表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-B:The Secret Report
32/125

13.サボタージュな午後


「あの、ユーレッドさん」

「ん?」

 不意にタイロが真面目な声色になったので、ユーレッドが怪訝そうな視線を向ける。

「俺、生意気だったらごめんなさい」

 タイロはそう前おいた。

「俺は、その、ユーレッドさんが戦闘にかける執念とか、基本的には理解できないです。俺は、ほら、そういうのとは、真逆だし、喧嘩とかもしたことないし、したくないし」

 タイロはつづける。

「でもね、ユーレッドさんがそれが大切だっていう気持ちのことはなんかわかるような気がするんですよ。ほら、人間て、存在意義とか考えちゃうじゃないですか」

 ユーレッドは黙っている。タイロは作業を続けながら言った。

「それで、スワロさんのことも大切なのもわかってるんですよ。だけど、あんまり無理しないでください。スワロさんかばってたのはわかるんです。でも、隣でユーレッドさんが苦しいの、スワロさんも見てて辛いと思うから……」

 タイロはばつがわるそうに笑ってユーレッドをチラリとみた。

「ごめんなさい。俺、マジで生意気なこと言ってますね」

 ユーレッドは、ふとため息混じりに苦く唇を歪めた。

「まったく世間知らずの餓鬼のくせによ。わかった風な口ききやがって」

 ユーレッドが別に怒っていないのは、口調でわかる。

「まあいいや。今回はトクベツに許してやるよ」

「えへへ、すみません」

 タイロはドライバーでネジを閉め終わる。

「さて、これで交換、終わり」

 タイロはカバーを取り付ける。

「スワロさん、もういいよ」

 きゅ、とスワロが反応して、再起動をかけたようだった。

「ど、どうです?」

 タイロはおそるおそるユーレッドの顔色をうかがう。ユーレッドは、確かめるようにスワロを見やった。

「ちゃんと、つながってんな」

 きゅきゅ、とスワロが嬉しそうに鳴いている。

「本当ですか!」

「ああ。……こっちもすっかり治った」

 ユーレッドは右袖のしわを直すように袖を引っ張りつついう。

「へへ、俺もたまには役に立つでしょ」

 タイロがにんまり笑う。

 ユーレッドは黙り込んで彼を見るが、タイロは気にせずカフェオレを啜りつつ、スワロをなでる。スワロが礼を言うように、きゅるきゅると鳴いてタイロにじゃれている。見直したということのようだ。

「えへへ、スワロさんのメンテとか、今後させてほしいな。あ、興味あるけど、俺、壊したりしないから」

 タイロがなれなれしくそう頼み込む。

「ねえ、お願いしますよー、スワロさん」

 と、その時、突然、タイロの腕の端末が反応した。この感じは、電話だ。

「げげ、何? シャロゥグにいるチーフから電話?」

 表示をみて、タイロは慌ててスマートフォンを取り出し、立ち上がった。とりあぜずユーレッドに断りをいれる。

「ちょ、ちょっと、俺、電話にでますね」

「ああ」

 おそるおそるタイロは電話に出る。

「はい、タイロ・ユーサです。お疲れ様です」

『お前何してる? 妙なところにいるみたいだが』

 チーフは、ねぎらいの言葉もなく唐突にそう尋ねてきた。

『確か、獄卒の奴らを引率して宿舎に連れて行っているんじゃないのか?』

「あ、いえ、案内はしていまして。えと、えー、いや、ちょっとメシなど食ってたので街中にですね……」

『ほほう、メシだな? 先ほど、何やらジャンクパーツのショップにいたみたいだが』

「あー、いや、その、業務上必要なものがあって……」

 とっさにごまかす。いや、スワロの修理は、間違いなく”業務上”必要はあったのだ。なにせ、タイロは獄卒の引率なのだから、その獄卒のユーレッドが困っていたら助けるのだって、多分業務のうちなのである。

「獄卒の人のナビゲーターが壊れてて……」

 そういいながらタイロは嫌な予感がしてきていた。この感じ、もしかして怒られる流れでは。チーフのやつ、どうもタイロの位置を位置情報で確認しているらしい。さすがにそれは遮断できない。

『一瞬、消えたと思いきや、いきなりジャンクパーツの店で遊んでてびっくりしたぞ』

「あ、それはその、通信妨害されてて……。あと、遊びじゃなくって……」

 説明すると長くなるが、別に嘘は行ってない。しかし、これは、なんだか、マズイ流れだ。

「いや、その、なんです……」

 自由時間じゃなかったですか、と思わず言いかけて飲み込む。

 そういや、メガネに自由時間と言われただけで、本当のところはわからないのだ。

「あの、メガネ先輩とは別れてるんですが……。先輩はー……?」

 メガネだって遊んでいるはずなのだ。絶対、マリナーブベイのお友達とランチをシャレたところで食べたり、観光したりしているはず……。

 だが。

『メガネの奴は、J管区の獄吏と打ち合わせだと報告を受けているぞ。見れば獄卒の連中とも別行動のようだし、何をやってる? お前、遊んでるんじゃないだろうな?』

(ぎゃー、あのメガネ野郎ッ!)

