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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-B:The Secret Report
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10.T-DRAKE


「手を出そうとしたところで、対象が消えたので。巻き込んだようなら、すまなかった」

 路地の暗がりから、その男は静かに歩み寄ってきていた。

 黒く長いコートを引きずる帽子の男。

「だ、誰ですか?」

「ほう、その声、まだ若いようだ。しかも、一般人?」

 その男の周りを蝶が飛んでいる。いや、蝶ではない。あれは機械仕掛けだ。はたはたはためくたびに、キラキラと音が鳴る。

(まさか、あれ、獄卒用アシスタント? スワロさんとは全然見た目が違うけど、カタログに似たのがあった……)

 ただ、形態が知っているのとは違う。

(あの人も、獄卒?)

 男は、刀を下げていた。その刀はユーレッドに負けず劣らず囚人のものらしき血に塗れている。

 静かに歩いてくる男は、やがて薄暗い路地裏の、少し日の差すところにさしかかる。やせ型の黒いコートの彼は、ユーレッドほどではないものの長身だ。

「こんなところにいるから、獄卒かと思ったが、違うらしい。囚人に襲われて生きているとはな」

「あ、あなたこそ、獄卒の方ですか?」

 おそるおそるタイロがそう尋ねる。男の表情は見えないが、深くかぶった帽子からのぞく肌の色は白かった。

「獄卒? そうだとも」

 男は感情の読めない声で告げた。

「獄卒であればこそ、囚人に用がある。そうでなければこのようなところなど」

 その時、男の背後から黒い影が伸びてきた。

(囚人! まだ!)

 タイロがハッとしたとき、男の手元で白い光が弾けた。

 ぎいいいっ、と悲鳴が上がるのと囚人がふたつに飛んで路上で黒いシミになるのはほぼ同時だった。

 囚人の腕が男の頭をかすめたのだろう。帽子が飛び、足元に落ちる。

「このようなところなど、通るはずもないだろう?」

 平然と囚人を斬り捨てたくせに、何事もなかったように、男は冷たい声で告げる。

 タイロが呆然と見上げると、その男と目があった。

 男は、思いの外綺麗な顔立ちをしていた。率直に美男子と言って良いが、どこか冷ややかで暗い気配を背負っている。

 その瞳と目が合う。

 男の目には機械的な白い虹彩があった。視力はないのか、タイロとは焦点は合わない。ただ、なにかしら異常な、冷たい感じがする。第一、感情が存在しない。

 その代わり、その瞳の奥に、得体の知れない殺意みたいなものがちらついていた。

 男が笑わないのに、その瞳の奥でなにものかが笑ったような気がした。

 タイロは思わずぞわりとして、総毛だつのを感じた。

「ひっ……!」

 身を引こうにも蛇に睨まれた蛙のように動けないタイロに、男は足を一歩近づける。

 と、その時、男とタイロの間に赤いものが割り込んできた。

 ガッと音が立ったのは、ユーレッドが赤い鞘をタイロと男の間に投げつけからだ。続けて白い刃が閃く。

T-DRAKE(ティー・ドレイク)……、久しぶりだな」

 はぁはぁと息を荒げながら、ユーレッドが掠れた声で呼びかける。男が静かに顔をユーレッドの咆哮に向けた。

 それを確認して、にやと笑いながら、ユーレッドは言った。

「ドレイク、早速邪魔して悪いがな、その小僧に何かされると困るんだよ。手を出すな」

 左目が血走っていたが、それは強い殺意によるものではないらしい。ユーレッドは常よりも真っ青な顔に、脂汗を流しており、今は傍目にも不調が明らかだ。しかし強がっていった。

「そんなに斬り合いたいなら、俺が何十時間でも相手してやるぜ」

(ティー、ドレイク? T-DRAKE(ティー・ドレイク)? って……)

 その名前にタイロは聞き覚えがあった。

(確か、出会ったら殺されるって言う都市伝説のある……?)

 男、ドレイクは、あくまで静かにユーレッドに視線を向けると、不意ににやりとした。

「その声は、ネザアスだな」

(ねざーす?)

