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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-B:The Secret Report
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8.路地裏迷宮-2

 タイロはしょぼしょぼしつつ、ユーレッドの袖を掴む。

「だって、俺、本当、無神経だし、誤解させてしまったりで……、久々にすごく反省しました」

「い、いや、俺はな」

「すみませんでした。本当に……」

「っ、だ、か、ら、なー」

 しおしおと反省の弁を述べるタイロだが、ユーレッドは面倒とばかりにその手を振り払う。だが、それは拒絶というほど強くはない。

「さっき、俺のことは気にかけんなって言ったろ! そ、それを、何、半べそかいてんだ、テメエ!」

 やや無理にきつい口調でそういうが、彼が内心困惑気味なのは、顔に出てしまっている。

「俺はスワロが来ねえから、様子を見にきただけでなー」

 ユーレッドがやや赤面しつつ、何やらまくしたてる。

「別にお前が自己嫌悪で凹んでるとかきいたとか、そんなこと俺にとってはどうでもいいんだからな!」

「で、でも、俺……」

「ど、どうでもいいって言ってるだろ! そんなツラすんじゃねえよ! どうでもいいってのは、気にしねえってことなんだからなっ!」

 ふいっと顔をそむけつつ乱暴なことをいいながら、

「だ、大体、ここ、テメエだけじゃ迷ってて出られなかったんだろ」

「は、はい、そうです」

 ユーレッドは、ぶっきらぼうに言った。

「ココ、囚人ヤツらが頻繁に出現するポイントだからよ、迷いやすくなるようにされてんだよ。囚人の感覚を狂わせて方向を惑わせたり、仮想背景作り出して道を塞いだりしててな。それで、ぼんやり歩けば、同じ場所に戻ってくるようになってんだ。それが人間にも作用すんだよ」

「え、それで? 同じところぐるぐる回ってたんですが」

 ユーレッドはちらりとタイロを見やりつつ、なにやら気まずそう。

「ん。んー。お、お前は獄吏だし、なんか地図とか出る端末持ってるし、平気かと思ってたんだよ。地図とかそういうの見れば回避できるんだ、そういう罠はな。ところが全然抜けてこねえし。でも、その、最悪、……ス、スワロが案内すりゃあ出られるだろうから、俺は、放置するつもりしかなかったんだが」

 ユーレッドは居心地悪そうに言いつつ、

「このポンコツが、新しい囚人反応に勘付いてねえから、しかたなく……」

「そうだったんですね。よかった! 助かりました!」

 タイロは、けろりといつもの調子に戻る。それでようやくユーレッドが、安心したようにちょっと冷たい態度に戻る。

「ふん、マップも読めねえとか、お前がどんくせえから」

「でも、俺の端末、全部圏外になっちゃってて」

「圏外? まさか。スワロに積んである受信機は各種方式つながってるぜ」

 ユーレッドは眉根を寄せてちらっとスワロを見る。

「お前の、壊れてんじゃねえか?」

 と、その時、スワロがどうもこちらの様子を面白がっているようなそぶりを見せていた。ユーレッドが思わずムッとする。

「くそ、スワロ、てめえ! 何してんだ。置いて行くぞ!」

 ユーレッドが不機嫌にそう告げるが、スワロはちょっと見返り、何か告げたようだ。ユーレッドがひくと頬を歪めて舌打ちする。

「なんだと? ふざけやがって!」

 ぴぴ、とスワロが何か鳴く。キッとユーレッドがスワロを睨みつけた。

「ちッ、勝手にしろ! 俺といねえとお前なんざ、即スクラップだからな!」

 スワロも負けていないらしく、きゅっきゅーと抗議するように言い返す。

「なんだァ、このダルマ野郎! 好きにしろ、このポンコツ!」

「ちょ、こんなところで喧嘩しないでくださいよ」

 タイロが思わずそういった時、ふと何か後ろで音がした。

 ずるずる、とものを引きずるような音。

 何か嫌な感じがして、タイロはびくりとする。

「どけ!」

 ユーレッドがタイロを押しのけるようにして後ろに回す。

 ユーレッドの背中越しに向こうを覗くと、囚人の残骸が引き摺られるように壁の方に動いていく。黒い塗料が引き寄せられて一か所に集まっているかのようだった。

「な、なんですか、アレ」

「ちっ、長居しすぎたな。大物にかぎつけられた!」

「大物?」

 タイロはどきりとする。確かにそのあつまっていく先の黒い塊が何らかの姿をとりつつあった。

「え、じゃあ、残った汚泥を回収してんですか?」

「そーゆーことだな」

 ユーレッドは、既に柄に手をかけている。

「え、回収とか、もしかして、強くなるとかでかくなるとか」

「予想ついてんなら黙ってろ!」

 ユーレッドは怒鳴りつけつつ、周囲を警戒する。

 目の前の黒いものは膨れ上がり、だんだん人型とも言いづらい、昆虫のような姿を取り始めた。

虫型囚人インセクト

 ユーレッドがぽつりとつぶやく。

「冗談じゃねえな。こんな街中でアイツが出るとはきいてねえよ」

「イ、インセクト?」

「囚人類型の一つだ。昆虫みたいな姿をしてるんだが、虫の姿するやつは概してでかくなりやすくてよ。しかも不定形型と比べて動きが早いし、人型みてえに動きの予想がしづらいんだよ」

