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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-B:The Secret Report
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9.紅い残光


 ユーレッドの力は強い。ぐいと掴まれて弾き飛ばされ、タイロの体が傾いで地面に投げ出される。

 顔を上げた瞬間、間に黒いものが割って入ってくる。

 普段のユーレッドならうまくかわせたのかもしれないが、今の彼はそこまで余裕はない。ただ鞘から半分刃を抜いて受け止めるのが精一杯だった。そのまま囚人の黒い腕に弾き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられる。

「ユーレッドさん!」

 地面に投げ出されたタイロは、素早く起き上がるが、

 ユーレッドは軽く咳き込んだが、そこまで大事はないらしく、壁に手をつけて上体を起こしていた。

「ちっ、まずいな。体がうまく動かねえ」

 ユーレッドは苦々しく吐き捨てた。

「ユーレッドさん!」

 カマキリのような囚人はそのままタイロとユーレッドに飛びかかる。

「畜生が!」

 ユーレッドは素早く懐に手を入れ、何か投げつける。先程、タイロとスワロを助けた時に使ったのと同じ短剣だが、投げる瞬間、ユーレッドは付属の安全装置を外していた。

 虫型囚人インセクトがそれを腕で叩き落とす。と、その途端、閃光が散って煙が上がった。ぎゃああっと囚人の悲鳴が響く。

 タイロは慌ててユーレッドに駆け寄る。

「ユーレッドさん、大丈夫ですか?」

「人のこと心配してる場合かよ! 黙って物陰に隠れてろ」

 ユーレッドは厳しくそう言ったが、相変わらず呼吸が乱れており、顔を常よりまだ青い。

「今のはこけおどしだ。大した効き目はない。それに、敵はアイツ一体じゃねえ」

 そう言われて先程の囚人の向こうをみると、もやもやとした煙がゆっくりと晴れる。

 ユーレッドの言う通り、虫型囚人インセクトも全く姿を崩していない。が、先程の一撃で警戒したのか後退して、こちらを伺っているようだ。

「スワロのレーダーが使えねえから、俺の勘だが。放置しているとまだまだ来るぜ」

 ユーレッドは、笑みを歪めた。

「アイツ、仲間呼んでやがる」

「そんな……! 逃げましょうか?」

「そうそう簡単に逃してくれると思うか? 対獄卒用ジャマーは巻き添えを防ぐために、範囲決めてから発射するんだぜ。通り道に即席のバリケードが張られてるに決まってら」

 見ろ、とユーレッドは視線を動かさずに、顎をしゃくる。その方向に、タイロがちらっと路地の隙間をみやると、確かに黒と黄色とエクスクラメーションマークが毒々しく描かれた半透明のホログラムが浮かび上がっていた。

「あ、あれはなんです? もしかして、通れないんですか?」

「制圧部隊が、獄卒追い込む時にやるやつだ。あの位置に電気が流れててな。触っても死にはしねえが、お前なら一撃で気絶するな」

「それじゃあ」

 ユーレッドはぐっと眉根を寄せた。

「手っ取り早く、野郎のジャマーを破壊する。その後なら逃げようが、叩き斬ろうが自由だぜ」

「ユーレッドさん、でも……」

 タイロはユーレッドの体調が気になっていた。

「そんなヤワじゃねえよ、俺は」

 心配されているのに気づいてか、ユーレッドは不本意そうに言った。しかし、相変わらず呼吸が荒い。

「で、でも、ユーレッドさん、なんだか様子が……」

「元からちょっとした持病持ちでな。いつものことだ。俺のことは気にすんな。危ねえからお前は後ろにいろ!」

「は、はい……。あっ!」

 所在なさげに返事をしたところで、タイロは声を上げた。

 虫型囚人の後ろ側に、次々と人型や不定形の囚人が現れて、獣のような牙を剥き、しゃーっという不可解な声を上げて威嚇する。

(数が多すぎる)

 タイロは思わず血の気が引いてしまう。

(流石にこれじゃ……)

「あはははっ」

 不意にユーレッドが笑い声を上げた。

 タイロが驚いて視線を向けると、ユーレッドは額に手を当てつつ、ギラリと囚人達を睨みつけていた。

「舐めやがって! つくづくムカついてきたぜ! 久々にぶち殺したくなってきた!」

 ユーレッドは血走った目を見開く。

「お望み通り、十万億土に送り込んでやるぜ!」

 ユーレッドはそう吐き捨てると、きっと表情を引き締めた。

「スワロ!」

 ユーレッドは眉根を顰めつつ、傍のスワロに呼びかける。

「無線でダメなら直接繋ぐ。来い!」

 きゅ、とスワロがユーレッドの左手首周辺に飛び込むと、カタカタと変形を始める。そのまま、ユーレッドの左手首に沿って腕輪のような形になる。手をかけた刀の柄からコードが伸びてそのままスワロに接続される。

