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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-C:唄う魔女ウィステリア
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1.琥珀色に揺らぐ夕べ


 ジャズの演奏が聞こえてくる。

 照明はオレンジ色めいた古めかしく、落ち着いたもの。少しだけ眠気を誘うようで、どこか幻惑的だ。

 なんとなく、こういう場所に来ると、ぼんやりと夢を見ているような気持ちだ。今日色々歩いて心地よく疲れているせいもある。


 ここは、オシャレで高級そうなジャズクラブ。席数も多い。

 マリナーブベイのモデルになった都市の、とても古い時代を反映したとされている、アンティークな雰囲気のある建物の中だ。

 ここだけ、まるで別世界のようだった。

 で、そんなところに、タイロとユーレッドと、それからスワロの三人がやってきているわけだが、タイロはなんとなく自分が場違いな気がして縮こまっている。

(ユアンさんのオススメ&ユアンさんにもらった超割引クーポンあるとはいえ、ここ、俺には高級すぎない? いや、ユーレッドさんもそこそこリーズナブル的なこと言ってたけど、オシャレすぎて引く)

 ここを紹介してきたのは、もちろんあのユアン・D(ディマイアス)・セイブである。タイロがこんな店を知るはずもないし、一人で入ろうとも思わない。

『いいお店があるんだよ。きっとお連れさんも気にいると思うんだよね』

 庭園を回っていると、そんなメールが飛んできて、特別割引クーポン券とともにここの店の予約情報が送られてきた。

『ホテルもとい宿舎の近くだし、便利だよ』

 ディマイアスは親切だが、ここまで面倒見がいいと寧ろ胡散臭くて怪しい。

 とおもったのであったが、タイロがいい店を知るはずもないし、ユーレッドもここに対する土地勘はゼロ。素直に導かれるままこのジャズクラブにやってきた。

 夕食も出るし、酒を飲める。

 まあそれならいいか、とユーレッドも乗り気だったので、タイロは結局ここにきたわけだった。

 が、まだお子様に毛が生えた程度のタイロには、あまりにも大人すぎる世界である。

(おおお、落ち着かないー。シャンデリアとかあるし、お酒も高そうな上にオシャレすぎて落ち着かないし、ごはんも上品だけどちゃんと美味しい。このローストビーフうまい)

 色々な感情が入り混じって、ちょっとわからないテンションになってしまったタイロだった。

 ディマイアス・セイブは、いかにもセレブな感じなのでこういうところも平気なのだろうが、自分はお子様だからダメとして、オトナのユーレッドにもちょっと荷が重くないだろうか。

 と思ったのだが、意外とユーレッドは平然と酒を飲んで音楽を流し聞きしている。

(ひとのこと、心臓に毛が生えてるとか、神経図太いっていうけど、ユーレッドさんも大概なのでは。絶対慣れてないと思うんだけどー)

 居酒屋にすればよかったな……と思いつつも、ユーレッドを思わず観察してしまうタイロである。

 そういえば、ユーレッドは店に入るときも余裕だった。

「ドレスコード? ここはそんなに厳しくねえだろ」

 タイロは普段は動きやすいカジュアルな服なので、さすがにスーツに着替えようかといった時に、ユーレッドはそう言った。

「本当です? 大丈夫でしょうか? いや、ユーレッドさんは曲がりなりにもスーツだからー……」

「曲りなりってなんだ」

「いや、ちょっと目立つから……」

 白いジャケットに赤いシャツ、いつも目立つ模様の入ったネクタイ。ファッションセンスが斬新、と言ったら絶対に怒られるし、まかり間違ってもヤクザっぽいとか言ってはならない。タイロは思わず苦笑する。

「安心しろ。一応俺はこういう店は慣れてる」

「本当ですかあ?」

 思わず疑いの声を上げてしまうが、確かに、不良獄卒のくせに、ユーレッドは妙に経験も知識も豊富だった。さすがに上流社会の上品さを彼に求めるのは難しいものの、意外と物知りでもある。


 そして、そんな彼の意外な能力をその時も目撃したのだった。

 クラブの店の前で、不意にタイロは目の前にいた男に話しかけられたのだ。きりっとスーツで決めた長身の男前で、隣にきれいな女性を連れている。タイロは獄吏IDを首から下げているから、大方道でも聞かれたのだろう。聞かれたらタイロだってちゃんと調べてでもおしえてあげるのだけれど、なんと今回はA共通語と呼ばれる言語で話しかけられたのだ。

(え、なんて?)

 タイロは正直慌ててしまったのだった。

 タイロ達が話しているのは、主にE管区で話されているN共通語であり、このハローグローブ住人の多くに行き渡っている。しかし、他の管区では古くからA共通語などもよく話されていていた。

 しかし、今では汚泥汚染が深刻になり、人の行き来が制限されていることと、翻訳機械だのアプリだのの発達で別にA共通語が話せなくても平気になったので、学校ではサワリしか教わらない。獄卒管理課のタイロの部署では、あのメガネが複数の言葉をマスターしているらしいのだが、別になくても困らず、寧ろそういう人材は珍しい。

 マリナーブベイは、さすがにシャロゥグでいるよりはいろいろな言葉を話すひとがいるけれど、耳に触れる異国の言葉はC共通語ぐらいでA共通語はやはり珍しいのだった。

 ということで、完全に不意打ちであり、焦ったタイロが思わず翻訳プログラムを立ち上げるべくわたわたしながら答える。 

「あああ、ちょっと待ってください。い、今翻訳アプリを」

「どうした?」

 とタイロが答えかけたとき、不意にユーレッドが間に入ってきた。と、その男はユーレッドを見かけて笑うと、彼にもA共通語で話しかけた。

 が、ユーレッドは平気でA共通語で話に応じたのだった。

 最初はスワロに通訳させているのかと思ったが、そうでもないらしい。

 意外にもユーレッドのA共通語は流暢で、滑らかに相手と談笑していた。で、挨拶らしい一言。クールな大人の男よろしく、さっと手をあげて別れる仕草はちょっとムカつくがカッコいい。

