2.飴色の時間
「それにしても、慣れないですね、こういうトコ」
タイロはため息をついた。
視線の先には、キラキラのシャンデリア。綺麗だけれど、落ち着かない。
「俺、なんか緊張しちゃいますよ」
「気にせず、堂々としてりゃいいんだよ。どうせ、音楽聞きながら酒飲むだけのとこだぜ。変な女が来ないから、こっちのが俺はいいんだよな」
ユーレッドは、妙に余裕ぶっている。
「それは俺もそうですけどね。おねーさんのいる店はどうも落ち着かないし、子ども扱いされてちょっと嫌ですしー」
「子ども扱い? ああ、お前なんていうか童顔だからな」
ユーレッドにまでそう言われ、タイロはため息をついて頬杖をつく。
「背も高くないし、こんな感じでしょ? 背も高くて渋く見えるユーレッドさんがうらやましい」
「まさか」
ユーレッドは肩をすくめる。
「俺みたいな背が高いだけの痩せぎすより、お前みたいなのが可愛くていいじゃねえか。絶対得だぜ」
(お?)
可愛い? 今、このひと、俺のこと、可愛いとか言った?
「え、俺、可愛いです?」
タイロは内心を落ち着けつつ聞き直す。聞き間違いかもしれない。
「ああ、まー、可愛い方だろ。男だってなあ、可愛げがねえと世の中渡るの大変だからよ。俺なんか本当そうだからよ。いや、愛嬌のあるやつは、図々しくても許せるからいいよな」
羨ましいぜ、と、ちょっと棘はあるものの、珍しく褒めてくるユーレッドだ。
(聞き間違いじゃなく、褒めてる!)
「そうでしょうか?」
「そりゃそうだろ。俺なら少なくともそうだなー。俺ならインシュリーみてえな男前より、お前みたいな可愛い感じのやつになりたいくらいだぜ」
はははと笑いつつ、グラスを傾けるユーレッドだ。
「つーか、お前、可愛いの置いといても、正直、結構見所あると思うんだよなー」
ユーレッドが、上機嫌にタイロの肩を叩いて笑う。そんな彼の目がちょっと充血している。
「そうですかねー? 職場の人には見所なしって言われますよ」
「おうよ。根性意外と座ってるし。その図々しいっつーか、神経太いとこ、俺は嫌いじゃねえしな。意外と大物になるんじゃねえ? お前の上司見る目なさすぎだぞ。獄吏にしておくにはもったいねえよ。ははは」
(おおおう、めっちゃ褒めてくる。なんだ、なんだ、コレがデレってやつかああ!)
タイロは急な態度の軟化にそわそわとしてしまう。
そんなこととも知らず、ユーレッドはタイロの手元を覗き込む。
「で、お前は、何飲んでんだよ?」
「いや、うっかりテンパって甘いカクテルとかを頼んでしまいました。飲みやすいけど、せっかくだからもっと渋い大人の飲み物にすればよかった。俺じゃ似合わないかもですけどねー」
「口に合うもの飲めばいーじゃねーか。いきなり背伸びしても、口に合わなきゃ楽しめねえからなあ」
「っていってもなあ。ユーレッドさんは、ウイスキーとかバーボンとか渋いのでもでも似合うから良いですよね。そういう大人かっこいいやつが良かったなあ」
「ははー、お前ッ! なんだよー、わかりやすくおだてやがって」
ユーレッドがてれっと笑って、タイロの頭をぐしゃっとかき混ぜてくる。
「褒めても何にも出ねえっていいてえが、せっかく今日は機嫌がいいから、もう一杯ぐらいなら奢ってやるぜ。へへー、どの酒飲みたいんだよ。お前も俺と同じのいっとくか?」
(あれ? この人、もしやお酒あんまり強くないな)
陽気に絡んでくるユーレッドの様子で、タイロはなんとなく、彼が素直な原因を知るのだった。
自分で酔いが回るのが早い酒、とか言っていたが、明らかにふわふわしている。笑い上戸なのか、機嫌も良い。