「ッ、……!」

 ユーレッドが思わず呻く。

「ちッ、流石に全快とはいかねえか。構わねえ、遮断してくれ。こっちで修正する!」

 ぐっと柄を握り直しつつ、ユーレッドは大きく息をついて呼吸を整えた。

「ま、これやると、お前にも負担が大きいからな。いずれにせよ短期決戦か」

 目の前には虫型囚人が、黒い腕を掲げて今にも振り下ろさんばかりに迫ってきていた。相変わらず胸のあたりにスピーカー型の対獄卒用ジャマーを抱え、耐えずに低い唸りをとどろかせている。

「行くぞ!」

 ユーレッドは気合の声とともに、地面を蹴った。

 正面の虫型囚人が腕を振るのをかわし、そのまますり抜けて後ろの一体を下から抜きざまに斜めに切り上げる。刀のような武器を持っていた人型囚人だが、一度も刃もあわせられずに胴のあたりを引き裂かれてそのまま液体化して崩れる。その弾みのまま、前にいる囚人を逆袈裟に斬り下ろした。振り切ると、そのまま真っ二つに切れる。ほぼ垂直に横に飛んで返り血をかわすが、頬に一筋赤が走る。

 そのまま飛びかかってきた二体を難なく突き崩し、まとわりつく汚泥を足で蹴倒した。

 仲間を殺され、ぎいいいいっ、と虫型囚人が咆哮した。

「ははっ、てめえらにそんなご大層な仲間意識があるのかよ!」

 ユーレッドが嘲笑する。

 虫型囚人が殺意を発しながら、ガサガサと音を立て走ってくる。カマのようなギザギザの腕を振り下ろし、ユーレッドを引き裂こうとしたが、ユーレッドはそれを受け止めずに、すんでのところでさけた。そして、そのまま下から切り上げる。

 虫型囚人の腕が切られて飛び、黒い液体が散った。それが悲鳴をあげて引き下がる。

 ユーレッドは追い討ちをかけず、隣でざわりと体をもたげていた不定形な囚人に標的を変え、動きの遅いそれを、上から中心に向けて突き刺した。

 正確に汚泥コアを破壊され、一撃でそれは崩れていった。

 ぎぎ、きいきい、と囚人の声らしき不気味な音が響く。

「隠そうが移動させようが、俺にはお前らのコアが視えるからなァ!」

 液状化して囚人の体が沈む。ユーレッドは足を引き抜きながら、ふと残ったものを見やる。

 ざっと見ただけだが、先ほどに比べて明らかに数が減っていた。

 怖気づいて? いや、囚人にそんな高度な行動はできないはずだ。

 タイロの方には向かっていない。他に別の標的でも見つけたのか。しかし?

「ちッ、し、囚人の癖に……、イチイチ、気に入られねえ行動をしやがるなあ」

 ユーレッドは顔を振り、真っ青な額に浮かんだ脂汗を振り落としつつ、白い唇を引き攣らせて笑う。

「ユーレッドさん!」

 物陰に隠れていたタイロが声を上げる。

 タイロの視線の先でふたたび囚人の残骸がずるずる動き始めていた。中心にいるのは虫型囚人だった。汚泥を吸収したそれは、先程ユーレッドに切られた腕を再生させていた。

「そのカマキリみたいなやつ、他の囚人の残骸を集めて回復してますよ!」

「知っている! だが、お遊びはここまでだぜ!」

 吐き捨てるようにそういって、ユーレッドは一度息を整えつつ、囚人を見やった。

「俺はてめえみたいな人間の姿してねえやつは好きじゃねえんだが、お望み通り、正面から勝負してやるよ」

 いつのまにか、他に囚人はいなくなっていた。サシで対峙する形になる。

 ギリギリと囚人が鳴き声を立てた。

 それを合図に、だんとユーレッドは左足から踏み込む。距離を詰める彼に囚人は腕をふりおろすが、今度はユーレッドは避けなかった。ただほんの少し体を倒して力を流すようにしながら、斬りつける。ずざっと音がして、囚人の黒い腕が弾け飛んだ。が、すぐにもう一つの腕が飛んでくる。