 タイロだって、昔、映画とかでこんなのを見た。

「ええ、ユーレッドさん、翻訳使わないんですか」

 男女二人を見送りながら、タイロがあっけにとられつつ尋ねる。

「あれくらいならなー」

 ユーレッドは余裕の表情だ。

「えー、マジですか」

「ふふん、まー、こう見えても俺にも色々経歴ってもんがよー」

 彼は、いかにもドヤァと擬音のつきそうな得意げな顔をタイロに向けてくる。

「大体、これぐらいの珍しくねーだろ。まー、俺は似ててもB管区のは喋れねえんで、A管区方式のA共通語しか無理だぜ」

「へえすごーい」

 タイロは手放しで褒めちぎる。

「はは、もっと褒めてもいいぜ」

 ユーレッドがやや調子に乗るが、タイロは真面目に考えてしまう。

 普段はアプリがあればいいや、と思っているが、目の前で見せつけられると勉強の必要性を感じてしまう。

(でも、このひと、ほかに管区外渡航してる感じじゃないんだけど)

 ユーレッドの経歴には謎が多いが、さすがに何度も管区外渡航はしていないだろう。 だとしたら、彼はどこでA共通語など覚えてたんだろうか。

 ちょっと謎が残るが。

 とにかく、流石にタイロより長生きしているだけあって、ユーレッドはなんのかんので頼りになる部分も多いのだ。

 タイロは、彼のそういうところは素直にすごいと思っている。



 そんな昼間のことを思い出しながら、タイロは自分のグラスから酒を飲んで、このオシャレな空間とのギャップにちょっと後悔をした。

 タイロの目の前には、やたらと甘いお酒がかわいいグラスに入れられておかれていた。

(うーん、失敗した。なんで、俺、こんな甘いの頼んでしまったんだろう。ここではもっと渋くて大人な感じの頼まなきゃ雰囲気でないじゃん)

 タイロ自体は意外と酒が飲める。もっと渋くて強い酒でも平気だったのだ。

「ユーレッドさんは何飲んでるんですか?」

「あぁん?」

 不意に話を振られて、ユーレッドがガラの良くない返し方をする。

 ドレスコードは大丈夫でも、ちょっとデキるオシャレな大人なところをみせていても、やっぱり不良獄卒なのは隠せていない。

 なんとなくそれに安堵しつつ、

「いや、何飲んでるのかなーって気になって……。なんか、見たことなさそうだから……」

「何って?」

 ユーレッドの手元には、琥珀色の酒が置かれており、チェイサーにビールを添えていた。

 その隣で、ご褒美のエネルギー玉を割ってもらったスワロが上機嫌で、きゅっきゅと鳴きながら携帯用のどんぶりの中で揺れている。 どんぶりの中で蛍光塗料みたいなサイケデリックな色の液体が照明にきらめいていた。

 あれ、どうやって吸収しているのだろう。

 と、タイロは素朴に疑問に思う。獄卒用のアシスタントも何かと謎が多い。

 しかし、彼らもそれぞれ明らかにご満悦といったところ。

 タイロは居酒屋のほうが気楽で良かったとおもっていたが、意外にもユーレッドとスワロは楽しんでいるらしい。

「ああ、これか?」

 ユーレッドは、にっと笑って手元のグラスをちらっとあげる。

「これは、ほら、電気ナントカってヤツだぜ。懐かしいよなー」

「でんき? なんですそれ」

「酔いが回るの早い昔の酒」

 ユーレッドはそう答えて、軽く一口飲む。

「いいよな。暗めの渋い照明と、昔の音楽と、それから昔の酒。こういう、懐かしい感じの店、俺は好きだぜ」

 ユーレッドは頬杖を突きながら、にやりとする。本当に気に入っているらしいので、タイロは思わず相好を崩した。

「えー、本当ですか! それは良かったですー! 居酒屋にしなくてよかった!」

 とゲンキンに答えたところで、ユーレッドがにやっと唇を歪めた。

「でも、これ、お前が探してきたとこじゃねえんだろ、どうせ」

 どきっとして、タイロはしおしおとなる。

「バ、バレました?」

「そりゃそうだろう。餓鬼の趣味じゃねーよ、こんなとこ。ま、いいけどな」

「あ、あの、深く聞かないんですか?」

 そう尋ねてみると、ユーレッドはふふんと笑う。

「深い話なんかねーんだろ。俺が好きそうな店っつーので、なんかの知り合いに聞いたんだろうがよ」

「図星!」

 タイロは素直に認めつつ、

「ユーレッドさん、たまに単純なのか、鋭いのかわかんないなー」

「単純は悪口だろ、お前」

「すすすみません。つい思考が口に」

 失言した。

 一瞬、どきっとしたが、ユーレッドは上機嫌らしくにらむだけで手を出してこない。 にやにや笑いながら涼しげな顔をするだけだ。

「今の、お前じゃなきゃ殴り倒しているが、特別に許してやるよ」

「す、すみません―」

 タイロは慌ててへらっと笑って取り繕う。

 けれど、機嫌のいいのは本当らしいから、もうちょっと失言しても大丈夫そうな気がする。


 


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