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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-B:The Secret Report

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12.タイロの信条


「なんだ、アイツ……」

 ユーレッドはため息をついて、長い足を伸ばすようにして体を伸ばして空を仰ぐ。

 縁もゆかりもない土地の空だ。といっても、元から彼には特段居場所めいた場所もないはずだ。大した感慨も思い浮かばないのか、表情が薄い。

 スワロは、そんな彼を心配そうに見上げている。


 しばらく放心したようにそうしていたユーレッドは、億劫そうに首だけ軽くスワロのほうにむける。スワロは、きゅ、と小さく音を立てた。

「スワロ、再起動してみろ。運が良けりゃつながる」

 ユーレッドはいつにもましてかすれた声で、スワロにそう呼びかけてみた。

 スワロが膝の上で一旦静かになった。しばらくすると、小刻みに電子音が聞こえ、何か計算しているような音がする。

 この通りは、人通りは少ない。ユーレッドがだらりと座っていても、周囲を歩く人はいなかった。

 ユーレッドはぼんやりと、周囲を見ていた。

 時間が止まっているようですらある。ただ、ここからでも見える川だけが静かに流れ、動きを見せているだけ。

 違和感しかない、大きな街だ。

 この街はどこかおかしい。

 人のいる場所はとても密度が高いが、一旦人気のない場所に入ると、猫の子一匹いないような状態になる。 タイロがいなくなると、あたりは無機物しかいないようだった。

 近くの大きな川のゆったりした流れのように、時間だけが過ぎていく。

 きゅ、ぴぴ、と再起動をかけたらしいスワロの目がピカピカ光る。

 しかし、スワロは戸惑うように彼を見上げる。

 ユーレッドは、特段意外そうでもなかった。ただ、まだ本調子でないらしい。まだ痛みが残っているのかもしれない。

「再起動してもつながらないか。やっぱり、さっきので部品を溶かしたな」

 ぴぴ、とスワロがうなだれる。

「別にお前のせいじゃあねえよ」

 ユーレッドは彼にしては珍しく、優しく言った。

「俺だってどうせロートルって陰口叩かれてんだ。戦い続ければどこかしら壊れる。本当は、お前が壊れたのか、俺の側がダメなのかもわからねえ。アイツの言った通り、俺が獄卒用医療棟に入ったほうがはやいのかもな」

 ふとユーレッドは、タイロが置いていったペットボトルを手にして、一口水を飲んだ。

 タイロが走って行ってから、もうどれほど経ったか。

 時間を数えていたわけではなかったが、彼の告げた十分はとうにすぎているだろう。おそらく半時間ほど。

「アイツ、もう戻ってこねえんだろうな」

 ぽつんとユーレッドが言った。

 きゅる、とスワロが鳴く。きゅきゅ、ぴぴぴ、と何やら訴えるように電子音を立てるスワロに、ユーレッドは苦笑する。

「つながってなきゃ、お前が何言ってるのか全然わからねえよ。うるせえな。神経に響くだろ。静かにしてろ」

 そういわれてスワロは、しゅんとした様子で首を下げた。

「しょうがねえだろ。アイツ、ドン引きしてたじゃねえか。それが普通の反応なんだ」

 ユーレッドは苦く笑みを刻みつつ、スワロの頭を撫でてやる。

「構やしねえよ。元から理解してもらいたかったわけじゃねえ。それに、新米獄吏が、気まぐれに付き合うには重い世界だ。生きる世界が違うんだよ。アイツらは、こっち側に入っちゃいけねえんだ。ああいう命知らずは特に」

