表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-C:唄う魔女ウィステリア
35/125

2.飴色の時間


「それにしても、慣れないですね、こういうトコ」

 タイロはため息をついた。

 視線の先には、キラキラのシャンデリア。綺麗だけれど、落ち着かない。

「俺、なんか緊張しちゃいますよ」

「気にせず、堂々としてりゃいいんだよ。どうせ、音楽聞きながら酒飲むだけのとこだぜ。変な女が来ないから、こっちのが俺はいいんだよな」

 ユーレッドは、妙に余裕ぶっている。

「それは俺もそうですけどね。おねーさんのいる店はどうも落ち着かないし、子ども扱いされてちょっと嫌ですしー」

「子ども扱い? ああ、お前なんていうか童顔だからな」

 ユーレッドにまでそう言われ、タイロはため息をついて頬杖をつく。

「背も高くないし、こんな感じでしょ? 背も高くて渋く見えるユーレッドさんがうらやましい」

「まさか」

 ユーレッドは肩をすくめる。

「俺みたいな背が高いだけの痩せぎすより、お前みたいなのが可愛くていいじゃねえか。絶対得だぜ」

(お?)

 可愛い? 今、このひと、俺のこと、可愛いとか言った?

「え、俺、可愛いです?」

 タイロは内心を落ち着けつつ聞き直す。聞き間違いかもしれない。

「ああ、まー、可愛い方だろ。男だってなあ、可愛げがねえと世の中渡るの大変だからよ。俺なんか本当そうだからよ。いや、愛嬌のあるやつは、図々しくても許せるからいいよな」

 羨ましいぜ、と、ちょっと棘はあるものの、珍しく褒めてくるユーレッドだ。

(聞き間違いじゃなく、褒めてる!)

「そうでしょうか?」

「そりゃそうだろ。俺なら少なくともそうだなー。俺ならインシュリーみてえな男前より、お前みたいな可愛い感じのやつになりたいくらいだぜ」

 はははと笑いつつ、グラスを傾けるユーレッドだ。

「つーか、お前、可愛いの置いといても、正直、結構見所あると思うんだよなー」

 ユーレッドが、上機嫌にタイロの肩を叩いて笑う。そんな彼の目がちょっと充血している。

「そうですかねー? 職場の人には見所なしって言われますよ」

「おうよ。根性意外と座ってるし。その図々しいっつーか、神経太いとこ、俺は嫌いじゃねえしな。意外と大物になるんじゃねえ? お前の上司見る目なさすぎだぞ。獄吏にしておくにはもったいねえよ。ははは」

(おおおう、めっちゃ褒めてくる。なんだ、なんだ、コレがデレってやつかああ!)

 タイロは急な態度の軟化にそわそわとしてしまう。

 そんなこととも知らず、ユーレッドはタイロの手元を覗き込む。

「で、お前は、何飲んでんだよ?」

「いや、うっかりテンパって甘いカクテルとかを頼んでしまいました。飲みやすいけど、せっかくだからもっと渋い大人の飲み物にすればよかった。俺じゃ似合わないかもですけどねー」

「口に合うもの飲めばいーじゃねーか。いきなり背伸びしても、口に合わなきゃ楽しめねえからなあ」

「っていってもなあ。ユーレッドさんは、ウイスキーとかバーボンとか渋いのでもでも似合うから良いですよね。そういう大人かっこいいやつが良かったなあ」

「ははー、お前ッ! なんだよー、わかりやすくおだてやがって」

 ユーレッドがてれっと笑って、タイロの頭をぐしゃっとかき混ぜてくる。

「褒めても何にも出ねえっていいてえが、せっかく今日は機嫌がいいから、もう一杯ぐらいなら奢ってやるぜ。へへー、どの酒飲みたいんだよ。お前も俺と同じのいっとくか?」

(あれ? この人、もしやお酒あんまり強くないな)