(なるほど、人のいいとこもあるとかなんとか言われてたけど、確かに意外とフレンドリーなとこもあるんだ。んー、そう考えると、意外とかわいいとこあるな。男のツンデレも舐められないもんだなあ)
そんな怒られそうなことを考えつつ、結局、追加のお酒を頼んでもらうタイロである。
「へえ、これがなんか不思議な名前の古いお酒……」
目の前の未知の酒をみてタイロは目を瞬かせる。ブランデーとかウイスキーとかそういうやつみたいに見える。しかし、一口飲むとなんだか変わった味がする。しかも。
「なんか、これ、なんかめっちゃビリッとするんですけど、度数高いんじゃないです?」
そこそこ酒には強いタイロだが、流石にストレートなのは怯んでしまう。
「だからチェイサーと飲むんだよ」
ユーレッドはちょっと得意げに言いつつ、
「一緒にビール頼んでやったろ。あれと交互にのむんだぜ。ま、水でもいいけどな。俺も新米酔い潰れさせるのは気が引ける」
「へー、ユーレッドさん、なんだか大人!」
タイロは素直に感心した。
「カッコいいですね! 今度から真似しよう」
「例の娘の前でやると、大人の男っぽくなるぜ」
ふふん、とユーレッドが得意げになる。が、ちょっとだけ不安げになって、
「でもこれ以上聞くなよ。俺、そんな酒強くねえから、そんなには詳しくないんだぞ」
(あ、自覚はあるんだ)
正直なところはちょっとかわいくはある。
しかし、確かにこの酒、周りが早いらしい。
ちょっとしか飲まないのに、すでに頭が、もやりふわふわとしてきていた。お洒落なジャズの音楽は、タイロの趣味ではないけれど、こういう場ではさらに感覚をまろやかにさせる。
なんだか、遠い昔の夢を見ているような気持ちだ。
そんな中、タイロは昼間のことを思い出していた。
あの後、ユーレッドとあちらこちらの観光を楽しんだタイロだった。
まずは回遊式庭園。
J管区にある庭園を正確にうつしたとかいう東洋風の庭園で、金魚をみたりしつつぐるっと庭を一周。
出たところで、小龍包などを買ってきてつまみつつ、舌をやけどしたり、飲み物を飲んでみたり、怪しげなお土産屋を覗いてみたり。
庭を背景に、戸惑うユーレッドとスワロをなし崩しで入れて自撮りを敢行してみたり。
「でも昼間楽しかったです」
それは素直な感想なのだ。
「なにが?」
いきなりそういわれて、きょとんとしてユーレッドが目を瞬かせる。
「流石に俺みたいなおっさんと遊んで、お前みたいな若い奴が楽しいわけねえだろうが。俺だって、しょうがねえから付き合ってやっただけで」
といいつつ、
「そこは、遠慮せず、幼馴染の娘と行く時の下見に便利とか、奢ってもらえて得だとか、言っとけよ。別に怒らねえぞ」
ユーレッドが苦笑するのに、タイロは首を振って明るくいう。
「いや、ホント楽しかったんですよ。これ、お世辞とか気をつかってじゃなくってですね。俺、おべっか使うなら、もうちょいいい感じにいいますって」
「それはそうかもだけどよ。じゃあ、なぜだ?」
「いやね、俺、保護者やら兄弟やらいなかったんで、あんな感じで観光地とか行ったことなかったんです」
ユーレッドが目を瞬かせる。
「保護施設でも旅行とかあるんですけどねー。一応”身内”ってのがいることが多いわけで。で、身内がいる子はそっちで回わるから、ヤスミちゃんはそっちに取られちゃうんで、俺、結構一人とかあったんですよね。俺は、汚泥事故の孤児ですし、保護者がいないんで」
タイロの口調は特に寂しそうではなく、逆に平然としている。