 それから、まだ痛むのか軽く右肩のあたりをなでやりつつ、ユーレッドは天を仰いでため息をつく。

「人のこと、軽々しく呼びつけやがって。ビビりながら懐いてきやがってな。なんで、アイツ、俺なんかに……。もっと下心が見えりゃあ、邪険にしてやるのにな」

 ユーレッドは目を細めた。

「だが、お前の言う通りだ。俺は、アイツには情けねえトコ見せたくなかった」

 ユーレッドは呟く。

「こんな弱ってるとこも、インシュリーに負けたって事実も。……ふっ、どうせ他人なのにな。なんと思われようが関係ねえはずなのに」

 ぴ、と鳴いて慰めようとするスワロを、ユーレッドは黙って撫でる。

 都会の雑踏とは無縁な、静けさがあたりを支配する。


 ユーレッドはしばらくぼんやりとそのまま雲が流れるのを見ていたが、思い立ったように身を起こしてちらとスワロに目をやる。

「もうちょっと休んだら、業者探して応急処置してもらうか」

 スワロが、きゅーと不安げに返事をする。

「大丈夫だ。繋がりさえすればしばらく持つだろ。なに、この仕事が終わるまでのことだ。だから、話がわかるような、業者の情報だけ探して……」

 ユーレッドがそういいかけたとき、目の前に影がおちた。

「すみません! 遅くなりましたー!」

 タイロの能天気な声が響く。

 少しぎょっとした様子でユーレッドが顔を上げると、タイロはビニール袋を二つほどさげて両手に飲み物をもって立っている。

「あれ、だいぶ調子よくなったみたいですね」

 タイロは、えへへと無邪気に微笑む。

「じゃあ、コーヒー飲めます? あ、甘いのあんまり好きじゃなさそうですよね、ユーレッドさんて。砂糖いらないスよね。はい、これ! 結構熱いんで気を付けてくださいね」

「お前」

 一方的に話をされて、戸惑い気味のまま飲み物を渡される。

「遅くなっちゃったから、ユーレッドさんどっか行っちゃったんじゃないかって心配してたんです。ユーレッドさん、気が短そうだしー」

 タイロは遠慮なく隣に座って、自分もカフェオレらしいものをすすった。

「遅くなってすみません。いや、ジャンクパーツのショップで早く買い物できたもんだから、ついうっかりコンビニ寄ったら待たされて。前の奴が面倒な注文するもんだから、俺超焦ったんですよ? 怒ってないかなと思って……」

 ユーレッドがあっけにとられていると、タイロは気にせず続ける。

「でも、速攻でいいもの見つけましてね。俺、超がんばってすぐに帰ってきたんですよ! えらいでしょ、俺」

 妙にドヤ顔を披露しながら、タイロは別のビニール袋を開いて中身を取り出した。

「ジャンク品漁ってたんですけどね。いいのがあったんですよ」

 そういってタイロが取り出したのは、小さな部品がいくつか。

「なんだそれ」

「これが通信機でー、こっちは信号の増幅器ですよ。あと他の部品も色々。スワロさんはSWシリーズでしょ。でもMAYRAINって特注らしいじゃないですか。合うかどうか心配だったけど、何とか合いそうな気がする」

 きゅきゅ、とスワロが近寄って、タイロを見上げる。どうやら当たりらしい。

「あ、ちゃんとあってるっぽい? よかったよかった」

 ちょっとごめんねー、などと言いながらタイロはスワロを手のひらに乗せて後ろを向ける。タイロはカバンから小さな工具を持ち出すと、スワロの背中の溝に差し込んでそっとあけた。

「このあたりに通信関係のがまとまってるはずなんですよね。煙もここから出てたでしょ? そういや、昼メシ前の囚人の血がぬぐい切れなかったの、あれ、スワロさん、本体の武器との通信状態もあまりよくないんでしょう?」

「よくわかったな」

「だと思ったんですよ」

 タイロはにんまりしつつ、

「多分ですけど、信号受信するところが弱っててうまくいってないんじゃないかなーって。本当はそっちの部品も変えたほうがいいんですけど、これって下手にいじってバグったら、ユーレッドさんの命に直結しそうだし、俺、そこまで責任持てないですから。スワロさん、ここちょっとさわるから、その辺の電源、部分的におとして」

 タイロがそういうと、スワロがわかったといわんばかりに、ぴっと鳴いた。

 タイロは工具を使って小さな部品をいくつか外していく。

「お前、わかるのか?」

「俺、ちょっと詳しいっていったじゃないですか。流石に索敵アシスタントのスワロさんみたいな精巧なのを、さわったことはないですけどね。通信機これぐらいならなんとかなるかなーってね」

 タイロはそういって、作業を続ける。

「俺ね、実は元々獄卒用アシスタント端末専攻してたんですよね。俺、御多分に漏れず、施設育ちなんで。なんか人のためになることを勉強しないといけないんですよねー。大体みんなそのまま獄吏になるんですけど、一応興味のある分野を勉強させてもらえるんです。で、俺は獄卒用の索敵ナビゲーターとかが専門で……」