 陽気に絡んでくるユーレッドの様子で、タイロはなんとなく、彼が素直な原因を知るのだった。

 自分で酔いが回るのが早い酒、とか言っていたが、明らかにふわふわしている。笑い上戸なのか、機嫌も良い。

(なるほど、人のいいとこもあるとかなんとか言われてたけど、確かに意外とフレンドリーなとこもあるんだ。んー、そう考えると、意外とかわいいとこあるな。男のツンデレも舐められないもんだなあ)

 そんな怒られそうなことを考えつつ、結局、追加のお酒を頼んでもらうタイロである。

「へえ、これがなんか不思議な名前の古いお酒……」

 目の前の未知の酒をみてタイロは目を瞬かせる。ブランデーとかウイスキーとかそういうやつみたいに見える。しかし、一口飲むとなんだか変わった味がする。しかも。

「なんか、これ、なんかめっちゃビリッとするんですけど、度数高いんじゃないです?」

 そこそこ酒には強いタイロだが、流石にストレートなのは怯んでしまう。

「だからチェイサーと飲むんだよ」

 ユーレッドはちょっと得意げに言いつつ、

「一緒にビール頼んでやったろ。あれと交互にのむんだぜ。ま、水でもいいけどな。俺も新米酔い潰れさせるのは気が引ける」

「へー、ユーレッドさん、なんだか大人!」

 タイロは素直に感心した。

「カッコいいですね! 今度から真似しよう」

「例の娘の前でやると、大人の男っぽくなるぜ」

 ふふん、とユーレッドが得意げになる。が、ちょっとだけ不安げになって、

「でもこれ以上聞くなよ。俺、そんな酒強くねえから、そんなには詳しくないんだぞ」

(あ、自覚はあるんだ)

 正直なところはちょっとかわいくはある。

 

 しかし、確かにこの酒、周りが早いらしい。

 ちょっとしか飲まないのに、すでに頭が、もやりふわふわとしてきていた。お洒落なジャズの音楽は、タイロの趣味ではないけれど、こういう場ではさらに感覚をまろやかにさせる。

 なんだか、遠い昔の夢を見ているような気持ちだ。

 そんな中、タイロは昼間のことを思い出していた。

 あの後、ユーレッドとあちらこちらの観光を楽しんだタイロだった。

 まずは回遊式庭園。

 J管区にある庭園を正確にうつしたとかいう東洋風の庭園で、金魚をみたりしつつぐるっと庭を一周。

 出たところで、小龍包などを買ってきてつまみつつ、舌をやけどしたり、飲み物を飲んでみたり、怪しげなお土産屋を覗いてみたり。

 庭を背景に、戸惑うユーレッドとスワロをなし崩しで入れて自撮りを敢行してみたり。

「でも昼間楽しかったです」

 それは素直な感想なのだ。

「なにが?」

 いきなりそういわれて、きょとんとしてユーレッドが目を瞬かせる。

「流石に俺みたいなおっさんと遊んで、お前みたいな若い奴が楽しいわけねえだろうが。俺だって、しょうがねえから付き合ってやっただけで」

 といいつつ、

「そこは、遠慮せず、幼馴染の娘と行く時の下見に便利とか、奢ってもらえて得だとか、言っとけよ。別に怒らねえぞ」

 ユーレッドが苦笑するのに、タイロは首を振って明るくいう。

「いや、ホント楽しかったんですよ。これ、お世辞とか気をつかってじゃなくってですね。俺、おべっか使うなら、もうちょいいい感じにいいますって」

「それはそうかもだけどよ。じゃあ、なぜだ?」

「いやね、俺、保護者やら兄弟やらいなかったんで、あんな感じで観光地とか行ったことなかったんです」

 ユーレッドが目を瞬かせる。

「保護施設でも旅行とかあるんですけどねー。一応”身内”ってのがいることが多いわけで。で、身内がいる子はそっちで回わるから、ヤスミちゃんはそっちに取られちゃうんで、俺、結構一人とかあったんですよね。俺は、汚泥事故の孤児ですし、保護者がいないんで」

