても、助けてあげたんでしょう? お姫様のこと」
「それは、なりゆきで」
とそわそわして言い捨てる。
「でも、お姫様はたぶんそれが嬉しかったんじゃないかなあ。俺だって助けてもらったら嬉しかったですし。あと、ユーレッドさん、意外とお話ししてくれますもんねー」
「べ、別に俺はなあ!」
ユーレッドは言いかけたが、うまく言い訳できないのか結局言い淀み、慌てて誤魔化すように話を続けた。
「ま、まあ、なんだ、それで、関わりがあったってだけなんだ。結果的に、助けたってえことにはなって……。だが、まあ、なんというか……過激派の連中があの娘さらったのにはそれなりに深い理由があってな。その辺の事情で、俺もアルルのおひいさまを中途半端に手放せなくなったんだよ」
「深い理由? 営利誘拐とか、過激派だし、収容されてる仲間を要求で逃そうとかそういうんじゃなくですか?」
タイロは目を瞬かせる。
「それならありきたりな正常な理由だぞ。そうじゃねえんだよ、あの娘に関しては。思えば、あの娘のこと、インシュリーのやつもどこまで知ってたんだろうな」
ユーレッドはあごをなでやり、唸った。
「あのおひいさまはな、いわば安全装置なんだ」