 耳慣れない響きだ。 ユーレッドのことだろうか。しかし、ユーレッドの方は返事をしない。

「まあそうか。並の獄卒であれば、ジャマーの最初の一撃で戦闘継続不能になっているか」

「そっちこそ。やたら囚人が消えると思ったら、てめえに反応してたんだろう。第一、ジャマー抱えるような囚人がうろつくのはおかしいと思っていた。呼んだのはお前か?」

「それには語弊がある。確かに、あれが私を狙って派遣されたのは確かだろう。しかし、お前の方に反応して先にそちらに向かっていて、私はそれを追いかけてきた。追いかけてきた私に、ほかの雑魚どもが気付いた」

 ドレイクは、ついと首を振る。

「というより、狙いはそこの小僧かもしれないが?」

「なんだと?」

 いつのまにか、ユーレッドの肩にスワロが戻っていた。スワロの背中あたりから、まだうっすらと煙が出ている。スワロは心配そうにユーレッドの様子をうかがいながら、緊張したようにドレイクの挙動を見守っているようだった。

 一方、ドレイクの周りには、はたはたと蝶型のアシスタントが優雅に飛び回っている。時折、キラキラと金属的な音が響いている。

 静かな建物の谷間には、その音とユーレッドの荒い息遣いだけが聞こえる。

「息が上がっているな」

 ドレイクは、無表情に告げた。

「そうか、ジャマーを喰らって神経にきているな」

「そ、それがどうした。お前と手合わせするくらいの体力はあるぜ」

 言い当てられて、ユーレッドは苛立ったように、声を荒げた。

「相変わらず強情な」

「あ、あのっ」

 ふとタイロは話に割り込む。

 腰が抜けていたタイロだが慌てて立ち上がり、せきこんで尋ねた。

「お、お二人はお知り合いなんですか? あ、あなたは、ユーレッドさんのことをよくご存知みたいですが」

 ユーレッドが万全でないのは明らかだ。彼が何と強がろうと、ここで目の前の危険な男との勝負は避けなければ。

 タイロの思惑に気づいたかどうかはわからないが、ドレイクは顔をタイロの方に静かに向けた。

(この人、ほとんど目が見えていない?)

 ドレイクは、どうやら音に反応しているようだ。

 そういえば、蝶のアシスタントが羽音を立てるのも、彼の注意を引くときのようだった。

「知っている」

 ドレイクは短くそう答えた。

「古くから知っている。だから、今のこともわかる」

「今のこと?」

「発作を起こしているのだろう? この男、元から右上半身の神経の管理回路に修復不能な重大な損傷がある。それゆえに、負担の大きい戦闘用義肢の装着が難しいほどだからな」

「あの、当局に禁止されてるとかでは」

 そう尋ねるタイロにドレイクは続ける。

「左様。しかし、そもそも装着自体が難しく、間にアシスタントの介在が必要だ。私もそうだが、我々のような特殊な獄卒には、アシスタントの存在は、ただのナビゲーション端末ではない。だからこそ、その接続の断絶が行われると、他の獄卒と比べ物にならない負担になる。我々にはアシスタントの存在が不可欠なのだ」

「接続断絶?」

 タイロは目を瞬かせた。

「さっきの、囚人にされた通信妨害の影響だと?」

「そうだ。本来であればアシスタントとの接続が切れた程度では、そこまでの発作は起きないが……」

「対獄卒用ジャマーのせいですか?」

「左様。正面から食らい、痛覚の混乱が起きると発作となる」

「痛覚の混乱、ですか?」

 ドレイクは、ぽつりぽつりと話す。ここで会話を途切れさせると何をしでかすかわからない気配があり、タイロは慌てて質問をつなぐ。

「対獄卒ジャマーは、いうなれば低度ショックウェイブ。ショックウェイブは獄卒の体にだけ作用する、痛覚を混乱させて気絶させるためのものだ。だが、何度か食らわすと獄卒が再起不能になることがある」

「だからこそ、代替で使われるのがジャマーなんですね」

「そうだ。しかし、低度といえど、我々には体の不調をあたえるものだからな。先程言った通り、この男は右半身の神経管理箇所に重大な損傷がある。その為、元々神経痛が起こりやすいのをアシスタントで抑えているのだ。だからこそ影響が大きい。わかるかな?」

「は、はい。なんとなくわかります。無防備な状態だと、余計感覚を狂わされるということですよね」

「そうだ。無防備なところで、感覚の混乱を引き起こされると発作に直結しやすい」

 ドレイクは冷たく笑う。

「囚人にジャマーを"持たせる"理由は、そのようなもの。だが、それができるのだから、よほど厄介な相手だ。私もこの男も、上層部からはそれなりに”利用価値のある獄卒”。排除しようという輩は表向きいないはずだからな」