 タイロは思わず心の中で、あのメガネ野郎にあらんばかりの罵倒を浴びせつつ、

(マジで、アレ、お前もうまくやれみたいな意味だったわけ? 冗談じゃないんだけど、なんなの、あのクズメガネ!)

『遊んでいいとは言ってないぞ! 今何をしてる!』

 いけない。メガネを罵倒したいのもやまやまだが、今はこの状況をなんとかしなければ……。

「いや、その、あのう……、ちゃんと俺もお仕事は真面目に……」

 とタイロがしどろもどろな言い訳を仕掛けたとき、ふとぬっと人影が後ろから現れる。

「お前、誰と話してんだ!」

 いきなりユーレッドが怒鳴るように声をかけてきて、そのまま電話を取り上げる。

「わっ、なにす」

『タイロ、どうした? 返事しろ、おい! こら!』

 上司の声が遠くからとぎれとぎれに聞こえてくる。

「お前、俺のこと告げ口するんじゃねえだろうな! 獄吏の奴はこれだから信用ならねえ!」

「あっちょ、ユーレッドさ……、何言って、ヤバいですって! 返してくださ……」

 タイロは手を伸ばすが、ユーレッドは何せ背が高い。がしゃがしゃがしゃとわざとらしく音を鳴らして、ユーレッドは着信を切った。

「よし、こんなもんでいいか」

 先ほどの剣幕はどこへやら、ユーレッドは冷静な顔でスマートフォンをみやると、タイロのほうに渡す。

「ほれ」

「え、ユーレッドさん、い、いきなり何を……」

 状況が飲み込めず、手渡された端末の画面を眺めつつ、タイロはきょときょとしてしまう。

「何って? ちょっと協力してやろうと思ってよ?」

 ユーレッドはニヤッと笑った。

「お前、今更、仕事したくねえんだろ」

「そりゃーまあ。観光に行こうとか言ってた気持ちですからね」

 ユーレッドが、いかにも悪い笑顔を浮かべる。

「それじゃ、こうしようじゃねえか」

「こうって?」

 タイロは目を瞬かせる。

「まず、インシュリーと俺が揉めて、俺がやらかしそうになる。ここは事実だ。下手したらインシュリーからなんか報告もいってるだろう。そうなれば、余計情報の信頼度が増すよな?」

「はい」

「で、なんとか俺とインシュリーとの間の揉め事は回避できた。……んだが、俺は何せ札付きの不良獄卒だからなー、何かやらかしそうだよなー? 獄吏のお前としては当然不安。管区違うのにこんなところで、問題起こされたくない。地元の獄吏と揉めたりしたら、厄介だからよ?」

「はい」

 ユーレッドはにんまりとした。

「でだ。お前は俺を監視しなきゃならねえので、俺のそばについていなきゃならねえ。本当は仕事がたくさんあったのに、俺の監視しなきゃならねえとか、お前も大概かわいそうだよな」

「ああ! それ! その手があった!」

 タイロは笑顔を浮かべる。

「な? これなら、仕事してない理由になるだろ」

「なるほど。流石ユーレッドさん。悪いこと考えますねえ」

 タイロは思わずにまにまと笑う。

「でも、これが成功するかどうかは、お前の演技力にかかってんだぜ。ほら、もう一回電話して上司とやらに説明しろ」

「りょーかいです!」

 タイロはそういうと、ちょっと考えてから電話をかけてみる。

『おい、タイロ、今の……』

 電話に出たチーフは、どうも先ほど電話を取り上げた相手に心当たりがあるらしく、すでにこわごわとしている。

「あ、すみません。ちょっと、監視してる獄卒が暴れちゃって。今はおとなしくさせてから電話してるんで、大丈夫ですよ」

『お前、さっき、ユーレッドとかなんとか。もしかしてアイツでは?』

 よしよし、乗ってきた。タイロは、気を引き締める。

「あ、そうなんですよ。獄卒のUNDER-18-5-4なんですが、ここに来た途端、J管区に出向しているインシュリーさんと揉めまして……。何か因縁があるとかなんでしょうか、彼ら。とにかく、何とか揉めるのは回避できたんですが、ユーレッドがとても興奮していまして、何をしでかすやらわからないんですよ。で、野放しにするのが怖くって……」

 とタイロはちょっと芝居がかって、

「こんなところで何かしでかしたら大変なので、俺が見張っておこうかと思って、アイツについているんですが……」

『そ、そうか。そりゃあしょうがないな。アイツが問題起こすと、俺たちの首が飛びかねないからな』

 来た来た、とばかりに顔がにやけそうになるのを、何とかタイロは耐える。

「そうですよね。ああでも、大丈夫です。”俺が体張って”、止めて、きますので!」

 それを聞いていたユーレッドが、思わずふきだす。

「あ、ですです、そんなわけで、ちょっと外出していますけど、奴がどこにいくやらわからないので。あ、観光? それいいかもしれませんね。とりあえずご機嫌とって、おとなしくしてもらおうと思うんですよ。はい、……はい、頑張ります。あ、あー、それでは、またユーレッドが誤解するといけないんでー。この辺で切りますよー。はい、お疲れ様ですー」