 ユーレッドはちっと舌打ちした。

「虫だの獣だのは苦手なんだが、……しょうがねえ。さくっと始末……」

 ユーレッドが、はっと目を見開く。

 周りの空間に赤い光が走る。その光のもとは、カマキリのような姿になった獄卒が胸のあたりに抱えているものからだった。

 拡声器みたいな黄色の機械だ。黒い体の囚人のそれだけがやたらと目立つ。

「な、なんでしょう、あれ?」

 タイロの質問にユーレッドは答えない。

『警告デス』

 機械的な音声が響く。

『敵意ノナイ獄卒ハ、敵意ナシトノ意思ヲ表示シ、武器を捨テ……』

 どこかで聞いたような定型文。まるで獄卒制圧の獄吏の部隊が通達するみたいな文面だ。機械的な音声が無感情にそれを読み上げる。

「何、まさか……」

 ユーレッドが驚愕の表情を浮かべたその時、どーんと大きな音がした。

 タイロも上から押し付けられるような衝撃を感じ、思わずしゃがみ込む。が、それ以上何もない。

 拍子抜けだ。

「あれ、今の、なんだ?」

 きょとんとして周囲を見回すと、ユーレッドが壁に手をかけてよろめいていた。

「っつ……」

「ユーレッドさん!」

「ちっ。流石にまともに来られると、マジで痛えな……!」

 額を抑えつつ、ユーレッドは苦笑する。

「だ、大丈夫ですか? あれ、今の何が?」

「対獄卒用ジャマーだ。アレ食らうと、獄卒は頭痛とかするんだよ。体が重くなるんだぜ」

 ユーレッドは苦々しくつぶやきつつ、路地の真ん中に集まりつつある黒い影をにらみつけた。背の高いユーレッドの身長を超えて大きくなったカマキリのような虫型囚人インセクトにくわえ、よくみる人型と不定形型の囚人達が部下のように集まってきている。

「対獄卒用ジャマー?」

 タイロはそう繰り返す。

 確かに聞いたことはある。

 獄卒制圧用にショックウエイブという武器がある。例の事件の際、インシュリーがユーレッドに向けて乱発したというあれだ。

 しかし、それは獄卒にも危険なので、普段は低度ショックウエイブを使う。

 低度ショックウェイブは、範囲を決めて放つことができるし、障害物があってもある程度効果が見込める。それほどの広範囲に衝撃を与え、獄卒を無力化するのだと聞いた。

 それのことを、通称で"対獄卒用ジャマー"と通称するらしい。

 確かにタイロはなんともないが、ユーレッドには明らかになんらかの負担があるらしく、ユーレッドは額を抑えて顔をしかめていた。

「囚人のくせに生意気なモンを! 不意打ちすぎて正面から食らったじゃねえか、あの野郎!」

 ユーレッドはスワロに視線をやる。

 拡声器のようなそれからは、まだ低く唸るような音が聞こえる。

「ガチの食らうとキツいな」

 ユーレッドがボソリとつぶやく。そして、かたわらのスワロには命令した。

「スワロ、構わねえ! ガチのやつが来る前に切れ!」

 きゅ、とスワロが慌てて彼を見上げる。

 反応が遅い。呼ばれてはじめて慌てたように彼のほうを向く。それでようやくユーレッドは異変に気づいた。

「スワロ? くそ、接続が……?」

 どうやら彼らの間の接続が切れているらしく、スワロが困惑したようにぴぴぴと鳴く。

 ユーレッドは虫型囚人インセクトの抱えているジャマーを見やった。黒い触手に抱え込まれたそれは、最新式のものだ。

「アイツの、まさか、戦闘用ナビのジャマー兼用かよ。新品とは恐れ入ったぜ!」

「えっ、それって通信撹乱するやつですか?」

 タイロが思わず反応する。

「俺のスマホが圏外なの、そのせいなんです?」

「そうよ。獄卒のアシスタントの通信を妨害するやつだ。お前の端末が先に圏外になってたのは奴が近づいてきていたせいだろう。アシスタントの受信機は電話機よりは強いがここまでの至近距離で食らわされたら……」

 ちっ、とユーレッドが舌打ちする。

「武器持ちの囚人はたまにいるがな。あんな高度なモン抱えてるとは。明らかに標的は獄卒だな、アイツ」

「な、なんでです、誰が?」

「さぁなあー。それが、マリナーブベイのおもてなしの流儀なんだろ」

 ユーレッドは、冷たく笑う。

「野郎、不定形生物のくせに生意気にもほどが……」

 と言いかけて、ユーレッドはふと左目を見開くと、右腕のあたりを掴んだ。そして、思わずよろけて、近くの壁によりかかった。

「ユ、ユーレッドさん?」

 ユーレッドの息遣いが不意に荒くなっていた。表情も歪み、とても平静な状態ではなさそうだ。

「ユーレッドさん、どうしたんです? 大丈夫ですか?」

「うるせ、でかい声立てるな! 響くんだよッ!」

 心配になって声をかけたタイロにそう答えながらも、ユーレッドは歯を食いしばりつつ壁に背をつけていた。

「大丈夫じゃないじゃないですか! どうしたんですか?」

 タイロが慌ててユーレッドの側に駆け寄ろうとしたが、その時、背中にぞわりと冷たい気配を感じた。

「ば、馬鹿! 敵に背中向けんな!」

 ユーレッドが叫ぶ。

 同時に、背中の方から冷ややかな、それでいて熱い感覚が襲ってきた。ぞっとして振り返る。

 そこにいるのは、カマキリかなにかの昆虫に不定形な黒いゴミを取り付けたようなものだった。あからさまに今まで見てきた囚人とは違う大きさだ。それが黒い体を踊らせ、その一つの鎌のような腕がタイロの方に伸びてくる。

 ユーレッドが慌てて間に入ってきた。

「伏せろ、タイロ!」

 ユーレッドの左手がタイロの肩を掴んで、跳ね飛ばす。

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