「ちッ! 頼みもしねえのにベラベラと!」

 黙っていたユーレッドが、苛立って声を荒げる。

「イイんだよ。これぐらい痛え方が、かえって気合が入るからな! それにこの状態なら短気な俺でもキレずに、貴様のクソだるい戦法につきあえる!」

 ユーレッドはがっと握り方を変えた。

「今すぐ、白黒つけてやってもいいんだぜ?」

 しかし、ドレイクは取り合う様子もなく、マイペースに話を続けていた。しかし、彼の手にも、まだ刀が握られたままだ。

「それにしても、貴様に連れがいるとは珍しい」

「そうだ。珍しく連れがいるから見逃せ、という話」

 ふっとドレイクが苦笑する。冷たい笑い方だ。ドレイクという男、どうも感情が読めない。得たいが知れないし、何か底冷えのするような怖さがある。

「小僧に危害を加えるつもりはない」

「信用ならねえなァ」

 断言するドレイクに、ユーレッドは唇を歪める。ユーレッドは乱れた呼吸を収めるように短く呼吸し、

「ひとのことは言えた身分じゃねえが、お前は平気で嘘がつける男だからな」

「危害は加えないと言っている」

 ドレイクは肩をすくめるようにして、それからようやく気付いたらしく、腕をもたげ、未だに握っていた刀を懐紙でつうっと拭う。真っ黒な囚人の体液が紙を汚す。

「その小僧、今時、とても珍しい。珍しいゆえ、斬らぬ」

「め、珍しい? 俺がですか?」

 思わずタイロがそう聞き返す。

 まさか、自分はどこにでもありふれたただの新米獄吏だ。

 取り立てて美男子とも思えないし、天才的な才能もないし、強くもないし。多少、神経が太いとかいわれるものの、いかにも平凡な青年だと思っている。

「俺の何が珍しいんですか?」

「小僧の”形質”がだ。お前のもつもの、それが、我々にとってとても本能的に好ましい。よってお前に危害を与えることはない。その形質を持つものが、今は大変珍しいのだ」

「本能的に好ましい?」

 タイロはキョトンとしてしまう。

「なんですかそれは」

「そのままの意味だ。我々には”古い約束”がある。お前はそれを私に想起させた。それゆえに、小僧のことを懐かしいと思うし、危害を加えてはならぬとも思う」

 ドレイクは顔を上げる。

「そこの男もそのはず。私のいう古い約束に心当たりがあるはずだが」

「さあな。俺は、その、約束とかどうだか、思い出せねえんだよ」

 ユーレッドは不機嫌そうに言い捨てたが、ふと引っかかるような顔をして。

「だが、いかさま思い当たる節はある……」

 妙に古めかしい言葉遣い。その瞬間だけ、ユーレッドの雰囲気が普段と少し違った気がした。

 ドレイクが静かに苦笑して、刀を収める。

「何にせよ、アシスタントは早く直した方が良い。我々のような獄卒には、アシスタントの接続不良は致命的だ」

「言われるまでもない」

「邪魔をした」

 ユーレッドの返事を聞いているのかいないのか、ドレイクはそういって歩きかけたが、

「待て」

 ユーレッドが声をかけると、ドレイクは動きを止める。

「ドレイク、貴様、何故、マリナーブベイに来た?」

「さて、私は気まぐれに彷徨うのが常だ。しかし、何かに呼ばれたような気もする。それ以上はわからぬ」

 そういうと、蝶のアシスタントに導かれるようにして、足元の帽子を拾う。 ユーレッドはもう引き止めなかった。

「ビーティー。行くぞ」

 ドレイクがそういうと、ぴ、とかすかな電子音で蝶が答えた。

 はたはたとはためく機械仕掛けの蝶。はためきとともにキラキラとした羽音が微かに聞こえる。それがドレイクに先立って飛んでいく。

「あいつの視力は、不安定でな。見えたり見えなかったり……」

 タイロの思惑に気付いたようにして、ふとユーレッドが言った。

「あのアシスタント、死んだ”てめえ”の女の名前付けてるやつ、……あれに先導させてるんだ。アイツも、あれがいねえとうまく囚人狩れねえんだよ。俺と同じでな……」

 ユーレッドは皮肉っぽく笑って、ため息をつく。