 ぶち、とタイロは容赦なく電話を切る。

「OKでした!」

 ぐっとサムズアップを決めて、タイロは満面の笑みを浮かべる。

「どうです、俺の演技! 真に迫ってたですよね?」

「お前なあ、体張って止めるは調子に乗りすぎじゃねえか」

 くっくとユーレッドが、笑いをかみ殺すようにしながらいう。

「えー、でも、説得力持たすのにそれぐらい」

「かえって説得力ねえだろうが。ま、いいや。無罪放免みたいで良かったな」

「助かりました! ありがとうございます!」

 タイロが明るく礼を言う。

「そういや、お前どっか行きたいとか言ってたな。どこに行きたいんだ?」

 ユーレッドがそんなことをいう。いつの間にか右肩の定位置にスワロが乗っていた。

「え、あれ、一緒に、行ってくれるんですか?」

 タイロは意外な彼の申し出に目を瞬かせた。

「そりゃあ、アイツら位置情報見てるじゃねえか。俺とお前の位置ぐれえ確認してんだろ。離れると嘘がバレるぜ」

「あ、そうか」

「しょうがねえから、付き合ってやるよ。今日だけ特別だぜ」

 ユーレッドはため息まじりに頭をかきやりながらいう。

「マジですか!」

 明らかに喜んでいるタイロだったが、あ、でも、と急に心配そうな顔をした。

「でも、ユーレッドさんは体調大丈夫なんですか?」

「あァ? 俺はそんなヤワじゃねえと言ってるだろう。それにスワロがちゃんと管理してりゃ発作は起きねえからな」

 きゅ、とスワロが任せておけと言わんばかりに返事をする。

「それならいいんですが」

 とタイロはさっそくスマートフォンを持ち出す。

「それじゃ、なんか観光にいいところ調べてみますー! 色々行きたいところはあるんだけどー、とりあえず、近いところがいいですよね?」

 タイロが楽しげに調べはじめる。

「あ、あのな」

 ふとユーレッドが声をかけてくる。

「え? なんです?」

 きょとんとして振り返ると、ユーレッドは一瞬詰ったが、 こほんと咳払いをして、

「あ、ありがとうな、スワロのこと」

 やや視線を泳がせて、ほんの少し顔が赤い。ようやく意味を把握して、タイロは遅れてにんまりする。

「いいですよー、そんなこと。俺も何度も助けてもらってますし、お互い様じゃないですか?」

 タイロはにやにや笑う。

「ま、そんなことより、どこ行きましょうか。どうせなら楽しいとこいきたいですよね」

(素直じゃないけど、たまにかわいいとこあるよなあ)

 そんな身もふたもない感想を持ちながら、でも、これは口にしたら下手したら首が飛ぶなあ、とも思うタイロだった。

「それじゃ、この近くの回遊式庭園ってやつ行きましょう! なんかいいとこっぽいですし、おいしいものもありそうですよ」

「お前、食うの好きだな」

 調べ終わってタイロがそういうと、ユーレッドがあきれたように言う。

「まあいい。スワロ。案内してやれ」

 ユーレッドがスワロにそう告げると、スワロがふわっと彼らの前を歩きだす。

「あ、そうだ。一つ言い忘れてました、ユーレッドさん」

 歩きながら、タイロは思い出して告げる。

「なんだよ?」

 唐突なことに、ユーレッドがきょとんとしたが、タイロは真面目に言った。

「ピルケースに骸骨の模様施すのやめた方がいいですよ」

「な、なに言ってんだ。アレ、普通に渋くてカッコイイだろ?」

 いきなり、妙なところを突っ込まれてユーレッドは戸惑う。

「普通に趣味悪いですよ。ていうか、普通に考えたら、自決用の毒薬のケースじゃないっスか、あれ」

「馬鹿野郎。なんで俺がそんなもん持ち歩かなきゃならねえんだよ」

「いやでも、マジで俺、迷っちゃったですよ。アレの中身毒薬だったらどうしようとか」

 タイロはずばりといいながら、

「しょうがないから、今度、俺がマジでかっこいいやつプレゼントしてあげます」

「ふん、偉そうに。お前の趣味なんか信頼できるかよ。どうせだっせえの選ぶだろ、お前」

「言いましたね? 絶対俺の選ぶ奴のがいいですよ。賭けてもいいですからね!」

 タイロがそんな軽口をたたく。それに応対するユーレッドがちょっとだけ嬉しそうなのをスワロは確認して、きゅ、と小声で囁く。

 それをユーレッドは何と聞いたのか、

「ば、馬鹿野郎。別に、そんなんじゃねえよ」

 ぼそりとタイロに聞こえないようにつぶやいたユーレッドは、ほんの少し照れていた。


 橋を渡って向こう側につくと、そちらの方は人の気配が強く感じられた。

 急に、都会の香りがする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