 タイロの口調は特に寂しそうではなく、逆に平然としている。

「で、その旅行でよく行く、庭園とかお寺とか、そういうとこの思い出は割と一人で。施設のおねえさんが見かねて回ってくれることもありますけど、俺みたいな子はほかにもいますからね。そこんとこ、先着制ですし、奪い合いになるわけで……。俺はもめ事は好きじゃないし、じゃあ、一人で回ってるからってなるんですよ。それなんで、ああいうとこ、一人で回ってる思い出が多くて」

 タイロはぼんやりと言った。

「で、ユーレッドさん、意外と色々知ってるから、教えてくれたりするでしょ。いいこともろくでもないことも色々教えてくれるけど、それって、年の離れた保護者のお兄さんいる子とか、こーゆー感じだったのかなあとか思ったりしました。俺、別に一人でいるの、寂しいとか思ったことないけど、誰かと観光地に行くのっていいもんなんですね」

 えへへとタイロはちょっと酒が入って、陽気になったのかふわっと笑う。これはどうも先程追加で頼んだ例の酒のせいらしい。タイロも少し口が軽くなっていた。

「なので、なんかすごく楽しかったんですよー。でも、そうですよねー、ユーレッドさんは、多分俺みたいな奴とでつまんなかったでしょうし、ご迷惑だと思いますけどね」

「あ、あのな、お前な」

 ユーレッドが何やら、顔を引き攣らせて言う。

「そーゆーことを俺に……」

「あ、すみません」

 タイロは怒られるかと慌てて、

「い、いえ、ユーレッドさんはまだ若いの知ってますんで、けして、年齢のことディスったつもりはなくてー。そ、それにお兄さんって一応、その……」

「いやそうじゃなくてだな」

 と、チラッと言うと、タイロは理解ができなくて目を瞬かせる。

 その様子に、ユーレッドはぐしゃりと前髪をかきながら、

「っかー、お前、本当に! しょうがねえな!」

 などと吐き捨てる。

「え、なんです?」

「いや」

 ユーレッドは、妙にそわそわしつつ、

「さ、さっき、ああいったが、別に俺だって、つ、つまらなかったわけじゃねえよ。あの庭だって、ちょっと興味もあったしな。管区外渡航とか、めったにできることじゃねえし」

「本当ですか?」

「ま、まぁな!」

 ユーレッドは鼻で笑うように見せかけつつ、

「お前、本当しょうがないやつだからな! あんなんでいいなら、ここにいる間、たまになら付き合ってやってもいいぞ。ど、どうせ、俺も暇だし」

「えっ、マジですか!」

 タイロが素直に喜ぶ。

「それだと嬉しいです。俺ねー、ほかにも色々マリナーブベイで行きたいところあるんですよ。オフの日ならちょっと遠出しても怒られないですよねー」

「そ、その代わり、いいとこ選んどけよ」

 ユーレッドがそういって、居心地悪そうに酒をすする。

 ふと視線を感じたらしく、ユーレッドがちらとみると、どんぶりにはまったままのスワロが、物珍しそうに彼を見上げていた。それに気づいてユーレッドはちょっと慌てる。

「な、なんだよ。見世物じゃねえぞ」

 きゅ、ぴ、とスワロが笑うように鳴くのを無視して、ユーレッドはちょっと不機嫌な顔を作りつつ、

「ふん、ここにいる間だけだぞ。お、お前がそう言うこと言うから、しょうがねーからだ。うん、そうだぞ。お前があんまりヘタレだし、一人でいたくねえっていうから。うん、まあな」

 ユーレッドはなにかとごにょっと言っている。

「俺だってな、頼られりゃそれなりに考えるんだから……。いや、なんつうか……」

 と、ユーレッドが言いかけた時、不意にタイロの背中側に人の気配があった。

「あら、旦那、随分お優しいのね。しばらく見ないうちに、ちょっとは性格丸くなった?」

 艶っぽい女の声だ。

「ふふ、お久しぶりね。お連れさんと一緒にあたしの歌を聞きに来てくれたのかしら?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