 タイロは、静かにドレイクの背中に目を向ける。黒いコートを引きずって、路地の闇に溶け込んでいきそうだった。

 その彼の周囲だけ、空虚で冷たい空気が満ちていて、まるで異世界に放り込まれたような感覚がする。

「他人のことをとやかく言えねえが、アイツは俺よりやべえ奴だ。流石のお前も一瞬引いてたが、その反応、正しいぜ。アイツ、俺からみても意味不明に殺っちまうから心配したが、お前、運良くアイツに気に入られたらしいから、良かったな」

 いつのまにか、幻のようにドレイクの姿は路地の向こうに消えていた。

「行っちゃった」

 我にかえり、タイロが投げ出されたままの鞘を拾って、ユーレッドに手渡す。

 静かな路地裏に、ずるずると不思議な音がする。ふと見ると、路上に散らばる汚泥が、ずるずると再び動き始めていた。

「ちっ、ドレイクのやつのせいで、また囚人が集まってくるぜ」

 ユーレッドが息をつきながら気だるく言った。

「えっ、どうして?」

「さあな。アイツが囚人殺るといつもこうだ。何かアイツらを呼び寄せる素質でもあるんだろう。……まずいな。道がまた封鎖されねえうちに、一旦ここから移動するぞ」

 と、ぬぐった刀を腰の鞘に戻して、そのまま歩きだそうとしたところで、ユーレッドはがくと足元から崩れそうになった。慌ててタイロが支える。

「ユ、ユーレッドさん、大丈夫ですか?」

「へへ、どうしようもねえな。難儀な体だぜ。ここまで動かねえとは、情けねえなあ」

 ユーレッドは、さすがに強がらなかった。

「どこか痛いんですか? あの、さっき、俺を庇って怪我とか、それか……」

「そうじゃねえよ。お前が気にすることじゃねえ」

「でも」

「はは、あんまり喋らせんなよ。神経に響くから」

「は、はい、すみません」

 ユーレッドはじっとタイロを見ていたが、ふと苦笑した。

「悪いな、ちょっと肩貸してくれ。痺れが足まで来ちまってな。普通に歩けねえんだよ」

「あ、はい。どうぞ」

 ユーレッドは痩せてはいるが、背が高いのでそれなりに重い。

「これで大丈夫ですか?」

「ああ。行こう」

 ふいっと先にスワロが飛んでいく。先導してきゅきゅと鳴く。

「ここは普通に歩くと迷う。道順はスワロがわかる。ついていくぞ」

「はい」

 そのままユーレッドを抱えて歩き出す。ユーレッドは右足をやられているようだったが、それでもなんとかタイロに合わせて歩けるらしかった。

 先程封鎖の表示のホログラムはすでに消えており、難なく通り抜けられる。そうしてくねくねした道をスワロの誘導通りに通ると、大通りの光がさしてきていた。

「ここ、出ると、橋のところ、座るところがあったろ。そこに……」

「はい」

 ユーレッドの指示にうなずく。しばらく、無言で路地を歩く。

「さっきは、絡んで、……悪かったな」

 唐突にユーレッドがぽつりと言った。

「え、いえ、ユーレッドさんが謝ることないですよ。俺が失礼でしたんで」

 ユーレッドが素直に謝ってきたので、タイロは少し驚いていた。

「さっきも言いましたが、読むにしても先に言うべきでした。目の前で勝手に読んじゃって……。俺、つい好奇心が……」

「いや……、お前は獄吏だからそれでいいんだよ。獄卒に気を許すなって、俺が言ったことだぜ。……お前は、俺達に裏かかれねえように、もっと色々知っておけ。だけど、さっきみたいに勘づかれるなよな」

 ユーレッドは苦笑した。

「さっきのは、俺が……、その」

 ユーレッドがなぜかその先を言い淀む。その瞳がかすかに揺れる。タイロが目を瞬かせると、ユーレッドはやや俯く。

「俺は、その、……。悪かったよ」

 タイロは優しく微笑む。

「いえ、いいんですよ。俺の方こそ、本当にすみません。俺こそ、許してもらえて良かったです」

「そうか。それなら良かった」

 ユーレッドが薄く笑い、目を閉じた。

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