 ユーレッドが黙っている間に、タイロは作業をしながら話し続ける。

「っていっても、スワロさんみたいな高度な奴じゃなくて、もっと単純なのしかさわらせてもらえないんですけどねえ。で、俺、獄吏になったらてっきりそっちの方に行くんだと思ってたけど、うっかり獄卒管理の現場に飛ばされちゃいまして。でもいいかなと思ったんですよね。獄卒なら、スワロさんみたいな高度なアシスタント連れてる人もいるかもって思って、それで話もできるかなって。だけど、全然コミュニケーション取れないし、ただのナビゲーターでも、指一本さらわせてくれるような獄卒の人はいなかった」

 タイロは苦笑いする。

「まあそりゃそうですよね。新米の俺にそんなのさわらせてくれないか。あ、でも、ちゃんとスワロさんのことは修理するんで。俺、そんな無茶なことしないし、新米で仕事はサッパリだけど、機械関係はそれなりなんですよ」

 黙って聞いていたユーレッドは、ふと苦笑した。

「お前、よく喋るな。昔荒野で拾ったラジオみてえだ」

「うるさいですか?」

「かまわねえよ。うるせえ時はきいてねえから」

「えー、ひどいなー」

 ユーレッドが笑みを抑える。

「施設育ちって、お前は親は?」

「ハローグローブの子供は、出生率低いし、両親揃ってる方が珍しいですって。それに、両親がいても施設育ちが普通ですし。俺も両親とかいないですよ」

「それもそうか」

 ユーレッドは頷いて、

「まあ、俺の場合、いた可能性もあるっていうんですけどね。俺、物心つく前に、汚泥漏洩事故に巻き込まれてて、その時の生き残りらしいんです」

「汚泥漏洩事故?」

 ユーレッドは眉根を寄せる。

「はい。北部の汚泥タンクがテロで爆破されて、街が一個壊滅した奴ですよ。その時に、なんでも、俺の識別票欠損したとかなんとか。あー、でも、なんとかなったらしいんですけどね、そこは」

「識別票欠損? なんだ、あとで継ぎ合わせたってことか?」

「そういうことらしいです。でも、それ以前のことは出生に関するデータすら残ってないとかなんとか」

 タイロは何でもない様子で言った。

「識別票継ぎ合わせたら、色々変わっちゃうらしいんですよね。外見とか。っていっても、俺、前がどうだったか知らないんで、別に問題ないんですけど」

 タイロは明るくそう話していたが、何か思い出したらしく、

「あー、そうそう。実はですね、その時、俺を助けてくれたのって獄卒の人らしいんですよ」

「獄卒?」

 ユーレッドが片眉をひそめる。

「そうです。俺を抱きかかえて助け出してくれたのが、現場派遣の獄卒の人でー。記憶ほとんどないんですが、多分かっこいい人だったと思うんです。でも、まあ、ご本人はきっともうお亡くなりだと思いますけどね。五年以上前の話だし、あんな現場に出てたらユーレッドさんクラスじゃなきゃ、まずもって生き残れないでしょ?」

 タイロは感慨深げにいいつつ、

「でね、まあそれもあって、恩返しじゃないんですけども、獄卒の人になんか関わる仕事のがいいなーと思ったんですよね」

「それで獄卒用ナビゲーターを? 今時アシスタントの研究なんて、流行らねえだろう」

 ユーレッドは苦笑した。

「もっと花形なのあるだろうが。獄卒用アシスタントなんざ、時代遅れだぜ?」

「まあそうなんですけどね。だって、色々経緯はあったにせよ、獄卒の人がいないと、居住区なんて囚人だらけになっちゃうじゃないですか。それなのに使い捨てとか酷い話ですし、ナビゲーターの、特にアシスタントは獄卒の人の精神面にも有益だって聞いてて。それに、俺、機械も好きですし、だったらそういう仕事がいいなーって。俺を助けてくれたいい獄卒みたいな人と、友達になれたら楽しいじゃないですか?」

 タイロはちょっと苦笑した。

「ま、とはいっても、獄卒管理課にきてからは、俺の理想なんて甘いなって反省しましたけどね。そもそも獄卒にいい人ってほとんどいないわけで、それに、獄卒じゃなくても上司にだって、想像以上にスレた人が多いし……」

 ユーレッドはにやりとする。

「それならいいじゃねえか。多少は現実見えたなら成長したってことだろ」

「ちぇっ、ユーレッドさんは意地悪だなあ」

 タイロは苦笑してそういいながら、作業を続ける。


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