「で、その旅行でよく行く、庭園とかお寺とか、そういうとこの思い出は割と一人で。施設のおねえさんが見かねて回ってくれることもありますけど、俺みたいな子はほかにもいますからね。そこんとこ、先着制ですし、奪い合いになるわけで……。俺はもめ事は好きじゃないし、じゃあ、一人で回ってるからってなるんですよ。それなんで、ああいうとこ、一人で回ってる思い出が多くて」
タイロはぼんやりと言った。
「で、ユーレッドさん、意外と色々知ってるから、教えてくれたりするでしょ。いいこともろくでもないことも色々教えてくれるけど、それって、年の離れた保護者のお兄さんいる子とか、こーゆー感じだったのかなあとか思ったりしました。俺、別に一人でいるの、寂しいとか思ったことないけど、誰かと観光地に行くのっていいもんなんですね」
えへへとタイロはちょっと酒が入って、陽気になったのかふわっと笑う。これはどうも先程追加で頼んだ例の酒のせいらしい。タイロも少し口が軽くなっていた。
「なので、なんかすごく楽しかったんですよー。でも、そうですよねー、ユーレッドさんは、多分俺みたいな奴とでつまんなかったでしょうし、ご迷惑だと思いますけどね」
「あ、あのな、お前な」
ユーレッドが何やら、顔を引き攣らせて言う。
「そーゆーことを俺に……」
「あ、すみません」
タイロは怒られるかと慌てて、
「い、いえ、ユーレッドさんはまだ若いの知ってますんで、けして、年齢のことディスったつもりはなくてー。そ、それにお兄さんって一応、その……」
「いやそうじゃなくてだな」
と、チラッと言うと、タイロは理解ができなくて目を瞬かせる。
その様子に、ユーレッドはぐしゃりと前髪をかきながら、
「っかー、お前、本当に! しょうがねえな!」
などと吐き捨てる。
「え、なんです?」
「いや」
ユーレッドは、妙にそわそわしつつ、
「さ、さっき、ああいったが、別に俺だって、つ、つまらなかったわけじゃねえよ。あの庭だって、ちょっと興味もあったしな。管区外渡航とか、めったにできることじゃねえし」
「本当ですか?」
「ま、まぁな!」
ユーレッドは鼻で笑うように見せかけつつ、
「お前、本当しょうがないやつだからな! あんなんでいいなら、ここにいる間、たまになら付き合ってやってもいいぞ。ど、どうせ、俺も暇だし」
「えっ、マジですか!」
タイロが素直に喜ぶ。
「それだと嬉しいです。俺ねー、ほかにも色々マリナーブベイで行きたいところあるんですよ。オフの日ならちょっと遠出しても怒られないですよねー」
「そ、その代わり、いいとこ選んどけよ」
ユーレッドがそういって、居心地悪そうに酒をすする。
ふと視線を感じたらしく、ユーレッドがちらとみると、どんぶりにはまったままのスワロが、物珍しそうに彼を見上げていた。それに気づいてユーレッドはちょっと慌てる。
「な、なんだよ。見世物じゃねえぞ」
きゅ、ぴ、とスワロが笑うように鳴くのを無視して、ユーレッドはちょっと不機嫌な顔を作りつつ、
「ふん、ここにいる間だけだぞ。お、お前がそう言うこと言うから、しょうがねーからだ。うん、そうだぞ。お前があんまりヘタレだし、一人でいたくねえっていうから。うん、まあな」
ユーレッドはなにかとごにょっと言っている。
「俺だってな、頼られりゃそれなりに考えるんだから……。いや、なんつうか……」
と、ユーレッドが言いかけた時、不意にタイロの背中側に人の気配があった。
「あら、旦那、随分お優しいのね。しばらく見ないうちに、ちょっとは性格丸くなった?」
艶っぽい女の声だ。
「ふふ、お久しぶりね。お連れさんと一緒にあたしの歌を聞きに来てくれたのかしら?」