「ちッ!」

 ユーレッドはそれを舌打ちしてかわす。それをスキとみたのか、虫型囚人がジャマーを彼のほうにむけた。

 その瞬間、ユーレッドは身を素早く翻し、急転回して地面を蹴った。

「待っていたぜ!」

 ユーレッドは、笑みを強めながら一気に距離を詰めた。

「後生大事に抱えやがって。使用するその瞬間にしか、直接ジャマーを叩けねえからなア!」

 ユーレッドの刀の刀身が赤く輝く。サンスクリット文字に似た意匠が、その刀身に浮かび上がっていた。

 狙いを定め、ユーレッドは正確に対獄卒ジャマーの機械の継ぎ目部分に切先を突き刺す。

「悪いが、こちとら伊達に長年獄卒やってないんでな! ジャマーの壊し方には詳しいんだ。やれ、スワロ!」

 ユーレッドが声をかけた瞬間、輝く刀身から赤い稲妻のようなものが空中に走った。焦げた匂いと煙が立ち込める。

 ユーレッドは、火を吹くジャマーを足掛かりにしそのまま飛び上がった。その動きが先ほどより軽くなっていた。

「ジャマーさえなければこっちの……!」

 虫型囚人は発狂したように、黒い全身を不定形にのたうたせながらユーレッドに掴みかかろうとする。が、ユーレッドが笑みを強めて、容赦なく刀を振り下ろす方が早かった。

 赤い文字を浮かび上がらせた刃が、虫型囚人の首のあたりを引き裂く。囚人の急所である汚泥コアは、必ずしも同じ位置にはないが、ユーレッドは確実にその位置を確信して狙っていた。

 汚泥コアらしきものが飛び出て割れ、血のような液体を撒き散らしていく。

 虫型囚人は断末魔の叫び声を響かせると、そのまま崩れて溶けていった。

「手こずらせやがって!」

 ユーレッドはそれを確認して息をつく。

 しゅーっと音が鳴り、ユーレッドの左手のあたりから煙が出ていた。ユーレッドの側にも負担があるのか、彼は息をついてうなだれる。

「ス、スワロもういい。限界だろ。外せ」

 ユーレッドがそういうと、ぴきぴきと音を立てながら急速に、腕輪のようになっていたスワロが元の姿に戻る。そして、地面にぽてんと落ちた。各所のライトが点滅して、隙間から煙が出ている。

「馬鹿だな。オーバーヒートするって言ったじゃねえか。だから、もっと早く剥がせって……」

 ユーレッドは言いかけたが、そのまま表情を歪めて壁際に背を持たせる。肩で息をしながら、ユーレッドはうめいている。

「ユーレッドさん、大丈夫ですか?」

 タイロが慌てて走り寄ってくる。それをみて、ユーレッドは反射的に声をあげた。

「馬鹿野郎、まだ物陰から出るな!」

 その瞬間、建物を飛び越えて上空からぬるりと黒い影が降り立ってきた。

 気配を感じてタイロが立ち止まる。そのタイロの頭上を飛び越えて、影は立ちはだかる。

「あ」

 タイロの目の前に、手負いらしくどろどろと汚泥をこぼしながら立ち上がる獣のような囚人の姿があった。

 間近で見ると囚人の黒いもののなかに、目のような、特に光を反射する黒いガラスのようなものがあった。それがタイロの姿をとらえて狂暴に歪む。

「タイロ!」

 ユーレッドが愕然とした表情になり、慌てて身を起こそうとして顔を歪めた。痛みに動きが遅れたらしく、焦りが顔に走る。

「くそ、足が痺れて……」

 囚人が黒い体を大きく広げ、タイロを捕食するように包み込む。

「ユ、ユーレッドさあああん!」

 タイロは叫び、思わず頭を抱えるようにしてしゃがみ込むしかなかった。

 が、その瞬間。タイロの目の前に赤い光が走った。

 やってこない衝撃におそるおそる目を開くと、囚人の黒い体がびちゃりと地面に音を立てて落ちたところだった。

 ユーレッドが、いつの間にか前に立っている。

 はぁはぁと肩で息をしながら、ユーレッドは赤い残光の残る刀を握ったまま呆然と立ち尽くしていた。

「なんだ、今の」

 ユーレッドが呟く。

 間違いなく今のは彼が囚人を斬り捨てたものだったが、彼自身がその行動に納得できていないような顔をしている。

「何が起こった。なんだ、今の感覚は……」

 と言いかけたところで、痛みが走ったのか、ユーレッドはうめいて剣を取り落としてしまう。刀が地面に落ちて音を立てるのと同時に、ユーレッドも立っていられなくなる。

「っ、くそ……」

 そのまま右肩を押さえてしゃがみ込んでしまった。

「ユーレッドさん!」

 へたりこんでいたタイロが立ち上がり、駆け寄ろうとした時、急に後ろから冷たい気配がした。

 だが、これは囚人とは違う。もっと冷たい、しかし、囚人よりは人に近しいものの気配。

「そこに誰かいるな?」

 ユーレッドの声ではない。

「一匹取り逃がしたと思ったが、こんなところに人がいたのか? しかし、やれ、私の標的は退治されてしまったようだが?」

 はっとしてタイロは振り返る。

 やはり人の気配。いや、人と言って良いのかどうかはわからない。

 ユーレッドとは違う意味で、普通の人とは違う、希薄でうつろな、冷たい気配。

 そこには、後ろ寒い空気を背負った者が立っていた。


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